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復刻★泣ける話

1 :名無し三等兵:01/10/29 20:17 ID:Qav6KmVe
何で消えてしまったんだ。好きだったのに・・・・。
消してはならぬ 鎮魂の歌
あらん限りの気迫をこめて
貴き精神の歌を奉げる・・・・。


**過去ログ集**
1 http://yasai.2ch.net/army/kako/984/984375960.html
2 http://yasai.2ch.net/army/kako/995/995188351.html

935 :バーチャバカ一代:02/03/08 23:36
もうひとつ自衛隊の話、泣ける話までじゃないかもしれないけどイイ話。

  2月末に戦争が終わると、アメリカはペルシャ湾の機雷の掃海艇の派遣を正式に
  日本に要求してきた。ペルシャ湾に出入りする船は日本船か、日本が借りた船の
  数が圧倒的に多く、また自衛隊の掃海技術は国際的な定評があった。本来なら
  日本側が進んで掃海艇派遣を買って出てもおかしくない所である。しかし、社会、
  公明両党など野党側は「自衛隊の海外派兵につながる」と強く反対した。掃海艇
  派遣の決定をするのに1ヶ月以上を要し、さらに掃海作業に最も威力のあるヘリ
  コプターを積んでいく事を禁止された。

  第一掃海艇群6隻が出発したのは4月26日。わずか400トンの掃海艇群は、
  速度が遅く、35日から40日もかけてインド洋を渡った。しかしドバイの人々は
  日の丸を振って、掃海艇群を歓迎し、現地の日本企業の売り上げは倍増したという。

  その後、酷暑のペルシャ湾で、掃海艇群は一触即発の機雷に接近して、死と隣り
  合わせの処分作業を続け、計34発の機雷を爆破処理した。航路の安全を確保した
  後、呉市の基地に無事帰還したのは10月30日だった。広島県クウェートのアル
  シャリク駐日大使は呉まで出迎えて、こう述べた。

『機雷掃海の任務を終え、帰国されたことに感謝します。初めて日本が海外に自衛隊
   を送ったことの意味は、湾岸各国だけでなく全世界が高く評価すると思います。』

 130億ドルの拠出と在日米軍基地の提供とで、わが国は湾岸戦争の最大の貢献国
  だったのに、"too little, too late(少なすぎ、遅すぎ)と酷評され、罵倒された。
  しかし130億ドルの千分の1の費用で行われたこの掃海作業への感謝は心のこもった
  ものだった。



936 :スレ違いどころか板違いゴメソ:02/03/08 23:38
>933
あの名軍歌「アッツ島血戦勇士国民顕彰歌」も、朝日の公募で創られたんですよね、そういえば。
自分等の戦争責任には頬っかむりしたまま、「過去の日本の戦争責任」とやらを
えっらそーに報道しつづける垢匪新聞、マジ逝ってよし!!!
そんなに誤りたいんなら、社員役員の給料ボーナス全部返上して「謝罪と補償」にでも当てろや、ゴルァ!!!

937 :名無し三等兵:02/03/08 23:39
>>935
その掃海部隊の指揮官の身上を思ってまた涙…(T-T)

938 :名無し三等兵:02/03/08 23:39
>>926-928
泣ける話なんだけど「言葉を吐ける」と言う表現に疑問符

939 :バーチャバカ一代:02/03/08 23:47
今回のテロ特措法に反対してた人間なぞこんな話なんか絶対しらないし、しろうともしないのだろう
折角の技術も能力も持った自衛隊を、兎も角海外に出したくない、その実績を作らせたくないと躍起になる。

金を出せば、物資を送ればいいわけじゃあるまい
   『機雷掃海の任務を終え、帰国されたことに感謝します。初めて日本が海外に自衛隊
   を送ったことの意味は、湾岸各国だけでなく全世界が高く評価すると思います。』

この言葉!辻元や、福島、朝日新聞記者に聞かせてやりたいもんだ。
スレ違いなのでさげます



 

940 :焦げ茶坊主 ◆fbKatzD2 :02/03/08 23:47
>>937

落合さんだもんねぇ・・・


941 :名無し三等兵:02/03/09 00:18
>>926
中川2佐には、サインもらったことあったから、思い出して涙がこぼれてきたっす。
彼らの国民を守るという責任感には頭が下がります。

942 :名無し三等兵:02/03/09 01:49
>>912
>米軍基地でもないのにこの嫌われぶり、どうなってんだかこの国は。

軍が嫌われてるのではなくて、民間空港でないと周りに金を
(タクシーとか周辺の民営パーキングとか)落としてってくれないからだと思われ。

943 :名無し三等兵:02/03/09 01:53
落ちるのは、機体ばっか。


944 :お茶っぴき:02/03/09 01:53
>>937>>940
落合さんか、
軍事版では常識だけど、あの大田中将のご子息なんだよね。

大田中将の子供たちの戦後を見ていると、
戦争というものを考えさせられてしまうよ。

これ以上云うと馬鹿が荒らすから、
皆さん、これでお察し下さい。

ちなみに俺は真ん中でいるよう努力しているよ。

945 :名無し三等兵:02/03/09 01:58
喜ぶのは軍ヲタばっか
いえ、よろこびません。落ちてもsage

946 :無名兵士:02/03/09 02:48
いつか書こうと思ったが、良い機会だ。 2名の空ジは本当に立派だと思う
それに比べて、ハイジャックして無茶苦茶った西山とかいう奴は人命など
眼中に無く、本当に頭にくるよ、奴は、パイロットになれなかったのは
何て言うか、飛行機乗りとして、大事な物がかけていたからに思う

947 :お茶っぴき:02/03/09 12:43
>>946
そうだとも。
それにしても思うのは、
所沢の二人や御巣鷹の機長、
この西沢にやられた機長とか
そういう責任感の強い飛行機乗りほど
こういう惨事に会う不条理さだね。

948 :名無し三等兵:02/03/09 13:08
つか、空は誰にも責任を取ってもらえない世界。
自分の翼の責任を一身に背負うからこそ、飛行機乗りという人種はいつの時代もエリートなわけで。

乗機がぶじに再び滑走路に降り立つまで、独力であらゆる事態に最善をつくさなくちゃならん仕事。
それが飛行機乗り。
想像力と責任感の無い人間が選んではいけない道、だな。
ほとんどの飛行機乗りは毎日その重圧に耐えながら己の役割を果たしてるわけで、
死んだ人間のみが偉大だったわけではないよ、と。

……言うまでもなく、
そんな世界に肥大した自意識を満たすことしか見ていなかったクズは逝って良し、だ。
(実は彼と母校が一緒なもんで、ときどき自戒する)

949 :無名兵士:02/03/09 16:31
実はなぁー、俺は仕事場が川崎で、ちょうど首都高の大井の手前を走っていたんだ
奴の操縦するジャンボを見たよ、角度が異常に浅く、又、いつもとは全く違う
場所で最後のターンをしたから、???と思っていたら。ニュースでさぁ・・・
奴に殺意すら感じたよ。 とくに、昔のパイロットの事なんか考えてしまうと
心底情け無いよ

950 :名無し三等兵:02/03/09 17:24
緑区の米軍ファントムの墜落・・・

951 :名無し三等兵:02/03/09 19:02
>950
「パパママバイバイ」な。

しょせん米の軍人は日本の軍人じゃないってこった。
それより腹立つのは事なかれで済まそうとした日本政府の対応。
沖縄の基地がらみの事件のときもそうだが、
こういうときに一番頼りにならないのが日本の司法と行政。

952 :名無し三等兵:02/03/09 20:30
新スレ建てました

http://yasai.2ch.net/test/read.cgi/army/1015673299/
泣ける話@軍時板第4章



953 :お茶っぴき:02/03/09 21:10
>>948
そうなのか。しろうとですまぬ。
というか、逆噴射の片桐の事が
頭に浮かんでしまったもんで、

あとネパール&中華航空が・・・。


954 :無名兵士:02/03/10 22:38
ちなみになぁー片桐機長は超潔癖症なんだよ
ああいう人が一番危ないー元教え子より聞いた話

955 :ごっぐ ◆Cs6PCFec :02/03/10 23:10
片桐機長の事件のときは、墜落直後のニュースで流れてたスチュワーデスの誘導アナウンスが
ちょっと泣けたなあ。半泣きなのに一所懸命脱出方法と経路を注意事項を説明してるの。
『外は・・・寒いですから・・』ってとこだけ妙に覚えてる。
だれかTVで流れたとこだけでもUPできる人居ないかねえ。

956 : :02/03/10 23:41
  ―――――――――――
   ジー・オー・グループは
   直ちに映画を上映せよ
  ―――――――――――
        \●/
..  .       ■      
         || 

957 :名無し三党兵:02/03/10 23:43
>955
『外は・・・寒いですから・・』

うわ………
不謹慎だがめっちゃ萌える…

958 :ごっぐ ◆Cs6PCFec :02/03/11 01:27
>>957
イヤ正直な話、当時俺も(中略)。だから覚えてるのよ。

959 :無名兵士:02/03/11 20:08
元、片桐機長の教え子で現在、国内某社にて操縦桿をにぎる
A氏は、かれは潔癖症だから、降着点がいつもと違ったので
やり直しをしようとしたのでは? と本気で語っている。

960 :海の人:02/03/11 20:10
>959
 片桐くんって、離陸の時じゃなかった?
 「機長、やめて下さい」という悲痛な叫びの方が印象に残ってるなぁ。
 そんな非常事態に陥ってすら、階級を意識してしまう悲しいさがが。

961 :名無し三等兵:02/03/11 20:13
>>956
「ブレイズ・オブ・ザ・サン」の事か?
ありゃ笑えるな。なんでも太平洋戦争当時、南方の島で
戦う日本兵が主役らしく、その役はグループ会長自らやってるらしい。
総費用5億円もかけてなにやってんだか・・・・

#スレ違いsage(つ〜か、新スレ立ってるし・・・・・


962 :sghr:02/03/17 21:33
age

963 :ごぶりん:02/04/06 22:04
そろそろ次のスレを充填しときますか。

964 :名無し三等兵:02/04/08 23:36
>>961
いちおう、その映画で200億儲けて、出資者に返金する予定だったとか
ほんとに成功してたら、奇跡の復活劇としてヒーローだったんだけどね

965 :名無し三等兵:02/04/15 10:35
涙が止まらない…
このスレを見つけることができてよかった。
私は高校卒業後アメリカで教育を受け、知り合った当時はグリーンベレーの
少佐で、現在は某大学で政治を教える夫と結婚して現在に至る。
私は戦争に関して、変にリベラルな意見を持っていたけれど、
このスレを一通り読んで私の"今"は数知れない尊い先人のお陰と知った。
戦争は決して美化してはいけない。
でも、先に散った方々が大切に思った日本。
彼らが守ろうとした私たちの今。
日本人である自分をとても誇りに思う。

アメリカ人の多くは「神風アタック(特攻)」を代表する
大儀のための自己犠牲を理解できない。
ゆえに、分かったような誤解がはびこっている。
自分でどうにもできなかった慟哭を、このスレで得た沢山のお話をもとに、
夫の担当する大学院のクラスでレクチャーする機会をもらった。
ものすごい反響で、先週のことだが大学側は私に2時間に渡る講堂での
スピーチの機会を与えてくれた。300人もの生徒が集まり、
日本を理解してもらう良い機会だったと思う。

私たちの先人が守ろうとしたものを忘れてはいけない。
彼らの尊い死や犠牲を誤解されたままにしてはいけない。
そんな衝動に駆られて、私は執筆を始めました。出版する予定です。
ここでお話を聞かせてくださった方々、どうもありがとうございます。
長い独白ですが、お礼を申し上げたかったのです。ありがとう。

966 :名無し三等兵:02/04/16 00:34
>>965
こんな事を言うのは気が重いのですが、2chで紹介された話は必ず裏をとりましょう。
ソースの不明な者は貴重な話としてあなたの胸にしまっておき、
本には載せない方がよろしいかと。
もちろんソースが不明だからといって話しの良さが左右されるわけではありません。

967 :名無し三等兵:02/04/17 11:22
保全

968 :名無し三等兵:02/04/17 12:27
>960
着陸の時だYO
心身症という病名が世に知れ渡ったYO

969 :名無し三等兵:02/04/18 08:05
涙でモニタが見えなくなった・・・
こんな名スレ初めてだ。

970 :名無し三等兵:02/04/18 09:47
古い方には本当の名スレもあったんだけどね。

971 :名無し三等兵:02/04/18 21:03
>968
本当は心身症じゃなかった(っつーか、もし本当に心身症だったとしてもあの奇
行or兇行の原因じゃ無い)っていう話らしいですね。

972 :名無し三等兵:02/04/25 03:36
>>965
 アイリス=チャンのようにならないように気をつけてください。

973 :名無し三等兵:02/04/27 10:57
保全

974 :名無し三等兵:02/04/30 15:05
>>926-927
じつは俺当時その西武文理の在校生でした
あれは五時間目のことだったかな?
急に大きな音がして(確か、電気が消えたかな?)びっくりしたのを覚えている。
その後誰かが(教師かな?)飛行機が落ちたって言ってたのを覚えている。
俺は家が反対方向だったのでわざわざ見には行かなかったが、家でテレビで見た。
(正直、人だかりと、テレビ局がうざかったので)
そして後日(確か次の日)パイロットがわざわざ民家、そして俺らが勉強してた学校を避けるために
ぎりぎりまで操縦桿を握っていたためになくなられたのを知った。
(確かその日に)全校集会を開いて黙祷したのを覚えている。
あの時は体の内側から何か来るものがあったが、改めて読み直すと
涙無しには読めなくなってくる。
今度夏休みにでも、おはかまいりしてこようかと思ってきた。
せめて今モニタの前で敬礼。
     __
     /__|__
    /_了TДT\
     (| \|〆
    〜|  ̄ |
      ∪ ∪

975 :名無し三等兵:02/05/01 08:31
ちとスレ違いかもしれませんが、
「もしも兵器がしゃべったら言いそうなセリフ」過去スレより。


383 名前: 長門 投稿日: 2001/06/04(月) 22:41

南海に 友も敵(かたき)も 去りゆきて
我は殿 終に追い逝く

http://yasai.2ch.net/army/kako/991/991521532.html

976 :名無し三等兵:02/05/02 07:00
>>971
日航の医療記録に「心身症」と書いてあったからそういう話が広がったんだけど、
K機長は実は「精神分裂病」。
心身症って、ストレス性の胃潰瘍とかの類(らしい)。

977 :名無し三等兵:02/05/09 13:25
一日でこのスレを読んでしまいました。
やはり涙が出てきてしまいました。
特に、元沖縄県知事の大田昌秀さんの話が印象的でした。
ありがとうございました。

978 :名無し三等兵:02/05/10 19:23
>>977
君、もう一度読み直したほうがいいぞ。

979 :名無し三等兵:02/05/10 20:28
オオタ違い。

980 :名無し三等兵:02/05/10 21:59
123便のボイスレコーダー、一回は聞いたほうがいいよ。

981 :名無し:02/05/13 16:17
>915 戦後、撃墜されたショート中尉が出撃した事情を知った。中国側の避難列車を日本軍が爆撃に来たと思って、単身、迎撃に出たのだった。
 以後、命日の供養を欠かさず、77年には、ハワイにあるショート中尉の墓を訪ね、中尉の弟、エドモンドさんと対面。観音像を手渡し、「勇敢な戦いぶりでした」とたたえた。エドモンドさんも来日するなど、交流が続いた。

疑問1.1932年、何故太平洋戦争前に、米軍人が対日戦に参加していたのか。
真珠湾前だろう。米軍は前から参戦していたのだ。

982 :名無し三等兵:02/05/13 17:00
>>1がまったく予想していない事態が発生したのはその直後だった。
背後から叫びが聞こえた。モナーだった。生徒ではなく、八頭身だった。彼は命じていた。
「総員、>>1さんを救え!突撃!」
莫迦野郎。どうしようもない大莫迦野郎。>>1は思った。この僕を救えだと?
畜生。あいつ、新刊を追い求めている。自分に続けば、半数は死んでしまいかねないことを
知りつつ、そう命じている。ええい、命令というものはもう少し厳格でなければいけないな。
まったく気に入らない。気に入らないぞ。2ちゃんねるとはもっと殺伐としていて、
救いのないものであるはずなのだ。
こんな2ちゃんねるは、大嫌いだ。


983 :名無し三等兵:02/05/13 17:09
>981
君はフライングタイガースという単語を調べることをお勧めする。

軍が動くことと個人が動くこととはまったくの別問題。
そしてそれを後世の人間が政治的に無理やりいっしょくたにすることも別の問題。

戦後の残留日本兵がインドネシアで何をやろうが、
日本「軍」は1945年9月2日に降伏したことに変わりは無い。

984 :名無し三等兵:02/05/13 23:44
>>974
俺も狭山市の人間だけど、あの事故の時は悲しかったなぁ。
あの時なぜか泣いたんだよね。
友達が「墜落現場を見に行こう」って誘ってきたけどとても行く気にはなれなかった。

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