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ニイハウ島事件

1 :MTH:2001/04/28(土) 16:54
こんにちは。どなたか、真珠湾攻撃の際、ニイハウ島に不時着した、西開地重徳の事件について詳しく御存知の方、また参考になる文献等お知りの方お教えいただけますか?当方は、牛島秀彦「真珠湾の不時着機」、Allan Beekman [The Niihau Incident] を読みました。以前NHKテレビでも特集したと聞きます。どなたか教えてください。

2 :1じゃないが:2001/04/30(月) 20:55
age

3 :名無し三等兵:2001/05/14(月) 16:22
 

4 :n:2001/05/16(水) 14:08


5 :n:2001/05/16(水) 18:52


6 :名無し三等兵:2001/05/16(水) 19:27
詳しくったってな
「1941年12月7日の午後2時過ぎに燃料を使い果たしニイハウ島に不時着、自決した」
事件か?

7 :MTH:2001/05/19(土) 05:27
そうです。その事件です。日本には特にあまり文献がないそうです。本を読んでも、各作家により、少しずつ話が違っているところが気になります。
ハワイ大学等には、資料があるそうなのですが・・・。

8 :ニイハウ:2001/05/19(土) 07:38
おはよ。
検索したよ。
www.thehistorynet.com/WorldWarll/articles/2000/11002_cover.htm

真珠湾のときにこんな事もあったんだねえ・・・

9 :名無し三等兵:2001/05/19(土) 08:48
File Not Foundだった・・・
残念。

10 :ニイハウ:2001/05/19(土) 09:28
アロハ。
アドレスの・・・WorldWarll/・・は「・・・WorldWarII/・・」でっせ。

つまりI(アイ)大文字です。l(エル小文字)じゃなくって・・・。
これで逝ってみてください。

11 :9:2001/05/19(土) 09:51
>>10
テンキュウ(アホだ俺)

12 :名無し三等兵:2001/05/19(土) 10:32
阿部三郎「藤田隊長と太平洋戦争」(霞出版社)はどうよ。
これに確か参考文献載ってたはずだが。

13 :MTH:2001/05/21(月) 05:11
こんにちは。どうもありがとうございます。
ニイハウさん、もちろんそのページはチェック済みです。Allan Beekmanという人の書いた「The Niihau Incident」という本もとても詳しいので、ご興味がおありならばぜひどうぞ。
名無し三等兵さん、「藤田隊長と〜」はどのような本ですか?参考文献とは、ニイハウ事件のについてなのでしょうか?
教えてください。
なお、ニイハウ島の不可思議さについては、
http://starbulletin.com/97/07/14/features/story2.html
をご覧下さい。

14 :名無し三等兵:2001/05/21(月) 05:17
>1
あんたの動機を知りたいな。
なんでこれに興味があるんだ。

15 :MTH:2001/05/21(月) 06:04
こんにちは。
そうですね。動機をお話しいたします。
昨年の4月、僕は恋人と共に休みを取り、ハワイ旅行に出かけました。
人や車の少ない「カウアイ島」という島に滞在したのですが、僕がそのとき興味を抱いたのは、「ニイハウヘリコプターツアー」というツアーでした。
ツアー内容は、「カウアイ島より、ヘリコプターに乗り上空より島を観察、無人のビーチに上陸し、数時間遊び、また引き返す。なお、島民との接触は絶対に出来ない」という奇妙なものでした。
そしてこの「ニイハウ島」という島は、19世紀から全く生活様式を変えていない(電気も水道もガスも電話もない)アメリカ合衆国でありながら、個人所有の完全な治外法権の島であり、鎖国状態の島であり、なんとも奇妙な歴史を持つ島だと知りました。
夢を抱いて放浪したスコットランド人が苦労の末手に入れた島と、死に際に残した遺言に従って、鎖国した島、であるということを。
現在に至っても、全くその原則は変えていないのですが、230人もの島民の緊急救助用に最近ヘリコプターを購入した島の領主が、維持費捻出のために不定期で「ヘリコプターツアー」を始めたのです。
運良く参加することが出来た僕は、この不思議な島に降り立ち、数時間後にカウアイ島に戻ってきました。
「楽しかったね」などと恋人と話しながら立ち寄ったブックセンターで僕の目に飛び込んできたのは「The Niihau Incident」という一冊の本でした。表紙には「真珠湾攻撃の後、禁断の島に不時着した日本人飛行士と、彼を助けようとした日系ハワイ人の、悲しい真実の物語」とありました。
びっくりした僕はすぐに購入し、読み始めました。また、日本でもこのことが本になっているのを見つけたのですが、不思議なことに、どの本を読んでもそれぞれが少しずつ、あるいは大幅に、記述が違うのです。ある本では悪者になっている人物が他では英雄であったり、また英雄が狡猾な悪者であったりと。
ハワイというおそらく日本人にとってもっともポピュラーなリゾート地にの一角に、こんなにも奇妙な島があり、また、こんなにも奇妙な歴史的事件があったことを知った僕は、この事件のとりこになりました。
ゴーグルという検索ページを使ってみると、軍事2チャンネルというこのページがでてきました。僕は特別軍事に興味があるわけではありませんが、ここに集まる方々のどなたかがこの事件のことを御存知ならば、ぜひ伺いたいと思い書き込みました。他意はありません。長くなりました。これが僕が興味を抱いた理由です。

16 :888get:2001/05/21(月) 16:07
ニイハオマ?

17 :ニイハウ:2001/05/21(月) 16:16
なるほどね・・・

西開地1飛曹は甲2期で1939年12月終了だそうだから真珠湾のときは
第2次攻撃隊、第4制空隊(飛龍)の小隊長あたりだったんだろか・・・。

サイトに出てるW.Hallsteadによれば、西開地1飛曹はP−36、9機との空戦
時に被弾したと書いてある。
同じく空戦で被弾した「翔鶴の石井三郎2飛曹」もニイハウ島上空迄来たのちに
自爆したとある。

秋本実によれば、石井2飛曹は第3制空隊(蒼龍)の所属で同隊はP−36
9機と空戦している。また西開地1飛曹はP−40との空戦時に被弾したよう
に書いてある(航空ファン94年8月号)。こちらの方が正しそうだな。

それにしてもニイハウ島などと言うところにも日系の2家族が当時開拓に入って
いたんだね。
あまりだれも行かない島のようだから、まだ不時着した零戦の破片くらいなら
残っていそうだな。

18 :う〜んとね:2001/05/22(火) 11:05
児島襄「昭和16年12月8日」(文春文庫)にエピソードが出てたような。。。

買う前に立ち読みしてみてね。

19 :う〜んとね:2001/05/22(火) 11:08
「おまけ」
なんでも、
ベンジャミン・カナヘリなる現地人が、
西開地兵曹を殺したのはオレだ。と主張して勲章を貰ったとか。

20 :ニイハウ:2001/05/22(火) 13:35
平和だった島に「天から降ってきた悪魔のような日本兵」を殺した現地人の
Benjamin Kanaheleは1945年8月に「Medal of Honor」と「Purple Heart」
を受けている。
同じく協力した現地人Hawila Kaleohanoは1946年5月に「Medal of Freedam」
を受けている。

Kanahele(カナヘレ)は西開地1飛曹に3発撃たれ負傷したが怯まず、この
悪魔のような日本兵を掴み上げ石塀に投げ付けて殺した。
(East Wind Rain by Stan Cohenより)

現地人おそるべし・・・

21 :MTH:2001/05/23(水) 02:35
こんにちは。
みなさまどうも貴重な情報をありがとうございます。
「航空ファン」という雑誌はすごいですね。そんなにも詳しくでているんですか?

「ニイハウ」さん、例のサイトには「悪魔のような日本兵」と「彼を助けた日系人ハラダ」となっていますが、Beekman氏によると、ちょっと違ったスタンスで、つまり、戦時下において、皆が皆、自分たちの「責務」を果たしたのだ、という見解で書かれており、僕が読んだ中でもっとも子気味がよいです。

Benjamin Kanahele(正確にはBenehakaka Kanahele)は、3発撃たれた後、羊を殺す要領で西開地を石に叩きつけて殺した、とありますが、これは嘘ではないかと思われます。実際に3発も撃たれたら、どんなタフな男でも参ってしまいますよね。彼が勲章を受けた後、「ハワイ人を3度怒らせると、きちがいになる」ということわざまで出来たそうです。

秦郁彦氏によると、西開地が死を賭してまで取り戻そうとした書類(墜落時にKaleohanoに奪われた)はいったい何であったのかということにふれています。
米側の報道によると暗号表、航空図、航法諸元を記したメモ、となっているそうですが、第一波の加賀戦闘機分隊長志賀叔雄大尉の記録で、戦闘機は暗号表を携行せず、また航法諸元も持たなかったそうです。航空図も母艦の位置を記入しないで携行したはずであるのだが、航法能力の弱い戦闘機は発進点と帰投予想点をエンピツで記入した可能性が大きいそうです。
もし若年の西開地が航空図に母艦の位置を記入していたとすれば、彼が命がけでそれを取り戻そうとしたのも理解できると、秦氏は述べています。

>17 そうですね。当時2家族も日系人がニイハウ島にいたなんて本当に驚きですね。
ハラダさんの奥さんは、ニイハウ行きに大変反対したそうです。でも、ハラダさんは「そこで金をためて、米本土に渡れば幸せが待っている」といってニイハウ行きを強行したそうです。
そこに日本兵が不時着するとも知らずに・・・。

「ニイハウ」さん、差し支えなければメールをいただけますか?もう少しお話を交わしたいのですが、ここにあんまり長く書くのもなんですし。
よろしければお願いします。

22 ::2001/05/23(水) 03:01
ココで捨てアド出さないなんてネタ?

23 :MTH:2001/05/23(水) 03:34
dragonball@clubaa.com です。
MTH

24 :名無し因果応報:2001/05/23(水) 03:42
なんというか……。

>MTH殿
ちょっと心が洗われるような。良い旅をされましたな。私は知識浅薄にて何も
アドバイスできないが、あなたの知的好奇心が満たされる結果を祈っておりますぞ。

25 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 04:10
う〜む、ハワイ版藪の中か... 映画になりそうだな。

26 :MTH:2001/05/23(水) 05:55
>因果応報様、三等兵様、うーんとねさんも、どうもありがとうございます。

これが、禁断の島に不時着し、最後は炎に包まれた西開地のゼロ戦の写真です。
米軍の資料写真と思われます。
これを見つけたときはホントに興奮してしまいました。
http://www.j-aircraft.com/research/jimlansdale/pearl/Niihau%20Zero%204.jpg

27 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 06:25
軍オタから見て、ここまで熱くなれるというのは・・・
ま、シロートさんだからかな。
どこの板でもよくいるよね、こういうヒト。

28 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 06:30
女とビーチでナニやったんだ?ゴルァ!!

29 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 06:35
>MTHさん
久々に知的好奇心を誘われる優良スレです。
正直こんな事件があったとは全く知りませんでした。
ニイハウさんとのDMだけでなく此処でも語ってください。

30 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 06:38
うん、大変興味深い話だった。
こういうスレ珍しいよね。永久保存だな。

31 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 06:42
>MTH
いいね、このキッカケ。
テレビ局に持ってけよ。
ドラマにするとヤパーナにはウケそうだな。
ハワイの日系人がらみなんて、出来すぎ。
そうだ、山崎豊子に話もってけよ、ピッタシじゃん(W

32 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 06:44
一人煽りがウザいな。

33 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 06:51
まったくだな

34 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 06:53
>26
それで・・・ナニが言いたい訳、この話で。

35 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 06:58
>>34
それで・・・ナニが言えれば満足な訳、この板で。

36 :ニイハウ:2001/05/23(水) 10:40
島に不時着したジークの写真、めずらしいもの「さんきゅー」です。

尾翼に書かれた記号が一部見えますが拡大して見ると「BII-1・・」ですね。
真珠湾のときの2航戦は、BI-が「蒼龍」BII-が「飛龍」ですからこの写真から
も西開地1飛曹は「飛龍」の戦闘機隊だったことが確認出来ます。

野原茂の「(大図解)零式戦闘機」に西開地1飛曹搭乗機の絵が載っていますが
尾翼記号は「BII-120」となっています。
別の角度から撮った写真も当然ながら存在するのでしょう。

主翼の20ミリ機関砲2門は取り外されていますね。米軍が資料として持って
いったのでしょうかね。

脚位置指示板が出ている様です。同機は不時着時は脚を出した状態で着陸し荒地
の岩とか障害物で脚が折損したのかも知れません。

ペラは下の2枚だけが極端に曲がっています。接地時にペラは空転もしくは非常
に緩やかな回転だったことを窺わせます。

焼かれた胴体中央部以外は比較的に原形を保っていますが、いまも何処かに
これらの部分は残っているのでしょうかね・・・

当時の日本のパイロットは「捕虜になる」などという考えは毛頭無かったで
しょうから、どんなカタチにせよ悲劇的結末は避けられなかったでしょう。
むしろ民間人1人だけの犠牲者で済んでよかったのかも知れません。

ところで西開地1飛曹の遺骨は日本に帰ったのかな?
戦後すぐに厚生省が米軍が埋葬した遺骨は回収したそうなので、うまくすれば
遺族の元に帰っているのかも。もしくは戦後の混乱期だから身元の確認まで手が
まわらずその他大勢の無名兵士で千駄ヶ谷行きだったか・・・

まあ戦争なんてのは「巨大な殺戮と破壊」だよね。

このパイロットも島民も、歴史の嵐の一ページ目に登場してしまった犠牲者
だったのだろ・・・。

37 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 11:01
西開地兵曹の遭難したニイハウ島は、
真珠湾攻撃部隊の不時着地に指定されたいた。と、聞いた事があります。
なんでも沖合いに潜水艦を配置して収容する予定だったとか。
それと西開地兵曹を援けたハラダ氏は
ニイハウ島を所有(まあ強奪ですがね)していた白人に管理人として雇われ、
二世でありながら、そして自身の行為が確実に死を招くと知りつつ
日本男児の心意気を見せて非命に倒れた訳ですよね。
保守系政治家が目論む「修身」の授業がもし復活した暁には、
神風よりもむしろハラダ氏のエピソードを
「自己犠牲の精神」を説くもの。として、加えて欲しいものです。

38 :MTH:2001/05/23(水) 16:02
こんにちは。

>36 すばらしい洞察力ですね。まるで探偵小説のようです。
その知識量には驚かされるばかりです。
Beekman氏によると20ミリ機関砲2門は、西開地が意を決してテロ行為に走った際、自ら取り外したそうです。
遺骨ですが、牛島秀彦氏によると「無名日本兵」としてハワイにあったものをジェイムズ・キング号で日本に向けて回送され、神奈川県庁の「英霊奉安室」に放ってあったそうです。
4年間、ニイハウ島の土中に、1年間をカウアイ島の墓所に、9年間を神奈川県庁に、無名戦士として埋もれて、15年目にして初めて遺族の手に渡ったと言うことです。

>37 おっしゃる通りだそうですね。ただ当時、はぐれた戦闘機を助ける意志などほとんどなかったようです。
白人の強奪とは少し違うようです。
歴史を読み解くと、夫に死なれて入植地を探しさまよっていたエリザベス・シンクレアが、見込み無く引き返そうとしていたハワイにて、1863年、カメハメハ大王に「おまえのもっている白いピアノをくれるならばニイハウ島を島民付きでやろう(実際はプラス1万ドル)」と誘われ島を手に入れたそうです。
当時の王様のわがままですね。
その末裔である領主ロビンソン家は、かたくなにエリザベスの遺言を守り、白人がもたらせた文化や動植物を追い払い、失われた森林などを保護し、それらを絶滅の危機から守っているそうです。
ニイハウ島は唯一、ハワイでハワイ語が公用語とされています。

>28 「女とビーチで〜」とありますが、二人きりで行ったのではありません。
ヘリコプターは8人乗りで(ひとりは操縦士)、5人以上集まらないとツアーが組めません。
運良くたまたまシアトルから来ていたアメリカ人家族4人と日程が合い、6人のツアーで行きました。
風が強く波も荒かったので、泳ぐことも出来ずにひたすらこの何もない島をさまよっていました。
ご想像されるようなロマンチックなものとは、まあ無縁でした。

39 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 16:46
スゲエ面白いですね!
パールハーバーも良いけど、この話も映画化したら面白そう。
ニイハウ島の歴史なんかも入れながら。
英語が苦手なんで洋書は読めませんがもっと色々知りたいです。

40 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 22:33
昔のモデルアートにこのゼロ戦の模型と事件の紹介が載っていた。

41 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 23:00
>>31

山崎豊子「二つの祖国」にこれが元ネタになった
話しがなかった?
自分がみたようなきがするのは、テレビでだけど。

違うドラマだったらすまん

42 :MTH:2001/05/24(木) 05:23

>40
モデルアートってなんですか?

>39
ありがとうございます。僕も英語は苦手です。でも興味が尽きないので、また日本語の資料があまりにも少ないため、がんばって英語を読んでいます。
いつか、西開地氏(愛媛)とハラダ氏(カウアイ島)のお墓参りにも行きたいと考えています。

43 :名無し三等兵:2001/05/24(木) 05:33
零戦燃ゆにもでてたようなきが・・・・

拳銃で応戦だっけ・・・
なんか銃撃戦って書いてあったが、現地人も銃で応戦したのか?

44 :名無し三等兵:2001/05/24(木) 10:20
>>42
模型雑誌

45 :名無し三等兵:2001/05/24(木) 11:03
>>37.40.42.44
モデルアート別冊「真珠湾攻撃隊」を嫁。

46 :ニイハウ:2001/05/24(木) 11:12
>43
西開地1飛曹とハラダさんの最後については諸説あるようですね。
まあ「小説」の場合は史実通りである必要は無いわけですが・・・

MTHさんの研究で史実が明らかになることを期待しましょう。

それにしても西開地1飛曹、自分で零戦の20ミリ外して持って
いったてのはスゴイ。
99式1号銃は23Kg、弾がどのくらい残っていたか知らないが
弾倉込みで30Kg近い重さになる・・・それを2丁。
しかも圧搾空気による発射作動だからどうやって撃つつもりだった
のか?
とても抱えて撃てるものではないし・・・

47 :MTH:2001/05/25(金) 05:33
>46
Allan Beekman氏のThe Niihau Incidentによると、

「彼らはゼロ戦の場所まで戻っていった。この反乱者達は翼の機銃カートリッジを抜き去った。西開地は再び機内にある無線機を掴み、イヤーフォンをかけ、話し始めた。だが応答の声は聞こえはしなかった。
 西開地とハラダとは、まだ入り口に止めたままになっていた荷馬車に、この機銃カートリッジを運ぶようにニアウ氏に命令した。ハラダはこの時、これだけの弾薬があれば、ニイハウ島の全ての男達、そして女子供を殺すのに十分だな、と感じたのだった。
 ニアウ氏がゼロ戦の場所に戻ってみると、西開地とハラダが機銃を取り外していた。彼らはそれもまた荷馬車へと運ぶようにニアウを脅しつけた。」

とあります。このゼロ戦の機銃とはこのように簡単に(?)取り外せるものなのですか?
また取り外して何かの攻撃に使えるのでしょうか?またそうでないとしたら、Beekman氏の記述は誤りなのでしょうか?
原文にはMachinegun 及びMachinegun Cartridge とあります。
なお、これは僕のつたない翻訳ですので間違えの可能性も大いにあります。
原文をニイハウさんにメールいたします。

48 :ニイハウ:2001/05/25(金) 15:53
零戦の搭載機関銃は機首に97式7.7ミリ銃2門。主翼に99式20ミリ銃2門
です。

どちらもフレームの機銃取り付け金具にボルトで固定されていたようです。
アクセス・パネルを外して、機関銃を固定しているボルトを外せば比較的容易
に取り外せるようです。取り外すだけなら特殊工具は必要なく日曜大工の工具
で十分でしょう。外してみたことはありませんが・・・

主翼の20ミリ機関銃の弾倉はドラム型のマガジンになっています。
主翼下面のアクセク・パネルを開けて弾倉ごと交換していたようです。
で、著者は「カートリッジ」と書いたのでしょう。

20ミリ機関銃は大きく重く、たとえ撃てたとしても反動も大きいでしょうから
よほどしっかりした台座に固定しないと「武器」にはならないような・・・
その点、軽易な7.7ミリのほうは有効に使えそうです。

弾薬は、20ミリがドラム型弾倉に60発。7.7ミリは胴体内の弾倉に500発
(それぞれ一門あたり)搭載していたようです。
不時着時に残弾がどれほどあったかもどの銃を外して持って行くかに関係する
でしょうね。

49 :零戦萌ゆより:2001/05/25(金) 17:50
真珠湾攻撃のときには、飛龍零戦隊の西開地重徳一飛曹が、被弾してニイハウ島に不
時着し、伊号潜水艦の救援を待ったが、潜水艦はついに現れなかった。西開地一飛曹
は、かくまってくれた日系二世のハラダ・ヨシオと二人で、原住民カナカ人と戦う破目
になり、最後に零戦に火を放って、二人とも自害するという惨劇となった。

50 :名無し三等兵:2001/05/25(金) 23:53
ニイハウ島は、昔はカウイ島と呼ばれていたのだが、
入植したチャイニーズがニイハオ、ニイハオと言っているのが
島の人間の間で広まり、それがなまってニイハウとなった。
他の島のもの達はあきれて、いつしかカウイ島をニイハウ島と
呼ぶようになり、カウイ島の住民も気に入り、目出たく改名の運びとなった。
悲劇の舞台裏にはこんなホノボノ話もあったのです。

51 :MTH:2001/05/26(土) 04:01
>49
こんにちは。「零戦燃ゆ」とはノンフィクション書か何かですか?
戦時中にもこの事件を山岡荘八が、フィクショナイズし、「海軍」という雑誌に「ハワイに生きていた海鷲−在留邦人・祖国愛の協力−」というタイトルで出典していたようです。
ただし、内容はでたらめであったそうです。

>50 こんにちは。
この話は初めて聞きました。
「Niihau - The Last Hawaiian Island」にもでていないように思われますが。
→ http://www.amazon.com/exec/obidos/ASIN/0916630595/o/qid=990817133/sr=2-1/104-9795331-9123957
出典をお教えいただけますでしょうか? あるいは人づてにお聞きになったことですか?
 

52 :零戦萌ゆ:2001/05/26(土) 11:24
>>51
ノンフィクションです。
零戦を中心に太平洋戦勝全般をわかりやすく書いてあります。
(入門書にはよろしいかと・・・)

ノンフィクション作家の柳田国男による、文庫全6巻の作品です。

が、ニイハウ事件の記述については、>>49で転載した部分のみだと思います。
不時着したほぼ無傷の零戦が米軍に捕獲されてしまい、零戦の秘密が
暴露されてしまう事件に関連したお話として記述されてました。(2巻)

53 :50:2001/05/26(土) 12:42
>>51
折れが創ったんだよ。(W
おトボけもいいかげんにしろ!!

54 :名無し三等兵:2001/05/26(土) 12:45
>53
何だよ!信じちまったぜ。
あんた良いセンスしてるよ。

55 :名無し三等兵:2001/05/26(土) 17:18
>>53
ネタは相手みてやろうぜ。

56 :名無し三等兵:2001/05/27(日) 17:21
あげ
もっともっと語れ。

57 :MTH:2001/05/27(日) 17:34
>52

ありがとうございます。全6巻!がんばって読破してみようと思います。
なにせシロートですので、真珠湾攻撃全般に関しては、全く知識がない状態なので。

>43
「拳銃で応戦〜」とありますが、住民は武器を持っていなかったそうです。
ただ、投石で攻撃した、という説と、無抵抗ではあったが隙を見て、日本兵の機関銃のカートリッジを盗み出して海岸に隠した、との説があるようです。
51で述べた山岡荘八の創作においては、何百何千の弾丸にさらされながらも果敢に戦った日本兵と、在ハワイ邦人(実際は日系アメリカ人)の最後、となっています。

58 :名無し三等兵:2001/05/29(火) 12:29
age

59 :名無し三等兵:2001/05/31(木) 17:26
age

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