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軍事板で評価の高い「小国」

1 :賭博破戒録ナナシ:2000/11/28(火) 18:42
軍事的に「意地を張った」と思える中小国ってどんなのがある?
フィンランド・ベトナム・カンボジア・・・
他には無い?

2 :名無し三等兵:2000/11/28(火) 18:47
フィジー

3 :名無し三等兵:2000/11/28(火) 19:00
ポーランド

4 :異邦人さん:2000/11/28(火) 19:34
タイは賢いと思う。
赤化の嵐が吹き荒れた時も、自由主義を守り通したし
植民地化もされてない。
やはり、王室の存在は大きいね。
でも、空母(チャクリエルナベト)はちと藁える。

5 :名無し三等兵 :2000/11/28(火) 19:39
アフガニスタンはやっぱりすごい
79年来 未だに戦ってる 内戦だが…
ロクな武器も無しでイラクと戦ったイランもすごいが
あれは中小ではないのか

6 :名無し三等兵:2000/11/28(火) 20:03
北鮮はどうよ?

7 :名無し三等兵:2000/11/28(火) 20:12
日露戦争からWW2までの日本。

独英米ソがはるか西方で大戦争しているドサクサにまぎれて
大アジア経済ブロック(アメ公は大東亜共栄圏をこう訳すらしい)
を確立!!魅せてくれるぜイエローモンキー!!

8 :名無しさん@そうだ選挙にいこう:2000/11/29(水) 04:10
スイスは?
近世以来あんまし戦争してないからだめか。

9 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 04:15
>>7

日本って小国だったの?
確かに面積は小国だが、GNPで考えれば、江戸時代から日本は上位にランクされていた(らしい)

大体戦国時代、世界で一番鉄砲を持っていたのは日本(だったらしい)
戦国時代にもしもスペインの無敵艦隊が日本に戦いを挑んでも、上陸した時点で
排除されるそうだよ。


10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/11/29(水) 04:20
アフガニスタンって英雄「パンジシールのライオン」マスード、
梟雄へクマチアル、共産党の生き残りドスタム、その部下で
裏切って権力の座についたなんとか、謎の宗教集団タリバーンと、
なんだか三国志かヒロイックファンタジーみたい。

11 :zeke:2000/11/29(水) 04:33
>>9
その後200年の平安がまずかったですね。何の技術革新もしないうちに、
西洋はライフル銃やアームストロング砲、大型船を開発しています。
日本はと言えば、未だ火縄銃に短射程大砲、1本マスト船。
鎖国によって、遠洋航海のノウハウと大型船の建造技術を失ったのも痛いです。

12 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 04:33
>>9
日本は紛れもない小国ですよ。植民地もろくな資源もなかったし。
国民の生活レベルこそ高いものの、GNPなんてしれた額。

ちんみに、戦国時代の話は、江戸時代後期には通用しません。
戦国時代なら、ペリー艦隊は間違いなく全滅したでしょうね。


13 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 04:57
>9
GNPという表現はしないし「大国」とは言いわないけど、
確かに最近の経済史ではそういう研究もある。
近世期における生産性の高さと市場経済の発達を
前向きに評価する研究だな。
最近叙勲された近世経済史の速見融がこれにあたる。
宮本又朗、安場安吉もそうだろお。

今は上の連中に限らずみんな
日本は自分を小国と過小評価していた潜在的中型国家
ぐらいだったと考えてるよ。
マル経済ギチギチの人は違うと思うけどね。

14 :>13:2000/11/29(水) 06:58
その生産性も市場経済も基本的にコメを中心としたモノカルチ
ャーといっていい状態だったことをお忘れなく。
安定した経済にはほど遠かったしなにより日本は明治に入って
いきなり産業革命文明が流れ込んでくるまではその前段階にす
ら至ってなかったわけですからね。
国内だけで完結しちゃってて完全停滞に近い状態では小国とい
ってなんら問題ないと思いますよ。

潜在的中型国家・・・この潜在的というのがまさしく言い得て
妙でしょうな。
まさしく開国によって無理矢理他国との競争に巻き込まれるま
では日本は「力が潜在してるだけの」小国だったと思います。

潜在的中型国家であることは否定しませんが(短期間で曲がり
なりにも産業基盤と言えるものを形作ったわけですからね)
だからといって紛れもなく小国だったのも事実かと。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/11/29(水) 07:37
スウェーデンに一票。
古くはグスタフ・アドルフ、WW2ではナチスドイツと
ソヴィエトにはさまれながら独立を守り抜いた。
この国のオリジナリティあふれる兵器が好きです。

16 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 07:59
イスラエルかな。
第一〜四次中東戦争では、
回りを敵に囲まれて何度か絶対絶命の目に合いながら、
損害以上の勝利をもぎ取っている。ソ連から派遣された軍事顧問団員には、
かつてドイツ軍人として戦った軍人が居たらしく、
アラブ諸国の機甲師団はドイツ式の電撃戦をマスターの正当な後継者だそうだ。
それに耐えたのはイスラエル軍は、強いというよりなんか凄みを感じる。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/11/29(水) 09:33
俺もイスラエルに一票入れたいところだが、
レバノン紛争後の占領地コントロールの失敗、
湾岸戦争時、国を逃げ出したイスラエル人が少なからず出たこと、
から考えて、近年のIDFの能力にはちょっと疑問符。

18 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 11:50
>12
>戦国時代なら、ペリー艦隊は間違いなく全滅してたでしょうね。
何故?

19 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 12:19
>>12@`>>14
日本に資源がなかったというのは誤解。
日本は現在でも鉱物資源の種類が多く、
かつては産出量においてもかなりの割合を占めた鉱物もある。

江戸期の農業はモノカルチャーではないし、
マニファクチュアだって成立してるよ。




20 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 13:01
日本が明治維新以降、すぐに市場経済を学んでいけたのは、
その実、日本の経済が意外と進んでいた事による。
先物取り引きやら、そういうのは、既に江戸時代から行われていた。

で、元禄年間頃の日本のGDPも意外と大したものだったそうで、
矢張り小国とは言い辛い側面がある。


21 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 13:42
>>12
>戦国時代なら、ペリー艦隊は間違いなく全滅してたでしょうね。

んなアホな。カンコックの水軍にすら勝てないのに
どうやって東インド艦隊を全滅さすのじゃ。
陸戦でも明国の青銅砲にすら手を焼いたらしいしのう>戦国日本

まあ薩英戦争くらいに善戦できれば上出来じゃろう。
上陸戦にさえ持ち込めれば、圧倒的兵力差で勝つかもしれんしのう

22 :大渦よりの来訪者:2000/11/29(水) 13:49
>18
当時のヨーロッパの人間がノヴナガ様やイエヤス様に同じ事をしたら・・・!!
ぶるぶる。根切りじゃ済まなそうな気がするぞ。

23 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 14:03
>21

戦場が日本だということと、当時の造船技術の高さなどを
考えれば、不可能ではないでしょう。

24 :>5:2000/11/29(水) 14:03
>ロクな武器も無しでイラクと戦ったイランもすごいが

いや、世界最強の要撃戦闘機F-14を持ってたぞ。

ただの置物だけど(爆)

25 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 14:07
造船技術は、

中世のカンコック水軍>>中世の日本水軍>>>近代のアメリカ海軍

です。

26 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 14:28
戦国時代の装備で19世紀の軍艦に勝てるんですか?

27 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 14:29
韓国の亀甲船に負けたのは、地の不利がでかいからねえ。
むこうは渡洋能力ない攻撃オンリーの船でいいし。

鎖国以前の朱印船貿易の発達を見てみると、農本主義の家康が
政権をとらなかったら、イギリス並の海洋(海軍)国家になれた
かもしれないと妄想してしまう。言い尽くされてる妄想だけど。

28 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 14:32
>>26
はい、楽勝です。
ノブナガ公の鉄甲船をもってすれば
サスケハナどころかモニターやメリマックにも余裕で勝てます(嘘)

29 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 14:37
>26

ペリーの艦隊は旧式の船だったので、切り込めれば武士の方が
強いでしょう。

30 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 14:40
>>29
>ペリーの艦隊は旧式の船だったので、
>切り込めれば武士の方が強いでしょう。

おお!すげえ!なんか萌えてきたぞ!!
(ネタだと分かっていても・・・)

31 :問題はどうやって:2000/11/29(水) 14:42
切り込むか・・・。
相手は仮にも外洋船だからねー。
乾舷が違う(汗

32 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 14:54
オイオイ、切り込みって、最も原始的な海戦形態じゃん(笑)
くわしくは知らないけど海戦って

切り込み&放火(サラトガ、レパント)

銃狙撃&小型砲&衝角(トラファルガー、黄海)

大型砲塔艦&水雷(日本海、ユトランド)

航空機、原潜、ミサイル艦(現在)

と進歩してきたんじゃないの?
新戦術に対し、それに淘汰された旧戦術を使っても
通用するはずもないとおもうが。
誰か海戦史に詳しい人、いない?

33 :>32:2000/11/29(水) 15:07
全体として見れば確かにそうなんだけど個々の小さな戦場では
とんでもないような出来事はけっこう起こるのよ。
ハードウェアの比重が大きい海戦史においてもけっこう妙ちき
りんな出来事はあるよ。
>>銃狙撃&小型砲&衝角(トラファルガー、黄海)
という例を挙げてるけどトラファルガーの頃は艦砲をずらっと
並べた舷側火力重視の時代で、また切り込みも戦術として残っ
ていた。
蒸気鉄甲船の時代になってもその傾向は続くけどプロイセンと
オーストリアの戦争でしょうかく衝角戦術が功を奏すというこ
れまた珍妙な出来事が発生、でもってまた衝角&首尾線火力に
目がいったところで今度は黄海海戦で単縦陣型+舷側火力で日
本が勝利を収め、とまーこの後も錯綜が続くわけだ。
物事を上っ面だけで見てはいけないよ。

つーかも少し調べてから書いて(笑


34 :32:2000/11/29(水) 15:12
ごめんよ、詳しくないんだよ。
ていうかサラミスをサラトガと誤記してしまう程度の人間なので・・・
鬱だ死嚢

35 :ハイパー名無しさん:2000/11/29(水) 15:38
>>32
イタリア対オーストリア戦のリッサ沖海戦です。
砲煩と装甲板の技術革新中の中で起きた海戦
砲煩技術が装甲板技術に劣っていた時、
劣勢で砲戦では敵わぬと見たオーストリア提督テゲトフが
サラミス海戦さながらの衝角戦術でイタリア最大艦レディタリアを
撃沈しました。
もっとも、イタリア海軍の戦術的まずさのほうが敗因なんですけどね…
これを真似しようとして失敗したのが清国海軍(黄海海戦)

36 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 15:45
>31

戦国時代の御朱印船(西洋と東洋の造船技術の折衷)
なんかは舷側が高いから可能でしょ?

37 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 15:48
>>35

艦首の喫水線下が尖ったのが流行ったのもその影響?

38 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 15:57
ペリーが来た時は海戦の過渡期だったし
アメリカの大平洋艦隊には蒸気船の中でも旧式のものが
配備されてたんよね。

39 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 16:02
ペリーの艦隊は太平洋艦隊ではなく
東部インド洋艦隊です。

あと、いくら旧式でも
戦国時代の船よりは新型です。

40 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 16:25
39さん

そういうことではなくて、
ペリーの船自体は、進化度としては帆船に蒸気機関がついた程度だから
対抗しうるということなんじゃ・・・


41 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 16:26
しかもネタだし(笑
野暮だよ39の人^^;

42 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 16:36
物売りに変装して黒船に斬り込む

江戸湾を筏(いかだ)で封鎖する

とかは考えてみたみたいよ


43 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 16:47
いや実は筏の先っちょに火薬をいっぱい積んで漕ぎ寄せて爆破
する計画があった・・・
その名はもちろん「震洋」。
実はまだ江戸湾のどこかにその筏は隠されていて当時の乗り手
たちの子孫たちが今でも守り続けているそうな。

44 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 18:10
物売りに変装して斬りこむってのは、実行されたんだけど、向こうのデッキ
が高いから、勝手に登れないし、漕ぎ寄せても相手にされなかったんで
失敗だったとか。

45 :名無し先住民:2000/11/29(水) 18:21
アメリカの潜水服を河童と間違えたらしい

46 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 18:24
宮古湾海戦かなんかで、榎本軍が斬り込みしようとしたよね

47 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 18:29
そもそも近代海戦で成功したことあんの?>きりこみ

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/11/29(水) 20:21
ブエブロ号は……違うか……

49 :名無し三等兵:2000/11/29(水) 22:07
>47
1940年2月16日
イギリス駆逐艦『コサック』は、ポケット戦艦『アドミラル・グラーフ・シュペー』の補給艦『アルトマルク』を
中立国ノルウェー領海で捕獲し、艦内のイギリス人捕虜299人の捕虜を解放した。

コピペだけど、これって切り込みかな?

50 :16:2000/11/30(木) 00:15
自分レス
酔って書くもんじゃないね。
文章ムチャクチャ。

でも、小国スレでリッサ沖海戦が出てくるとは思わなかった。
流れが予想できんのー。

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/11/30(木) 00:23
>49
武力で威嚇して降伏させた後、臨検したと記憶しております。

52 :クルーラック:2000/11/30(木) 00:32
推薦シンガポール!

横浜市と面積が変わらないのに、あの装備。
戦闘機の訓練は、国内ではやりにくいので、
船でフランスに運んで訓練する、ご苦労なことです。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/11/30(木) 05:36
フェンウィック大公国:
唯一アメリカに侵攻して降伏させた国

54 :名無し三等兵:2000/11/30(木) 06:11
>>53
これまたマニアックな。。。

55 :MK-46:2000/11/30(木) 06:17
月世界も征服していたような。

56 :消印所沢:2000/11/30(木) 08:01
ついでに産油国になったこともあります

57 :名無し三等兵:2000/11/30(木) 09:36
>>53

こりゃ、何のネタ?


58 :名無し三等兵:2000/11/30(木) 11:05
>57
止めておけ。相手にするな。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/11/30(木) 11:17
小鼠しりーずか、よんでみようかな

60 :名無し三等兵:2000/11/30(木) 17:34
ピノー・グランドフェンウィックが飲みたいな。

61 :名無し三等兵:2000/11/30(木) 19:17
>57
創元推理文庫「小鼠、●●●」のシリーズ読んでミソ。面白いよ。映画版はゴミだったけど(ピーター・セラーズが勿体無い)

62 :名無し三等兵:2000/11/30(木) 19:48
カジウム爆弾萌え〜。

63 :名無し三等兵:2000/12/01(金) 01:15
ワラキア公国:トルコの大軍を退けました

64 :名無し三等兵:2000/12/01(金) 01:35
リーフ共和国:
社長は下川。ではなくモロッコ独立のためリーフ戦争を戦ったが
あえなく敗北。今後の評価は誰彼の発売に左右されるだろう。

65 :名無し三等兵:2000/12/01(金) 12:58
トランスヴァール、オレンジの2国はどうよ?

ボーア戦争はかなり凄かった

66 :名無し三等兵:2000/12/02(土) 00:13
ちりちり国、日本国政府によって滅亡

67 :名無し三等兵:2000/12/02(土) 00:48
高句麗も隋を三回も撃退してるよ

まぁ隋の皇帝は、あの暴君煬帝だけど・・・

っていうか世界史板でやって欲しいネタだなぁ

68 :名無し三等兵:2000/12/02(土) 01:01
オウム真理教。五年前まで日本に存在していた国家内国家。
一部新左翼活動家を中心に評価が高い。

69 :名無し三等兵:2000/12/02(土) 23:58
チェチェンてどうなの?
最近ニュースないけど。

70 :名無し三等兵:2000/12/04(月) 00:12
台湾。軍事密度結構上位行けそう。

71 :名無し三等兵:2000/12/24(日) 10:14
イタリア軍のエチオピア侵攻の詳細きぼーん

72 :名無し三等兵:2000/12/24(日) 13:09
>>71
そうなんだよね。エチオピアの歴史を書いた本探してもなかなかないし
イタリアの戦史見てもほとんど触れてないんだよね
おれもぜひ知りたい


73 :名無し三等兵:2000/12/25(月) 20:49
 はー、やっぱ絶対イスラエルでしょ

74 :名無し三等兵:2000/12/25(月) 22:41
真田家

75 :名無し三等兵:2000/12/25(月) 23:23
>72
ナショジオにちょっとだけ載ってましたが、
あれでは…

76 :ふぁいるず:2000/12/25(月) 23:56
「イタリアの国家的汚辱はアナトリア人の血でしか浄化できない」(1935年 ムッソリーニ)

峻険な地形と最強の「戦士」達によって守られたエチオピアは1000年以上
に渡ってアフリカで唯一侵略を許したことの無い特別な国家と見られていた。
約半世紀前「ヨーロッパの火力を持ってすれば、エチオピアなど恐るるに足
らず」と確信したイタリア軍はエチオピアのメネリクによって18000名中、エリ
トリアに撤退できたのは僅か5000名という屈辱的な大敗を喫していたのである。

「アドワの復讐を!!」
1935年再度エチオピアに侵攻したムッソリーニの新生ローマ軍団の兵士は
口々にそう叫んだ。
エチオピアに投入された軍は、植民地戦争用としては過剰とすら言える
総兵力20万、火砲700門、戦車150輌、航空機150機を数え、アジスアベバ
攻略を目指すエリトリア軍とイタリア領安定化を目的としたソマリランド方面
(ごく一部である意味有名なルドルフォ・グラツィアーニ将軍指揮)の2方向
から侵攻した。

10月3日エリトリアから侵攻したディ・ボーノ将軍はイ陸軍始まって以来の快
進撃を続けていた。エチオピアのセラシュ皇帝がイタリアの侵攻意図を図る
ため国境から1日以上の距離に全軍撤退を命じていたのである。

栄光あるイ軍の勝利は早くも訪れた。セラシュ皇帝の義弟であるラス・アグサ
を買収し1発も発砲することなくアジクラットを占領したのである。
しかし、国連(国際連盟)の制裁決議に焦るムッソリーニは消極的なディ・ボーノ
を更迭しバドリオ元帥を投入するが、イタリア軍の進撃は思うように進まず、
アジスアベバから驚異的な機動力を発揮したラム・イムルの軍に包囲され、
デンベグイナ峠を守る黒シャツ党員は殆どの火砲と戦車を失って潰走、マカ
レの補給基地まで押し戻され、イタリア軍総崩れの様相を呈していた。

ヘタレっぷりを書いたところで・・・・・・以下略

77 :ごっぐ:2000/12/26(火) 00:00
続きが読みたくて『ここ』押しちゃったよ。

78 :わしも:2000/12/26(火) 00:03
押してしまった。

79 :大渦よりの来訪者:2000/12/26(火) 00:08
では、続きをおねだりと言う事でage。
じつは、私も押しました。

80 :>76:2000/12/26(火) 00:33
優良レスage

81 :ふぁいるず:2000/12/26(火) 01:14
侵攻開始から10日も経たずして、侵略者は左翼の補給基地を脅かされ、
右翼は総崩れ、指揮官であるバドリオは全滅の恐怖に襲われていた。
が、エチオピア軍はそれ以上攻撃しなかった。いや、出来なかったと言うべき
か、イ空軍の爆撃がエチオピア軍の前身を阻み、かろうじてバドリオは退却
することが出来たのである。

エチオピアは侵略者を撃退したが、勝利の喜びはすぐに嘆きに変わった。
激怒したムッソリーニは、予告無く恐怖の黒い雨をエチオピア軍に降らせたの
である。ガスマスクも毒ガスに対する知識も持ち合わせていないエチオピア兵
士はたちまち恐慌に陥り、自身に何が起こったのかも分からないまま倒れ伏し
ていった。
セラシュ皇帝は国連に抗議を行ったが、ムッソリーニは「毒ガス使用の事実
は無い」と嘯き、何ら実効的手段の取れない国連を前に、国際正義の無力を
噛みしめる事しかできなかった。
ムッソリーニは、後「殺傷力の無いガスだけ使った」と相変わらず国連を翻弄
し、以降、毒ガスは全戦闘期間を通じて使われたのである。

新たに2個師団の補充と重爆撃機を与えられたバドリオは侵攻を再開、大き
な戦果を挙げつつ前進したが、28日、側面予備を攻撃に投入するという僅か
な失策をを見逃さなかったラス・セイオームの軍によって軍団を分断され、
またも潰滅の危機に瀕する事になる。
このピンチを救ったのが脇役と見られていたソマリランドのグラツィアーニ将軍
であった。彼の軍団は要塞化され精鋭兵士によって守られていたエチオピア軍
の戦線を、機動兵力によって突破、逆にエチオピアの反撃は航空優勢で封じ
込め、1月に入って、ついにソマリランド戦線のエチオピア軍主力を包囲した。
エ軍兵士は懸命の脱出を試みたが、機動力に於いて遙かに勝るイタリア軍か
ら逃るる事はかなわず、次々と各個撃破されていくのであった。


82 :名無し三等兵:2000/12/26(火) 01:40
おもしろい

83 :名無し三等兵:2000/12/26(火) 02:04
>76
>ごく一部である意味有名なルドルフォ・グラツィアーニ将軍
って誰ですか?

84 :ふぁいるず:2000/12/26(火) 02:14
■その3

2月、バドリオ元帥の大規模な攻勢開始、エチオピア軍に於いて最大の兵力を
誇る、軍務大臣ラス・ムルゲータ率いる軍を機動部隊によって包囲する。
しかし、この包囲に対し栄光あるエチオピア兵士は果敢にも正面突撃を敢行、
バドリオは包囲したほぼ全軍を取り逃がすという失態を演じた。
しかし直後にイタリアに寝返ったアゼブ・ガラ兵士によってムルゲリータの二人
の息子が討たれ、その息子を探しに出たムルゲリータ自身も空襲によって命
を落としてしまう。
この結果、一部の部隊を除き、兵士というより「戦士」の集団であったエチオピ
ア人部隊は、指揮官を失った事によりほぼ全軍が機能停止してしまうのである。

防衛戦を維持できなくなったエチオピア軍は退却に退却を重ねる、勝利に驕る
イタリア軍は急速に追撃したが、イタリア軍の意図を察したラス・イムルによって
エチオピア伝統の待ち伏せ戦術にかかってしまのである。
藪や窪みから飛び出したエチオピア兵に対し恐怖に駆られたイタリア兵は同士
討ちの失態まで演じる事になる。
しかし、この凄惨な白兵戦を最後に制したのは、信じられないことにイタリアの方
であった。
この絶望的な状況に於いて、ついに本気になったマカロニ兵は銃剣突撃でエチ
オピア兵を撃退したのである!!
しかしそこはイタリア兵、退却するエチオピア兵を追撃する余力はない。代わって
エチオピア兵に殺戮の雨を降らせたのは、またもこの戦争に於いて度々決定的
な役割演じてきた空軍であった。
弱い者にはとことん強いイタリア軍の伝統に従い(しかしイタリアより弱い軍はな
かなか存在しないが)、有力な対空兵器や空軍を持たないエチオピア軍相手に
その実力を遺憾なく発揮したのである。
退却は潰走に変わった、爆弾と毒ガスによって、セラクラクラ平原は実に数千の
エチオピア兵士の死体で埋め尽くされ、4万の軍でアジスアベバを発したラス・イムル
の軍は1000人以下に激減、こうしてエチオピア軍右翼は事実上消滅したのである。

85 :ふぁいるず:2000/12/26(火) 02:18

ごっ、ごみん。今回は偶然でし・・・

86 :名無し三等兵:2000/12/26(火) 04:02
うーん。すばらしい。よかったよぉ!
エチオピア軍の装備はどんなものだったのでしょうか?


87 :名無し三等兵:2000/12/26(火) 04:23
>ふぁいるず殿
久々に読み応えのある書き込みに感謝。

88 :ふぁいるず:2000/12/26(火) 12:26
■ その4 マイ・チューの戦いから王朝の黄昏

首都アジスアベバへ向かうイタリア軍に対し、エチオピア軍最後にして最強の部
隊は皇帝自ら率い、マイ・チュー宮殿に布陣していた。
かねてより近代国の軍隊に驚異を感じていた皇帝が、ヨーロッパから軍事顧問団
を招き、選抜したエリートに当時のフランスに倣った最高の装備をそろえさせ、
最高の訓練と士気を誇った親衛隊である。
親衛隊は3月31日マイチューを出発、エチオピア閣僚軍によるエリトリア人師団へ
の攻撃に続き、全戦線に猛攻を加える。
強力な野砲と火砲に支援された親衛隊はイタリア軍前線を大混乱に陥れ、エリ
トリア人師団とイタリア山岳歩兵師団を分断することに成功。エリトリア人師団は
崩壊寸前となる。
しかし、気まぐれな勝利の女神はここでセラシュ皇帝を完全に見放し、イタリアに
微笑むことになる。天候は急速に回復するとともに、イタリア空軍が空から戦場
を支配したのである。
とどめを刺すべく集結していたエチオピア兵を毒ガス、爆弾、機銃掃射が襲いか
かった。僅か2時間後、鉄の暴風が去った後残されたのは、総崩れとなって
全面撤退を開始したセラシュ皇帝の軍であった。
この戦争に於いて最大の激戦と言われるマイ・チューの戦いはこうして終わった。
エチオピア最強を誇る親衛隊の潰滅、そして皇帝自身の完敗という結果で。

4月5日:カロム、14日:デジー、25日:フィシェ、5月5日、ついにバドリオは首都
アジスアベバに入城した。
これに先だって、ジブチから外国へ脱出していたセラシュ皇帝は、6月30日ジェノバ
の国連総会に現れ、エチオピア救済を訴えた。
しかしこのセラシュ皇帝の最後の努力も実る事はなく、ムッソリーニのエチオピア
征服は黙認されることとなった。国連や世界正義はヒトラーやムッソリーニの増長
を止める術のない無力な存在であることを露呈したのである。
そしてこの時が、世界で最も長続きした王朝の消滅、そして最後のアフリカ人自由
国家が消滅した瞬間であった。  ■終了

89 :ふぁいるず:2000/12/26(火) 12:27

ごごご、ごみん・・・ホントにわざとじゃ無いってば(爆)

90 :名無し三等兵:2000/12/26(火) 12:51
ふぁいるずさん、ありがとう。勉強になりました。

91 :ふぁいるず:2000/12/26(火) 14:05
エチオピア軍に付いてです。調子に乗って書いてしまいました。
■組織:上級将校を育成する教育機関が存在せず、正式な訓練規定すら無かった。
方面軍司令官や師団長には政治的な配慮や血縁関係で選ばれた者が多く、彼らは
(戦士としての能力はともかく)必ずしも有能な指揮官足り得なかった。
又、部族間の確執が、部隊間の連携を度々阻んだ。

■装備:親衛隊等最新式の小銃や火砲を揃えている部隊を除けば、殆ど白兵戦主体
の軍と言えよう。主力武器である小銃すら充分に行き渡っていたとは言い難く、
弾が切れれば槍や険で持って的に肉薄した。
重火器は非常に数が少なく、特に迫撃砲、対空砲、対戦車砲、車両は僅かしか装備
していなかった。戦車、軍用機は皆無。

■補給:平坦能力は欠如しており、長期間に渡って大部隊を展開することは困難で
あり、補給の問題から度々攻勢をかけることを断念させられた。
荷物は兵士自身が背負い、基本的に現地調達、飲み水を見分ける能力に長けていた。
医薬品は殆ど存在せず、しばしば怪しげな祈祷や民間療法が幅を利かせた。

■戦意/士気:10代から戦士と育てられるエチオピア人男性は、近隣部族との耐え
ざる抗争で戦う技術を磨き抜かれており、死を恐れる事はなく、非常に高い士気と
忠誠心で最後まで戦った。
「私は死を選ぶ。お前達の陣地を占領するか、さもなくば戦って死ぬか、そう皇帝
に誓ったのだ。陣地は占領できなかった。だから死ぬのだ。見るがいい」
そう言って無数の死体に埋め尽くされた戦場を指さした。
マイ・チューの戦いの後、イタリア軍によって拘束され担架に乗せられようとした
際、重傷のエチオピア軍大隊長が言った台詞である。

92 :名無し三等兵:2000/12/26(火) 14:07
イタ公が歴史で触れたがらないのも分かるよな。
イギリスのアヘン戦争の様なもんか。

93 :名無し三等兵:2000/12/26(火) 15:08
やっぱりバドリオって屁たれだった、ってことですか?

#日本が敗戦寸前の頃、降伏するのとバドリオが同義語になってたことが
#あるらしいですが。

94 :名無し三等兵:2000/12/26(火) 15:48
ふぁいるずさん、ありがとう
長年の疑問が晴れました
ただ、後学のために出典も少し紹介してください
おねがいします


95 :ふぁいるず:2000/12/26(火) 21:48
>94
殆どコマンドマガジン27号からの引き写しです。
他には「地図で読む世界の歴史 第二次世界大戦」、それと昔読んだ
「ムッソリーニの時代」、「エチオピア シバの女王から赤い帝国崩壊」。
(書名自信なし)

96 :71:2000/12/26(火) 22:52
ふぁいるずさん、多謝。
ローマ帝国の再来、世界に燦たるファシスト・イタリアまんせー(笑)
しかし、セラシュ皇帝、よくジェノバまで行けたなー。

97 :大渦よりの来訪者:2000/12/26(火) 23:15
>91
こう言う軍隊って、強くは無いんだろうけど大好きだ……。

98 :名無し三等兵:2000/12/26(火) 23:17
やっぱりイスラエルに1票だね。
17さんがIDFの能力に疑問、とあるが占領地政策はIDFではなく政府が
決めた方針にのっとるのだからそこをIDFのせいにするのはちょっとつらい
よ。逃げ出した人もいただろうがどの程度だったのだろうか?弾道ミサイル
であるスカッドをいくらかでも撃墜できる可能性のあるパトリオットを装備
していないところへ毒ガス攻撃の可能性とくればかなりの脅威だ。IAFに
よる攻撃の準備はできていたがそれを必死になって止めたのは米国であり、
戦後にアメリカから引き出せる援助の為にぐっとこらえたというのが真相だ。
当のパトリオットもたとえミサイルを迎撃できても残骸が地上へ落ちてきて
かなりの被害が出たわけで、万能という訳でもない。
 そうしてみるとやっぱりイスラエルだね。

99 :名無し三等兵:2000/12/26(火) 23:18
そりゃ、ヴァチカンだろう。あんな軍隊がやってきたら目が点になって
戦意喪失だよ。真面目にヘルメットはモリオンだし、主武器がハルバー
トにフランベルジュ。緊急用小銃は100年前に購入した。対装甲兵器
向け武器が何とモーニングスター!そして、身を挺して戦ってくれるの
はスイス人だ。

100 :名無し三等兵:2000/12/26(火) 23:43
>>99 ワラタ
それにつけてもメルカバ萌え〜

101 :ごっぐ:2000/12/27(水) 00:19
遅れ馳せですが、ふぁいるずさんありがとうございました。

>>98
>そこをIDFのせいにするのはちょっとつらい
表現は悪いけど『闘犬と番犬は違う』って事なのかねえ。

102 :名無し三等兵:2000/12/27(水) 05:39
エチオピアの話し。よかったです。ありがとう。
エチオピアは戦士の国だったんだね。

103 :名無し三等兵:2000/12/27(水) 06:05
>>102
19世紀、欧米列強による帝国主義が吹き荒れていた時代でも独立を守り、
アドワの戦いでイタリア軍を壊滅させたぐらいだからね。

104 :名無し三等兵:2000/12/27(水) 07:44
てゆうか、イタリアちゃんに問題アリだよな。
イタリアって、「なんちゃって列強」じゃないの?

105 :名無し三等兵:2000/12/27(水) 12:07
ルクセンブルク大公国はどうかな?1947年迄非武装中立主義を貫いた
結果、二度の大戦でドイツに国土を踏みにじられ、WW1時の大公(20
歳のお姫様だった)は侵略の屈辱と抵抗しなかった事に対する国民からの
非難に堪えられなくなって退位、妹が後を継いだらWW2でまたもやドイ
ツに侵略され、国民の3%(ほとんどが男性)を抵抗運動で失った悲劇の
国。
非武装中立という理想国家は絵に描いた餅である事を証明した偉大な国で
す。

106 :名無し三等兵:2000/12/27(水) 12:54
>>105
理想はともかく、国の位置に問題があったような気がするけど。
カイザードイツとヒトラードイツが隣に居たらねえ。

107 :名無し三等兵:2000/12/27(水) 15:00
やっぱバチカン市国だろ?

108 :無人格兵器:2000/12/27(水) 15:01
>>99

 法皇が陣頭指揮したらキリスト圏では無敵だな

109 :名無し三等兵:2000/12/27(水) 16:09
>108
うしろから矢が....
次期教皇を狙う連中の画策で....

110 :94:2000/12/27(水) 16:53
遅くなったけど、ふぁいるずさん、ありがとう
本屋でさがしてみよっと

111 :名無し三等兵:2000/12/27(水) 16:58
>>109
黒澤の映画「乱」でそんなシーンがあったなあ・・・

112 :名無し三等兵:2000/12/27(水) 18:33
>109
よく考えたら神をも恐れぬアカの魔弾が教皇様を襲っています。
話しによると体内血液2/3流失だったそうですが、神に選ばれ
しお方は死なないようです。

113 :名無し三等兵:2000/12/28(木) 06:03
朝鮮戦争でのエチオピア帝国軍はどんな活躍をしたのかなぁ?
やっぱ、後方勤務だったのでしょうか?


114 :名無し三等兵:2000/12/28(木) 08:27
> イタリアの第二次エチオピア侵攻

米軍もここまで徹底してやっていたら、2週間ぐらいで北ヴェトナム
は落ちていただろうに。


115 :名無し三等兵:2000/12/28(木) 09:42
>114
1971年のクリスマス攻勢は2週間弱で徹底的に北をぶちのめした
でしょ。なんで初めからやらなかったかという議論はあるが、新兵器の
テスト場とか国際情勢うんぬんとかあったそうで。やると決めたら
全力でいっきにケリをつけなきゃ駄目だね。

116 :名無し三等兵:2000/12/28(木) 15:32
毒ガスと枯葉剤どっちが悪質?

117 :名無し三等兵:2000/12/28(木) 15:42
ここでフィンランドの名が挙がってないのは、わざと避けてるの?

118 :名無し三等兵:2000/12/28(木) 15:43
>>117
>>1を良く見ろよ。

119 :名無し三等兵:2000/12/28(木) 16:10
>>118
おお、なるほど
でも、カンボジアって、何で上がってるんだ?



120 :名無し三等兵:2000/12/28(木) 16:15
カンボジア軍は凄いゾ!米国インドシナ派遣軍の中で最悪の
派遣先と言われた場所。捕虜にはなれない。カメラマンは殺
しの対象!後には知識人にめがね野郎(俺も更生対象だ)、
学校の先生全てが更生させられちゃうんだぞー。女は厨房の
慰め物だし。まさに厨房軍隊!!

121 :sage:2000/12/28(木) 19:53
ムツゴロウ王国
勇猛にして果敢
王は本物の漢だ。



122 :ゲームセンター名無し:2000/12/28(木) 22:27
トルコ共和国はどうでしょうか?
オスマントルコとはまったく別の国と、自分たちで言っているし、キプロス問題や第二次大戦でも、うまくやっているような気がする

123 :名無し三等兵:2000/12/29(金) 00:00
>113

どこかの新聞に、エチオピアでは「私の愛した日本娘」と言う歌が、
まだ、歌われている。と書いてあった。今年、読んだ気がするぞ。
なんでも、エチオピア軍人と日本人看護婦の恋の歌らしいです。


124 :カール グスタフ:2000/12/29(金) 02:44
>ふぁいるずさんありがとう。
よかった・・・。

125 :名無し三等兵:2000/12/29(金) 04:28
そりゃ。日本でしょう。さらに小国だけど、朝鮮、韓国。 も。

126 :ふぁいるず:2000/12/29(金) 20:15
「長文ウザイ、逝ってよし」とか言われるかと思ったのですが、過分のご感謝
ありがとうございます>皆様
更に調子に乗って、第1次エチオピア侵攻など

■アドワの戦い(伊 第一次エチオピア侵攻 1895〜1896)

凶作と恐慌によって働き場所を無くした大量の農民と、痩せたリビアの植民地
しか持たないイタリアにとって、肥沃なエチオピアの大地は喉から手が出るほ
ど欲しい植民地であった。
しかし、英仏に食い尽くされた最後のパイのひとかけらを口に押し込むのは
大いなる犠牲を払うこととなった。
エチオピアの戦士達はアドワの戦いで侵略者達を大いにうち破り、イタリア軍は
1万もの兵を戦場に置き去りにして遁走するという醜態を演じた。
残されたイタリア兵の運命は悲惨の一語、死者は辱められ、生者は片手片足を切
り落とされた。ローマ人が二度とエチオピアを侵略する気を起こさないように。
ヨーロッパの軍隊がアフリカで喫した最大級の敗北であった。


127 :ふぁいるず:2000/12/29(金) 20:20
>84 (自己レス(^^;)

>この絶望的な状況に於いて、ついに本気になったマカロニ兵は銃剣突撃でエチ
>オピア兵を撃退したのである!!

教訓:イタリア兵をあまり追い込んではいけない。
(※ 第1次エチオピア侵攻で捕虜のイタリア兵の運命を彼らは良く知っていた)


128 :名無し三等兵:2000/12/30(土) 01:01
>残されたイタリア兵の運命は悲惨の一語、死者は辱められ、生者は片手片足を切
>り落とされた。ローマ人が二度とエチオピアを侵略する気を起こさないように。
悲惨。エチオピアはハーグ陸戦協定って物は知らなかったんだろうな・・・

129 :名無し三等兵:2000/12/30(土) 01:22

台湾


130 :名無し三等兵:2000/12/30(土) 02:33
>>128
その時代じゃ、エチオピアのみならず、世界中の誰も知らないよ(藁

131 :名無し三等兵:2000/12/30(土) 02:38
>>130
1907年には成立しているが(藁

132 :131:2000/12/30(土) 02:41
失敬!第二次かと思った。鬱だ・・・

133 :名無し三等兵:2000/12/30(土) 04:57
北杜夫の「楡家の人々」にエチオピア侵攻について書かれた部分がありました。
皇族をエチオピア王家に嫁がせるという話もあったとか。

134 :どくとるマンボウ:2000/12/30(土) 05:10
>>133
どんな経緯で皇族をエチオピア王家に嫁がせるって話になったの?

135 :伊・エチオピア戦争:2000/12/30(土) 13:04
とても読み応えのある書き込みでした(感謝)。

資料にはなりませんがこの戦いを背景にした冒険小説があります。
ウィルバースミス著「熱砂の2人」(集英社文庫・刊)。
これ、面白いですよ!

136 :小国かな?:2000/12/30(土) 13:09
戊辰戦争の際、奥羽列藩同盟の中でも一番装備に
優れていた(と@`言われている)庄内藩に一票。

ここは新政府側にかなり善戦してます。
会津藩や長岡藩ばかりじゃありませんよ。

137 :名無し三等兵:2000/12/30(土) 13:50
>134
ハイレシェラセ殿下が日本人を嫁にしたいと喚いた事から始ま
りました。当時有色人種期待の星であった日本はエチオピア大
使館の要望を聞き入れ、確か伯爵家ご令嬢が志願されて嫁ぐ準
備をしていたらイタリアの侵略が始まってポシャリました。彼
は未婚のまま、共産革命で退位したはずです。

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