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太平洋戦争最後の戦い−占守島防衛戦−

1 :名無し三等兵:2000/11/07(火) 18:50
終戦後、武装解除の中、上陸するソ連軍に抵抗するため
現場の一指揮官の判断により行われた最後の戦闘、占守島防衛戦。
現場指揮官の苦悩、ジレンマ・・・・
この島でなにが起こったのかを語りましょう。


2 :名無し三等兵:2000/11/08(水) 09:36
age

3 :名無しさん@どーでもいいことだが。:2000/11/08(水) 09:39
滝沢聖峰の「幻の豹」だと、かっこよかった。

4 :名無し三等兵:2000/11/08(水) 09:39
陸軍の精鋭だったらしいね。


5 :ふぁいるず:2000/11/08(水) 13:54
ゴミ掃除ぐらいの気分でいるソ連兵に
「よろしい、では教育してやるか」と言ってみたいですね。

6 :名無し三等兵:2000/11/08(水) 14:25
『流氷の海』(光人社 刊)に詳しく載ってます。
日本陸軍のような火力に劣る軍隊でも、戦術さえ間違えなければ、Tー34を撃破できる
らしいね。ただ相手の戦車隊が圧倒的多数だったら勝ち目はないが。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/11/08(水) 15:12
昔、コンバットコミックでやってたね

8 :名無し三等兵:2000/11/08(水) 21:18
士魂!

9 :名無し三等兵:2000/11/08(水) 22:49
土塊!

10 :名無し三等兵:2000/11/08(水) 23:09
91師団は日本の歩兵師団の中では装備・練度とも最上だったようです。

11 :名無し三等兵:2000/11/08(水) 23:10
本土にあった四式中戦車をおくってやりたかったのぅ・・・。

12 :名無し三等兵:2000/11/09(木) 00:14

占守島の停戦、昭和二十年八月二十日
帝国陸軍の損害 八百余名
露助の損害   三千余名

第九一師団と独立戦車第十一連隊、混合守備隊の
帝国陸軍最後の戦車戦だった。
北方の地、またシベリヤで散った英霊に合掌。

13 :名無し三等兵:2000/11/09(木) 00:22
1式中戦車は少数投入されたようで、ソ連の対戦車銃を前面50ミリの
装甲で耐えることができたようです。

14 :名無し三等兵:2000/11/09(木) 00:33
マジでこの戦闘に負け、占領されてたら、ソ連は北海道本島までおしよせた
かもしれないという見方もある。
8月15日終戦以降も、命を賭けて日本を守った兵士の方々に感謝。合掌。

15 :名無し三等兵:2000/11/09(木) 01:07
>14
露助は間違いなく占守島の戦いを
北海道進攻作戦の前哨戦とみていた
確信犯である。
独立戦車第十一連隊の連隊長の訓示
「ソ連軍ハ北海道以北ノ日本ヲ分割統治シヨウト
 企ンデコノ暴挙ニ出タ。
 コレカラ始マル戦ハ、占守島ノ戦イデハナイ。
 我ラガ負ケレバ、北海道ハソ連ノモノニナル。
 マサニ民族ノ危機デアル。
 ソシテコレハ国土防衛戦ナノデアル。」

「民族ノ意思ニヨラズ、ソノ分断ガ行ワレル
 トイウコトハ、日本民族ニ等シク降リカカル
 恥辱デアル。
 シタガッテ私ハ、祖国ノ敗戦トイウ事態ニモ
 関ワラズ、立ツ決意ヲシタ。
 私ノ考エニ同調デキル者ガイタラ、命ヲクレ!」 

16 :あびき:2000/11/09(木) 01:25
それにしても8月15日以降も戦闘を止めようとしなかった
ソ連の卑劣さよ。
学校ではこれらのことを教えるべきだ。
・・いや無理か・・。

17 :名無し三等兵:2000/11/09(木) 01:59
なんと…そんなことがあったのか…。
うち、実家が北海道だから、笑えない。
防衛戦に参加したすべての人に、心の底から感謝。

18 :名無し三等兵:2000/11/09(木) 02:05
でも、15の訓示は事実なのかな?
北海道以北の日本の分割統治、日本民族の分断という言葉は
その後の朝鮮半島やドイツの運命を知った上で
後世に創作されたものであることを指し示すようにも見えるのだが…。
信頼できるソースを教えて下さい。

19 :名無し三等兵:2000/11/09(木) 03:11
北方領土に上陸して来たロスケが
最初に島民に確認したのが
「ここにアメリカ兵はいるのか?」だもんなぁ。
(8/22国後択捉の証言)

ヒデェ国だよロシアって。
滅べばいいよ。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/11/09(木) 09:34
フィンランドの時もそうだけど。
ソ連・ロシアが戦争するのは、単に資源と不凍港が欲しいというのが理由。
あんだけ国土が広くても海軍を持てないのは致命的か・・・

21 :名無し三等兵:2000/11/09(木) 16:11
最初ソ連の参戦と引き換えに留萌とどこだったかを結んだ線より北をソ連、南をアメリカ
で分割占領すると言う密約を結んで、その後原爆が完成したのでやっぱりソ連は対日参戦
しなくてよい、と言って北海道も全部アメリカが占領しようとした。
しかし約束を反故にされたスターリンが既成事実を作ってしまえば例えアメリカでも
口出しは出来ない、と侵攻を命じた。
と言う話らしいので最低でも分割線までは占領する気だっただろうしアメリカがグズグズ
していたら北海道も全部占領されていた可能性が大きいと思われます。
北海道民主主義人民共和国なんてのが出来ていなくてよかったね。

22 :>21:2000/11/09(木) 16:55
北日本誕生!
そのほうが、残りの日本全体(南側)は、今よりまともな国家に
なったかもしんないよ(笑

23 :>22:2000/11/09(木) 16:57
しかし我々は生まれてないだろうから関係なくなるな。

24 :名無しさん@お腹いっぱい:2000/11/09(木) 16:59
家の曾じいちゃんは釧路で自衛団として働いていました。
釧路では15日過ぎてから。命令により武器を海上放棄した。
ロスケが千島列島が攻めてきたのは秘密にして、そういう命令した。呆れる命令です。
後から占領されたと聞いて、、もし来たら、武器無しで戦ったのか・・。と肝を潰した。
確か、択捉では放棄してから、ロスケが攻めきたそうだ・・。

25 :>22:2000/11/09(木) 17:37
でも徴兵制は確実だ。

26 :名無し三等兵:2000/11/09(木) 19:19
>>22
山多田大三先生万歳age


27 :22:2000/11/09(木) 20:30
>25
でも自衛隊は、ちゃんとした軍隊でいられたぞ。(笑

28 :25:2000/11/09(木) 20:56
>22
そしたら今でも日本製の戦闘機とか飛んでいるかな?
う〜ん、ちょっといいかも♪

29 :>26:2000/11/09(木) 21:09
北海道なら暫定首都は新潟じゃないぞsage

30 :12 ・15:2000/11/09(木) 22:08
>18
皆さんもご存知のように露助は米・英と合意の上、
「ドイツ敗北」の三ヶ月後に対日参戦を決め、
樺太、千島は露助に帰属することが決定されました。
(昭和二十年二月、ヤルタ協定)

露助の対日参戦は、満州進攻作戦、サハリン進攻作戦、
千島列島進攻作戦で構成され、戦争終了後、満州、朝鮮、
千島、樺太、対馬まで勢力圏に納め連合国で分割統治を
目論んでいました。
で・・>21さんが言っているように露助は、できるだけ
速く、日本国内まで進攻し占領して既成事実をつくって
しまう野心を抱いていた。
一方、それ以前まで日本はノーテンキにその露助に連合国との
和平交渉の仲介役を頼み込むという外交手段をとったが
露助に拒否され、慌てふためいた・・
昭和二十年七月「ポツダム連合国首脳会議」があり
「ポツダム宣言」が動き出したのです。
で・・露助は「参戦」と同時にこの宣言に加わる・・
という形式を取った。
 

31 :名無し三等兵:2000/11/09(木) 22:26
国家的火事場泥棒なわけだ・・・

32 :>31:2000/11/09(木) 22:48
いやいや、日本もシベリア出兵は国家的火事場泥棒しようとしたから、
因果応報ってやつだろ。


33 :名無し三等兵:2000/11/09(木) 23:40
ソ連側も自軍の損害の方が多いことを認めており「喪に服す日」と言っているそうですね。

34 :名無しさん@三等陸送:2000/11/10(金) 03:03
>1

日本陸軍正規部隊の最後の戦闘は、占守島ではありません。
昭和21年初頭に、中国大陸で行われています。

当時は引き揚げの順番待ちの将兵も多く、
そのうちの大部分は部隊としての編成を維持しており、
所属兵士の大半も現地除隊ではなく、部隊に留まっていました。

現地における治安維持業務のうち、ある程度(大半)の部分は
国民党軍ではなく、降伏後の現地日本軍部隊に任されている状況であり、

勢力拡大を狙う八路軍部隊との交戦が頻発していました。
現地部隊は名目上武装解除されていましたが、

治安維持担当の部隊については武装が許されており、
有勢な八路軍と度々交戦し、これを撃破しています(本当)

35 :>34:2000/11/10(金) 03:33
ジャワでもオランダ軍の代わりに、復員前の日本軍がスハルトの革命軍の掃討にでてなかった?
「途河中に武器を河に落とした」とか言い訳して、インドネシア革命軍に武器を引き渡したとか。

36 :名無しさん@:2000/11/10(金) 03:51
>1、34
歴史群像ネタ?

37 :名無し三等兵:2000/11/10(金) 03:53
>35
事実です。昨日の同胞に銃を向けられないとして、
非常にたくさんの日本軍将兵が、大量の武器弾薬と共に、指導者として
独立軍に合流しました。
それで、スカルノ時代、独立記念日の軍事パレードで流す最初の行進曲が、
「軍艦行進曲(軍艦マーチ)」でした(今もそうだと思うけど・・)。
現在も、国家英雄として、元日本軍兵士が在住しています。

38 :名無し三等兵:2000/11/10(金) 04:17
>35
スハルトの革命軍→スカルノの独立軍でしょう。


39 :26:2000/11/10(金) 16:51
>>29殿
日本分断と聞いて血が騒いでしまい凡ミスしてしまいました。
と言うでsage。

でも世界で一番偉くて正しい山多田大三先生万歳!!



40 :名無し三等兵:2000/11/10(金) 18:25
占守島の戦いは対日参戦の「千島列島進行作戦」ですが
「サハリン進行作戦」では、樺太の豊原に布陣する八十八師団
が守備防衛にあたったが、停戦協定は八月二十二日に結ばれましたが
何と翌日二十三日に豊原が露助の空襲に遭い多くの邦人が犠牲に
なりました。そして昭和二十年八月二十三日午後樺太はやっと終戦・・
真岡では有名な女子学生自決、・・・
露助が対日参戦した後の樺太も満州も余りにも多くの一般邦人が
犠牲になりました・・合掌

41 :21:2000/11/10(金) 18:44
今日色々検索してみましたが分割線は留萌−釧路でした。
せめてこの線より北の学校だけでもこの事は正しく教えて欲しいですね。
最悪北海道−ソ連、本州−アメリカ、四国−イギリス、九州−中国
(ちょっと違うかもしれません、詳しい人フォローして下さい。)
の四つに分割する案まであったそうだからイギリスとアメリカは良いとして
現在も三つの分断国家になっていた可能性も合ったわけですね。
そう考えると鳥肌物でした。

42 :40:2000/11/10(金) 22:12
>真岡では有名な女子学生自決・・

スンマセン
女子学生でなく、電話交換手(もちろん若い)です

43 :名無し三等兵:2000/11/10(金) 22:28
>>41
最悪と言うなら北海道&東北ーソ連 のラインもあったはず…

44 :21:2000/11/10(金) 22:38
>43
そんなものまでありましたか・・・。
パラレルワールドがあってもそんな戦後には行きたくないですね。

45 :名無し三等兵:2000/11/10(金) 23:46
初めていろいろな事実を知りました。
91師団の方々が命を賭して日本を守ってくれたんですね。
英霊の方々に合掌。
そして生きて壮絶なシベリア抑留後、帰還されてきた方々にただただ感謝。

46 :ジャンルちょっとそれるけど:2000/11/10(金) 23:49
日本の教科書はある面ホントくさってるね。
このことを全然載せてないでしょ?

47 :名無しさん@:2000/11/10(金) 23:54
無理に戦う必要なかったのにね。
間抜けな占守島守備隊。

現地指揮官のまぬけな判断に

●100点

48 :名無し三等兵:2000/11/11(土) 00:04
>47
楽しい?

49 :授業で:2000/11/11(土) 00:16
占守島の件は教えれてなかったが、日本4分割案は聞いたことがあるし、
中国新聞にもデカデカと載ったことを憶えてる。
(私の広島は英国統治になったみたい)

50 :名無し三等兵:2000/11/11(土) 00:26
>47
おぃ 小僧
現地指揮官の判断じゃねぇの
第五方面軍司令官の内密の下命!

51 :47:2000/11/11(土) 00:29
>48
いっぱい戦死しちゃったからねぇ。
前日まで、武装解除だ、やったー戦争終わったぞーって
喜んでた兵隊がね、たくさん。

何か文句ある?

52 :名無し三等兵:2000/11/11(土) 00:34
>>47
彼らの踏ん張りがあったからこそ、今の日本があると思うのですが

下手をすると日本は第二の朝鮮半島になっていたかも


53 :名無し三等兵:2000/11/11(土) 00:35
>51
彼らのお陰で銃後の国民が侵略から守られた。
一死多生。異論ある?

54 :名無し三等兵:2000/11/11(土) 00:37
>47
貴様好きなこと書きこんでるけど・・・。
やめた、キティ相手にしても始まらん。


55 :名無し三等兵:2000/11/11(土) 00:40
現地の兵隊は終戦を知っていたのかな?
司令官の元には終戦の連絡が行ってはいたが、半信半疑の内にソ連軍が
攻めてきたということらしいが・・・。
したがって終戦と武装解除の命令が正式に届いてからは、おとなしく武装解除に
従って、ソ連軍に武器を引き渡しています。

56 :ごっぐ:2000/11/11(土) 00:53
>>47
戦争が終わったはずなのに攻めてきた連中にまず文句言いたいから、私もみんなも
貴方に文句言う暇はあまり無いの。
『戦争が終わったんだから』軍使節の派遣で済むところに、兵隊八千人送ってきたんだぞ。
それに15日のスターリンの攻撃計画発案以降、16日ソ連軍機の偵察飛行、17日には散発的な
爆撃と、敵も味方もあまりのんびりできる状況じゃなかったはずだよ。

57 :名無し三等兵:2000/11/11(土) 01:04
みなさん、英霊を侮辱する煽りに反応しないで下さい。
一言いいたい気持ちは私にもわかりますが。

58 :名無し三等兵:2000/11/11(土) 01:10
占守島防衛の英霊に敬礼!

59 :オ−プンエンド:2000/11/11(土) 11:10
居留民引き上げのため8月21日まで張家口で
ソ連と戦った駐蒙軍(独立混成第二旅団、通称響兵団)
を忘れてはいけません。
居留民の引き上げの為とソ連が武器引渡しを中国軍でなくソ連軍に要求、
八路軍に強化のたくらみを見ぬき国境線陣地を死守。
おかげで蒙古では民間人の悲劇が無く、残留孤児は発生していません。
関東軍見習え!

60 :名無しさん@どーでもいいことだが。:2000/11/11(土) 13:52
クズってほんとどうしようもないんだなあ>47
生きてるだけでラッキーだと思って残りのつまらなくて長い余生を送れ。

61 :すまんおれ47:2000/11/11(土) 14:19
ゆうべどういうわけだか、このスレに書き込み不能だったので今ごろだが、

>48その他複数レスに(一人かもしれんが)

ソ連軍来襲直前まで、現地部隊は、武装放棄作業を実施していました。(本当)
各小隊長レベルまで含め、全員が終戦を知っており、

各戦車、火砲については、発砲不能とするための作業が半ば完了していました(本当)

批判レスくれた方、こんなことも知らないんですね(悲

62 :名無しさん@:2000/11/11(土) 14:28
歴史群像の少し前に、あったネタですか、皆さん。
私は立ち読みしただけなので、だれか手元に持ってる方、
内容をアップしてくれると嬉しいな。

63 :名無し三等兵:2000/11/11(土) 19:03
荒れてるスレッドsage

64 :名無し三等兵:2000/11/11(土) 19:03
荒れてるスレッドsageたまへ

65 :名無し三等兵:2000/11/11(土) 22:18
私は47さんを支持しますが。

戦車隊の指揮官が終戦を知っていたというのは、彼自身の文章によって、
以前より明らかにされています・・・・・。

66 :名無し三等兵:2000/11/11(土) 22:26
終戦を知っててなお戦ったってとこが馬鹿で悲しくて泣けるんじゃないの?

67 :>66:2000/11/11(土) 22:39
そのせいで、終戦を知って喜んでた兵隊が、いっぱい
死んじゃったよ・・・・・・・・・・・・・・・・

68 :RF−4E:2000/11/11(土) 22:50
占守島防衛戦は自衛のための戦闘。もちろん国の防衛と言う意味の自衛ではなくて、
自分自身を守ると言う意味の自衛ですが。停戦と言っても正当防衛は見とめられて
いたはず。
「国のため」に戦った戦争より、「自分のため」に戦った戦争の方が結果的に「国
のため」によっぽど役に立ったのはなんとも皮肉です。
結果論ですが、彼等はあの大戦での数少ない英雄だと思います。
>12・15
当時のソ連軍は確かにひどいと思いますが、私は現在のロシアにはなんの遺恨もあ
りません。露助は当時の侮蔑語でしょうが、現在使うべき言葉ではありません。

69 :名無し三等兵:2000/11/11(土) 23:20
>68
今のロシア軍も相当ひどいと思いますよ。 チェチェンとか御存知
でしょう? 今ロシアと戦争やって負けたら、日本は地獄絵図にな
るでしょうね。 露助は今現在も健在なのです。

70 :うんうん、:2000/11/11(土) 23:42
素直に降伏すればよかったのにね。当該守備隊。

71 :名無し三等兵:2000/11/11(土) 23:47
ソ連軍に無条件降伏して、それで済んだかどうか?
ここの何人のヒトが書いてるようにも飛び石的に北海道全土まで
押し寄せ、占領分割されていたら・・・。
占守島の占領のみで終わったらのなら47氏のいうように、「無駄死に」
だったとも言えるだろう。しかし北海道占領→統治まで行ったとしたら
この戦いに勝利(少なくとも死守)した意味は大きいと思う。
自衛の色合いが強かったとは言え、やはり終戦後も戦って日本を護った英霊の方々に感謝と
いうのも別に的外れではないと思う。

72 :ごっぐ:2000/11/11(土) 23:47
>>61=47
>批判レスくれた方、こんなことも知らないんですね(悲
あのね。知ってて書いてる人がほぼ全員じゃないか?
なんで反論してくる人を馬鹿だと思いたがるのか教えてくれんかね?
劣等感の裏返しか何か?

第5方面軍からの命令は大意で
『一切の戦闘行動停止、ただしやむを得ない場合自衛行動を妨げず、
その完全徹底の時期を18日16時とする。』
という物だったんで、その線で武装の放棄準備をしていたところにソ連軍の火事場泥棒的
武装侵略だったんだろ?
戦闘でソ連軍を撃退したあと、結局停戦命令にしたがって武装解除、強制労働だよな。
戦ってなかったらみんな無事に日本に帰してもらえたと思うか?
無駄で不必要な戦闘だったにせよ、その責は一にかかってソ連側が負うべきではないか?
どうして守備隊やその指揮官を間抜けとか言えるんだ? もしかしてあなた自身が、
『守備隊の指揮官は戦争が終わったかどうかわからず闇雲に戦闘命令を出した』
とでも思いこんでたのでなければ、間抜けなどという言葉は使えないと思うがどうか?


73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/11/11(土) 23:50
>70
シベリア送りで凍死&餓死。なおかつ日本分割統治。
これが貴方の望む状況なわけね。
死者に鞭打つってーのはこう言うことだ。

74 :70:2000/11/11(土) 23:57
史実でも、結局シベリア送りじゃん(笑

75 :名無し三等兵:2000/11/11(土) 23:57
>70
シベリアに逝ってよし。

76 :名無し三等兵:2000/11/12(日) 00:02
ソ連が勝ち誇るとハチャメチャなのは常識。
ベルリンでは女性の5割近くがレイプされたという。
無条件降伏してれば北海道本島まで無事だったとは思えない。


77 :70:2000/11/12(日) 00:03
>75
シベリアの寒さというか、痛さを知らないやつに
そういわれたくはないな(爆笑

78 :名無し三等兵:2000/11/12(日) 00:04
素人さんみーつけた。

79 :>76:2000/11/12(日) 00:08
日本軍も米軍も、国連軍すら、レイプはしたぜ。

80 :名無し三等兵:2000/11/12(日) 00:11
ソ連軍もレイプはしたよ。

81 :名無し三等兵:2000/11/12(日) 00:12
>79
数が多ければ悪で少なければ善などというつもりはない。
でも50%は極端な数字だと思うのがフツーだろ。
ソ連軍の強姦多発は欧州でも有名。

82 :名無し三等兵:2000/11/12(日) 00:13
戦おうが無抵抗だろうが、捕虜は全員シベリア送り。
ソ連(ロシア)はそういう国です。

83 :大渦よりの来訪者:2000/11/12(日) 00:16
>70に構っている皆さん
あんまりアホな煽りに引っかかると馬鹿だと思われてしまいます。
どう考えても只の煽りなのだから無視しちゃいましょう。
………ひょっとして、本気だったりします?


84 :>79:2000/11/12(日) 00:17
大蔵省でも、警察庁でも、レイプはあるからな

俺の同級生は、レイプされた婦人警官として田舎で有名になって、
自殺しちゃったよ(本と)

85 :>70・74:2000/11/12(日) 00:24

 おぃ 小僧
 てめえ 黙ってろ。
 いっぺんかたにはまるか!

86 :84:2000/11/12(日) 00:29
ああ、俺はちなみに、大蔵事務官です(笑

87 :RF−4E:2000/11/12(日) 00:30
ごっぐさん正確な情報をいつもありがとうございます。
>47=61その他不謹慎な輩
彼等は不当な暴力から身を守るためだけに戦ったのであり、これは最早戦争ではない。
「終戦を知っていたのに戦って間抜けだ」と言うのは認識不足。
彼等は(名目では)自分のためだけに戦ったのであるが、結果として残した功績は偉大
なものだ。今の日本がこうして平和でいられるのも彼等のおかげだ。
(韓国・北朝鮮を見よ!)
彼等を英雄と呼ばずしてなんと何と言えよう。

88 :47:2000/11/12(日) 00:49
>87
暇ですね(笑

89 :名無し三等兵:2000/11/12(日) 00:51
47の母のコピペが出てくる前に止めなさいって。
自分が負け犬だから他人も負け犬にしたいだけの奴かよ。

90 :47:2000/11/12(日) 00:53
>87
彼らは、部下の生存について、認識が欠落していました。

91 :90(47):2000/11/12(日) 00:59
>88
誰だお前

92 :名無し99号:2000/11/12(日) 01:18
樺太でも満州でも内蒙古でも、終戦後停戦しようとして日本軍部隊が軍使を派遣してもそれを拒否したり、場合によっては射殺して戦闘を続行したソ連軍だし、戦闘はやむを得なかったんじゃない?
ソ連から軍使を派遣したケースでは、虎頭や第百七師団のように手ごわい抵抗を受けた後だしね.
強いて第九十一師団に問題があるとすれば、むしろ徹底抗戦して本国や米軍を介入させたほうが、シベリアへ送られずにすんだ可能性が多少は出来たということかな.

93 :ふぁいるず:2000/11/12(日) 01:38
45年6月下旬にクレムリンにて北海道上陸が協議された際、実施派のフルシチョフ、
メレツコフに対しジューコフ、モロトフは反対を唱えた。スターリンがジューコフ
に必要兵力を訪ねると、戦車及び砲を完全充足した4個軍と答えた(不可能と言って
いる様に聞こえるが)。
8月15日を迎え、スターリンは、ソビエトの占領地域に千島、樺太に加え留萌/釧路を
加えることを提案したが、トルーマンに断られてしまった。
サハリンや千島の戦いが続く19日になって、ワシレフスキーは第一極東方面軍と太平
洋艦隊に9月1日までに千島の南洋諸島及び北海道北部を占領するよう命令を出すが、
同日トルーマンが千島に米軍基地を置くことを提案し、この提案自体は「普通、大国が
属国に対して行うもの」と切り捨てたもの、アメリカが予想以上に北方を重視している
事と、占守島での思わぬ反撃により、22日ついにスターリンは北海道侵攻を諦め、「いか
なる航空機、艦船も北海道に送ってはならない」との命令を出すに至る。

もし、大祖国戦争の英雄であるジューコフが反対に回らなかったら? アメリカの
指導者がソ連に甘いルーズベルトだったら? そして占守島守備隊があっさりと降伏
していたら? ミッドウェーやソロモン、マリアナ等のIFとは比べ者にならないくら
い、戦後日本の歴史に影響をあたえたかも知れません。


94 :>92:2000/11/12(日) 01:50
昔の「丸」に占守島の記事がありましたが、やはり占守島でも停戦交渉の日本軍
軍使が射殺され、やむなく自衛戦闘にはいったということです。

95 :名無し三等兵:2000/11/12(日) 02:51
ウラジオストク市海軍博物館では余程
悔しかったらしくこれでもかと説明が有ります

96 :名無し三等兵:2000/11/12(日) 03:09
>95
あの世でそれを知ったら、彼等も浮かばれるでしょうな。
自分たちのやった事は無駄でなかったと。

97 :名無し三等兵:2000/11/12(日) 03:17
>>95
そうだろうなあ
ここさえ無抵抗で明け渡してさえいれば俺たちゃ北海道まで進出できたのによ!
と言う未練がましい想いでいっぱいなんでしょうね(笑

98 :名無し三等兵:2000/11/12(日) 11:10
>47
スターリンは日露戦争の敵討ちとゆうことで8月15日以降も
武装解除ではなく戦闘での勝利を望む、てな事を言ってたと読んだ事がある。
それが事実なら武装解除する事にどの程度の意味があるのでしょうか?

99 :名無し三等兵:2000/11/12(日) 11:32
>98
もっと酷い目に遭う、という意味しか無いでしょう。

100 :名無し三等兵:2000/11/12(日) 11:59
>>98
スターリンへの報告が楽です(藁

101 :名無し三等兵:2000/11/12(日) 14:35
ロシア万歳

102 :95:2000/11/12(日) 20:41
>98
あっ それ私の蔵書(実は販売しとるんだが売れん:売る気も無くなった)
祖国防衛大戦争写真集:当然ロシア語
の挿絵ポスターにあった、独逸を銃剣で叩いた返す刀で天皇を刺して
いるんだけど軍服が明治軍服だった、日本の地図も無茶苦茶変(藁

尚 ウラジオストク海軍博物館はケーブルカーの入口辺りの教会です
池田戦車大隊の侵攻図がやぁ〜細かい事 細かい事
その他英霊の遺品が沢山有ります。

103 :スターリン:2000/11/12(日) 21:49
我が軍は、敵国民も敵の占領下にあった国民も、全て自国民と分け隔てなく扱ったのだ!

何か文句があるか?

#ネタです・・・念のため。

104 :RF−4E:2000/11/12(日) 22:10
>スターリン
確かに平等だった。本人以外に対しては。

105 :ベリヤ:2000/11/12(日) 22:59
でも俺的には俺だけイジメにあってたような気がする。

106 :金日成:2000/11/12(日) 23:10
仲間にいれてよぅ

107 :名無し三等兵:2000/11/13(月) 01:53
現場の将兵は命懸けで戦ったんすよね

108 :名無し三等兵:2000/11/13(月) 04:04
age

109 :テリ造:2000/11/13(月) 05:26
今でも占守島には旧日本軍の戦車の残骸がありますね。NHKのテレビで
以前見ました。
対戦車ライフルで孔だらけになっておりました。

合掌です。

110 :名無し三等兵:2000/11/13(月) 11:52
少なくとも、俺は戦ってくれた人達に感謝したい。
おかげで北海道ツーリング行くのにビザ申請しなくてすんでる

111 :名無し三等兵:2000/11/13(月) 12:14
あそこで戦った人たちを悪く言うあほうどもには
若し次の戦争があれば確実に「まっとうな」戦場で
働いてもらいましょうか。「お国のために」(ワラ

112 :名無し三等兵:2000/11/13(月) 17:11
映画化したい!!最近邦画で戦争映画ないからさ・・・

113 :映画学科留学生:2000/11/13(月) 18:46
>112
俺にまかしとけ。

114 :名無し三等兵:2000/11/13(月) 18:50
>>47
売国奴、非国民、国賊、狂産、露助の手先、基地外、氏ね、逝ってよし!

115 :名無しくん、、、好きです。。。:2000/11/13(月) 21:53
<当時のソ連軍は確かにひどいと思いますが、私は現在のロシアにはなんの遺恨もあ
<りません。露助は当時の侮蔑語でしょうが、現在使うべき言葉ではありません。
私の父方の祖父はシベリアで抑留中死亡、満州から命からがら逃げ帰った祖母が
女手1つで私の父を育ててくれ大学まで行かせてくれました。祖母は金沢で抑留された
祖父の帰還を待ってたそうです。父より散々その話は聞かされました。
中国では多くの同じ民族が日本人に殺された恨みから
未だに「東洋鬼」とマスコミでも罵っているようですが。祖父を殺された私達の家族が
ロシアに良い感情を持ってるわけがありません。そんな人達に対してもあなたは
侮蔑語を使うなというのですか。あなたがロシアにどんな感情を持ってるか知りませんが
ロシアに対して恨みを持ってる日本人もいます。それとも私達一族の考えは愚かですか?




116 :とおりすがりの巡査長>114:2000/11/13(月) 22:07
あなたの書き込みは、法律的には脅迫罪が成立しています。

まあ、2chのうえだから、結果的に捕まらずに済みますが、
これが通常の掲示板のうえだったら、検挙される行為であることを、
よく認識してください。

ネット上での犯罪行為は、
所轄警察ばかりか、全国47都道府県警察の取締りの対象に
なることは忘れないほうがいいです。(真面目に忠告

117 :名無し三等兵:2000/11/13(月) 22:09
>>115
 三国干渉時の先輩の気持ちを思おう。
 ロシアへ恨みを持つ人はあなたのご家族だけではない。
 ご遺族のいない方、つまり一家皆殺しにされた方々もいる。
 終戦時のどさくさ紛れのロシアの蛮行は許されるべきではない。
 これに関して「日本だって同じような・・・」と言えるほど
 私は「日本及び日本人」を客観化できない。

 ニコライエフスクや千島の悲劇を忘れるな。

 

118 :RF−4E:2000/11/13(月) 22:22
>115
愚かとは思いませんが・・・スレ違いなのでsage
広島の被爆者から聞いた言葉ですが「戦争・核を憎んでアメリカを憎まず
各国の事情、個人の事情はいろいろとあるが、憎しみは不幸しかもたらさ
ない。」
これ以上は別スレ立ててやってください。

119 :名無しさん@:2000/11/13(月) 22:38
>116

埼玉県の人間が、和歌山県の人間を罵倒して、山形県警に逮捕されることだって
あるんだよね(笑

120 :名無し三等兵:2000/11/14(火) 01:38
>>117
三国干渉はこの話には関係なかんべよ。
命懸けで戦った兵隊さんに敬礼!!

121 :>RF-4Eさんへ:2000/11/14(火) 03:14

 12・15・30・40・42です。・・

 皆さんにあらぬ誤解を招く言葉を使用したことで
 ご迷惑をお掛けしました。
 不愉快に思われたなら私個人の謝罪でお許しください。
 ただ一つだけご理解願いたいのですが・・・
 私は「○助」という言葉をある意味では侮蔑語そのものとは
 思って使っていません。
 その当時に生きてきた人達のある種の「スラング」みたいな
 ものだと・・また別の意味では当時の人達の気持ちの「はけ口」の
 一種の現れだと・・・んん・・上手く表現できない!
 との認識で使用しました・・・
 普段、口にする言葉でもありませんし、勿論、ここの板以外では
 カキコしたこともないです。
 ただ、活字や映像や写真でけではなかなかその当時の雰囲気を
 伝えられないのが、下品っぽく聞こえる一言で体感できるような
 あるいは感覚的に解るような事があると思います。
 ここの人達だったらその辺のところを何となく肌で感じるかな
 と思い使用しました。
 私は>115さんのように親族に直接、災難が降りかかった者でも
 ありませんし・・
 ただ単に差別とか侮蔑とかじゃないんですけど・・・
 でも言葉自体はそれに近いからなぁ・・・
 スミマセン m(__)m
 ただ言おうとしている事のほんの一部だけでもご理解頂ければ
 幸いです。
 以上  報告終わり
 

122 :傍観者:2000/11/14(火) 04:31
煽り厨房と偽善者ばかりのスレだな
レベル下がりすぎだぞ、この掲示板

123 :名無し三等兵:2000/11/14(火) 10:35
47&70は逃げたの?

124 :名無し三等兵:2000/11/14(火) 12:27
>122
じゃあ、あんたがやれば?

125 :名無し三等兵:2000/11/14(火) 12:31
>124
煽りを煽らないで下さい。
占守島に没した英霊の方々に黙祷。

126 :元KGBプーチン:2000/11/15(水) 10:44
でも
北方諸島は返さんで!

127 :名無し三等兵:2000/11/15(水) 11:15
北方領土返還キャンペーン

128 :名無し三等兵:2000/11/15(水) 11:46
北海道なんて日本経済のお荷物だぜ、ソ連軍もう少し頑張って北海道、東北くらいまで、持っていってくれたら、日本経済もっと良くなったとも思うが。

129 :名無し三等兵:2000/11/15(水) 12:08
>128
陸続きで当時のソ連と対抗するのは辛くないかい。

130 :名無し三等兵 :2000/11/15(水) 12:18
>128
北海道はもっと独自な道を歩むべきだと思うけどね。
遊びに行くにはいいところなんで、ソ連領反対!
つーか、東北までソ連領だったら軍事費増大で今よりもひどいんじゃない?
それに東北持ってかれたら、米の自給ができなくなると思う。

131 :>130:2000/11/15(水) 12:56
そうですね、米作地帯もっているから逆に米の値段高くなる。輸入すれば(ソ連領秋田産あきた小町でも)1/10以下でしょう。無駄な公共事業やる場所も減るし、東京の浮浪者の大半は北海道、東北出身者。

132 :名無し三等兵:2000/11/15(水) 13:17
>>128@`131
この非国民が!逝ってよし。

133 :名無し三等兵:2000/11/15(水) 13:51
>>130
あのぉ。北海道の水耕面積は
東北のそれを上回ってるんですけれど。
北海道が無くなった時点で米の自給はムリですよ。
つーか無知はヤメレ。

134 :名無し三等兵:2000/11/15(水) 14:38
ソ連領だと、きらら397はできないだろうなあ。主食黒パン?
公共投資たれながしは嫌だけど、いまの食糧生産で
北海道はかなりのウェートもってますよね。

135 :名無し三等兵:2000/11/15(水) 14:52
北海道がソ連領なら乳製品も駄目か。
(某社の食中毒も無かったんだよねー)

136 :元KGBプーチン:2000/11/15(水) 15:09
でも
北方領土は返さんで!
欲しければ取ってみろ!
亜細亜猿ども!

137 :名無しさん@:2000/11/15(水) 18:04
津軽海峡が国境線ならよかったのに・・・・・・・

138 :名無し三等兵:2000/11/15(水) 18:10
>>137
なぜに?

139 :137:2000/11/15(水) 18:17
経済的に寄与してませんから(本当

投下コストの方が大きいです(笑

北海道のかわりに、台湾が日本に留まっててほしかった
と、思うのはおれだけ?

140 :名無し三等兵:2000/11/15(水) 18:26
うーん、世知辛いですな・・・

141 :名無し三等兵:2000/11/15(水) 18:53
>>139
それなら沖縄も不要ですか?

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/11/15(水) 19:02
台湾が日本領だったら、フィリピンバナナが食べられなくなる。
それは、猛烈に辛い。

143 :名無し三等兵:2000/11/15(水) 19:05
>>142
台湾バナナのほうが甘みが強くて旨いぞ。
ちょっと傷みやすいけどね。

144 :名無し三等兵:2000/11/15(水) 22:14
英霊に敬意を表してあげ

145 :通りすがりの人:2000/12/09(土) 15:31
占守島防衛戦を忘れてはいかんぞ!!

146 :>139:2000/12/09(土) 15:36
ちょっと古いデータだが…

http://village.infoweb.ne.jp/~fwgc0017/95-97/950606.htm

最近はそうなのか?


147 :139:2000/12/09(土) 22:03
>141
沖縄は基本的にそうですが、基地として、場所だけ必要です(笑)

>146
北海道内の自治体は、ご存知のとおり、
インフラ整備のための支出について、
某武装国家機関に処理させることで、
予算規模の縮小化に成功しています。
そこらへんの、特殊事情についても勘案されたし。

148 :名無しさん:2000/12/10(日) 00:25
age

149 :名無し三等兵:2000/12/10(日) 01:18
過去ログ全部見ましたが、どうやら皆さんの理解がそれぞれでゴチャゴチャ
になっているようなので、手元の資料で占守島攻防戦の時系列を整理したい
と思います。

・15日 終戦。同日、ソ連司令部は千島・南樺太への侵攻作戦を下令。
 占守島へは「奇襲上陸の後、攻略せよ」と戦闘行為を容認している。
・16日 大本営陸軍部、大陸令一三八六を発令。戦闘行動の即時停止、
 しかし自衛のための戦闘は容認している。これによると、18日午後4時
 が全戦闘の完全停止日となっている。
・同日 占守島守備隊第91師団、連合軍軍使が到着したときに速やかに
 武装解除に移れるよう、武装解除準備を命令。
・同日午前 島北端国端岬にソ連偵察機来襲。午後三時、偵察機再び来襲。
・同日午後十時 ソ連軍、ソ連領ロパトカ岬より国端岬沖合の沈船に対し
 て砲撃。当時沈船は海軍の洋上砲台となっており、また竹田浜への砲撃
 のための標定砲撃と思われる。
・17日午後1時 ソ連軍戦闘機五機、竹田浜周辺の陣地を爆撃。
・18日午前0時 ソ連軍、ロパトカ岬の砲兵隊と海軍艦艇で、竹田浜
 周辺へ砲撃開始。第91師団、自衛戦闘を開始すると同時に、第五方
 面軍司令部に対しその旨連絡。
・同日午前1時 ソ連軍、竹田浜に夜間上陸を開始。同刻、第五方面軍
 司令樋口季一郎中将、占守島守備隊に対し正式に自衛戦闘開始を指令。

たぶん、皆さんご存じなのかも知れませんが、時系列はこのようになっていま
す。見にくくてすいません・・・。
これを見ると、ソ連軍の攻撃がいかに国際法上でも不法な物だったのかが解る
かと思います。
すいません長々と・・・。
  

150 :>149:2000/12/10(日) 14:14
謝る事はないですよ、人の見方は色々あるから面白いんですよ。



151 :名無しさん:2000/12/11(月) 19:16
ageとこ。

152 :名無し三等兵:2000/12/12(火) 01:30
負けちゃえばよかったのに・・・・・

征途萌え♪

153 :名無し三等兵:2000/12/13(水) 13:56
敬礼

154 :名無し三等兵:2000/12/13(水) 19:19
英霊に向かって敬礼


155 :敬礼だけなら:2000/12/13(水) 19:54
タダだし。

156 :名無し三等兵:2000/12/14(木) 06:38
>155
それは、失礼とちゃうん。

157 :>146:2000/12/14(木) 07:22
拓銀がつぶれる前のデータだな。

158 :名無し三等兵:2000/12/14(木) 07:54
参考文献
http://www2u.biglobe.ne.jp/~UBS/taiso1.htm
http://www.hoppou.go.jp/index.shtml


159 :名無し三等兵:2000/12/14(木) 12:48
>47=61
素人様はよけいな口出ししないでください。
恥を掻くだけですよ。

>116
脅迫罪には成りません。(他の罪状はつきますが)
寄血害厨房はどこかへとんじゃってくださいね。
それに、法律うんぬんは法律版へ行って妄想こ
いてください。迷惑です。

160 :名無し三等兵:2000/12/14(木) 16:58
いまさら?

161 :名無し三等兵:2000/12/15(金) 01:28
ソ連の対日参戦は連合国合意の上だが
シベリア抑留はスターリンの思惑一つで決定。
しかも、参戦前から計画済み。
極寒の地で過酷な労働を強いられた・・
日本人、五十七万五千人
内、五万五千人が、死亡。
「シベリアダンス」を踊りながら・・

162 :名無し三等兵:2000/12/16(土) 23:07
age

163 :すまんが、:2000/12/17(日) 01:10
ロシア政府に、賠償請求すべきか。

164 :子馬鹿椰子よしのり:2000/12/17(日) 01:13
シベリア抑留はなかった!

165 :名無し三等兵:2000/12/17(日) 19:52
>>159
おまえがいちばんシロウトだとおもうがな。
おまえがいちばん迷惑だ。いたるところでくだらんレスしやがって。
おまえが言ってる事は敬礼とか兵隊さんうんぬんだけじゃねぇか

消えろデブ厨房

166 :名無し三等兵:2000/12/17(日) 19:54
ただし47の意見はクズ 逝ってよし

167 :名無し三等兵:2000/12/18(月) 00:42
溶けちゃったので終了。

168 :名無し三等兵:2000/12/18(月) 12:24
>165
おまえだけがな


169 :名無し三等兵:2000/12/18(月) 13:46
つまんないスレになっちゃったなあ

170 :名無し三等兵:2000/12/20(水) 01:25
スマソ
もぅ ちょっとageさせて・・・

占守島の守備隊である九一師団は、
ノモンハンやガダルカナルの生き残りの
混成部隊だけど・・
帝国陸軍は彼らを北辺に追いやり、いずれ
捨て石部隊として使うつもりでいたのに・・
日本が分割されるかどうかの瀬戸際に・・
日本の運命が懸かっていると時に・・
九一師団が命運を賭けて戦うハメに・・・
この、皮肉というか神様のイタズラというか
このことがあまり戦史では出てこないが、
なんの因果だろう?
170/11レスの原因



171 :名無し三等兵:2000/12/20(水) 19:15
age

172 :名無し三等兵:2000/12/20(水) 22:35
あげちゃう

173 :名無し三等兵:2000/12/23(土) 03:32
太平洋戦争最後まで戦っていたのは、ルバング島での小野田少尉です。
昭和49年3月9日に投降命令が下るまで戦闘していました。
実際、ゲリラ活動、フィリピン軍のレーダー基地を襲撃しています。

174 :>173:2000/12/24(日) 01:36
武器はどうしてたんでしょ。やっぱり鹵獲品?
それでもその時代にまでなれば警備兵が自動小銃くらい持ってそうなものだし、
そこを襲えるんだからたいしたものだなぁ

175 :名無し三等兵:2000/12/24(日) 10:17
小野田少尉は九九式銃を30年間使用していました。
昭和28年に夜襲をかけ、カービン銃とライフルを奪ったそうです。
しかし、弾薬が少ないので九九式銃を使用していました。
逃げ隠れしていた横井さんとは違い、小野田少尉は諜報任務を遂行していたのです。
ベトナム戦争の折りには、まだ日本軍が反撃していると思い、
日本本土が占領されたとしても、満州にて日本軍は健在なりと確信していたそうです。
「ひとりぽっちの30年戦争」一読されたし。

176 :名無し三等兵:2000/12/27(水) 22:34
>173
確かにそうだけど、一人ぼっちの軍隊って・・・



177 :名無し三等兵:2000/12/27(水) 23:17
現地に家族いたとゐふ話しだが?>173

178 :名無し三等兵:2000/12/27(水) 23:49
小野田少尉の99式小銃は、確か陸上自衛隊の佐賀の陸自幹部学校か
江田島かに展示されてるはずですね(ちと、うろ覚え)

179 :名無し三等兵:2000/12/28(木) 17:48
確か最初は3〜4人いたんじゃない?
それが一人、二人と戦死したんだと・・。

180 :名無し三等兵:2001/01/07(日) 11:20
age

181 :名無し三等兵:2001/01/22(月) 18:44
age

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