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泣ける話

1 :名無し三等兵:2001/03/12(月) 14:46
『佐久間艇長遺言』(昨日海軍省より発表)

 小官の不注意により陛下の艇を沈め部下を殺す,誠に申し訳なし。されど艇員一同死に至るまで皆よくその職を守り沈着にことを処せり。我等は国家のため職に斃れしと雖も唯々遺憾とする所は天下の士はこれを誤り以って将来潜水艇の発展に打撃を与ふるに至らざるやを憂ふるにあり。希くば諸君ますます勉励以ってこの誤解なく将来潜水艇の発展研究に全力を尽くされんことを。さすれば我れ等一も遺憾とするところなし。
   沈没の原因
 瓦素林潜航の際過度深入せしため「スルイスバルブ」をしめんとせしも途中「チェン」きれ依って手にて之れをしめたるも後れ後部に満水せり。約二十五度の傾斜にて沈降せり。
   沈据後の状況
 一,傾斜約仰角十三度位
 一,配電盤つかりたるため電灯消え,電纜燃え悪瓦斯を発生呼吸に困難を感ぜり。十五日午前十時沈没す。この悪瓦斯の下に手動ポンプにて排水に力む。
 一,沈下と共に「メンタンク」を排水せり,灯消えゲージ見えざれども「メンタンク」は排水し終われるものと認む。電流は全く使用する能わず,電液は溢るも少々,海水は入らず「クロリン」ガス発生せず唯々頼む所は手動ポンプあるのみ。
  (后十一時四十五分司令塔の明りにて記す)
 溢入の水に浸され乗員大部衣濕ふ。寒冷を感ず。
 余は常に潜水艇員は沈置細心の注意を要すると共に大胆に行動せざればその発展を望む可からず,細心の余り萎縮せざらんことを戒めたり。世の人はこの失敗を以って或いは嘲笑するものあらん。されど我れは前言の誤りなきを確信す。
 一,司令塔の深度計は五十二を示し排水に勉めども十二時迄は底止して動かず,この辺深度は十尋位なれば正しきものならん。
 一,潜水艇員士卒は抜群中の抜群者より採用するを要す,かかるときに困る故。幸ひに本艇員は皆よく其職を尽せり,満足に思ふ。
 我れは常に家を出づれば死を期す。されば遺言状は既に「カラサキ」引出の中にあり(之れ但私事に関すること,いふ必要なし,田口,浅見兄よ之れを愚父に致されよ)
   公遺言
 謹んで
 陛下に白す 我部下の遺族をして窮するものなからしめ給はらんことを,我が念頭に懸るもの之あるのみ。
左の諸君に宜敷(順序不順)
斉藤大臣 島村中将 藤井中将 名和少将 山下少将 成田少将
(気圧高まり鼓膜を破らるる如き感あり)
小栗大佐 井出大佐 松村中佐(純一) 松村大佐(竜) 松村少佐(菊)
                           (小生の兄なり)
 船越大佐
 成田鋼太郎先生 生田小金次先生
 十二時三十分呼吸非常にクルシイ
 瓦素林ヲブローアウトセシシ積モリナレドモ,ガソリンニヨウタ
 中野大佐
 十二時四十分なり

2 :名無し三等兵:2001/03/12(月) 14:47
左ノ電文ヲ次官二御通報方取計(とりはからい)ヲ得度(えたし)

 沖縄県民ノ実情二関シテハ県知事ヨリ報告セラルヘキモ 県ニハ既二通信力ナク 32軍司令部又通信ノ余力ナシト認メラルニ付 本職県
知事ノ依頼ヲ受ケタルニ非(あら)サレトモ 現状ヲ看過(かんか)スルニ忍ヒス 之二代ツチ緊急御通知申シ上クーー

 ーー若キ婦人ハ率先軍二身ヲ捧ケ 看護婦烹飯婦ハモトヨリ砲弾運ヒ挺身斬込隊スラ申出ルモノアリ 所詮(しょせん)  敵来リナハ老人子
供ハ殺サレルヘク 婦女子ハ後方二運ヒ去ラレテ毒牙二供セラルヘシトテ 親子生別レ 娘ヲ軍衛門二捨ツル親アリ 看護婦二至リテハ軍移
動二際シ 衛生兵既二出発シ身寄リ無キ重傷者ヲ助ケテーー

ーー沖縄県民斯(か)ク戦ヘリ 県民二対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲー―


3 :名無し三等兵:2001/03/12(月) 14:50
泣けるね、もっとくれ

4 :名無し三等兵:2001/03/12(月) 14:54
玉砕した部隊が残した、大統領に宛てた手紙きぼん

5 :名無し三等兵:2001/03/12(月) 14:59
>>1
江田島記念館に遺書が展示されているので機会があったら見に行って
みましょう。酸欠に悩まされながら書き続け、段々と筆跡が乱れて
文字が大きくなっていくのに心を打たれました。

6 :名無し三等兵:2001/03/12(月) 15:09
硫黄島守備隊の玉砕に際しての電文

「チチジマノミナサン、サヨウナラ」

7 :名無し三等兵:2001/03/12(月) 15:12
>ーー沖縄県民斯(か)ク戦ヘリ 県民二対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲー―

この一文がホント泣ける。報われないよなぁ。

8 :名無し三等兵:2001/03/21(水) 01:39
セブ島から特攻出撃した大和隊隊員植村少尉が幼いわが子に
あてた遺書。


素子 素子は私の顔を能く見て笑いましたよ。私の腕の中で眠りも
したし、またお風呂に入ったこともありました。素子が大きくなって
私のことが知りたい時は、お前のお母さん、佳代叔母様に私のこと
をよくお聞きなさい。私の写真帳もお前のために家に残して
あります。
素子という名前は私がつけたのです。素直な、心の優しい、思いやり
の深い人になるようにと思って、お父様が考えたのです。
私はお前が大きくなって、立派なお嫁さんになって、幸せになったの
を見届けたいのですが、若しお前が私を見知らぬまま死んでしまって
も、決して悲しんではなりません。お前が大きくなって、父に会いたい
ときは九段にいらっしゃい。そして心に深く念ずれば、必ずお父様の
お顔がお前の心の中に浮かびますよ。
父はお前が幸福者と思います。
生まれながらにして父に生き写しだし、他の人々も素子ちゃんをみると
真久さんにあっている様な気がするとよく申されていた。
またお前の伯父様、叔母様は、お前を唯一の希望にしてお前を可愛がって
下さるし、お母さんも亦、御自分の全生涯をかけて只々素子の幸福を
のみ念じて生き抜いて下さるのです。必ず私に万一のことがあっても
親無し児などと思ってはなりません。父は常に素子の身辺を護って
おります。優しくて人に可愛がられる人になって下さい。

お前が大きくなって私のことを考え始めたときに、この便りを読んで
貰いなさい。

昭和十九年○月某日                  父

植村素子へ
追伸 素子が生まれた時おもちゃにしていた人形は、お父さんが頂いて
自分の飛行機にお守りにして居ります。だから素子はお父さんと一緒に
いたわけです。
素子が知らずにいると困りますから教えて上げます。

9 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

10 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

11 :>10:2001/03/21(水) 01:57
別にどっちだっていーよ。
むしろレスするな。

12 :名無し三等兵:2001/03/22(木) 18:10
age


13 :名無し三等兵:2001/03/22(木) 18:10
これからなのに

14 :名無し三等兵:2001/03/22(木) 18:19
8の出典は「きけわだつみの声」かな。
初めて目にしたけどこれはキッツイね。
泣かせどころ満載。

15 :名無し三等兵:2001/03/22(木) 18:25
>>14
まじ、目頭が熱い、、

16 :名無し三等兵:2001/03/22(木) 18:27
実にいいスレだ

17 :名無し三等兵:2001/03/22(木) 23:18
8をみて泣かない奴は銃殺。

18 :名無し三等兵:2001/03/22(木) 23:26
落合信彦の本からだからそのつもりで(笑)。オイラが泣いたのはこれ。

 ノルマンディ上陸作戦で戦死した兵士のポケットに入っていた紙に書かれていた、

 I die today, for your tomorrow.
 (あなた達の明日のために、僕は今日死ぬ)


19 :名無し三等兵:2001/03/22(木) 23:31
>8
この間靖国に行ったとき、ちょうど特攻関係者の展示をやっていたんだけど、
そこに展示されていた遺書の数々を読むと、思わず目頭が熱くなり、
涙を流すまいと歯を食いしばって耐えたよ。
結構みんな俺より若いんだよな、特攻隊員。
今の俺に死を前にしてあんな文がかけるだろうか。心が痛かった。

しかしあそこにたむろする、ヤクザまがいの右翼はどうにかならんもんだろうか(憂

20 :名無し三等兵:2001/03/22(木) 23:37
>8
こばやしよしのりの戦争論に引用されていましたね。
絵が入ると泣けます。ていうか泣きました。
あと、靖国に来れば私に会える とかいう文もあったような

たとえこの身は南海に散るとも いく年のちの春を思えば・・・
紫電改の機体に彫られてあったそうな

21 :大渦よりの来訪者:2001/03/22(木) 23:49
一度だけ出撃して壊滅したと言う独逸の体当たり特攻部隊の最期の通信文、
いつかどこかのスレで出ていたと思うのですが、ご存知の方いらっしゃいますか?


22 ::2001/03/22(木) 23:58
>20
なんか反応の多さにびっくりです。
比較的古典的でしょう?これ?
>靖国にくれば・・
引用文の「九段にいらっしゃい」がそれにあたるんじゃない?
靖国神社は九段下にあるし。
誤解ないように一応いっときますが、こばやしよしのりは
大嫌いですといっておきましょう。


23 :名無し三等兵:2001/03/23(金) 00:09
>>21
懐かしい。それ書き込んだのたぶん私だ。でもって再び。
「エルベ特別攻撃隊」ってドイツ空軍体当たり部隊。手持ちの本から引用。

『そして1945年4月7日にマグデブルグ上空でベルリンに向かうB−17の
大編隊を迎撃し、パイロット達は突進の途中で
「忘れるな。奴らに殺された我らの母を。子供を」
と無線機に絶叫しながら、B−17の尾翼めがけて突進した。』
 276p 第二次大戦航空史話(上) 秦 郁彦著 中公文庫

 ソーゼツです。突っ込む方も、突っ込まれる方も……。

24 :>23:2001/03/23(金) 00:12
何故尾翼なのですか?
もっとも致命的なダメージを与えられるから?

秦さんの本はイイヨネ。俺も愛読しとります。

25 :名無し三等兵:2001/03/23(金) 00:17
社会の窓が開いてるよ


26 :Mr.名無しさん:2001/03/23(金) 00:31
油圧の関係では?>尾翼狙い

27 :少佐:2001/03/23(金) 00:35
>>24
B−17へ正面上方から突っ込むため、被弾等で失速して機首前方を航過する
ことを防ぎ命中精度向上を図る理由から、尾翼を突入目標とするものと愚考する。


28 ::2001/03/23(金) 00:41
>27
ありがとう偽少佐(笑

29 :大渦よりの来訪者:2001/03/23(金) 01:01
>28
本物かもしれないだろ(笑)
23殿、どうも有り難うございます。
いつも心の何処かに引っ掛かっていた話でした。
………しっかし、エンジン全開だと無線が使えない日本機って、
実はこんな場所でも損してたんですね。

30 :名無し三等兵:2001/03/23(金) 17:47
いいスレだ。

31 :名無し三等兵:2001/03/23(金) 18:54
同意age


32 :名無し三等兵:2001/03/23(金) 19:15
本当にいいスレだ

33 :名無し三等兵:2001/03/23(金) 19:29
佐藤章


菊水隊 イ36潜、イ37潜、イ47潜

昭和19年11月8日出撃

妻への手紙

まりゑ殿

かねて覚悟し念願していた「海い征かば」の名誉の出発の日が来た。日本男子として皇国の運命を背負って立つは当然のことではあるが然しこれで「俺も日本男子」だぞと、自覚の念を強うして非常にうれしい。

短い間ではあったが、心からのお世話になった。俺にとっては日本一の妻であった。

小生は何処に居らうとも、君の身辺を守っている。正しい道を正しく直く生き抜いてくれ。

子供も、唯堂々と育て上げてくれ。所謂偉くすることもいらぬ。金持ちにする必要もない。日本の運命を負って地下百尺の捨石となる男子を育て上げよ、小生も立派に死んでくる。

充分体に気をつけて栄へ行く日本の姿を小生の姿と思いつつ強く正しく生き抜いてくれ。

大東亜戦争に出陣するに際して

昭和十八年九月二十一日



まりゑ殿


34 :海の人:2001/03/23(金) 20:39
 なんで、こういう生きて戦後の日本を背負って立たなくちゃいけない人間
ばっかり先に死んだかなぁ。
 結局生き残るのは少数のまともな人間と、大多数の辻とか瀬島みたいなの
ばかりか、ため息が出ますね。

35 :名無し三等兵:2001/03/23(金) 20:40
源田も生き残ったし

36 :名無し三等兵:2001/03/23(金) 21:05
ついでにいうと、この言葉の重みを理解せずに
やくたいもないデマゴーグに利用しようという人間も多すぎる。

靖国神社には俺も去年の夏に行ったけど、
あそこであのひとたちを祀るのが正しいこととはどうしても思えなかったよ。
せめて宗教組織の殻を借りることなく、堂々と日本と日本国民の名で弔ってほしい。
神社やらなんやらで歪んだ権威付けなんてしてほしくない。

今度の夏は、国立戦没者霊園に行こうと思う。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/03/23(金) 21:06
死人の悪口を言う奴はいないだけだよ

38 :名無し三等兵:2001/03/23(金) 21:07
>>37
本当にそうなら、俺はもう少しいまのこの国を好きになれてたよ。

39 :名無し三等兵:2001/03/23(金) 21:09
「ついでって」あんた誰?

8番?

40 :名無し三等兵:2001/03/23(金) 21:11
なんで神社がゆがんでるんだ?

41 :ロンメル太郎:2001/03/23(金) 21:14
>>8
いやダメ。それダメ。そういうのダメ。
素子が知らずにいると困りますから教えて上げます…
ううっ ブワー(涙腺決壊

42 :名無し三等兵:2001/03/23(金) 21:25
靖国もなぁ、設立当初は宗教臭ない設備だったんだが
山県の立ち腐れヂヂィやらのウソームゾーにいいように
強姦されて今みたいになっちゃったからねぇ。

43 :名無し三等兵:2001/03/23(金) 21:58
>>42
やぱし陸軍腐敗の元凶は山県か・・・(大村益次郎が生きてればなあ)

44 :名無し三等兵:2001/03/23(金) 23:44
「貴様らだけを死なせはしない、俺も必ず後から行く」

ミッドウエー攻撃に出撃する搭乗員達に訓辞した山口多聞司令官は
空母飛龍と運命を共にした。

45 :名無し三等兵:2001/03/24(土) 10:07
>>43
中里融司?
「東の太陽西の鷲」は戦略や奇想兵器で魅せるというより、人物が好きだったね。

ともかく、特攻ネタだと敗戦の日に(自分が死なせた)部下の後を追って割腹する司令官や、
玉音放送が流れたのに「せめて一矢」と言って基地航空隊ごとアメリカ艦隊に突っ込んだ人たちとか、
いろいろ話はあるね。
「〇〇中尉(?)は死んでも操縦桿を離しませんでした」とか。

46 :名無し三等兵:2001/03/24(土) 10:54
そして源田実は議員になった

47 :名無し三等兵:2001/03/24(土) 10:57
めでたしめでたし

48 :名無し三等兵:2001/03/24(土) 13:38
8はある意味反則だな。
ウヨの格好のネタとされそうで不憫(もうなってるか

49 :名無し三等兵:2001/03/24(土) 13:46
小林は俺もキライ

50 :名無し三等兵:2001/03/24(土) 13:52
>1
そう言えば佐久間艇の引き上げ後、乗員が全員持ち場を離れずそのまま死んでいたのは
世界中が驚愕したとか。
ちなみにほぼ同時期にイタリア艇が沈没したときは乗組員は、ハッチ周辺で折り重なる
ように死亡していたそうです。

51 :名無し三等兵:2001/03/24(土) 13:55
>>50
本当かな?っておもったけど
遺書の文体みると納得するよ

52 :名無し三等兵:2001/03/24(土) 19:19
まさに軍人の鑑!

53 :名無し三等兵:2001/03/24(土) 19:29
軍人の、というより運命共同体な組織の一員としての鑑。

54 :ZU:2001/03/24(土) 19:29
>50
 吉村昭が小説書いた潜水艦は何だったべか?

55 :名無し三等兵:2001/03/24(土) 22:13
>8
植村素子さん、この遺書のおかげで幸せな人生を送っていると信じたい。

56 :名無し三等兵:2001/03/25(日) 04:05
大西瀧治郎中将辞世の句

「これでよし百万年の仮寝かな」


57 :名無し三等兵:2001/03/25(日) 11:10
昔見た終戦記念日かなんかのテレビ特番にて。
生き残ったパイロットのじいちゃんが、どこかの飛行場跡地で(うろおぼえスマン)
TVクルーに、
「あの戦争のことは、私たちのことは忘れてやってください。あんな辛い時代を
今の人に忘れてもらえるのが、私や仲間たちの一番の願いで、供養だと思います」
と涙ながらにそんなような内容のことを言っていた、そんな番組があった。
そういう想いの人もいるのか、と思った途端、私も涙が止まらなくなった。

58 :名無し三等兵:2001/03/25(日) 14:15
中部太平洋方面艦隊司令長官 南雲忠一中将 サイパン島よりの決別文

「今や止まるも死、進むも死、生死須くその時を得て帝国男児の真骨頂
あり、今米軍に一撃を加へ太平洋の防波堤としてサイパン島に骨を埋めん
とす…茲に将兵と共に聖寿の無窮、皇国のいやさか弥栄を祈念すへく敵を
もと索めて発進す 続け」



59 :名無し三等兵:2001/03/25(日) 14:41
以前、硫黄島で闘った日本兵と米兵が再会するという番組があった。

日米の爺さん達が飛行機で彼の地に行って、ご対面して……、
直後双方抱き合ってボロ泣き。こっちも泣いた。

60 :名無し三等兵:2001/03/25(日) 17:45
もっと泣かせろ

61 :名無し三等兵:2001/03/25(日) 18:38
>>59
ベトナムでもあったな。
プラトゥーンを現地でベ米双方の元兵士達が鑑賞し、
見終わった後に双方とも抱き合って泣いていた。

62 :名無し三等兵:2001/03/25(日) 18:43
零式水偵(だったかな)でアメリカ本土を空襲したパイロット
ボコられ覚悟で訪米したら大歓迎ってのも泣ける話じゃないが
いい話。

63 :名無し三等兵:2001/03/25(日) 18:44
広島の慰霊祭に軍服着てきた退役軍人
ボコされて帰った

64 :名無し三等兵:2001/03/25(日) 18:57
>63
それも泣けるな……

65 :未確認生物:2001/03/25(日) 19:05
>>63
 正月、靖国に参拝に行ったが
軍服、軍刀(?)を着たオッちゃんが居た。
特に文句を言われた様ではなかったが
地域による差なのかな?

66 :名無し三等兵:2001/03/25(日) 19:09
>>65
もう二十年以上も昔だけど、
新宿に軍服着て喚き散らす親父が居て警察に羽交い締めされていたよ。

67 :名無し三等兵:2001/03/25(日) 19:10
>63
書き忘れた、アメリカの退役軍人だ
スマソ

68 :名無し三等兵:2001/03/25(日) 21:53
>67
それはそれで泣けるね……

69 :名無し三等兵:2001/03/25(日) 23:21
以前、「世界丸見え」でやっていた話。
金塊(プラチナだったかも)積んでインド洋に沈んだとされるイ号潜水艦を見つけたトレジャーハンター。
結局金目のものは見つからず、がっかりだったんだけれど、彼は最後にもう一潜りした。
戦死者に敬意を表すために、海中に大きな大きな日章旗をたてた。
そんなことやっても一文にもならないのに、ベトナム帰りの彼はそれをやった。

70 :名無し三等兵:2001/03/25(日) 23:26
>>67
広島の連中は日本人の恥さらしだな。
正装してきた相手になんて失礼な真似を…怨みがあるからどう振る舞ってもいいってわけじゃないだろうに。

71 :名無し三等兵:2001/03/25(日) 23:30
終戦後。ビキニ環礁での核実験。「長門、沈まず」の報を聞き元艦長の未亡人曰く
「幾万もの英霊たちが水底をささえているのですよ」

核の直撃を受け傾斜したものの未だ浮いている長門に驚嘆した米海軍の被害調査隊の一人は
艦橋にこう書き残したという。
"Old Navy Never Die!(海の古強者は死なず!)"


72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/03/25(日) 23:32
フランダ−スの犬かののらくろ一等兵がなけます。
戦後の「のらくろくん」が変かで日本の変かが読めるね。
のらくろくんは、陸軍の人気を高めるために作られたもなんですよ。

73 :名無し三等兵:2001/03/25(日) 23:34
のらくろは漫画の形を借りた軍事教本だよ。

74 :名無し三等兵:2001/03/25(日) 23:39
>70
恥さらしまでのは言わないが大筋で同感。
国としての戦争は終わっているんだし、広島の悲劇を見て
核について考えている将校さんだっているだろう。

俺がそれで思い出すのは、スミソニアンで原爆展の被爆者写真展示とかが反対多数で
ぽしゃった時。NHK特集で、反対賛成両方の意見を紹介していた。
その内の、反対派の初老女性の意見が忘れられないよ。
彼女は、昔広島に観光で行ったらしい。でもって記念館を訪れた。その時、周りの
日本人の冷たい視線を浴びて、ものすごく困惑したそうな。まるで犯人を見る
目つきだったって言ってた。だから強硬な反対派になったそうな。
もともと日本に観光で来るようなら、少しは親日派だったろうに。
そういう人を作るだけなら、記念館なんて廃止したほうがいいんと違うか。
泣ける話だよ、全く。

俺がアリゾナメモリアル訪れたとき、少なくとも睨まれたことなんてなかったぞ。
韓国人が五月蠅かったけれどな(笑)。

75 :名無し三等兵:2001/03/25(日) 23:42
広島ってやっぱドキュ…

76 :名無し三等兵:2001/03/25(日) 23:57
卒業式の君が代斉唱でも、なんちゃら解放同盟の「(ピー)」どもが、
人一人自殺に追い込むほど陰湿な抗議行動しておいて、すまんの一言も
無いんですから…>広島

77 :名無し三等兵:2001/03/26(月) 00:05
>アリゾナ

ピースしながら笑顔で記念写真とる
ヴァカ女逝ってくれ(まじでいた

78 :名無し三等兵:2001/03/26(月) 00:09
B楽の話はやめてくれ・・・
元の話に戻そう。

79 :名無し三等兵:2001/03/26(月) 00:12
あれって、広島人と言うより全国から集まってきたドキュソサヨの仕業だって
聞いた事があるんですが、その辺詳しい方情報きぼーんです。

80 :名無し三等兵:2001/03/26(月) 00:15
>>79
原水爆禁止協会(名前が似ている組織もう一つあり)
は両者は共産党と社会党の組織です

81 :名無し三等兵:2001/03/26(月) 00:16
>>79
そうだとしてもそれを喜んで受け入れちゃう姿勢はやはり問題だろう。

82 :名無し三等兵:2001/03/26(月) 00:24
俺は広島に住んでいる厨房だが・・・通ってる中学の社会科の教師はまとも(でも教科書があれじゃあワラえるが。
でも近頃は総合学習で朝鮮侵略とか意味不明な教育が増えてる。

83 :名無し三等兵:2001/03/26(月) 00:38
何処の学校だってそうぢょ

84 :名無し三等兵:2001/03/26(月) 02:33
せっかくの名スレだ、話スレの趣旨に戻すよ。広島の話は別で頼む。

俺がアメリカで見たドキュメンタリー。アッツとキスカの話だった。
どちらか忘れたけれど、米兵が島に行くと、木でできた米兵(おそらく航空兵)の墓があった。
映像で見たけれど、きれいな筆記体(英語)でこう書いてあった。
「国のために若い命を散らし兵士ここに眠る。ニッポンアーミー」

英語の達者な日本兵の誰かが書いたんだろう。敵の戦死者に最大限の敬意を払うというのは、
いつ考えても泣ける。

85 :名無し三等兵:2001/03/26(月) 02:35
>>84
さっそく泣けそうです(マジ

そのドキュメントみたいな

86 :名無し三等兵:2001/03/26(月) 03:07
久々に俺の涙腺にヒット!
もっとないかな?

87 :名無し三等兵:2001/03/26(月) 04:13
遺書

○陸軍歩兵伍長としてはこれ男子の本懐、申し置く事ナシ。

○日本映画監督協会の一員として一言。
「人情紙風船」が山中貞雄の遺作ではチトサビシイ。
負け惜しみに非ず。

○保険の金はそっくり井上金太郎氏にお渡しする事。

○井上さんにはとことん迄御世話をかけて済まんと思います。
僕のもろもろの借金を(P・C・Lからなるせ[#「なるせ」に傍点]からの払ッて下さい。)
多分足りません。そこ、うまく胡麻化しといて戴きます。

○万一余りましたら、協会と前進座で分けて下さい。

○最後に、先輩友人諸氏に一言
よい映画をこさえて下さい。     以上。

 昭和十三年四月十八日
                       山 中 貞 雄

--------------------------
飄々とした人柄が偲ばれて逆に泣ける。
死の間際で淡々とした文章を書けると言うのは凄いなあ

88 :名無し三等兵:2001/03/30(金) 22:45
著書「知覧特別攻撃隊」より。

-----------------------------------------------------------------
遺書

政憲、紀代子へ

 父ハスガタコソミエザルモイツデモオマエタチヲ見テイル。
ヨクオカアサンノイイツケヲマモッテ、オカアサンニシンパイ
ヲカケナイヨウニシナサイ。ソシテオオキクナッタレバ、
ヂブンノスキナミチニスヽミ、リッパナニッポンジンニナルコト
デス。ヒトノオトウサンヲウラヤンデハイケマセンヨ。「マサ
ノリ」「キヨコ」ノオトウサンハカミサマニナッテ、フタリヲジ
ット見テイマス。フタリナカヨクベンキョウヲシテ、オカアサ
ンノシゴトヲテツダイナサイ。オトウサンハ「マサノリ」「キヨ
コ」ノオウマサンニハナレマセンケレドモ、フタリナカヨクシナサイヨ。
オトウサンハオオキナジュウバクニノッテ、テキヲゼンブ
ヤッツケタゲンキナヒトデス。オトウサンニマケナイヒトニ
ナッテ、オトウサンノカタキヲウッテクダサイ。

マサノリ キヨコ フタリヘ
                   父より。


久野正信 中佐 第三独立飛行隊
昭和二十年五月二十四日出撃戦死 二十九歳

--------------------------------------------------------------
幼い子供達にも読めるようにカタカナで書いた遺書が泣ける...


89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/03/31(土) 05:31
age

90 :pu:2001/03/31(土) 07:44
>>88

こりゃいかん。なけるわ。降参。
こんないいスレッド軍事板で始めてみた。
AGE


91 :名無し三等兵:2001/03/31(土) 18:18
国のためだと信じ込み
ジャングルの落ち葉の下で朽ちていく
米も食わずに戦って
ぼろぼろになって死んだ仲間たち

遠い遠い雲の涯に
たばにして捨てられた青春よ
今尚太平洋を彷徨する魂よ
俺達の永遠に癒えない傷あと

吉田嘉七 ガダルカナル戦詩集より


92 :名無し三等兵:2001/03/31(土) 18:27
>>88
やべぇ、俺も泣けたよ

家族ものはクルネ

93 :名無し三等兵:2001/03/31(土) 19:07
>>88の数年前TVで見たことある。
奥さんも御存命で元気でしたよ。(今はワカランが)
上から戦力温存のために止められたのだが、
「自分の部下が次々と特攻で死んで行くのは偲び無い」と嘆願されたそうだ。
政憲さんも優しそうな白髪のオジさんだった。
カタカナの遺書を目を細めながら「父の思いではこれしかないので...」と
微笑む姿が印象的でした。

しかし、いつ見ても泣けるね。

94 :名無し三等兵:2001/03/31(土) 19:57
社会学習の為に2ちゃんねるを最大限に活用しようと思って軍事板を覗いてみたんですが、
ヤバイ、>>88超泣ける・・・。
いつもおばあちゃんから戦争の色んな話を聞いていたのですが・・・。

95 :名無し三等兵:2001/04/01(日) 00:11
>>88
たまらんねえ・・・・。
「お馬さんになれないけど、仲良くしなさい」とは・・
(;_;)


96 :hatake:2001/04/01(日) 00:18
静かな父親の愛情ですね・・・。

97 :名無し三等兵:2001/04/01(日) 00:19
名スレ。あげ

98 :名無し三等兵:2001/04/01(日) 00:27
もっとくれー

99 :名無し三等兵:2001/04/01(日) 00:31
>>88
涙がぼろぼろ出たよ

100 :名無し三等兵:2001/04/01(日) 00:33
陸軍衛生伍長 伊藤 甲子美命 二十六歳
マリアナ島にて戦死
季代子 かう呼びかけるのも最後になりました。短かつたけど優しい妻でした。有り難く御礼申し上げます。まこと奇しき縁でしたけど、初めて幸福が訪れた様な気がして嬉しく思つていました。折角永遠の誓ひを致しながら最後になりますのは、何かしら心残りですけど、陛下の御盾として果てる事は、私にとりましても光栄と存じます。
短い生活で、もう未亡人と呼ばれる身を偲ぶとき、申し訳なく死に切れない苦しみが致しますが、すでに覚悟しての事、運命として諦めて頂きたいと思ひます。若い身空で未亡人として果てる事は、決して幸福ではありませんから佳き同伴者を求めて下さい。
私は唯、幸福な生活をして頂きますれば、どんな方法を選ばれませうとも決して悲しみません。
さやうなら季代子、何一つの取り柄のない夫を持つて、さぞ肩身の狭き思ひで有りませう。至らない身、お詫びを致します。
何日の日か幸福な妻にさして上げたく思ひ乍ら、その機会もなく心残りでなりません。
どうぞ御健やかに御暮らし下さいます様、お祈り致しています。さやうなら。

昭和十九年五月三日 伊藤 甲子美
季代子様


101 :名無し三等兵:2001/04/01(日) 00:36
海軍中尉 富田 修命 二十三歳
台湾高雄西海上にて戦死
九月二十五日一時半、我一生ここに定まる。
お父さんへ、いうことなし。お母さんへ、ご教訓身にしみます。
お母さんご安心下さい。決して僕は卑怯な死に方をしないです。お母さんの子ですもの。−−−−それだけで僕は幸福なのです。
日本万歳、万歳、こう叫びつつ死んで征つた幾多の先輩達のことを考へます。
お母さん、お母さん、お母さん、お母さん!!
こう叫びたい気持ちで一杯です。何かいつて下さい。一言で充分です。
いかに冷静になつても考へても、何時も何時も浮かんで来るのはご両親様の顔です。
父ちやん!母ちやん!僕はこう何度もよびます。
「お母さん、決して泣かないで下さい」
修が日本の飛行軍人であつたことに就いて大きな誇りを持つて下さい。勇ましい爆音をたてて先輩がとんで行きます。ではまた。


102 :名無し三等兵:2001/04/01(日) 00:37
若い身空で未亡人として果てる事は、決して幸福ではありませんから佳き同伴者を求めて下さい。
私は唯、幸福な生活をして頂きますれば、どんな方法を選ばれませうとも決して悲しみません。


キタ

103 :名無し三等兵:2001/04/01(日) 00:48
義烈空挺隊隊員の遺書で、勇壮な中に国家への忠誠と家族や知人への
愛が溢れる内容が多い中、一通だけ自分の運命を呪っている遺書があった。
10年以上前に見たので詳しい内容は覚えていないが、あれはあれで鬱泣きしたくなった。
空気違いなのでsage


104 :名無し三等兵:2001/04/01(日) 01:03
>100
ナイタ、ナイタヨ…
こんな男に、なりたいのう。


105 :名無し三等兵:2001/04/01(日) 01:06
なんかみんな酔っていないか?

106 :名無し三等兵:2001/04/01(日) 01:25
無機的な軍事板にしてはイイスレだと思う。

107 :名無し三等兵:2001/04/01(日) 01:30
>>105
酔う方向性はさほど間違ってないとは思うけどね。
でもここで「でも彼らは侵略者」なんていう発言するのが、
「戦後民主主義の担い手」である「平和市民」なんだけど。

板違いなんでsage。

108 :名無し三等兵:2001/04/01(日) 01:36
>>107
ハァ?

109 :名無し三等兵:2001/04/01(日) 01:37
「平和市民」というのは自分の手を汚すのイヤな人たちじゃないですか?

110 :名無し三等兵:2001/04/01(日) 01:42
>>105
の「酔ってる」ってただ酒に酔ってるてことだろ

111 :佐久間です:2001/04/01(日) 01:50

「ガソリンニヨウタ」

112 :名無し三等兵:2001/04/01(日) 02:26
こういう遺書を読んで涙が出ない者はもはや人間ではない。
無駄に資源を消費するただの物体である。



113 :名無し三等兵:2001/04/01(日) 02:36
>>105
当時の軍事郵便は基本的に検閲受けていた事を指摘しておく。
そう言う事を承知している大多数は、彼らの遺書を読んで、
国のために喜んで命を散らす、と書かれたその行間を読んでいる。

114 :名無し三等兵:2001/04/01(日) 03:33
泣ける話を酔っていると揶揄するよりも、
泣ける話で泣ける人間になりたいものだ。

115 :hatake:2001/04/01(日) 12:11
>114様
説得力がありますね・・・。(泣)

116 :ななし:2001/04/01(日) 12:40
キミ、いいこというねっ

117 :105:2001/04/01(日) 14:22
>>113

仰る通りですね。

>こういう遺書を読んで涙が出ない者はもはや人間ではない。
>無駄に資源を消費するただの物体である。

>泣ける話を酔っていると揶揄するよりも、
>泣ける話で泣ける人間になりたいものだ。

気分を害させてしまってごめんなさい。
実は以前仲間うちでこういう話しがでたとき「酔ってない?」
と言って上記のような指摘を頂いたことがあります。
そのとき「じゃあ、特攻隊員の方のお墓か慰霊碑に花を手向けたことあるの?」
と聞いたら私以外誰も経験者はいませんでした。
それから半年後の飲み会でこの話題が偶然でたとき、それとなく同じ質問
してみたのですが、あれからお墓参りをした人は誰もいませんでした。

あ、こんな性格の私ですから友達が少ないことは言うまでもありません(藁)。

118 :名無し:2001/04/01(日) 16:41
さて、映画『連合艦隊』でもレンタルしてくるか...
あれ、泣けるんだよなぁ。特に大和機関士の親父と特攻隊員の息子の
エピソード。実話じゃなくてもいいんでしょ?

119 :名無し三等兵:2001/04/01(日) 16:55
>117
彼らを弔うには、我々が彼らの死に方を心に留めつつ立派な日本人として生きることだ。

120 :名無し三等兵:2001/04/01(日) 19:31
著書「知覧特別攻撃隊」より。

遺書
-------------------------------------------------------------------
母を慕いて

母上お元気ですか
永い間本当に有難うございました
我六歳の時より育て下されし母
継母とは言え世の此の種の女にある如き
不祥事は一度たりとてなく
慈しみ育て下されし母
有り難い母 尊い母

俺は幸福だった
遂に最後迄「お母さん」と呼ばざりし俺
幾度か思い切って呼ばんとしたが
何と意志薄弱な俺だったろう
母上お許し下さい
さぞ淋しかったでしょう
今こそ大声で呼ばして頂きます
お母さん お母さん お母さんと

                 相花信夫 少尉 第七十七振武隊
                 昭和二十年五月四日出撃戦死 十八歳
--------------------------------------------------------------------

121 :対尾:2001/04/02(月) 01:14
昭和十九年、十一月二十二日、午前七時四十分、ぺリリュー島からパラオ島へ打電。

「通信途絶ノ顧慮大トナルヲ以ッテ最後ノ電報ハ左の如ク致シ度承知相成度。

一、軍旗ヲ完全ニ処置シ奉レリ。

二、機密書類ハ異状ナク処理セリ。

右ノ場合「サクラ」ヲ連送スルニ付報告相成度(原文のまま)」

十一月二十四日、午後四時打電。

「サクラ サクラ」

ぺリリュー島の戦闘模様については船坂弘氏の「ぺリリュー島玉砕戦」を読んでもらいたい。
『「サクラ サクラ」
 その電文を見たもの、ひとしく泣かずにはおれなかったという。』
の部分で私も泣きました。




122 :名無し三等兵:2001/04/02(月) 01:35
アラン・ムーアヘッド/「神々の黄昏」よりコピペ(不味いかな?)

これは、ユーゴスラヴィアの愛国者の胸に浮かんだ思いであり、自分が間もなく死んでいくことがわかっていたので、
まだ生まれていない子供のために書き残していったのだ。

まだ闇の中で眠っていて、生まれいずる戦いのために力をたくわえているわが子よ。私はお前の幸せを祈る。
今は、まだお前は一人前の恰好もしていないし、息もしていないし、目も見えない。しかし、時がきたら、お前と、
私が心から愛しているお前の母親にとって重大な時がきたら、空気と光を求めて戦う力を与えてくれる何かが、
お前の中に生じるだろう。理由はわからないながらも、光を求めて戦い、そして戦いつづけること――それが
人の子としてお前が生まれながらに持っている権利であり、お前の運命なのだ。
いつまでもいのちを愛し続けること。しかし、死に対する恐怖は捨てるのだ。いのちは愛さねばならない。さもないと、
失われてしまう。しかし、愛しすぎてもいけないのだ…。
常に新しい知識を貪欲に求めること。常に嘘を憎み続けること。そして、常に怒りを爆発させる力をたくわえておくのだ。
私は死んでいかなければならない。そして、生まれてくるお前を待ち受けているのは、私の過ちがもたらした瓦礫の山で
あり、お前はその上に立つしかないのだ。こんなことにしてしまったことを許しておくれ。こんなに乱雑な、住みにくい世界を
お前に残していくことを、恥ずかしく思っている。しかし、こんな世界しか残せないのだ。
心の中で、最後の祝福として、お前の額にキスを送る。おやすみ――そして、爽やかな夜明けが訪れるように。

123 :名無し三等兵:2001/04/03(火) 02:27
>>122
なんか欧米人はキザだー。良くも悪くも。
でも「常に嘘を憎みつづけろ」なんて子供に言い残せる真っ直ぐさは
日本にはないものだね。ちょっと羨ましい。

124 :名無し三等兵:2001/04/03(火) 03:00
>泣ける話で泣ける人間になりたいものだ。

>あ、こんな性格の私ですから友達が少ないことは言うまでもありません(藁)。

どっちかつーとやっぱり漏れは上のほうの人間になりたい
友達ほしいから

125 :名無し三等兵:2001/04/03(火) 03:35
そんな>>117と一緒に飲まざるを得ない仲間の人たちの心情を思うと
なんか泣けてくるなあ。

126 :名無し三等兵:2001/04/03(火) 03:56
大尉 第六十六振武隊
五月二五日出撃戦死 三重県22歳 後藤光春

遺書
戦局の重大性は日一日と増す
国家総力戦の最高度化を必要とせらる、こと甚大なり
御精励の程御願い致します

幼き頃の御指導を謝します。
神明の加護の許に神通体当りに参ります。
           五月初 振武隊長

初陣が最後

完全なる飛行機にて出撃致し度い
     
五月一日 後藤光春



127 :名無し三等兵:2001/04/03(火) 04:47
上の手紙 全部よんである人がこう呟きました。
「あ、そう?」


128 :名無し三等兵:2001/04/03(火) 09:55
墓参りをしないと認めてくれない>>117は嫌

129 :名無し三等兵:2001/04/03(火) 10:08
水を差して悪いと思うけど、
死んだ兵隊の慟哭が聞こえるような遺書を見るにつけ、
国民の義務として兵役を課した相手に、
国家の義務を放棄(負けることね)した挙句、
兵士に降伏(国家が義務を放棄した以上国民に義務を強いる権利はない)
を認めなかった大日本帝国の犯罪体質に憤りを覚える。

130 :名無し三等兵:2001/04/03(火) 17:17
>>129
言いたいコトは判る。よぉーく判る。
が、チミのゆってることはカナリこじつけがハイッチョル。
もう少し落ちついて時間かけて歴史勉強すれ。

131 :名無し三等兵:2001/04/03(火) 17:58
>>129
戦争で人が死ぬのは当たり前だよ。なにせ殺し合いしてるんだもの。
対戦したアメリカだって日本将兵と変わらないくらい大勢死んでる。
では、それが犯罪か?といわれればどの国も犯罪として定義していない。

兵士に降伏うんぬんは、強制ではなく思想だ。
欧米は歴史上国家間の戦争をよくしていたので、戦争のやり方を
スポーツと同等にとらえている。ルールを決めてルールの枠内で考えている。
捕虜の扱いなどがそれだな。
日本は、戦争といえば戦国時代の思想を受け継いでいる。
生きるか死ぬか。捕虜になることは死ぬ以上の恥辱とされた。
これは日本の歴史から来た思想である。

君の逝ってることは残念ながら結果論でしかない。
当時の思想や歴史、経済などのバックボーンを知らなければ当時の
人々の考え方を知ることはできない。
そーゆーことだ。もっと勉強したまえ。

132 :名無し三等兵:2001/04/03(火) 18:09
>>131
「生きるか死ぬか」は戦国時代の思想じゃないよん。
戦国時代はもっとドライな感覚だよん。
仕官先なんてコロコロ変わるしね。
元の主君と家臣が戦うなんてこともあったんだしね。
「生きるか死ぬか」は平和な江戸期における、武士階級の観念論的
思想だよん。だからね、日本の歴史の中では比較的新しいといえる
思想なんだよん。
欧米うんぬんの話とか「君の逝ってることは残念ながら結果論でしか
ない。」というのは同意するけど、君ももっと勉強したほうがいいよん。


133 :名無し三等兵:2001/04/03(火) 19:44
>>131

他人に勉強したまえってエラソウにご高説垂れるほど
勉強してないね、あんた。

>対戦したアメリカだって日本将兵と変わらないくらい大勢死んでる。
>では、それが犯罪か?といわれればどの国も犯罪として定義していない。

この辺なんか厨房丸だし。


134 :名無し三等兵:2001/04/03(火) 23:47
>>133
?


135 :名無し三等兵:2001/04/04(水) 04:51
上の手紙を全部よんであるエラーイ人がこう呟きました。
「もうひとつ戦果あげてからやめようかなあ」
某国はその4ヶ月後に新型爆弾を2発落とされて滅亡寸前になりました。
報告を受けたあるひとはまたこう呟きました。
「あ、そう?」

136 :>132に:2001/04/04(水) 04:57
同意。
戦国時代なら,「寝返り」など当たり前。
捕虜に関することで,戦国時代と大東亜戦争を同列に論じるなど笑止。
(まさに,バックボーンが全然違う)

137 :名無し三等兵:2001/04/04(水) 05:02
戦国時代だとドキュソ大名はどんどんあぼーんされていくな。
そのなかから信長みたいなのも出てくるってわけか。

138 :名無し三等兵:2001/04/04(水) 05:47
でもな、組織論や戦略から言うならば、その当時でも日本軍の兵の扱いは明らかに遅れてた。
古い文化や伝統持ち出しても勝てないと言うことを思い知らされたわけだ。
未だにそれを美徳だと思う自衛官がいたらそうとうドキュソですな。



139 :あきらかに:2001/04/04(水) 06:20
主旨がかわってる。もどることを期待にage

140 :あげ:2001/04/04(水) 07:05
戦時であっても平時であっても悲劇もあれば喜劇もあるのだろう。
ただ泣ける話をしている場をブチ壊す奴は、いつの時代も逝ってよし。
私も話が戻ることに期待。 あげ

141 :海の人:2001/04/04(水) 07:51
 日本人ではなくて、さらに翻訳も今一ですが


「私の敵に寄せる」認識票N78508の兵士(オーストラリア)
 私はめくるめく砂の中でおまえを見ることは出来ない
 私はただ、おまえの撃ってくる弾丸のヒューヒューという音を聞くだけだ
 日は暮れ夜が来て、我々はこの見知らぬ国土で互いに近づいている

 どちらも相手を殺すように訓練され
 どちらも神経質な手に撃鉄、導火線、バネのある死の強力な道具を持ちながら。

 もし我々が今夜出会うとしても、ただ鋼鉄が鳴り響くだけ
 我々は互いに認めあう前に死んでいるかも知れない

 しかし全て我々の「借り」が支払われた後では
 我々は強く死の手から生き延びるべきだ

 人間が戦いの十字軍にうんざりして
 空しい幻影から解き放たれたとき
 おまえと私はどこかで再び会うかも知れないな

 そのときは、互いに武器も持たず、また恐れないで


・・・「認識票」としてあるとおり、彼は戦死しました。


142 :名無し三等兵:2001/04/06(金) 01:09
誰か泣かして。。。。

143 :名無し三等兵:2001/04/06(金) 01:16
>>142
よし、今夜はお前が泣くまでやってやるよ。

144 :名無し三等兵:2001/04/06(金) 01:54
>>143
その後どーしたんだよ?
靖国に入っっちゃったのかい?

145 :144:2001/04/06(金) 01:56
「つ」が多いので、ちょっと逝ってきます。

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/06(金) 02:00
>>100
遅レスですまん。
でも一番キタ。

147 :たまには詩でも:2001/04/06(金) 02:45
眠れる弾頭
いや 眠ってはいない
地下のひんやりとした格納の底で
眠るように
自分の出番を待っているのだ

自分の生れてきた使命
生き物どもが自分に与えた
殺戮の免罪符を
ただ一度
生き物どもに投げ返す
そのためだけに
眠るように息づいている

弾頭は眠れない
生き物どもに呪われているからだ
自分が存在するかぎり
眠りの許されぬ呪いを

眠れぬ弾頭は夢を見ている
生き物どもが自分に与えた
殺戮の使命を果たし
安らいだ眠りをむさぼる日々を

自分が
生き物どもの空を駈けることなく
地上のどこか
博物館かどこかのひんやりとした床の上で
往来の好奇の目に晒されながら
惰眠をむさぼる日々を

弾頭は知っている
呪いの解ける呪文を

ふぇあうぇる とぅ ああむず
ふぇあうぇる とぅ ああむず

ただし地上の生き物どもがすべて
いっせいに唱えなければだめなのだ
地球にむかって

Farewell to arms
Farewell to arms

聞こえないか
地下のひんやりとした格納の底で
弾頭が
眠るように呟いているのが

武器よ さらば
武器よ さらば



148 :名無し三等兵:2001/04/06(金) 02:48
5月10日:雨が薄汚れたゴミやクズを歩道から洗い流す、常務時間は長い
     夜の6時から朝の6時、時には8時まで・・・週に6日から7日続く
     こともある。忙しいのは苦じゃない、稼ぎは週350ドル、エントツ
     すればそれ以上
   
     腐った奴らばかり、売春婦・ゴロツキ・ホモ・カマ野郎・ヤク中毒
     売人・クズどもだ、いつか奴らを流す雨が降る

     どこでも行くブロンクス・ブルックリン・ハーレム、どこだって俺
     は同じ・・・黒人だろうと乗せる 気にはしない・・・・
     毎朝車庫で客が汚したシートをふく 血がついている事も・・・

     12時間働いても眠れない  くそ! 毎日がただ過ぎていく
     終わりがない 何かをするきっかけが欲しい つまらん人生に
     埋もれてはいけない もっと人間らしくならないと・・・・・

     彼女を初めて見たのは63丁目の選挙本部 白い服を着て・・・・
     天使のようだった・・・・掃き溜めの町で・・・輝いていた・・・だれもが・・・
     彼女に・・・・・

149 :名無し三等兵:2001/04/06(金) 03:29
五六振武隊 陸軍少尉 上原良司
大正十一年九月廿七日生
本 籍 長野県東筑摩郡和田村一七三
現住所 長野県南安曇郡有明村一八六
出身校 慶應義塾大学経済学部

所感
栄光ある祖国日本の代表的攻撃隊ともいうべき陸軍特別攻撃隊に選ばれ
身の光栄これに過ぐるものなきと痛感いたしております。
思えば長き学生時代を通じて得た
信念とも申すべき理論万能の道理から考えた場合
これはあるいは自由主義者といわれるかもしれませんが
自由の勝利は明白な事だと思います。
人間の本性たる自由を滅す事は絶対に出来なく
たとえそれが抑えられているごとく見えても
底においては常に闘いつつ最後には勝つという事は
かのイタリアのクローチェもいっているごとく真理であると思います。

権力主義全体主義の国家は一時的に隆盛であろうとも
必ずや最後には敗れる事は明白な事実です。
我々はその真理を今次世界大戦の枢軸国家において見る事ができると思います。
ファシズムのイタリアは如何、ナチズムのドイツまたすでに敗れ、
今や権力主義国家は土台石の壊れた建築物のごとく
次から次へと滅亡しつつあります。

真理の普遍さは今現実によって証明されつつ過去において歴史が示したごとく
未来永久に自由の偉大さを証明していくと思われます。
自己の信念の正しかった事この事あるいは祖国にとって
恐るべき事であるかも知れませんが吾人にとっては嬉しい限りです。
現在のいかなる闘争もその根底を為すものは必ず思想なりと思う次第です。
すでに思想によってその闘争の結果を明白に見る事が出来ると信じます。

愛する祖国日本をしてかつての大英帝国のごとき
大帝国たらしめんとする私の野望はついに空しくなりました。
真に日本を愛する者をして立たしめたなら
日本は現在のごとき状態にはあるいは追い込まれなかったと思います。
世界どこにおいても肩で風を切って歩く日本人
これが私の夢見た理想でした。

空の特攻隊のパイロットは一器械に過ぎぬと一友人がいった事も確かです。
操縦桿をとる器械、人格もなく感情もなくもちろん理性もなく、
ただ敵の空母艦に向かって吸いつく磁石の中の鉄の一分子に過ぎぬものです。
理性をもって考えたなら実に考えられぬ事で
しいて考うれば彼らがいうごとく自殺者とでもいいましょうか。
一器械である吾人は何もいう権利はありませんが
ただ願わくば愛する日本を偉大ならしめられん事を
国民の方々にお願いするのみです。

こんな精神状態で征ったならもちろん死んでも何にもならないかも知れません
ゆえに最初に述べたごとく特別攻撃隊に選ばれた事を光栄に思っている次第です。
飛行機に乗れば器械に過ぎぬのですけれど、一旦下りればやはり人間ですから、
そこには感情もあり熱情も動きます。
愛する恋人に死なれたとき自分も一緒に精神的には死んでおりました。
天国に待ちある人、天国において彼女と会えると思うと
死は天国に行く途中でしかありませんから何でもありません。

明日は出撃です。

過激にわたりもちろん発表すべき事ではありませんでしたが、
偽らぬ心境は以上述べたごとくです。
何も系統立てず思ったままを雑然と並べた事を許して下さい。
明日は自由主義者が一人この世から去っていきます。
彼の後姿は淋しいですが、心中満足で一杯です。

いいたい事を言いたいだけいいました無礼をお許し下さい。
ではこの辺で

出撃の前夜記す

昭和20年5月11日出撃
戦死

150 :プロジェクトXより:2001/04/06(金) 03:34
岸壁の母こと端野いせさん。中国残留孤児を引き取りたいと希望した時
「だけど女の子がええ、男の子は戦争に取られるから・・・」

夜中に泣いてしまった。

151 :名無し三等兵:2001/04/06(金) 03:43
ううっ、もらい泣き……

152 :名無し三等兵:2001/04/06(金) 12:39
>>149
こんな人が特攻隊に居たのか。知らなかった…

153 :名無し三等兵:2001/04/06(金) 12:46
>>149
泣ける。
ある意味、現代の日本はそれを達成したともいえるのだが自覚している
人間はあまりにも少ない。(不幸なことだ)

154 :hatake:2001/04/06(金) 12:50
>明日は自由主義者が一人この世から去っていきます。
悲しい名言、、、。涙。

155 :名無し三等兵:2001/04/06(金) 13:13
>>149
この人の愛読書(哲学者クローチェを論じたもの)には、
本文のところどころに赤い印がしてあった。
その、印をしてあった文字をたどってつなげたのが、
次の文章。

京子ちゃん、さやうなら。
私は君が好きだつた。
しかしその時既に君は婚約の人であつた。
私は苦しんだ。そして君の幸福を考へた時、
愛の言葉をささやくことを断念した。
しかし私はいつも君を愛してゐる

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/06(金) 14:05
>>149 >>155
号泣。こうゆうエピソードってどこからネタ仕入れるの???


157 :名無し三等兵:2001/04/06(金) 14:25
>>156
「聞け、わだつみの声」を読みたまへ

158 :名無し三等兵:2001/04/06(金) 23:24
おいらは彼女に149と155を見せました。泣き出しちゃいました。泣きのツボに直球はいっちゃったらしい。

159 :名無し三等兵:2001/04/06(金) 23:33
南方総軍からの死守命令(玉砕命令)を受けた
ミイトキーナ守備隊指揮官、水上源蔵少将の
最後の作戦命令文

「ミイトキーナ守備隊ノ残存シアル将兵ハ南方ヘ転進ヲ命ズ」

部下将兵を助けるため、あえて抗命をした水上少将は、
部隊がイラワジ川を渡河し、撤退を見届けた後、自決。

明治二十一年山梨県出身
陸士二十三期



160 :名無し三等兵:2001/04/06(金) 23:43
ミートキナってたしか、残った日本兵が圧倒的なはずの中国軍に
しこたま損害を与えた後全滅。
後々中国の将軍か誰かが、部下に対し「ミートキナの日本兵を見習え!」って檄を飛ばしたはず。
詳しく知ってる人頼む。

161 :名無し三等兵:2001/04/06(金) 23:51
>>160
 いわゆる蒋介石の逆感状ですね。
 

162 :間違ってたらゴメン:2001/04/07(土) 00:03
>>159
水上少将は
敗色濃厚になって撤退の許可を求めたら、参謀の辻政信に
「絶対ダメ!。どうしても転進するなら貴官だけでも死ね」
とか言われて仕方なく自決した。とか聞いたことがあるのですか?

163 :名無し三等兵:2001/04/07(土) 00:33
これらのようないい話が
教えられることもなく忘れられていくのを
黙ってみているわけにはいかない。
なんとかしましょう2ch軍事板のみなさん

164 :名無し三等兵:2001/04/07(土) 00:44
>>163
じゃあ、ageで書き込みましょうよ

165 :うろおぼえだけど:2001/04/07(土) 00:48
「君達はいい。僕達だけで十分だ」
これって、映画の「きけわだつみの声」の
宣伝フレーズでしたっけ?
何か、自分が言われてるみたいでスゲー泣けるんだなコレが。


166 :名無し三等兵:2001/04/07(土) 02:59
蒋介石の逆感状は拉孟、騰越じゃなかったかな?

167 :名無し三等兵@アスラン:2001/04/07(土) 07:25
「馬鹿野郎、犬死にしてぇのか!!」

・・・・・ 中 略 ・・・・・

「革命の父、グレッグ大尉に敬礼!!」


168 :名無し三等兵:2001/04/07(土) 12:52
国語の教科書にあった「かわいそうなゾウ」の話。
趣旨が違うのでsage

169 :名無し三等兵:2001/04/08(日) 09:17
ネタ切れ?ageとく

170 :名無し三等兵:2001/04/08(日) 09:43
「かわいそうなゾヌ」も泪無くては読めない傑作AAだったな。

171 :zeke:2001/04/08(日) 09:47
今更だが1の『佐久間艇長遺言』より
>松村少佐(菊)(小生の兄なり)

兄と名字が違うという事は、佐久間艇長は養子に出されたということであり、
それから推察される艇長の実家の困窮を想像するにただ涙、涙。

172 :名無し:2001/04/08(日) 11:03
佐久間艇長を偲ぶ石碑が山口県岩国市付近の国道2号線沿い
にあるよ。

173 :名無しさんの野望:2001/04/08(日) 11:08
また泣けてきた



174 :ふみ:2001/04/08(日) 11:30
水上特攻に出た大和以下第二艦隊とすれ違った日本輸送船とのやりとり。

輸送船 「航海ノ無事ヲ祈ル」
二艦隊 「決シテ期待ニ背カザルベシ」

記憶モードだけどね。


175 :名無し三等兵:2001/04/08(日) 11:39
>>174
それ、伊藤長官なんでしょうか?通信参謀?気になる。

176 :名無し三等兵:2001/04/09(月) 12:06
もっと泣ける話ちょうらい!!!

つか、知覧の特攻記念館行くと、1日中泣けるよ。

177 :名無し三等兵:2001/04/09(月) 12:53
デルタフォース隊員が敵地に取り残された。
ペンタゴンは救出部隊を送り込まなかった。
デルタフォール指揮官マシュー・クエンティン・シェパード少佐が明らかな越権行為をしながらもヘリと一個小隊を送り込み(+自分)取り残された隊員を救出した。
しかし、ペンタゴンはこの越権行為への処分として少佐の辞表を受け入れた。
少佐が基地を後にするとき、ジープのドライバーの軍人が少佐に敬礼をした。
「なぜ民間人に敬礼をする。」
そしてジープに乗り込み、走った。そこには少佐を慕っていた50人近くの兵隊が花道を造っていた。
その真ん中を少佐が乗ったジープがゆっくりと走る。
兵隊が一斉に敬礼をした。ジープに乗っていた少佐も敬礼をし、兵隊も手をおろした。
その後拍手の嵐と少佐を慕う声が響いた。

178 :名無し三等兵:2001/04/09(月) 13:02
>>174
数隻の小輸送船団:御成功祈ル
大和:ワレ期待ニ背カザルベシ

179 :ふみ:2001/04/09(月) 21:08
>>178
深謝

180 :名無し三等兵:2001/04/09(月) 21:53
>178

号泣



181 :名無し三等兵:2001/04/09(月) 22:19
『ガダルカナル学ばざる軍隊』NHK取材班
陸軍軍医吉野平一中尉の日記より

昭和十六日十二月十六日 懐かしの仙台をあとにして征途にのぼりしよりの記、
  我亡きあとに此の記を妻房子に送る(ママ)

昭和十七年九月五日 午前二時頃、敵飛行機上空に飛来するも無事。上陸最初
の朝食を採りて壕を掘りつつある時、敵戦闘機一二機編隊にて飛来す。夜は雨
に悩む

九月六日 午前三時起床、四時半出発。前夜の雨に悪路となった路とは名ばか
りの小路を前進、橋なき河を腰までぬらして行く、背嚢は十日分の糧食で肩に
食い入り苦しい。

九月九日 午前二時三十分出発、約九千キロと予定せられるジャングル地帯の
前進開始せらる。

九月十日 今日もまた密林内の前進か、食事は出来ず乾パンをかじる、水も少
ない。我々は道なきジャングル草原を進む、米を食わないので身体の力がぬけ
るようだ、しかし進まねばならない。夜に入りジャングルに入り非常な苦労を
し、遂に前進不能となり密林中に寝る。

九月十一日 午前三時半起床、四時出発。再び密林内を進む、南西に向い前進
だ。朝食は米なく乾パンを歩きながら食す、身体の力が抜けて来る、苦しい、
水もなくなる。密林中、水たまりにあらそいあつまりすする、きたないが仕方
なし。今日の密林はすごい。昼間も乾パンだ、重い思いをして持ってきたミル
クをあけて飲む、ああこの甘味さ、水が欲しい水が欲しい、何故ないのだろう
か。密林中をさまよい歩く、足もおぼつかない。夜は腰から下ビショぬれの為
安眠出来ず。

九月十二日 最后の日となる、いよいよ夜襲決行の日だ。これより行軍との事
で早朝四時出発、ジャングル内を前進す、午后四時になるも目的地に達する事
出来ず、八時攻撃開始に間に合う如く全力をつくし暗夜のジャングル地帯をは
う如く前進、いばらにさされ木の根に転倒し名伏し難き苦痛をし、遂に部隊と
の連絡なくなる。

九月十三日 敵飛行場付近に砲火しきりにあがり物すごし。午前二時、本部に
追及すべく星明かりをたよりに前進、川口支隊渡辺部隊の重火器隊に会し前進
せんとせしが、昨夜の夜襲不成功との事で第一線后退し前進不能となり后退。
上空に常に敵飛行機あり、身辺には敵小銃弾飛来す。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
日記はここまで。後は空白……。


182 :>181:2001/04/09(月) 22:24
戦争はするもんぢゃねーな。(特に補給無視のは)

183 :名無し三等兵:2001/04/10(火) 00:00
国語の教科書にあった「かわいそうなゾウ」の話。
趣旨が違うのでsage



184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/10(火) 00:56
さがってないっす

185 :名無し三等兵:2001/04/10(火) 01:09
ロンドン動物園のゾウもかなりかわいそうだとは思うのだが。

186 :コウノトリのアブー:2001/04/10(火) 01:15
コーネリアス・ライアン「ヒトラー最後の戦闘」でベルリン動物園のエピソードがあります。

要するに、園の従業員が、全員、自分の可愛がってる虎、カバ、かわうそ、各種
動物たちを助けてやろうというエピソードです。

ま、ほろりときますね

187 :名無し三等兵:2001/04/10(火) 02:54
戦時中、航空機による自殺攻撃を命令した上官は、
前途ある若者を無為に死なせつつものうのうと生き抜き、
戦後国会議員になりました。

188 :名無し三等兵:2001/04/10(火) 03:02
>>157
あれ読んでも思うのは、
やっぱり学のある奴は凄い広く遠く見通してるんだよな。
これが本当に当時の日本人かってのがたくさん。

あと思うのは、やっぱ全体としてアホになってるな大学生・・・(俺モナー)

189 :名無し三等兵:2001/04/10(火) 03:03
戦時中、ガタルカナルとスタンレーとインパールの自殺攻撃を命令した
上官は、前途ある若者を無為に死なせつつものうのうと生き抜き、
戦後国会議員になりました。

190 :名無し三等兵:2001/04/10(火) 03:24
>177

SOF?

191 :名無し三等兵:2001/04/10(火) 08:11
大和沖縄特攻の直前、士官たちが「自分たちが死ぬ意味」をめぐって激論をかわす場面が
あったと思うが…。ソースだれか知ってたら教えてください。

192 :名無し三等兵:2001/04/10(火) 12:01
吉田満の『戦艦大和の最期』にその場面があります。

193 :富永恭次:2001/04/10(火) 12:38
諸君は生きながらにして神であるゥー


194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/10(火) 16:15
>>190
知ってる人いたよ

195 :名無し三等兵:2001/04/10(火) 16:16
>194

やはりSOFの話だったか。
あれ、結構面白いと思うんだけど誰も見てないよな。
ビデオも中途半端だし。

196 :名無し三等兵:2001/04/10(火) 16:18
Shit Omanko Fuckの話って何ですか?

197 :名無し三等兵:2001/04/10(火) 16:41
>>195
SOFってなによ?


198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/10(火) 23:59
おれシーズン2のDVD持ってるよ。
音楽も結構萌えさせてくれるよね。
ベニーレイに触発されてP229まで買ってしまってハーフシルバーに塗装してしまったどうしようもない奴です(藁)


199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/11(水) 00:00
っていうか関係ないからsageるべきでしたね。
スマソ。一人で中東逝ってきます。

200 :名無し三等兵:2001/04/11(水) 00:10
「桜花」特別攻撃隊・緒方襄命
死するともなほ死するとも我が魂よ永久にとどまり御国まもらせ

忘れられない一句です。


201 :名無し三等兵:2001/04/11(水) 01:10
>2
に極めて近い内容だけど、沖縄第32軍の袂別電報の最後

矢弾尽き天地染めて散るとても
    魂還り魂還り 皇国護らん

秋をも待たで枯れゆく島の青草は
    皇国の春に  よみがえらなむ


最初に読んだ時、この「魂還り魂還り 皇国護らん」って所で号泣した。
合掌。

202 :名無し三等兵:2001/04/11(水) 01:33
age

203 :名無し三等兵:2001/04/11(水) 01:47
このスレの、どの書き込みを読んでも思うのですが、
なぜに人は死を目前にしてそのような詩や遺書を書けるのでしょうか。
遺書は検閲を受ける前提ですから、その行間を読むことも含めますが、
>>201のような最後の電報なども言葉が見つかりません。

ただ涙です。

204 :名無し三等兵:2001/04/12(木) 01:39
『全部合わせてたった一人』てのがオチの文で泣いた事があるが、
今手元に無いから誰か上げてくれage。

205 :れっど:2001/04/12(木) 01:45
このテの類のお話が好きなみなさん、
是非沖縄の戦跡巡りのツアーに参加してください。
軍人の側、住民の側と両方の面から戦争というものを
とらえ、平和についての認識がまた改まることでしょう。

206 :名無しさんの野望:2001/04/12(木) 02:13
>>205
何が言いたいのかは大体わかるがね

沖縄の戦跡巡りのツアーのガイドなんて、どれだけ戦争を悲惨に
伝えるか工夫したナレーションを覚えているわけで、果たしてまとも
な認識ができるか、疑問があるね。


207 :名無し三等兵:2001/04/12(木) 02:47
沖縄戦での日本軍の蛮行って実際にはどの程度のものだったんだろう?
左翼が過去にやってきた工作からすると、現在言われているような蛮行
もかなり誇張されてるんじゃないか?
数字だけで見たら日本軍による蛮行よりも米軍の爆撃、艦砲射撃による被害
の方がはるかに大きいけど。

208 :名無し三等兵:2001/04/12(木) 02:50
>>206
名前をよく見れ、名前を。

209 :名無し三等兵:2001/04/12(木) 03:35
泣けるいい話がたくさんできるから、やっぱり戦争やらないとダメだね。

210 :名無し三等兵:2001/04/12(木) 03:37
>>207
沖縄戦での日本軍の蛮行などまったくありませんでした。全てデマか
作り話です。日本軍がそんなことをするわけがありません。

211 :名無し三等兵:2001/04/12(木) 03:37
抱ける話は無いんすか。

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/12(木) 04:39
今の日本を夢見て逝った訳では無いだろうに・・・
彼らも含めて無くしたものが多すぎる。

213 :翼右ーエーコ:2001/04/12(木) 07:50
http://www.tetsusenkai.net/official/syouwa/200815/yukikaze/
戦後の艦隊の行方・・・。嗚呼・・・。

214 :翼右ーエーコ:2001/04/12(木) 07:52
【御英霊乃言葉】
















http://www.tetsusenkai.net/official/syouwa/200815/jazzman/

215 :名無し三等兵:2001/04/12(木) 10:27
国語の教科書にあった「かわいそうなゾウ」の話。
趣旨が違うのでsage

216 :おぼろげ:2001/04/12(木) 11:23
中学生の時じいちゃんと一緒に、「少年飛行隊」の同期会に参加した時の話です。
一人の老人と話した内容です。
その方は、戦時中五機もの、アメリカ爆撃機を撃墜した戦闘機乗りだったそうです。
僕は、話に混ざりたくて
「すごい、すごい」「勲章もいっぱいもらったんでしょう?」
と興奮気味に話していました。
すると老人は寂しそうな顔をして
「何人もの人を殺した勲章なんか欲しくない・・・・」
そう言ったきり黙ってしまいました。



217 :おぼろげ:2001/04/12(木) 11:26
そんな内容の事を、面白げに興奮していた自分に恥ずかしくなり
下を向いたまま、涙が止まりませんでした。
大好きだったおじいちゃんが元気だった、10年以上も前の話です。


218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/12(木) 15:29
このスレ見て思ったんだけど、「特攻」なんて簡単に使う
珍走団は確実に馬鹿だね。
奴らが「特攻」と言う単語を使うのはなんか許せない。

関係ない話すまん。

219 :ふみ:2001/04/12(木) 15:35
昭和20年8月14日、日吉総隊司令部の長官室では軍令部次長、大西瀧治郎中将が
連合艦隊司令長官、小沢治三郎中将に徹底抗戦を主張、決断を迫った。
「これ以上抗戦を説いて何になる。死ぬのは兵隊ばかりではない。陛下も、国民
も、みんな死ぬんだぞ…」
翻意は不可能なのを悟って退出しようとする大西中将を、小沢長官は呼び止めた。
「大西君、死ぬなよ。けっして死ぬなよ。死ぬ思いで戦争の後始末をするんだ。
それが生き残ったわれわれの仕事なのだ」
だが大西中将をはじめ将校の自決が相ついだ。小沢長官は幕僚を集めて言った。
「君たちはけっして腹を切ってはならんぞ。みんな死んだら、誰がこの戦さの後
始末をするのか、死んではならん。俺も死にはせん」

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/12(木) 15:53
>>218
つか特攻どうこう言う前にクソウルサイ爆音とどろかせてアホみたいな格好して奇声上げてる時点でもうドキュン確定

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/12(木) 15:54
途中で書き込みボタン押してしまった・・・
ドキュン決定です。ハイ・・・

関係ない話なのでもちろんsage

222 :名無し三等兵:2001/04/12(木) 15:57
>218
それは俺も思う。

223 :名無し三等兵:2001/04/12(木) 17:47
>218
http://natto.2ch.net/test/read.cgi?bbs=jsdf&key=985013212

224 :名無し三等兵:2001/04/12(木) 17:48
ガイシュツかもしれんが、
149で紹介されてる、上原少尉の手記を扱ったドキュメンタリーが放送される模様。
4/18 2:55〜 フジテレビの”FNSドキュメンタリー大賞”って番組。
関東ローカルみたいだから、見たいヤツは今から手段を考えるべし。

225 :名無し三等兵:2001/04/12(木) 21:04
中国やアメリカとの間に戦争があったことさえ知らない若者が増えてると何かで
聞きかじったときは心底ボーゼンとしました。

だからってその人たちを単純に非難する気はありませんが、自分たちの歴史を
教えない、あるいは歪めて伝えようとするナニモノかには強い憤りを感じます。

ここにあるような悲惨な時代があった事を知ったうえで、それとどう向き合うか
は個人の自由ですが、そういう時代があった事さえ知らない、他人の苦しみに涙
することのない人が増えていることと、昨今の少年犯罪とか幼児虐待とかの悲惨
な事件が増えていることとはどこかでつながっているような気がします。

ハナシがちょっとずれたかも知れん。あやまるぞ。




226 :名無し三等兵:2001/04/12(木) 23:32
知覧より出撃した特攻隊員の遺書

母を慕いて

母上様御元気ですか
永い間本当に有難うございました
我六歳の時より育て下されし母
継母とは言え世の此の種の母にある如き
不祥事は一度たりとてなく
慈しみ育て下されし母
有難い母 尊い母
俺は幸福であった

ついに最後迄「お母さん」と呼ばざりし俺
幾度か思い切って呼ばんとしたが
何と意志薄弱な俺だったろう
母上お許し下さい
さぞ淋しかったでしょう
今こそ大声で呼ばして頂きます
お母さん お母さん お母さんと(ノート二頁に楷書ペン書)


227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/13(金) 01:59
>珍走団

特攻とはこういうモノなのですよ。
貴様らのお遊びとは違うのですよ。

彼らの出撃する前の遺書を読んでわかりますよね?
彼らを待ってるのは確実な死だけ。そこいらの
うるさいと注意したおっさんに特攻するのとわけが
違うんですよ。

少しでも脳味噌が機能するならば、理解するように
努力しましょうね。



228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/13(金) 06:17
>>227
激しく同意
珍走団、特攻の言葉の重さも知らんと使うな
「突撃一番」で十分じゃ(それですらもったいないか

229 :名無し三等兵:2001/04/13(金) 15:46
...少しでも脳味噌が機能するならば、珍走団なんてやってないよね...

230 :名無しコマンダー:2001/04/13(金) 20:01
俺もそう思う。
人を襲ったり、物を盗ったりとどっかの猿軍団と行動が変わらん。

231 :↑いや・・・:2001/04/13(金) 20:55
野生の世界では生きることそのものが、大変なことです。

彼らは自分だけはぬるま湯の中で、自分勝手な仲間意識と
美学に酔い、それが、どのくらいあらゆる方面に悪影響を
与えているのかを、微塵もわからない、人間の恰好をした
新種の突然変異の生き物です。

人間が、他の生物を殺しても、狩猟のはずなのに、その新種の
生物に関しては殺人になってしまうのが、えらく不思議でしょうが
ないことだとは思いますが・・・。


232 :名無し:2001/04/13(金) 21:23
>>204
宅島徳光(恋人・八重子あて、1944年3月頃)
「私自身の未来を私は予知することができない。
 そして私は私であっても、私の私ではない。
 このことは賢明な君は良く理解してくれていると信ずる。
 もはや私は君一人を愛すること以上に、日本を、そして君を含めた日本の人々を愛している。
 [略]君に会える日はもう充分ないだろう。あるいは永久にないかもしれない。」
宅島(日記、1944.6.11)
「その時(戦死の時)のあるを覚悟して俺はすべて身の回りを整えておきたい。
 このような俺の信念は、どうしても君を不幸にさせたくないということの考えに通じている。
 妻のただ一人の、最も信頼すべき味方は常に夫である。
 若くして夫を失った妻の将来はひじょうに不幸である。
 そのようなことが君の身に起こるということは、俺にとっても寂しい。」
宅島(日記、44.6.13)
「はっきりいう。俺は君を愛した。そして、今も愛している。
 しかし俺の頭の中には、今では君よりも大切なものを蔵するに至った。
 それは、君のように優しい乙女の住む国のことである。
 俺は静かな黄昏の田畑の中で、まだ顔もよく見えない遠くから、
 俺たちに頭を下げてくれる子供たちのいじらしさに強く胸を打たれたのである。
 もしそれが、君に対する愛よりも遥かに強いものというなら、君は怒るだろうか。
 否々、決して君は怒らないだろう。そして、俺と共に、俺の心を理解してくれるだろう。
 ほんとうにあのような可愛い子らのためなら、生命も決して惜しくはない。」
宅島(日記、44.6.30)
 「俺の言葉に泣いた奴が一人 俺を恨んでいる奴が一人
  それでも本当に俺を忘れないでいてくれる奴が一人
  俺が死んだらくちなしの花を飾ってくれる奴が一人
  みんな併(あわ)せてたった一人……」


233 :名無し:2001/04/13(金) 21:32
和田稔(人間魚雷「回天」特攻隊員・家族あての遺留ノート、1943.10.3)
「昨日兵役の細目が発表された。
 若菜(妹)私は今、私の青春の真昼間を私の国に捧げる。
 私の望んだ花はついに地上に開くことがなかった。
 とはいえ私は、私の根底からの叫喚によって、きっと一つのより透明な、
 より美しい大華を大空に咲きこぼれさすことが出来るだろう。
 私の柩の前に唱えられるものは私の青春の挽歌ではなく、
 私の青春への頌歌であってほしい」

234 :名無し:2001/04/13(金) 21:52
林市造(カミカゼ特攻隊員・1945.3.31・最後の手紙)
「お母さん、とうとう悲しい便りをださねばならないときがきました。[略]
 晴れて特攻隊員と選ばれて出陣するのは嬉しいですが、お母さんのことを思うと泣けて来ます。
 母チャンが私をたのみと必死でそだててくれたことを思うと、何も喜ばせることが出来ずに、
 安心させることもできずに死んでゆくのがつらいです。[略]
 母チャン、母チャンが私にこうせよと言われたことに反対して、とうとうここまで来てしまいました。
 私として希望通りで嬉しいと思いたいのですが、
 母チャンのいわれるようにした方がよかったかなあと思います。
 でも私は技倆抜群として選ばれたのですから喜んでください。
 私ぐらいの飛行時間で第一線に出るなんかはほんとうは出来ないのです。[略]
 ともすれば[略]お母さんの傍にかえりたいという考えにさそわれるのですけれど、
 これはいけない事なのです。
 洗礼を受けた時[略]アメリカの弾にあたって死ぬより前に
 汝を救うものの御手によりて殺すのだと言われましたが、これを私は思い出しております。
 すべてが神様の御手にあるのです。
 神様の下にある私たちにはこの世の生死は問題になりませんね。
 [略]私はこの頃毎日聖書をよんでいます[略]
 お母さんの近くにいる気持ちがするからです。
 私は聖書と賛美歌と飛行機につんでつっこみます[略]
 お母さんに祈ってつっこみます。 [略]出撃前日」

235 :名無し三等兵:2001/04/13(金) 22:33
>>227
激しく同意。
江田島の術科学校の特行隊の寄せ書きを珍走に見せたい。零戦の絵が描いて
あるところは泣けてきた。

236 :名無し三等兵:2001/04/13(金) 23:51
特攻に行く時の気持ちってどんなんだろう・・
想像を絶する・・・想像できない・・・
特攻隊員の遺書は辛すぎる・・・

237 :名無し三等兵:2001/04/13(金) 23:53
やっぱかあちゃんに何とかして欲しいと思うんだろうな・・・
かあちゃんは一番の味方だからな・・・

ここ読むの止めます。
辛すぎる・・・・

238 :名無し三等兵:2001/04/14(土) 00:17
映画「ユリョン」のワンシーン。
ユリョンによって深度600メートルの深海へ引きずり込まれる
海上自衛隊潜水艦の乗組員の断末魔の叫び・・・
「かあちゃんたすけてー!!」
この直後、圧潰。

239 :名無し三等兵:2001/04/14(土) 00:29
>>238
韓国人は笑ってみてるのかね?
なんか鬱になった

240 :名無し:2001/04/14(土) 00:31
なんかホント、腹立つわ〜、珍走
珍走の人権もしっかり守られる国だから半ば諦めてるけど
珍走が特攻とか言って町中走るの許せんわ〜

241 :名無し三等兵:2001/04/14(土) 01:26
それより特攻隊員が辛いのはもちろんだが、遺書送られてきた方も辛い。素直に合掌。。。。。

242 :名無し三等兵:2001/04/14(土) 08:35
上の方にも書いてあったが、当時の大学生の高い教養レベルに脱帽。
死ぬべきではない人間が逝き、彼らを死なせた奴らどもがのうのうと
生き残ったことに怒りを覚える。



243 :名無し三等兵:2001/04/14(土) 08:38
珍走ども。お前らと大して年の変わらない若者がほんの60年前、
祖国や子孫の未来を憂いながら有為な命を落としたんだぞ。
「特攻」なんて言葉、軽々しく使うな。ヴォケどもが。


244 :名無し三等兵:2001/04/14(土) 08:43
珍騒の話は雑談スレにでも移さないか?
なんか折角のスレにゴミが混じってるみたいで嫌なのだ。

245 :名無し三等兵:2001/04/14(土) 23:24
何かで読んだ医者(?)の本のエピソード。満州だったと思う。

ある兵隊さんが負傷して帰ってきた。
負傷は主に顔面で下顎は完全に破砕され原型を留めていなかったが、
それでも生きて戻ってきた。
まもなく妻と小さい息子が見舞いに来た。
二人が病室に入ってしばらくして悲鳴が聞こえ息子が
「鬼だ、お父さんが鬼になった」と泣きながら出ていった。

この時の父である兵隊さんの気持ちを思うと…やりきれない。


246 :名無し三等兵:2001/04/14(土) 23:39
>>245
悲しすぎる・・・

247 :名無し三等兵 :2001/04/15(日) 01:23
http://www.town.chiran.kagoshima.jp/peace_museum/heiwa2.html
◆知覧鎮魂の賦◆
↑一番下にある絵なんだけどさ、皆どう?
悲しい日の丸だ。

248 :ロンメル太郎:2001/04/15(日) 02:18
>>245
う…切ないっす…。

249 :名無し三等兵:2001/04/15(日) 08:49
もっと色んな国の話が聞きたいage

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/15(日) 09:30
どっかの国の警官がショットガンで口元完全に粉々にされてそれでも生きてて・・・
あのカメラ目線は怖かった・・・
ていうか飲み食いできないからいずれは死んでしまうんだろうな・・・
鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱

251 :名無し三等兵:2001/04/15(日) 15:34
http://gch.virtualave.net/m/a/n/c/o/2329.jpg

こんな常態か?ちなみに彼も生きている



252 :250:2001/04/15(日) 15:41
>>251
コレコレ!
久しぶりにみたよ。サンクス

253 :ふみ:2001/04/15(日) 16:12
野中五郎少佐のはなし

…久保田勇中尉ら三名の搭乗員が着任したとき、指揮台にあがった
野中は、はるか遠くに目を転じながら、
「見渡すかぎりの搭乗員、遠路はるばるご苦労…」と言って指揮台
から降りたが、そのとき隊長の目にうっすらと涙が浮かんでいたと
いう。
三人はど肝を抜かれたが、あとで考えると、亡き搭乗員を偲ぶ指揮
官の心情とともに、わずか三名の搭乗員に寄せるなみなみならぬ期
待を汲み取ることができたと述懐している…

安芸一穂は小説の中で野中少佐に文字どうり「見渡すかぎりの搭乗
員」を部下として与えていた。
そのシーンのためだけに買ったなぁ。(笑

254 :名無し三等兵:2001/04/15(日) 16:14
死んでも喇叭を離しませんでした〜って誰のはなしだっけ?

255 :ZU:2001/04/15(日) 17:20
>>254
 日清戦争の木口小平。

256 :ZU:2001/04/15(日) 17:21
>>251
 食欲なくした。今晩トイレに一人で行けなくなる…

257 :ZU:2001/04/15(日) 17:24
>>253
 兄の四郎大尉は2・26で自決、五郎少佐は湊川でなくて神雷部隊…
 野中家はついてないなあ…

258 :名無し三等兵:2001/04/15(日) 17:37
>>254

それは日清戦争での木口小平のはなしですが、さらに泣ける話として
始めは白神源次郎と発表されて、彼の名は教科書や歌になり、源次郎の
遺族には続々お見舞いが届いたそうですが、実は「喇叭を離さなかった」
のは木口小平の方で、彼は単なる事故死だったと報道されたのです。

その後、源次郎の遺族は世間に隠れる様に暮らしたそうです。

259 :ZU:2001/04/15(日) 17:46
 日露戦争の旅順閉塞作戦で広瀬中佐が「杉野はいずこ〜」と探している
うちに戦死してしまいましたが、その杉野氏は実は生きていたそうで。

260 :名無し三等兵:2001/04/15(日) 17:48
>>ZU@259殿
え!初めて聞きました。

261 :ZU:2001/04/15(日) 17:50
>>260
 マジです。5年くらい前、文春だったか諸君だったかに書いてました。

262 :ぬれよんちんちゃん:2001/04/15(日) 17:57
良かったんだか悪かったんだか。
多分、部下思いの広瀬中佐は喜んでいただろうが。

263 :ZU:2001/04/15(日) 17:58
 平成になってからやっと明らかになったぐらいですから、杉野家は肩身の
狭い思いを強いられ続けたんでしょうな。

264 :ZU:2001/04/15(日) 17:59
>>262
 君のHN見ると、ススキノの某ヘルスを思い出す(笑

265 :ぬれよんちんちゃん:2001/04/15(日) 18:02
>ZU殿
いや、そこから取ってるから(w

266 :ZU:2001/04/15(日) 18:04
>>265
 行きつけですか?

267 :ぬれよんちんちゃん:2001/04/15(日) 18:09
残念ながら、行ってません。って折角のスレですから続けるなら雑談
にでも移ります?<ススキノ話

268 :ZU:2001/04/15(日) 18:14
>>267
 んじゃ、移りましょう。…って、この後所用があるので、また明日以降ね。
 他のみなさん、失礼しました。


269 :名無し:2001/04/15(日) 21:55
>>247
確かこの絵、知覧特攻平和会館の入り口にあるはず。
はじめにこの絵を見た瞬間、泣きそうになったよ。
ほんと切ないというか、やりきれないというか・・・。
んでもって中で隊員の遺書を読んでたら思わず涙してしまった俺。


270 :たもん君:2001/04/15(日) 22:26
ラウンジの「名スレッド」に紹介したい良スレナリけど、
ここはグッとこらえるナリ。

271 :名無し三等兵:2001/04/17(火) 19:17
山口のテレビ局が作った人間魚雷回天の話は泣けた。
学徒出陣の少尉が、伊号潜水艦に載せられて高知沖に行くんだけど、

「足摺岬を右舷後方に見る。本土もこれで見納めか。」

という日記のセリフはジンときた。結局悪天候で攻撃はあきらめ、基地に帰役。
死を覚悟していた少尉は真っ青な顔をしていたという。
その後少尉は訓練中、自分の艇が調子が悪く、他の艇で潜行訓練を行い、そのまま
浮かんでこなかった。戦争は、その2ヶ月後に終わった。戦後、少尉の艇は近くの島の
の砂浜で発見された。中に少尉の遺体があった。少尉は目を閉じ、じっと座ったままの姿で発見された。

「私の艇で少尉は死んだんです。少尉の最後の潜行は、本当に見事な潜行でした」
と涙をこらえて語る戦友の姿には感動した。

少尉にはたしか葉子という妹さんがいて、その妹さんが兄の足跡を尋ねる、という形式
だったんだが、本当に感動した。

272 :みっし:2001/04/17(火) 19:22
米国議会図書館に保存されていた、氏名不詳の陸軍兵士日記。
児島ノボル著『天皇と戦争責任』(文春文庫)収蔵『ある日本兵士の日誌』より。
※(カッコ内は筆者の換字、又は註記)
読みにくいかも知れないけど、我慢して読んでね。

******************************************************

(昭和)十七年十二月二十八日
朝○時三十分きしょ(起床)福山二時二十分出発。
糸崎にてめんかいしました。三時二分に糸崎出発。
広島(二字不明)めんかいじょう(面会場)に六時三十分につきました。
皇(行)軍で(来)ました久市兄上にがいせんも(凱旋門)であいました。
宇品にて十四時二十分に次太郎兄上にヨシエさんめんかいしました。
宇品十五時四十分にて出発、十六時二十分に舟にのりました。
舟十八時三十分に宇品出発、宮島神社に(以下数字が消去)

(十二月)三十一日
朝佐木わん(佐伯湾か?)を七時三十分出発、十四時より衛兵にでました。
十七時ごろ九州島がみえなくなりました。

昭和十八年一月一日
衛兵りかばん(原文まま)をしてをりました。
一時四十分てきせんすいかん(敵潜水艦)みえました。みな(皆)でました。
なみ(波)わ(は)あまりなく衛兵より十四時にかい(帰)りました。

(一月)十二日
朝○時四十分にラバウルわんにつきました。
朝七時にを(起)きました。舟五十セキを(居)りました。

十五日
朝四時より皇(行)軍しました。七時よりだいきゅうし(大休止)をしました。
十五時よりやまのなかを皇(行)軍しました。
二十二時三十分に西ぼうえき(西貿易店?)につきました。
第六十三部隊しょねんへい(初年兵)の家にとまりました。

十九日
朝五時にを(起)きまして中隊本部しえき(使役)をしました。十四時より雨がふりました。
二十日朝四時ごろ、ラバウルに敵機ばくげき(爆撃)にきました。

二十一日
(朝)五時に(起)きまして七時三十分(以下三文字不明)部隊本部にゆき、けいき(軽機)をもってかい(帰)りました。
十三時より山にたきぎをとりにゆきました。二十二時より敵ひこうき(飛行機)がラバウルにきました。

三十一日
朝五時にを(起)きまして山にいも(芋)をとりにゆきました。中隊十三時よりえんしゅ(演習)をしました。

二月十四日
朝二時より敵き(機)ばくげきにきました。ちじょうさげき(地上射撃)ばく五き(爆撃機五機か?)を(墜)としました。
(一字不明)軍らんやくこう(弾薬壕)第二号をか(丘)に(爆弾が)を(落)ちました。戦死十七にん(人)をりました。
七時に第二号(に)ゆきましてみました。

(三月)十日
(朝)六時より第五号行(き)ましてたま(弾丸)をあ(揚)げました。黒ひめ(姫)丸。

十一日
(朝)六時より第八号ゆきまして、ニュギニヤに行く舟奉公丸にたま(弾丸)、
をりたたみ(折畳み)舟を(お)よび米、ビイル、さいだ(サイダー)をつみました。

(四月)二十六日
マナ(ラ)リヤのけつえき(血液)のけんさのためにやすみました。

(四月)二十八日
さぎょう(作業)わ(は)やすみました。はたけをこさえました。九時ごろ雨が降りました。ばらばらと降りました。

五月一日
四時三十分を(起)きましてさぎょう(作業)わ(は)やすみました。ねつ(熱)がでて衛兵わ(は)大出君かわりに出ました。
九時二十分ごろ雨あがりました。十四時にねつ(熱)がでました。二十時ごろ雨降りました。

(五月)七日
(朝)四時三十を(起)きました。七時中隊長(二字不明)しました。やすみました。
ゆめに西父上母上、兄久市ゆめみましたよ。

(五月)八日
やすみました。マナ(ラ)リヤがよくなりましたが、またまたテ(デ)ングねつ(熱)になり、ねつ四十一ド(度)でました。

(五月)十一日
今日朝ねつがでて、くるしくありました。

(五月)十六日
今日きぶん(気分)がよくなりて、朝せんたく(洗濯)に行き、畑にも行きました。
十五時雨降りました。夕雨あがりました。

七月二十日
今日作業休(み)でした。せん(先)発わ(は)でました。中隊(三時不明)八郎ほか六人亡(くなり)ました。


********************* ここで日記は終了 ***********************


273 :名無し三等兵:2001/04/17(火) 19:43
シュエジンの戦闘司令所に於いて・・・・・・
牟田口中将
「藤原、これだけ多くの部下を殺し、多くの兵器を
失った事は、司令官としての責任上、私は腹を切ってお詫びしなければ、
上御一人や、将兵の霊に相済まんと思っとるが、貴官の腹蔵のない意見
を聞きたい」
藤原参謀
「昔から死ぬ、死ぬといった人に死んだためしがありません。司令官か
ら私は切腹するからと相談を持ちかけられたら、幕僚としての責任上、
一応形式的にも止めないわけには参りません、司令官としての責任を、
真実感じておられるなら、黙って腹を切って下さい。誰も邪魔したり止
めたり致しません。心置きなく腹を切って下さい。」
(『軍事研究』2000年5月号、p156より一部抜粋)

274 :名無し三等兵:2001/04/17(火) 20:27
冷たい・・・・・
冷たすぎる・・・・・
部下からここまで言われて自決しない牟田口もクール?

275 :名無し三等兵:2001/04/17(火) 20:39
クールというより最低最悪の無能男。参謀の言葉に「それみたことか」
って語感がにじんでますな。そのころ軍は白骨街道で・・・(泣

276 :最近出て無い:2001/04/17(火) 20:52
>>1の話ですが。
昭和十六年に、大阪歌舞伎の『東西合同大歌舞伎 五月興行』において「潜水艇六號」という演目名で演じられたそうです。
筋書き(プログラム)には「祝第三十六回海軍記念日 五月二十七日」
「銘記セヨ海洋帝國と海上権」とも記されていたとの事。
歌舞伎にしちゃうって、なんか?ですが。

277 :名無し三等兵:2001/04/17(火) 21:40
>>273
教えて初心者で申し訳ないのですが・・
その牟田口中将って「・・顔色を見て察してほしかった」とかぬかした奴でしたっけ?
そのあと、ちゃんと切腹したんでしょうか?

278 :ZU:2001/04/17(火) 21:42
>>277
 「顔色」ねぇ…、本人はそうほざいていたが、どうみてもやる気満々の
顔してたりして。
 長生きしてるしなぁ…


279 :名無し三等兵:2001/04/17(火) 21:55
>>278
えっ?じゃあ結局、腹切らなかったのねん・・ うわ、滅茶鬱。
ZUさん、お答えありがとうございました・・

280 :ZU:2001/04/17(火) 22:03
>>279
 戦後長々と「あいつが勝手に戦場を離脱しなければ云々」とかほざいて
いたそうな。

281 :名無し三等兵:2001/04/17(火) 22:13
>>ZUさん
うわあああ〜ん、マジ鬱。最近のニュースといい、自分が日本人だという
ことが嫌になるよ・・でも重ね重ねありがとうです・・・・

282 :名無し三等兵:2001/04/17(火) 23:03
>>272
俺、そういうのに弱い。

283 :ふみ:2001/04/17(火) 23:05
>>2
…こうして最後さいごのときが来た。はじめは「23日黎明を期して、全員、
摩文仁方面に突撃し、この間に軍司令官、参謀長は山頂において自決する」
と予定されていたが、摩文仁の山頂奪取は不可能と判断され、司令部洞窟の
入口で、古武士の型をふんで切腹することになった。
「閣下、私が先に行って、ご案内いたしましょう」と、一足先に坑外に出た
長参謀長が、振り返りながらいった。
「いや、私が先に行かしてもらうよ」
牛島はおだやかな微笑を浮かべていう。
「あ、なるほど、私では案内になりませんな。閣下は極楽行き、私は地獄行き。
こう行き先が違っていては…」
長は軽く声をあげて笑った…


284 :ZU:2001/04/17(火) 23:12
>>281
 でもね〜、こういう腐った日本人のいる国を守るのは、やっぱり日本人
ですから。
 「友よ〜明日のない星と知っても〜やはり〜守って〜戦うのだ〜」
 いかん、アニメネタだ。でもね〜ある意味真実ですよ、この歌詞は。

285 :名無し三等兵:2001/04/18(水) 00:25
外添よういちが
「東大で「戦争学」と言う授業を教えようとしたら
「戦争」と言う言葉は困る、「平和研究」にしてくれってバカ左翼に言われた」
つうの思い出した。


286 :名無し三等兵:2001/04/18(水) 00:48
>>285
泣ける・・・

287 :ZU:2001/04/18(水) 00:53
>>285
 どっちかといえば「学校でならった軍事話」スレ向きですな。

288 :名無し三等兵:2001/04/18(水) 04:01
>>284
・・・・・・・・・・ありがとう、ZUさん。

289 :名無し三等兵:2001/04/18(水) 04:05
↑ うわ、ミスった・・ 当方281。失礼しました。

290 :名無し初年兵:2001/04/18(水) 11:50
>>282
そうそう。文章のボギャブラリーが少ない分、想像力を刺激するし
それを飛び越えてきた言葉にグッと来ちゃうんだよな。
「ばらばらと降りました」とか「ゆめみましたよ」とか「くるしくありました」とか。
マジで鼻ツーンと来ちゃったぞ。

291 :名無し三等兵:2001/04/19(木) 01:08
10年ぐらい前の終戦記念特集でニューギニアに日本兵の遺骨を収集しに行く
番組をやっていた。
ジャングルに今でも散乱している水筒や弾薬。
険しい山道を食料も休息もない撤退に次々倒れていった兵士たちの骨。
ある骨は小銃の引き金を足に銃口を頭に向けた状態で埋まっていた。
極限の疲労に耐え切れなくなっての自殺だろうか。彼らの苦痛は想像を
絶する。
同じ番組で日本軍に虐殺されたという原住民の親族が出ていた。ある老婆
は「日本人は今でも謝罪も補償もしていないとあの世に行ったら報告してやる」
と言っていた。その村へ虐殺を指示したという元将校が正体を明かさずに行き
慰霊塔の前で土下座していた。戦争とはあらゆる者を不幸にするものだなと思った。


292 :名無し三等兵:2001/04/19(木) 03:07
>>149
五六振武隊陸軍少尉上原良司さんの話を今、フジテレビでやっているよ。

293 :名無し三等兵:2001/04/19(木) 03:17
>>292
補足。以前話題になった、「特攻に散った自由主義者」さんの話です。

294 :224:2001/04/19(木) 12:31
>292,293
見逃した、つか忘れてた。鬱。

295 :名無し三等兵:2001/04/19(木) 20:40
佐多町にすむ、ばぁちゃんの話
毎日のように輸送船が兵士を満載し戦場に向かうしかし
半分は潜水艦?に沈められ海の藻屑に・・・
「天皇陛下バンザイなんて誰も叫ばなかった、みんな
お母さん、お母さんと叫びながら海に沈んでいった」
と辛そうに話してました。
ばぁちゃんにできたことはただ手を合わせることだけだった
そうです。


296 :名無し三等兵:2001/04/19(木) 20:45
>>290
多分マラリアかなんかで・・・(涙
苦しかったろうに・・・
将校と違って徴兵された市井の人でしょう。
切ない・・・

297 :名無し三等兵:2001/04/19(木) 20:52
>>272
泣ける。本当に泣ける。273も違う意味で泣ける。

298 :名無し三等兵:2001/04/20(金) 14:56
流れ出る血の勢いに変わりなく
鋭くえぐられた傷の深さに変わりなく
血を吸った砂の赤さに変わりなく
砕かれた軍靴はなおも血を流す

でも賞賛の声は聞かれない
彼の名は誰も記録に残さない
かわいそうに、こいつが死んだのがアラメインでなく
マヤーツァルバブであったばかりに。

                 H.G.ハロウェイ

299 :名無し三等兵:2001/04/20(金) 15:41
 ‥‥こうして一般国民にはマラリアや赤痢についても、恐怖や厭戦気分、「神経症」についても知らされな
いままの状態が続く。ごくまれに銃後のセンチメンタリズムと前線の即物的悲惨とが直接出会うことがあるが、
その一例がヨーロッパで小銃小隊の指揮をとっていたチャールズ・マクドナルドの回想にあらわれている。
口の達者な記者が戦地の奥深く入り、前線の兵士達に遭遇したときのこと。兵隊たちをつかまえては彼は軽い口調で
「いまアメリカからいちばん送って欲しいものは何?」という質問を発する。はじめ、返ってくるのはむっつりと
不機嫌な視線と沈黙ばかり。しかしようやくひとりの兵が口を開く。

「ちょっと言っておきたいことがある。ここはもう、笑い事じゃなく大変なんだと、ホットドッグやら
ベイクトビーンズやらがなつかしいなんて言ってられないんだとぐらいは伝えてくれ。毎分毎分、
兵隊が死んだり負傷していくんだ。惨めで、苦しくて、痛いんだと伝えてくれ。
そちらでは絶対わからないくらい、笑い事じゃないんだと伝えてくれ‥‥」

 と、ここまでしゃべったところで「この兵の喉から嗚咽が聞こえた」とマクドナルドは回想する。
そして彼はさらに、聞きとりにくい、苛立った声でこう続けたという。
「死ぬほど辛いって、すごく辛いって、伝えてくれ。笑い事じゃない辛さだって。それだけ。それだけだ」

ポール・ファッセル著『だれにも書けなかった戦争の現実』(草思社・刊)P444より

300 :大渦よりの来訪者:2001/04/20(金) 15:47
>299
泣けてくる………滅茶苦茶重いよ。
しかし、アメリカ兵を上回る悲惨さだった日本兵の方々を思えば……。

301 :名無し三等兵:2001/04/20(金) 17:40
>>36
「彼はキリスト教徒だったから」という理由で
死者が靖国に奉られるのを拒否した遺族もいましたな

…これはこれでサヨの宣伝に利用されちゃったけど

302 :名無し三等兵:2001/04/20(金) 21:33
お前らを見てると泣けてくる

303 :名無し三等兵:2001/04/21(土) 10:31
age

304 :名無し三等兵:2001/04/21(土) 11:11
>>301
自衛官だったっけ?

訴訟沙汰になってたなぁ結論は忘れたけど

305 :204:2001/04/21(土) 11:31
>>232
これだ。ありがとう。亀レスで申し訳ない。


306 :名無し三等兵:2001/04/21(土) 12:01
ビクトリア・クロスの受勲条件は「泣けるエピソードあり」とか
聞いたんだが?

307 :名無し三等兵:2001/04/21(土) 12:12
遺書ではないんだけど、ガダルカナルとインパールを転戦した元上等兵
の手記中に出てきた戦死者はどれも泣けた。尾籠な話で申し訳ないけど
「赤痢にかかり下痢が止まらなくなり、最後は下半身丸出しでウンコまみ
れの手に妻と子供の写真を握ったまま道の脇で死んでいった」云々の描
写があって、泣ける泣けないどころの話を越えて鬱になってしまった。

たとえ一兵卒でも家にいればそれぞれの「お父さん」だった人もいるわけ
で、自分の父がそうだったらと思うと、切なすぎて切なすぎて・・・(父が
戦争に行った世代ではないけどね)。

308 :ふみ:2001/04/21(土) 13:41
>>304
原告敗訴で合祀された…と教科書に載っていたような記憶が。

309 :名無し三等兵:2001/04/23(月) 22:19
>>301
ぼきの記憶では
自衛官本人はクリスチャンじゃなかったと思われ

310 :名無し三等兵 :2001/04/23(月) 22:24
フォークランドも悲惨だった。水溜りの泥水飲んで行進する歩兵、、、、

311 :名無し三等兵:2001/04/24(火) 02:06

「終戦」という言葉は、戦争を体験した人間にしか、使う資格がないので
はないか…と思ったりもする。

312 :泣いた:2001/04/24(火) 22:04
松原成信 氏
昭和19年6月同志社大学経済学部在学中入隊
昭和20年8月1日北京にて戦病死
23歳 陸軍兵長

(友人宛て書簡から)
頭の透明な時間は、ほとんどありませんが、
それでもまばゆいくらいな一条の白いたていとがあるようです。

生あらばいつの日か、
長い長い夜であった、星の見にくい夜ばかりであった、と
言い交わしうる日もあろうか・・・・・


313 :名無し三等兵:2001/04/27(金) 21:52
あげてよろしいか。

314 :名無し三等兵:2001/04/27(金) 22:43
うむ、あげたまえ。
このスレをあげずしてどのスレをあげろというのだ。
我らはただ涙して英霊達の心を思うべし。

315 :名無し三等兵:2001/04/28(土) 23:28
独ソ戦初期の1941年6/22 ソ連・ブレストリトフスク要塞は敵地に孤立し、
ドイツ軍は6/30に制圧を発表した。
しかしその後も少数の兵が地下にこもって最後の一発まで戦い続けた。
やがて壁の落書きが発見された。書いた人物はわかっていない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


俺は死ぬ。降伏などするものか。許せ故国よ。41・7・20


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

316 ::2001/04/28(土) 23:41
>>315
「我死す。されど屈せず。さらば我が祖国よ」

317 ::2001/04/28(土) 23:41
沖縄のガマの中にあった、海軍?の将官遺言
沖縄住民は老若男女問わず本当に良く戦って
くれた、私は志空しく氏にますが、陛下に
後世に沖縄住民に特別の配慮を賜りたい。
しかし、この言葉は裏切られて基地の町
沖縄があるのです。 世間のお偉いさん方々
この人はいまも沖縄からあなたたちを
みていますよ。 

318 :名無しさん@お腹いっぱい:2001/04/28(土) 23:44
>「彼はキリスト教徒だったから」という理由で
>死者が靖国に奉られるのを拒否した遺族もいましたな

自衛隊員なので護国神社です。
なお本人がキリスト教徒だったのではなく、奥さんがキリスト教徒でした。
両親は息子の死が運動に利用されるのが苦痛だったようです。

319 :名無し三等兵:2001/04/28(土) 23:49
>>317
この前NHKでやったばかりじゃん(笑)

320 ::2001/04/28(土) 23:57
見てなかった、名前なんだっけ
俺はガマで直接見たよ。しばらく
涙して、外に出れなかった。若い
若い。

321 :315:2001/04/29(日) 00:19
>316
ありまぢ?バルバロッサ作戦(上) パウルカレル著 学研M文庫 P84
みながら書いてたんだけど。いろんな訳があるんかいな?リソースupきぼーん。

322 :名無し三等兵:2001/04/29(日) 00:23
>>320
大田實。知らないとは恐れ入る。

323 :名無し三等兵:2001/04/29(日) 00:26
>>315
>>316
昨年Nスペでやった「ロシア 小さき人々の証言」にブレスト要塞の生
き残りの老人のエピソードがあった。ブレストで捕虜になった兵士達は、
戦後スターリンの失策を隠すため迫害され、人目を避けて生きなければ
ならなかったそうだ。スターリンの死後ようやく名誉回復がなされ、そ
の老人も勲章をもらいシベリアに移住して鉄道建設に従事して祖国につ
くし、そのまま穏やかな余生を送っていた。やがてソ連は崩壊し、物価
の高騰で老人がもらっていた年金や貯金は紙くず同然になった。
 そしてある日老人はちょっと旅行に出るという書置きを妻に残して列
車に乗り、一週間後にブレストに着いた彼は駅で列車に飛びこんだ。
 老人の身に付けていた服から遺書のつもりだったのか、その言葉を書
いた紙切れが見つかったそうだ。
 なんというか祖国に尽くし、祖国に裏切られ、それでも祖国に尽くし
つづけたのに最後にその祖国自体がなくなってしまった老人の絶望と、
どういうつもりでこの言葉を遺書としたのかを思うと泣けてくる。

324 :名無し三等兵:2001/04/29(日) 00:31
1941/6/28 ソ連兵 アレクサンゴル・ゴリコフの妻への手紙

愛するトネチカ。
きみのもとへ届くかどうかわからないが、最後の手紙になることだけは確かだろう。
戦いはますます激しくなっている。我々の戦車もやられてしまった。
ファシストに完全に包囲されている。そこら中に死体がころがり、
まるで大きなトカゲが無数によこたわっているようだ。
ここは熱く、のどが乾く。

僕は今、君の写真を膝の上に乗せて、その澄んだ瞳を見つめている。
泣かないでおくれ、君は僕の墓に来ることはないだろう。
いや、墓すらないかもしれない。

#ゴリコフはこの手紙を書いた日に戦死した。
#(カラーで見る第二次大戦:NHKより)

325 :名無し三等兵:2001/04/29(日) 00:40
>324
しまたゴル誤。ドルが正しい。

アレクサンゴル・ゴリコフ>アレクサンドル・ゴリコフ

ついでにもうちょっと書くと、この番組、全三回でイギリスの放送局
がつくったのをNHKがもってきて放映したやつででてましたっス。

326 :名無し三等兵:2001/04/29(日) 01:02
 大 井 栄 光
  昭和20年東大理学部数学科卒業。13年9月入営。翌年4月出征。16年6月華北柿樹園にて戦死。26歳。
 母上様
 いよいよ別離の日が参りました。
 けれども私は元気にいって参りますから,くれぐれもお体を大切になさって苦心して生還した時には一層元気な御姿に接し得ることを祈っております。
 何の屈托もなく何の感情の高揚沈低もなきかのごとく装うておりましても,私はやはり多くの未完成を抱いたまま戦地に参ります。そこには寂莫の感もありますし愛惜の情もあります。けれども見えざる神の意志の支配に全幅の信頼を置いて,危難地に赴く構えはいささかながら既に会得していると自負しております。この上はママも義光も三重子も皆が私の心情をくみとってせめて笑顔をもって私を送っていただきたかったのでしたが,やはり親と子の情はもっと深刻切実なものであるようです。
私はママの涙はいといませぬ。
しかしこの後はなるべく朗らかに日々を過ごされて私の出しますたよりを御まち下さることを願い上げます。はじめから「悲しみの涙」で戦地に赴くのではなくて死ににゆくような気がかえっておこりますから,どうぞ釣道具やスケッチブックをもって出かけた心持ちになっていただきたいと切望いたします。どうかもう決して涙は流すまいと決心して約束していただきたいものです。
 桜の花の美しき風情,春日ののどかな気分に落ち着きまして自分の心をふりかえりますと色々と新しい感情が湧くのでした。今までは人世だとか,悩みだとか楽しみだとか,その他のむずかしいことをお互いにわかったような気になって話しあったり独り合点したりしていましたが,結局はほとんど全部は過ぎゆくものにすぎませんでした。そしてただ基督による救いという事が動かぬ世界への唯一の希望のかけはしとして残されているような気がします。
その信仰も決して非常に強固であるとはあえて申せませんが,他のもの−世の中のすべてにくらべればはるかに切実なもののように思えるというわけです。
 あれほど戦争を嫌って恐れていたかつての私が,今や一切の雑念をさらりとすてて,ひたすら戦いにのぞむ者としていろいろ修行をつづけることは,全く驚異すべき事柄のようであろうと思います。けれどもそれは家の人からみれば驚異的現象であっても当事者になって見れば,かなり当然すぎるものとしか考えられません。
「それほど軍人になりきったか」といわれればそれまでですが私はむしろそう考えるよりは「軍人という境遇におかれて特殊な鍛錬をされつつある」という方が正当であろうと思います。私は「それほど軍人になりきってはおりませぬ」。
 軍隊生活において私が苦痛としましたことの内で,私の感情−繊細な鋭敏な−が段々とすりへらされて,何物をも恐れないかわりに何物にも反応しないような状態に堕ちて行くのでないかという疑念ほど,私を憂鬱にしたものはありません。私はそうやって段々動物になり下ってしまうよりは,いつまでも鋭敏な感情に生きつつ,しかも果敢な戦闘を遂行したい衝動にかられています。
しかし私は無理はしません。一瞬は驚き,たじろいでも次の瞬間には最善の方法を落ち着いて実施して行くというように,自分の性格を生かして最後の勝利に向かって邁進したいと思います。私にとっていわゆる最後の勝利が生還によってはじめて成就されるものか,あるいは戦死してのみ与えられるものかは今のところ全然わかりません。
がそれだけに,いとも朗らかに出発して行けますから,どうか留守の皆も楽しい日々を送って,私の必生(必死!)の修養を見守っていていただきたい。死すればそれはまた主の御旨ですから,めめしく涙など流さぬこと,生還したとしてもそれで最後の勝利が与えられたわけではないのですから軽々に笑わぬ事を願います。


327 :名無し三等兵:2001/04/29(日) 02:21

山本五十六の参謀だった宇垣纏は
九州で神風特別攻撃隊を指揮していたが
玉音放送を聞き、部下への詫びと死に場所として
米軍占領下の沖縄へ彗星で特攻した
一緒に付いて行った者がかなりいたそうだ



328 :名無し三等兵:2001/04/29(日) 17:29
立って半畳、寝て一畳

329 :真岡:2001/04/29(日) 18:17
昭和二十年八月二十日、日本軍の厳命を受けた真岡電信局(旧樺太)
に勤務する九人の乙女は青酸加里を渡され最後の交換台に向った。

ソ連軍上陸と同時に青酸加里をのみ、最後の力をふりしぼってキー
をたたき

・・・・皆さんさようなら、さようなら、これが最後です・・・・

の言葉を残し、夢多き若い命を自ら絶った。


330 :水みみず:2001/04/29(日) 18:19
いろいろ映画あるね

331 :真岡:2001/04/29(日) 18:25
>>329
殉職した九人の乙女
 高石ミキ(24)
 可香谷シゲ(23)
 吉田八重子(21)
 志賀晴代(22)
 渡辺照(17)
 高城淑子(19)
 松崎みどり(17)
 伊藤千枝(22)
 沢田キミ(18)

 ・・・・みんな若い・・・・

332 :名無し三等兵:2001/04/29(日) 18:34
もったいない。
泣きたくなるほどもったいない。

333 :名無し三等兵:2001/04/29(日) 18:36
なんだよ、旧軍は日本人の婦女子を虐殺してたのか・・・
昔、南方のほうでタイピストとして送られたはずの女性たちが
枕芸者にさせられていたって話を聞いたが、あれは本当だった
のか・・・!? 弩鬱。

334 :真岡:2001/04/29(日) 18:37
>>329
九人の乙女
http://www.yasukuni.or.jp/museum/daitoua/tenji10.html

335 :水みみず:2001/04/29(日) 18:39
ひめゆりの塔

336 :真岡:2001/04/29(日) 18:41
>>333
日本軍の命令ではなく、彼女たちの自発的行為という話しも・・・
http://www4.freeweb.ne.jp/novel/m-take/fujinomiya6.html

337 :水みみず:2001/04/29(日) 18:42
なける、まじで

338 :水みみず:2001/04/29(日) 18:44
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog128.html
なけるよ、まじで

339 :名無し三等兵:2001/04/29(日) 18:58
>>336
333は煽りでしょ。マジレスしてどーすんの。

340 :真岡:2001/04/29(日) 19:22
>>339
すんません
彼女たちの最後の電文を受けていた人たち(稚内電話局の人たち?)の気持ちを思うと、つい反応してしまって・・・

341 :339:2001/04/29(日) 19:24
>>340
俺も稚内にいて記録を現物でみてるので気持ちはわからないでもない。

342 :名無し:2001/04/29(日) 21:14
>>327
宇垣中将の場合は賛否両論あるよね。
「一人で死ね」と言う者もいたとか。


343 :333:2001/04/30(月) 11:31
>>339
煽りに見えてしまったのなら申し訳ない。
一行目は完全に激昂していたんで、蛇足そのものを書いてしまった。
しかし二行目以降は実際に聞いた話だ。すべてがそうだったとは思わないが
そういう事例があったというだけでも鬱で……

344 :ぽぽり:2001/04/30(月) 16:26
ソ連兵上陸直前、陵辱されるような状況で脱出の機会も絶望だと考え
渡したと思おう・・・。

345 :339:2001/04/30(月) 20:52
>>343
いや、こちらこそ煽り呼ばわりして申し訳なかった。
いずれにせよ、戦争が生んだ悲劇を悲しむという点で貴君とは意見が一致
するものと信じる。

346 :名無し三等兵:2001/05/02(水) 08:03
age

347 :名無し三等兵:2001/05/02(水) 08:05
シモタ、上げ

348 :名無し三等兵:2001/05/02(水) 10:01
「本当の戦争の話というのは全然教訓的ではない。それは人間の徳性を良い方向に導かないし、
高めもしない。かくあるべしという行動規範を示唆したりもしない。また人がそれまでやって
きた行いをやめさせたりするようなこともない。もし教訓的に思える戦争の話があったら、
それは信じないほうがいい。もしその話が終わったときに君の気分が高揚していたり、
廃物の山の中からちょっとしたまっとうな部品を拾ったような気がしたりしたら、
君は昔からあいも変わらず繰り返されている酷い大嘘の犠牲者になっているのである」

――『本当の戦争の話をしよう』ティム・オブライエン(文春文庫)

349 :名無し三等兵:2001/05/02(水) 10:51
ティム・オブライエンが神なら信じてやるよ

350 :名無し三等兵:2001/05/02(水) 12:07
>348
このスレを見てそういう文章を引っ張ってくるのは君の無教養を顕著に表してるな。
オブライエンはそういう戦場の話を多く知っている上でその文章を書いているのであって、
私はその意見には素直に耳を傾けるが、君のようなシッタカ君が安直に引っ張って来る
のは怒りを覚えるしまた彼の文章を汚している。

351 :名無し三等兵:2001/05/02(水) 13:03
ティムオブは真っ当な警鐘を鳴らしているんじゃないの?
識者の解説きぼん。

352 :名無し三等兵:2001/05/03(木) 05:56
>>348
ティム・オブライエンはアメリカ人だよね?
つまり勝った側にいたわけで、彼の言う「教訓的に思える戦争の話」と言うのは
ジョン・ウェイン的な「勝者の物語」の事を指しているのでは?

このスレの趣旨は単に「戦争に巻き込まれた人々の悲劇を悼む」ことだと思ってますので
もしその文章の引用によって批判を試みているのであれば、それはただのお門違い
ちゅう事になるのではないか、と考えますが。

353 :裏月面移住計画者:2001/05/03(木) 05:59
>>348
「合衆国海兵隊大尉」と大書きしてあんだよね

354 :DUB MASTER:2001/05/03(木) 13:33
ココ見てヒップホップだのクラブだのに熱中している自分が
ちょっと申し訳ないような気持ちにもなる。

そういえばシベリア収容所でのドイツ兵(スターリングラードの6軍多し?)と日本兵、
あるいはロシア人監視や収容者との交流も捨てがたい。

355 :名無し三等兵:2001/05/03(木) 14:05
>>352
オブライエンが従軍したのはベトナム戦争だから「勝った側」にいたわけで
はない。Fubarな戦争に教訓めいた話などない、という一兵士の素直な感想
だと思うのだが、どうだろう。

泣ける話ではないのでsage. 「本当の戦争の話をしよう」はある意味泣けるん
だけどね…。「泣くのはおよしなさい、ティミー。べつにたいしたことじゃな
いんだから」

356 :名無し三等兵:2001/05/03(木) 17:24
>>354
>そういえばシベリア収容所でのドイツ兵(スターリングラードの6軍多し?)と日本兵、
あるいはロシア人監視や収容者との交流も捨てがたい。

ほのぼのだけどチョット泣ける

ttp://www.ca.sakura.ne.jp/~masato_k/nob/nobhome.htm

357 :DUB MASTER:2001/05/04(金) 01:02
>>356
あ、ありがとう。さっそく拝見させて頂きます。

358 :名無し三等兵:2001/05/04(金) 08:35
>>356
泣ける。(しかし共産党って腹立つね)

359 :裏月面移住計画者:2001/05/04(金) 08:40
政治部将校こわ

360 :名無し三等兵:2001/05/04(金) 17:55
>>356
の木内さんみたいな人が現在の日本には不足している・・・

361 :名無し三等兵:2001/05/04(金) 18:06
あっしの祖父も抑留されましたが、風呂はサウナ風呂と言ってました。

362 :名無し三等兵:2001/05/04(金) 18:27
>>360
確かに。こーいう人がいたから日本はどん底から復活できたんだなあ。
木内さんのメッセージコーナー見ると泣ける。

363 :名無し三等兵:2001/05/04(金) 21:24
>>362
ある意味、帝国軍人の鑑かと思われ

364 :名無し三等兵:2001/05/04(金) 22:24
レイテ沖海戦について、
半藤氏のインタビューで本当にただ一言。

小沢「西村君だけだ。本気で戦ったのは。」


「帝国海軍の興亡」(半藤一利)のまえがきより。
いきなり泣けた。

365 :名無し三等兵:2001/05/04(金) 22:29
>>364
西村提督について詳しく知りたいのですが紹介した書籍とかご存知な
いでしょうか?教えて君スマソ

366 :ロンメル太郎:2001/05/04(金) 22:42
>>356
つつしんで拝読中。
こりゃ、いいものを紹介していただきました。
ありがとうございます。

367 :DUB MASTER:2001/05/05(土) 14:07
遅レスですが、本当に良い話し(亡くなられた方には申し訳ないけど)です。
こうした荒涼と下場所でもほのぼのとした交流もあったなんて。

板東収容所(こちらはWW−1。999人の第九)を思わせるオーケストラの
演奏もあったんですね。

http://www.ne.jp/asahi/wwii/panzer/stalingrad.html
↑、万が一心当たりある方、そうでない方も一度ご覧くださいまし。

368 :356:2001/05/05(土) 15:35
>>366>>367

当該HPを紹介するにあたっては昨今の板の現状を考慮して相当考えま
したが、レスを拝見してほっとしています。
実はあのHPは私が最初にIEの「お気に入り」に入れたサイトなのです。

369 :名無し三等兵:2001/05/05(土) 15:43
ラーゲリーってあんなにホノボノしてたのか?

わてのソフとはちと違う・・・

370 :名無し三等兵:2001/05/05(土) 15:47
>>369
死線をさまよった人が敢えてあのように表現しているのではないでしょうか?
そこが、泣きどころかと・・・

371 :名無し三等兵:2001/05/05(土) 15:58
>>369
普通はあんな目にあったらイデオロギー(ウヨサヨ)に転ぶかソヴィエト
・ロシアを憎むかするもんだがさすが日本男児、尊敬します。

372 :名無し三等兵:2001/05/05(土) 17:16
包囲下でのレニングラードの話。

ある人は牛の角製のボタンを溶かしてスープを作った。
ある人は皮製品を煮込んでしゃぶり、おが屑と壁紙用の
糊でホットケーキを作ったりした。
ある提督は豚皮のてさげ鞄を友人の妻におくったが
「数日後、私はなんとか食べられるボーク・ジェリー
が入っている箱を受け取った。」という。
この婦人は鞄の金具も一緒に送ってきた。金具は
ポーク・ジェリーに入ってない事を保証する為に。
それに彼女がユーモア感覚を失っていない事も。

空腹のあまり極端な行動に走る者もいた。
ある少女は食料に替える為死んだ父親の金歯を抜いた。
また、二人の子供は大人にこう言つた。
「パパとママが死んだので、わたしたちとおばあさんとで
死体を天井裏に隠して、今は三人で五人分の配給切符を
もらっている。」

しかしわずかな配給品を分けあう人々の話もあった。
ある男は、自分のその日の食料の分け前を妻に差し出した。
自分は軍需工場で働いている報酬としてすでに、余分の
配給をもらったからといって。彼は日記に
「生まれてはじめてエリザベータに嘘をついた」
と告白している。

373 :名無し三等兵:2001/05/06(日) 14:45
関係なくてすいませぬが ひかりごけ(奥田英二、田中邦衛、
三国連太郎出演)は最も生きるという過酷さを
描いた作品です。

374 :野中五郎の子供への手紙:2001/05/06(日) 15:15
ぼー まいにち おとなちく ちてるか おばあちゃまや おじちゃまが いらっちゃるから

うれちいだろう

おたんじょうび みんなに かわいがられて よかったね おめでとう おめでとう

おとうちゃまは まいにち あぶーにのって はたらいている

ぼーが おとなちくして みんなに かわいがられているときいて うれちい

もうちょろちょろ あるかなければいけない はやくあるきなちゃい

おかうちゃまの いうことをよくきいて うんと えいようをとって ぢょうぶな よいこどもに

ならなくてはいけない

ちゅき きらいのないように なんでも おいちいおいちいってたべなちゃい

でわ さようなら おとうちゃまより ぼーへ


泣く…

375 :名無し三等兵:2001/05/06(日) 18:35
>>374
泣いた。
いつのまにか野中大佐のお亡くなりになった年齢になっていた。
大佐と比較して自分の情けなさにも泣けるが・・・

376 :名無し三等兵:2001/05/06(日) 18:52
ソ連の女性兵士ってほんとにいたのか
ハァハァ

377 :名無し三等兵:2001/05/07(月) 03:07
そろそろage。

378 :名無し三等兵:2001/05/07(月) 03:46
あげるぞ。

379 :名無し三等兵:2001/05/07(月) 11:05
もう一回!

380 :名無し三等兵:2001/05/07(月) 11:16
戦争はするもんぢゃないね。(わかっちゃいるけど・・・・)

381 :名無し三等兵:2001/05/08(火) 00:22
age

382 :名無し三等兵:2001/05/08(火) 00:31
age

383 :名無し三等兵:2001/05/08(火) 01:45
泣ける話といえば、日系人部隊。

384 :名無し三等兵:2001/05/08(火) 01:46
黒人部隊もね

385 :ウラ物:2001/05/08(火) 05:30
「何も終わっちゃいねえ!何も!言葉だけじゃ終わらねえんだよ!
 俺の戦争じゃなかった、あんたにやれって言われたんだ!
 俺は勝つためにベストを尽くした だが誰かがそれを邪魔した!
 シャバに戻ってみると空港に蛆虫どもがぞろぞろいて 抗議しやがるんだ!
 俺のこと赤ん坊殺したとかなんとか言いたい放題だ やつらに何が言えるんだ
 ええっ!奴等はなんだ俺と同じあっちにいてあの思いをして喚いてんのか!」
「みんな失望し苦しんでいたんだ もう過ぎたことだ」
「あんたにはなァ!俺にはシャバの人生なんか空っぽだ
 戦場じゃ礼節ってもんがあった 助け合い支えあっていた ここじゃ何もねえ!」
「おまえは私にとって最後の一人だ 野垂れ死にをしてくれるな」
「あっちじゃヘリも飛ばした 戦車にも乗れたよ!100万もする武器を自由に使えた!
 それが国に戻ってみれば駐車場の係員にもなれないんだ!!

 畜生・・みんなどこ行ったんだ クソ・・
 空軍にも友達がいた みんないい奴だった あっちじゃ友達はごまんといた
 それなのにどうだ ここには何もねえ・・
 ダンフォース 憶えてる 俺いつかマジックペン一本とって拾い物って
 ラスベガスに送ったんだ 俺たちいつもベガスのこと、車のこと喋ってたから
 あいつはいつも赤いシェビンのコンパッティブルのこと喋ってた 帰ったら
 タイヤが擦り切れるまで走ろうって・・

 俺たちがいたあの納屋に子供がやってきて靴磨きの箱を持って『お願い磨かせて』
 そう言ったんだ 俺は断ったがしつこくせがむんでジョーイは承知したんだ
 俺、ビールを取りに出た 箱に仕掛けがあって箱を開けるとあいつの体は吹っ飛ばされちまった
 すごい悲鳴だった!あいつの血や肉が俺の体にべっとりついてこんなに!!
 引っぺがさなきゃならなかった!友達が、俺の体中に飛び散って!
 俺、なんとかあいつを抑えようとした!けど、どうしても内臓がどんどん出てくるんだ!
 どうにもできなかった!あいつ言うんだ『俺うちへ帰りてぇー帰りてぇー』
 そればっかりだ 『国へ帰りてぇー 帰ってシェビン乗り回してえよー』
 でも・・あいつの足がみつからねえんだ・・足がみつからねえんだ・・
 あれが頭にこびりついてる もう7年にもなるのに・・毎日思い出すんだ
 目が覚めてどこにいるのか分かんねえ時もある 誰とも喋れねえ・・
 時には一日・・一週間も・・忘れられねえ・・あれが・・」

386 :名無し三等兵:2001/05/08(火) 07:52
「何も終わっちゃいねえ!何も!言葉だけじゃ終わらねえんだよ!俺の戦争じゃなかった、あんたにやれって言われたんだ!俺は勝つためにベストを尽くしただが誰かがそれを邪魔した!シャバに戻ってみると空港に蛆虫どもがぞろぞろいて抗議しやがるんだ!俺のこと赤ん坊殺したとかなんとか言いたい放題だやつらに何が言えるんだええっ!奴等はなんだ俺と同じあっちにいてあの思いをして喚いてんのか!あんたにはなァ!俺にはシャバの人生なんか空っぽだ戦場じゃ礼節ってもんがあった助け合い支えあっていたここじゃ何もねえ!あっちじゃヘリも飛ばした戦車にも乗れたよ!100万もする武器を自由に使えた!それが国に戻ってみれば駐車場の係員にもなれないんだ!!畜生・・みんなどこ行ったんだクソ・・空軍にも友達がいたみんないい奴だったあっちじゃ友達はごまんといたそれなのにどうだここには何もねえ・・ダンフォース憶えてる俺いつかマジックペン一本とって拾い物ってラスベガスに送ったんだ俺たちいつもベガスのこと車のこと喋ってたからあいつはいつも赤いシェビンのコンパッティブルのこと喋ってた帰ったらタイヤが擦り切れるまで走ろうって・・俺たちがいたあの納屋に子供がやってきて靴磨きの箱を持って『お願い磨かせて』
 そう言ったんだ俺は断ったがしつこくせがむんでジョーイは承知したんだ俺ビールを取りに出た箱に仕掛けがあって箱を開けるとあいつの体は吹っ飛ばされちまったすごい悲鳴だった!あいつの血や肉が俺の体にべっとりついてこんなに!!引っぺがさなきゃならなかった!友達が、俺の体中に飛び散って!俺、なんとかあいつを抑えようとした!けど、どうしても内臓がどんどん出てくるんだ!どうにもできなかった!あいつ言うんだ『俺うちへ帰りてぇー帰りてぇー』そればっかりだ『国へ帰りてぇー帰ってシェビン乗り回してえよー』でも・・あいつの足がみつからねえんだ・・足がみつからねえんだ・・あれが頭にこびりついてるもう7年にもなるのに・・毎日思い出すんだ目が覚めてどこにいるのか分かんねえ時もある誰とも喋れねえ・・時には一日・・一週間も・・忘れられねえ・・あれが・・」

387 :名無し三等兵:2001/05/09(水) 16:30
AGE

388 :名無し三等兵:2001/05/09(水) 16:56
>>200 遅レスだけど
母親にこっそり渡した辞世の句も泣ける。

いざさらば我は御国の山桜母の身元にかへり咲かなむ

389 :DUB MASTER:2001/05/09(水) 22:41
ココは必見スレだと想ふ。

390 :DUB MASTER:2001/05/09(水) 22:48
特攻隊員の胸中もそれぞれですね。
合掌!

391 :ヤマト:2001/05/10(木) 00:16
スレの本筋とは趣旨がちがいますが
マスコミ、議員、政治、ニュース等の各板のスレッドにはったカキコです。以下

長文御許し下さい。
靖国問題にしろ教科書問題にしろ必ず出て来る
「先の大戦でアジア諸国を侵略した日本」「近隣アジア諸国の反日感情」
「アジアの友好関係を乱す日本」
などという日本バッシングの決り文句を引っ張り出すのは韓国と中国であって
けっしてアジア諸国すべてがかつて日本に侵略されたという歴史観を持っている訳ではない。
あなた方は学生時代の近代史の授業で「なんで戦争なんてしたの?」
「日本が行った戦争はそんなにエゴイスティックな戦争だったの?」
という疑問を持たなかったか?
私は学校の授業が納得出来なかった。納得する為に教師に質問した。
が、しかし納得出来る説明をしてくれた歴史教師は居なかった。
真赤な全共闘世代の教師に聞いても無駄なことだと気付いたのは
社会人になってから海兵隊の基地で英会話を習いながら知り合った
米軍人とwwUについて話をする様になってからだ。
日本の歴史教育がどれほどひどい物だったのか。
日本人がアジアに対して自虐的になってしまった責任はいったい誰が取るのか。
先の大戦で日本に怨恨を持ち、自国の幼子に「日本国は下劣な侵略国」という
教育を政策として行っている国は自国の利益追求の為。
つまり外交手段の一環として行っている。
国内の腐れマスメディアの要職に就いているのは真赤な団塊バカどもだ。
みんな、もう目を醒まそうじゃないか。私は日本人に生まれて本当に良かったと思う。
現代は情報を朝○新聞や腐れ日教組から与えられる時代ではなく、自分で情報を集めることが
出来る。 アジア諸国、又、諸外国において、
大東亜戦争を敢然として開戦したwwU時の日本を尊敬している国々がちゃんとある。
日本のメディアには流されないがこれらの国の中には大臣や元首が日本を訪れた際には
必ず靖国神社に公人として参拝してくれる国もある。
なのにこの国の官僚、政治家どもは日本叩きで金を巻き上げる外交手段の2国の顔色をうかがって
英霊の弔いすらしない。情けない限りだ。
一部分であるうえ、無断でリンクを張るが、以下に揚げたサイトの記事に私は涙が流れる。
日本人に生まれた事を誇りに思う。

日本人より日本を愛する国
http://www2.justnet.ne.jp/~huujin/ase9907.htm

国際派日本人養成講座
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog102.html

日露戦争の世界史的意義
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h9/jog007.htm

記念艦三笠とニミッツ提督
http://www2.justnet.ne.jp/~masayoshi_fuse/nagoshi/nimitz.htm

To Japan from ASEAN
http://www2.justnet.ne.jp/~huujin/asean5.htm

「父祖の足跡に感謝する会から」
http://www12.u-page.so-net.ne.jp/fa3/fuj-kaz/index.htm#click-sitenhikaku

『英霊の言乃葉』
http://www.yasukuni.or.jp/

392 :じゃがいも:2001/05/10(木) 01:04
>>391
私もリンク先を見て泣けてきました。
大和民族として日本に生まれた事、日本人として生まれてきた事を誇りに思います。

英霊達に黙祷、日本を友人と思っている世界中の人々に感謝。

393 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 01:16
同意はできるが、すまん。大東亜戦争とは呼べない。
それこそ外交手段としての呼称だ、あれは。

394 :名無し婦人兵:2001/05/10(木) 01:53
私も泣けたけどね、「救われた」って言ってくれる国には
幸運な偶然が沢山あったんだと思うんですよ。
単に長い事居座れなかったとか。
やはり恥じるべき点は沢山あると思います、戦争だから。
どこの国の軍でも起きる事がどれくらいの規模だったかとか、
目を逸らせてはいけない点もあるのでは。

英霊には深く感謝する。でも死ななくてもいい筈の英霊もいた筈。
もう二度とあんな風には死なせない、と決める覚悟を私は持つ。

395 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 03:17
>>391
たしかに、泣けたけど。
特攻隊員の心情を考えると誇る気には到底なれない。
悔しかったろう。したいことだっていっぱいあっただろう。
それを後世の人間が「誇る」ってのはなんか、彼らの血の滲むような叫びに対して
失礼な気がするんだ。

396 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 14:37
悲しい出来事を美しい出来事にしたりしちゃいけませんよね。

397 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 19:19
ココは左の巣窟

398 :所詮軍ヲタ:2001/05/10(木) 20:07
さっと読んだが泣ける話を読んで泣いてる自分に酔ってる馬鹿ばっか。
墓に頭下げない連中とかを罵ってるようだけど、本当に死んでいった
連中の事を思うのなら、国の為になんかしてみい。
戦艦群に特攻したり、ジャングルで艦砲射撃に対峙するのに比べたら
珍走団撃破ぐらい屁でもないだろ(藁

>もう二度とあんな風には死なせない、と決める覚悟を私は持つ
特攻どころか珍走団に誘拐されて輪姦されて殺されてる子がいても
連中を潰そうともしないじゃないですか(藁
死なせない覚悟ってなんですか?プ

399 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 20:13
>>398
珍走に何か恨みでもあるんですか?

400 ::2001/05/10(木) 20:13
ん? 何があった。女にふられたか?
卒業見込みが出なかったか? 言ってみろ。
吐き出して楽になれ。いくらでも聞いてやるぞ。

401 :400:2001/05/10(木) 20:15
ごめんな399。

402 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 20:17
>>398
途中から腐った(最初はまっとうなキャンペーンだったが単なる荒らしグループになった)
珍走団スレから来たのか?何でもいいけど論旨が破綻してるぞ。

ところで君は何をしているのか?その珍走団撃破の為に。

403 :398:2001/05/10(木) 20:19
とりあえず身近で、軍ヲタでも撃破可能な暴力集団をあげてみたたけ。

404 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 20:21
>>399-400
>>402
自分が負けないような場所や相手を選んで攻撃してくるような奴に何を言っても無駄。

405 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 20:22
あーあと俺はこんな話じゃ泣かない。感謝もしない。
口から出る言葉は、身の丈の範囲内です。
死なせない、なんて死んでもいえないです。

406 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 20:23
>>403
あなたの「撃破可能」な対象はなんですか?

407 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 20:23
>>397
どこをどう読んだらそうなる?白痴?

>>398
で?お前はそのヘタレをわざわざ馬鹿にする、さらにヘタレな厨房?
珍走を力で潰す?犯罪だろ?、犯罪を煽り立てるんだ、自分も何も
行動してないくせに。

”自分はこう言う行動をした。”だからここで、話をダケしてる奴
はヘタレだっていうんならまだしも。

社会をナナメに見ることで、カッコつけてるつもりだろうが、お前
友達いないだろ?

>>ALL
すまん、以下は泣ける話しで続けてくれ。

408 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 20:23
死なせない、死なせない…ププ
自分が何もしないくせに、感動して偉そうなことばかり吐く
連中に何をいっても無駄か…。

409 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 20:25
>>408
ププは半角で入力する方がいいyo
あと、子供は8時を過ぎたら寝ようね(はぁと)

410 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 20:25
斜めには見てません。ひっくり返ってみてます。
俺は社会のかーす。外道の類。

それと泣ける話はかまわないから、自分の感想は書くな。
偽善者の戯言はもううんざり。

411 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 20:26
そのyoだけはやめろ!!!!

412 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 20:26
>>407
了解。

#たまに上がってりゃろくなことがねぇ。

413 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 20:31
>>それと泣ける話はかまわないから、自分の感想は書くな。
偽善者の戯言はもううんざり。

まあ、それもわかるが
それだったら無視するのが大人の対応だ
君のカキコミが他人に対してけむたがれていることを
自覚しろ。



414 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 20:35
398の境遇を想像すると泣ける。
珍走を撃破して欲しかったんだね・・

415 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 20:39
>>413
煙たがられるのわかってやってんだよ。
じゃないと、偽善者で溢れ返っちまう。
これでちったー「死なせない!」な類の返答は減るだろ。
まぁ「ふーん大変だったんだね。」がいいとこと思われ。
>>414
珍走…いや、どっちかというと社会的には似たような存在かも…

416 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 20:42
泣けるかも。

「インドネシア独立のために、誇り高く戦った日本人兵士たち。
祖国への想いを断ち、彼らはなぜ戦ったのか。
―――これは、真実の物語である。」
いよいよ明日封切り。
【ムルデカ 17805】 http://toho.co.jp/movie-press/merdeka/
1945年8月15日―
無条件降伏で終戦を迎えた大日本帝国。激しい混乱と動揺のなか、日本は平和国家として
祖国再建への一歩を踏み出そうとしていた。そして同じ日。遥か南方の地では、銃を手に
異国の人々と運命を共にすることを決意した日本兵たちがいた。スカルノらが勝ち取った
「インドネシア独立」の陰には、祖国に帰ることを選ばず、
自らの意志で異国の地に残った名も無き幾千の日本兵士の姿があった。
【17805の意味】
後の正副大統領・スカルノとハッタは、日本への感謝を表し、インドネシア独立宣言文に
日本の皇紀「2605(=西暦1945年)8月17日」で年号を書き入れ署名した。
これを、日・月・年の順に並べた5ケタの数字は、独立を宣言した日として、
いまもインドネシア国民に記憶されている。

417 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 20:47
>>415
よく考えてみろ
おまえのやってることも
ここで偽善発言してきた者と同レベルだぞ
大丈夫か?アンタ
まわりがちゃんと見えてるか?

418 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 20:51
いいかげんにしろ。
イデオロギー引きずるなら政治思想板へ逝け。

419 ::2001/05/10(木) 21:25
戦争は意外と泣ける話おおいですね。
でもこれからは極力、平和で泣ける
話が増える様にしませんと、

420 :名無し婦人兵:2001/05/10(木) 21:42
すいませんでした、私のカキコのせいで荒れて……。
どうせ私は偽善者です。右翼の癖に、大東亜戦争は失敗だったと思ってます。

ここに上げられてる士官や兵隊さんの話を見てさ、
私はばあちゃんの兄さんを連想したんだよ。死んだとき26。
南方で死んだらしいんだけど、詳しくはばあちゃんは教えてくれなかった。
手紙なんかも見たことないし、どんな気持ちで死んでったのかも知らない。
でも、兵隊に取られてすぐに死んだらしい。
他にしたいこともあっただろうし、先の人生がどうつながっていったのかも
わからないけど、戦争がなきゃ骨がどこにあるかわかんないような死に方は
しなかったと思う。
それは、子供に愛情の篭もった手紙を書いた兵隊さんについても同じだと思った。

つまり、私は少し感情的になり過ぎたようです。
発言の裏には、イデオロギーめいたものはありません。
では、もうここにカキコはしませんので、泣ける話を続けてください。

421 :420撃破!:2001/05/10(木) 22:31
>大丈夫か?アンタ
俺は社会のかーす。外道の類だといったはずです。

422 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 22:52
うっうっ ひっぐ えっぐ (TT)
こないだの日曜日に切角、彼女とデート出来たのに三笠記念艦で
はしゃいでたら電話くれなくなってしまった・・・。
しつこく電話したら さっき彼女が「もう電話掛けないでくれる?」
・・はぁ〜〜 鬱だ 今度の日曜日に火炎瓶の束持って池袋 逝こう・・・。

423 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 22:56
もういいからやめろ

424 ::2001/05/10(木) 23:01
おぬし横須賀かい? 近いな

425 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 23:06
>422
馬鹿者っ。三笠記念館ハ断ジテハシャグ処二アラズ。
先達ノ敬心愛国精神ト不屈ノ勇気ヲ敬ウ処ナリ。
貴様ノヤウナ輩ハ婦女子カラ見捨テラレテ当然ト心得ヨ。

426 :名無し三等兵:2001/05/10(木) 23:19
今、頑張って探し中……元のスレに戻すぞ。

427 :426:2001/05/11(金) 00:16
ttp://venus.spaceports.com/~mekhong/w-jou2.htm
引用すると長いので。
これの冒頭、女学生の日記。女学生から貰ったマスコットに喜ぶ・・・
その時の気持ちを考えると、胸が痛むな。

428 :314:2001/05/11(金) 00:50
>427
>皆ほがらかに「元気で長生きするんだよ」と言はれて愛機に飛び乗られる。
・・・きた(涙
ながーい引用、全然かまわんと思うぞ。

429 :名無し三等兵:2001/05/11(金) 14:22
>>160さん、>>161さん、>>166さん、遅いレスでごめんなさい。
一昨日こちらのスレを拝見しました。またこちらの掲示板は、
初心者且つ中年の私にとってなんとなく怖いという印象もあり、
いままでどちらのスレにも書き込みしていませんでしたが、こ
のスレには大変共感いたしましたので蛮勇を奮って書き込みさ
せていただきました。読んでいただければいいのですが。
sageも見ようみまねです。雰囲気が読めていないようでしたら
お許しください。
蒋介石総統 逆感状
光人社刊 相良俊輔著 初版 昭和47年5月20日 当時820円
「菊と龍」より
「全軍将兵に与う。戦局の動きは我に有利に展開しつつあり。
勝利の栄光は前途に輝いているものの、その道に到達するま
では、まだなお遠しといえる。各方面の戦績をみるに、予の
期待にそむくもの多し。諸兵、ビルマの日本軍を範とせよ。
拉猛において、騰越において、またミートキーナにおいて、
日本軍が発揮した勇戦健闘ぶりを見よ。それに比し、わが軍
の戦績の、いかに見劣りすることか。予は遺憾にたえざるも
のなり・・将兵一同、一層士気を昂揚し、訓練に励み、戦法
を考案し、困難辛苦に耐え、強敵打倒の大目的を達成せんこ
とを望むものである。」

430 :名無し三等兵:2001/05/11(金) 23:28
sageではなく
http://systemed.virtualave.net/files/315.jpg
です・・・。

431 :泣くほどじゃないけどね:2001/05/12(土) 00:13
香山リカ「テクノスタルジア」より抜粋
夕刻病棟の歌声(p275)

その病棟のことを思い出すとき、決まって人々の影は長くあたりの光も柔らかい。
具体的に言えば、”晩秋の日没前”ということになろう。残照を受けて輝く柿の実
の朱色や、武蔵野の森へと帰るカラスの黒色の連なりまで目に浮かんできそうであ
る・・・・・。
(中略)
その”夕刻病棟”を構成しているのは、主に「第二次大戦中、戦地で発症した分裂
症者」であったのだ(この記憶も私の頭の中で部分的に改竄されている可能性もあ
るが)。
(中略)
それまでの数日間、主に急性期病棟で、初めて出会う分裂症者の活発な幻覚や妄想
を聴いては書き取ることに夢中だった私は、次の二日間を過ごすために”夕刻病棟
”に足を踏み入れた瞬間、今までとはまったく異質の空気を感じた。
あたりを充たす静寂。人々は、みな思い思いの姿勢で立ちつくし、あるいは座り込
んでいる。だれもが完璧に”ひとりひとり”であり、接触も会話もほとんどない。
(中略)
その病棟で過ごした二日間で、私はとうとう患者さんたちからまとまった病歴など
を聴取することができなかった。いくら、生存の実感を手に入れたとしても、それ
はあくまで私の側の問題であり、実習レポートには「質問にも適切な答えは返って
こない。自発性の極端な低下」と記すしかないことに、私は虚しさを感じていた。
ところが、実習もいよいよ終わりという時刻になって、ある変化が訪れた。ひとり
の看護婦さんの「さぁ、カラオケでもしましょうか」という声に誘われて、それま
で彫像のように動かなかったり自動機械のように廊下を往復したりしていた患者さ
んたちの意識や視線が、ホールの方に集まってきたのだ。とはいっても、「好きな
曲をリクエストしてくださいね」との呼びかけにも、なかなか歌集を開こうとする
人はいない。
そんな中、ひとりの患者さんが無言で彼女に近づき、マイクを取り上げてこう言っ
た。「ジャワのマンゴー売り」。
看護婦さんは少し探して、「あら、そのテープはないみたいだから、違うのにして
ね」と言ったが、彼はその言葉を待たずに無伴奏でなにかを歌いだした。
それは、歌唱というよりハミングに近いもので歌詞もほとんど聞き取れなかったが
、何より私は、前日からいくら話しかけても右に三十度ほど傾いたままの姿勢すら
正そうとしない彼が、自分から歌を歌っているという目の前の事実に、まず素朴な
驚きを感じずにはいられなかった。
間もなく歌は終わり、拍手したのは私と看護婦さんの二人だけであった。そして、
彼女が「さぁ、次はだれですか?」と言うか否かのときであった。また別の患者さ
んがマイクを取り上げ、こう言ったのだ。
「ジャワのマンゴー売り」。
彼もまた、無伴奏でその歌(らしきもの)を不明瞭に”吟じて見せた”。
(中略)
「ジャワのマンゴー売り」が彼にとって、何を意味していたのか私にはわからない
。「おそらく戦地を思い出していたのだろう。それが彼にとっては唯一の栄光の時
代だったから」などと感情を移入するのは、あまり有意義で無いように思う。しか
し、伴奏もなく耳をすまさなければ怠い午後の空気と見分けがつかなくなるような
その”歌唱”の中で、彼は自分の生きている道のりをそっとひとりで昇りつめてい
く、という命懸けの作業を行ったのだ。
(後略)

注・かなり短くしてるので、興味のある方は原文を読むことをお勧めします。

432 :未亡人:2001/05/12(土) 00:28
亡き人は 海歩み来よ 桜どき

433 :426:2001/05/12(土) 03:03
泣ける話とは「戦時下にあっても失われなかった人間性の記録」だと思うのですが、
なかなかこれがネットでは発見できません。
皆さんがさらなる話を発掘してくださるよう、願います。


1943年、神宮外苑から学徒出陣を見送った女子学生

出征直前、婚約した彼が軍服で挨拶にきました。初めて二人になったとき、
彼は襟を正して言いました。
「この戦争は間違ってる。 国のためならともかく天皇のために死ぬのはイヤだ」と。
当時、日本は神国だ、天皇のために死ねとの教育でしたから、
私は びっくりしました。
あの時、なぜ戦争がイヤなのかを聞かなかったのか。
そんなにイヤなら二人で死のうとなぜいえなかったのか……。
出征を見送る ホームで、彼は笑っていたけど涙していました。
「どこへ連れて行かれるのかなあ」
それが最後でした。彼は沖縄で死にました。
彼の気持ちを受け止められなかったのを今でも悔やんでます…。
いまの若い人たちに頼みます。世界中が平和になるような世界をつくってください。

434 :426:2001/05/12(土) 03:25
ダメだ、どうも最近涙もろくなってるみたいだ。
もっと探すよ。

435 :名無し三等兵:2001/05/12(土) 05:08
>>433
その手の美しい話は、どうも胡散臭い。

436 :426:2001/05/12(土) 10:30
>>435
それは判るんだが、政治的意図とか「平和」とか抜きに読んで
こっちは泣いた。単に涙もろいだけだと思うけど。

で、そっちも何か書いて欲しい。「俺はこういうのが泣ける」ってのを。

437 :名無し三等兵:2001/05/15(火) 01:24
「誰が何と言おうと、戦争だけはしちゃいけないよなぁ」
全レス読ませていただきました。これがその感想

438 :名無し三等兵:2001/05/15(火) 02:15
全然有名な話ではないけど聞いてくれ。

オレのおじいちゃんは戦争末期、南方にいた。
国名は忘れたけど、とにかくジャングルのようなところで
衛生状態が最悪だったらしい。
当然マラリアだのコレラだのが蔓延する。
おじいちゃんの部隊も例外ではなく、バタバタと人が倒れて
いったそうだ。
ただ、その頃には治療薬も開発されていて、それを飲んで命
を永らえた人も多かったらしい。治療班に手渡されていた薬
で何人かの人が助かったそうな。
しばらくして、おじいちゃんが期せずして高熱にうなされる
ようになった。病気に感染したのだ。
一方でおじいちゃんの部下の1人にも同じような症状が襲った。
二人とも薬を飲めば助かる程度のものであったらしいが、
なんとその部隊には残余薬が一つしかなかった。
部下は「あなたが飲んでください、あなたがこの部隊の指揮官ですから」
と搾り出すような声で言ったらしい。立派な部下を持ったおじいちゃんは
幸せな人間だったとおこがましいけどオレは思う。
しかしおじいちゃんはたった一言こう言ったらしい。
「貴様飲め!」
おじいちゃんはその後間もなくして死んでしまった。

この話はつい最近死んだおばあちゃんから何度も聞いた。
薬を飲んで生き残って帰国した兵隊さんはその後おばあちゃんを
なにかにつけ助けてくれたらしい。オレも一度だけお会いしたこと
がある。まっすぐで立派な男だった。おじいちゃんも素晴らしい命
を救ったものだ。

おばあちゃんの口癖は
「貴様…って、いい言葉ね…」
だった。おじいちゃんの死後、もう何十年も経つのに
毎日毎日仏壇のおじいちゃんに話し掛けていた。
そして眠ったまま死んでいった。
明治の人間はすごい。オレはいつもそう思う。

439 :対尾:2001/05/15(火) 02:20
>>438
良きご先祖様に恵まれましたね。
おじい様のご冥福をお祈りいたします。

440 :名無し三等兵:2001/05/15(火) 08:30
>>438
泣ける。だがとても良い話だ。

441 :名無し三等兵:2001/05/15(火) 13:46
age

442 :名無し三等兵:2001/05/15(火) 21:00
「連合艦隊」、あれは本当に泣ける映画だよね。
息子に先立たれ、思い出をかみしめながら海岸を歩く最後のシーン、
三国連太郎が本当にすばらしかった。
バックにかかる谷村しんじの「群青」がまた名曲で涙を誘うんだ。
「我より先に逝く不幸は許せど、残りて悲しみを抱く身のつらさよ、君を背負い
歩いた日のぬくもり背中に消えあせて、泣けとごとく群青の海に降る雪・・・」
だめだ、また涙が出てきた。

443 :名無し三等兵:2001/05/15(火) 21:11
三国連太郎じゃなくて、森繁じゃないの?

444 :名無し三等兵:2001/05/15(火) 22:20
>>438
俘虜記を読んだ後に、このレス見ると感動する。

445 :大湊生れ:2001/05/16(水) 00:36
>>438
え〜ん(涙が目に滲んでおります)

446 :名無し三等兵:2001/05/16(水) 00:47
>>438
age

もっともっと

447 :名無し三等兵:2001/05/16(水) 03:10
グアム島で厚生省調査団により発見された遺書
海軍軍属 石田政夫 37歳 昭和19年8月8日、グアム島にて戦死

昨夜子供の夢を見ていた。父として匠に何をしてきたか。
このまま内地の土をふまぬ日が来ても、何もかも宿命だとあきらめてよいだらうか。
おろかな父にも悲しい宿命があり、お前にも悲しい運命があつたのだ。
強く生きてほしい。そして、私の正反対な性格の人間になつて呉れる様に切に祈る。

三月○日
内地の様子が知りたい。聞きたい。
毎日、情勢の急迫を申し渡されるばかり。自分達はすでに死を覚悟してきている。
万策つきれば、いさぎよく死なう。

本月の○日頃が、また危険との事である。
若し玉砕してその事よつて祖国の人達が少しでも生を楽しむことが出来れば、
母国の国威が少しでも強く輝く事が出来ればと切に祈るのみ。

遠い祖国の若き男よ、強く逞しく朗らかであれ。
なつかしい遠い母国の若き女達よ、清く美しく健康であれ。

448 :名無し三等兵:2001/05/16(水) 03:14
>>447
こんな人たちを蔑むマスコミが跳梁跋扈してるような
わが国はやっぱり異常だよ。
この人のためにも国威が廃れるようなことはあっちゃいけない。
合掌・・・

449 :名無し:2001/05/16(水) 04:03
かつての日本人はすばらしい精神の持ち主だったんだな。

450 :名無し三等兵:2001/05/16(水) 04:09
>>449
いや、おれとお前、最後の二人になっても頑張ろう。

451 :447:2001/05/16(水) 04:22
>>448
>こんな人たちを蔑むマスコミが跳梁跋扈してるような
>わが国はやっぱり異常だよ。

全く仰る通り。
はじめてこの遺書を読んだ時、特に最後の2行に泣きました。

452 :名無し三等兵:2001/05/16(水) 09:16
>国威が廃れるようなこと
国威ねえ・・・それ以前の問題だろうに。

453 :名無し三等兵:2001/05/16(水) 14:24
sageるな!

454 :ちょんまげ復活党:2001/05/16(水) 14:46
>449
>450
ここにもいるぞ!

455 :名無し三等兵:2001/05/16(水) 19:42
>>438
とにかく素晴らしい。
状況、立場をわきまえ潔く薬を飲み、後に奥方に会いに行く
立派な 兵隊さん も素晴らしければ、この話を忘れることなく
霊前や孫に語りかける おばあちゃん も素晴らしい。
また日本人たるものをたった一語にしたためて、情けない現代の我々に
熱いもの蘇らせてくれた おじいちゃん が素晴らしすぎるのはもちろん、
確実に状況が伝わる文章をこんな板にあげてくれた 438氏にも、拍手喝采
を送りたい。本当に上手な文章だと思った。
とにかく昨日からこの話、登場人物を思い返しては、何度も涙を拭っている。
我々もそろそろ本当に変わらなければならないと切に感じた。
438氏 本当にありがとう。

456 :海の人:2001/05/16(水) 19:46
 考えてみれば「米百俵」なんて、そんな昔の話(それもたらふく食べてる
侍が飢えている百姓その他に関係なく勝手に決めた話)なんか持ち出さなくても
ほんの半世紀もさかのぼれば語るべき話はいくらでもあるんですよね。
 万葉集の読み人知らずな防人の歌、東歌に通じるものがあるのかも。

457 :名無し三等兵:2001/05/16(水) 20:03
>>455
俺も、薬を飲んだ部下の人も素晴らしいと思った。
438の祖父が素晴らしいのは勿論だが。
そういえば、俺の伯父の戦死の模様を伝えてくれた(もちろん祖母にね。
俺がリアルタイムで聞いてるわけじゃない)伯父の上官も、考えてみると
大変な難行を敢えてしたという点でたいしたもんだったんだなあ・・・
いや、明治生まれの気骨というのはスゴイわ。

458 ::2001/05/16(水) 21:17
ちょっと話はずれるかもしれないが戦時熊本の富農の母の実家に
終戦の年、よく若い兵隊さんを元佐官だった外叔父が連れてきた
その時だけは戦時にもかかわらず宴会が行われ、腹踊り、裸踊り
ととんでもない賑やかぶりだった。 しかしどうやら若い兵は
陸軍の特攻隊だったらしい・・・ これは宴会中も誰も口にださな
いので戦後かなりたってから知った事実。

459 :名無し三等兵@戊辰ファン:2001/05/16(水) 21:27
>>456
>(それもたらふく食べてる侍が飢えている百姓その他に関係なく勝手に決めた話)
 全文の言いたい事はわかるが、この一文はいらんだろ。封建社会なんだから、当時は。
 支配・資産階級である武士が、長岡城下を焼き尽くした戦乱で食の絶え果てた今を堪えて将来を見据えるという態度を示したのは立派なんだから。
 大体、この米は三根山の武士階級が長岡の武士階級に送ったもんだし、それに米百俵じゃ長岡七万五千石の民のほんの一割にも行き届かんし。
 ……っつーか、焼けたのは長岡市街であって、百姓そのものはさして餓えてはなかった(餓えたのは町民)はずなんだが……
 それじゃ、江戸時代を以って『武士が民衆を武力で支配した暗黒時代』なんてドキュソな事を、ニュース23でのたまった筑紫哲也&立花隆コンビと変わらんぞ。

460 :名無し三等兵:2001/05/16(水) 23:32
>>459
>それじゃ、江戸時代を以って『武士が民衆を武力で支配した暗黒時代』なんてドキュソな事を、
>ニュース23でのたまった筑紫哲也&立花隆コンビと変わらんぞ。

世界史履修だったんで、結構↑の様なイメージを持ってたんですが、ちくま新書の
「百姓の江戸時代」(田中圭一著)という本を読んで目からうろこが落ちた。
この本読んで時代劇見ると(特に再放送の水戸黄門)時代考証のいい加減さがよく
わかります。

461 :海の人:2001/05/16(水) 23:40
>>459,>>460
 あぁ確かにいらぬ一行でした、ご指摘のとおりです。
 感情に走って全文を殺してしまった悪い例だと思って勘弁してください。
 _(__;)_ばったり

462 :名無し三等兵:2001/05/17(木) 00:17
>>461
おぉ、とても潔いレスですな。
2ちゃんねるには珍しい爽やかなやり取りです。
あなたのような人がいるからこそ、この優良スレ
が優良なまま続いていくのです。
ありがとう。

463 :名無し三等兵:2001/05/17(木) 00:39
国仙照雄さん 北海道出身、軍属。
昭和19年10月8日、フィリピン・ルソン島マニラ港で戦死。16歳。
継母・エツ宛
*以下、誤字など原文ママ

母上、もう自分は死をけつしんしております。
あの海原で働く自分にとつてはまことに美しく悲しい者です。
父上にはもうあゐません。このまゝあはないで死ぐとおもつてください。
自分たちは死ぐのをなんともおもつて、あの原であの野で見た美しい花とも、
あの美しい元山、かもめじまをあとに見て、自分は一生故郷に帰れないと
おもつております。もう自分のけつしんはきまつたぞ。さらば故郷よ。

元山のふもとにたたす我が町は
  きよきながれの川の下
    あゝなちかしきわが故郷

これは自分がつくつたのです。
母上様、くるによかつたら、きてください。
もう自分は故郷にかゐりません。では母上様、最後のため、きてください。
五月二十一日海軍大将山本五十六が戦死をしたのだ。
大将がせんし□□□□□の、自分が死ぐのはあたりまいだ。
ではあの海原に出て、りっぱなに死ぐきだ。
今あゐなかつたら靖国神社であをとお思つぞ。
戦にかちために皆で元気でやれ。

親をもふ心にまさる親心
  今日のおとじれなんときくらん

母上様、自分は今日まで、いろいろとせはになつた。
その恩は一生はしれなぞ。
母上、では元気でくらしてくれ。
自分はまことに親ふこうでございます。どうぞゆるしてください。
母上様、最後にどうぞきてください。
手紙のつきしだい、たのみます。
今あはなければ自分は一生あひません。

一日としては思はじ母の顔
  今日のくらすはどうぞしておる

では、さらば
  一同によろしく。

464 ::2001/05/17(木) 00:53
つらい、あまりにもつらい話だ
どういう言い訳も許されない話だ
次の世代にも語り継ぐしかない・・・

465 :名無し三等兵:2001/05/17(木) 01:11
>親をもふ心にまさる親心
>  今日のおとじれなんときくらん

こんな人たちが50数年前多数いたとは信じられない。
ボクらは襟を正して彼らの分まで真剣に生きるしかないよな。

466 :名無し三等兵:2001/05/17(木) 13:12
age

467 :名無し三等兵:2001/05/17(木) 14:08
高学歴の兵隊さんの哲学的な文章より
一般の兵隊さんの分りやすい文章や手紙のほうが
心にしみこんできます

468 :21世紀のインターネットビジネス:2001/05/17(木) 15:11
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469 :名無し三等兵:2001/05/17(木) 15:53
泣けるといえば某TV番組バラ人?(神助が出てた奴)
5?年ぶりに探してた戦友に会うと言った話し・・・
あの爺さんの「探したんだぞ!まぁ元気でよかった!・・・」
っていう言葉が!!(涙)妙に泣けた!

470 :名無し三等兵:2001/05/17(木) 21:31
>>468
逝ってよし!!

471 ::2001/05/17(木) 22:07
469さん 僕も見ましたがひとつだけ・・・
アノ二人はじつは意外と近所に住んでいたのです
川崎市と横浜市・・・誰か早く気づいてやれよって!
でも良かったね。もしかしてチャリで行ける距離でした。

472 :名無し三等兵:2001/05/17(木) 22:14
>>447
>遠い祖国の若き男よ、強く逞しく朗らかであれ。
>なつかしい遠い母国の若き女達よ、清く美しく健康であれ。

サブイボタッタヨ

473 :名無し三等兵:2001/05/17(木) 22:16
米百俵の話は、司馬遼の峠を読みましょう。

474 :hatake:2001/05/17(木) 22:19
これからたまに会いに行けばいいですね・・・。

475 :名無し三等兵:2001/05/17(木) 22:24
文芸春秋だったと思うが、ソ連参戦直後の満州の話があった。

開拓団は、徒歩で脱出を図る。
召集で女子供、老人だけの彼らをソ連軍や匪賊から守るために、
14・5歳の少年たちが日本刀を手に駆け出すシーンは泣けた。ホントに泣いた。

476 ::2001/05/17(木) 22:25
角田和男氏に会いたいよ
自分でも衝動を必死に抑えています
だってホントニ会いに逝ったらストカーっすよね?

477 :名無し三等兵:2001/05/17(木) 22:54
進歩のない者は決して勝たない
負けて目覚めることが最上の道だ
日本は進歩ということを軽んじすぎた
私的な潔癖や徳義にこだわって
真の進歩を忘れていた

敗れて目覚める
それ以外にどうして日本が救われるか
今目覚めずしていつ救われるか
俺たちはその先導になるのだ
日本の新生にさきがけて散る
まさに本望じゃないか


『戦艦大和ノ最期』(著:吉田満) より
まだ書かれていなかったので。

478 :ZU:2001/05/17(木) 22:56
>>477
 臼渕大尉ですな。
 しっかし、いったん目覚めてもまた眠りにつきつつある日本を思うと、
別の意味で涙が出る。

479 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 02:09
*靖国神社ウェブサイトよりコピペ(長いので分割します)

松尾敬宇海軍中佐 熊本県出身  海軍兵学校第66期
昭和17年5月31日歿、満24歳

憂国の烈士・三島由紀夫は『行動学入門』の中に、“行動の美の典型”として
「オーストラリアで特殊潜航艇が敵艦に衝突直前に浮上し、敵の一斉射撃を浴びようとしたときに、月の明るい夜のことであったがハッチの扉をあけて日本刀を持った将校がそこから現れ、日本刀を振りかざしたまま身に数弾を浴びて戦死したという話が伝えられているが、このような場合にその行動の美しさ、月の光、ロマンチックな情景、悲壮感、それと行動様式自体の内面的な美しさとが完全に一致する。しかしこのような一致した美は人の一生に一度あることはおろか歴史の上にもそう何度となくあらわれるものではない」
と記した。

この海軍士官こそ、殉忠菊池氏の流れをくむ熊本県山鹿市出身の松尾敬宇中佐(当時大尉)その人なのである。中佐は真珠湾攻撃に次ぐ第二次特別攻撃隊員として、遠くシドニー港の奥深く突入、壮烈な戦死をとげた。

480 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 02:10
<続き>
中佐は壮途につく直前(昭和17年3月29日)、両親と兄姉を呉(広島県)に招き一夕を共にすごす。この時、父から贈られたのが前記の『行動学入門』に「日本刀をふりかざし‥‥‥」と記された伝家の菊池千本槍(短刀に柄のついたもの)である。
その夜、中佐は「俺はお袋と一緒に寝る」と母の懐に寄り添って床に就く。二十四年育て上げ、唯一筋に国に捧げまつろうとする吾が子の肌の温もりに、今宵が最後の夜を予感、春寒を遮るようにその五体をわが胸に引き寄せる母であった。

昭和17年6月5日の大本営発表によれば
「帝国海軍部隊ハ、特殊潜航艇ヲ以テ、5月31日夜、濠州東岸シドニー軍港ヲ強襲シ、湾内突入ニ成功、敵軍艦一雙ヲ撃沈セリ。本攻撃ニ参加セル我特殊潜航艇中三雙未ダ帰還セズ」と。

481 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 02:11
<続き>
この大胆不敵な作戦は濠州の人々の心胆を寒からしめたが、日本海軍軍人の忠勇武烈に深く感銘した濠州海軍は6月4日、松尾艇、翌5日に中馬艇(海軍中佐中馬兼四)を引き揚げると共に、艇内から収容した四勇士を6月9日、海軍葬の礼を以って弔ってくれた。

この時、敵国軍人に対する海軍葬について非難の声が挙がったが、シドニー地区海軍司令官ムアーヘッド・グールド少将は
『勇気は一特定国民の所有物でも伝統でもない。これら日本海軍軍人によって示された勇気は、誰によっても認められ、かつ一様に推賞せらるべきものである。これら鉄の棺桶に入って死地に赴くことは、最高度の勇気がいる。これら勇士が行った犠牲の千分の一の犠牲を捧ぐる準備のある濠州人が幾人いるであろうか』
と全国にラジオ放送して反対の声を制し、海軍葬を執行したのである。

 戦後、濠州海軍は松尾艇、中島艇を切半して一艇とし、首都キャンベラのオーストラリア連邦戦争記念館に安置、御遺品と共に丁重に展示している。「この勇気を見よ!」と説明が特筆大書され、内外の参観者に大きな感銘を与えているとのことである。

482 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 02:12
<続き>
昭和43年4月、中佐の母堂は濠州へ答礼感謝の旅に出る。
83歳の老母は「訪豪に当たりて」の一文を草した。
『昭和17年5月31日、貴国シドニー港内にて戦死いたしました松尾敬宇の母でございます。当時、戦時中にもかかわらず、世界に例を見ぬ海軍葬の礼を以て厚く葬っていただき、その上遺骨は日章旗で覆い、丁重に遺族へ届けていただいて、10月9日、鎌倉丸(戦時交換船)横浜に着くや全国民の感激はとても言葉に尽くせませんでした。(中略)ただ貧しい老いの身をかこちながら年ごとの5月31日は遥かに貴国を拝し、感謝合掌しておりました。この度はからずも、松本先生(地質学の泰斗松本唯一博士)始め多くの方々の御尽力を戴き、貴国を訪問、御礼言述べ得ますことは、こよなき喜び、かつ光栄に存じます。』

とつ国のあつき情けにこたえばやと老いを忘れて勇み旅立つ

母堂まつ枝刀自は会う人の全てを魅了する玲瓏玉の如きお人柄で、その上、素晴しい歌人でもあった。
訪豪の十日間、“勇士の母”として濠州は海軍をはじめ朝野を挙げて、あたかも国賓を迎えるごとく歓迎した。

483 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 02:12
<続き>
一行は中佐ゆかりの戦跡を巡るが、狭い湾口を見詰めた母堂は
「よくもこんな狭いところを‥‥‥母は心から誉めてあげますよ」とつぶやき、湾内では戦死した6名の勇士の名を心に叫びながら、故郷の押し花、色紙と日本酒を海にまいた。
湾内を見下す断崖からは、中佐の許嫁だった女性から託された和歌二首を記した紙片を海に投じた。その人の真情が母堂の手で手向けられたのである。中佐への何よりの供養であったろう。
連邦戦争記念館では、中佐の御遺品の数々に涙を注ぎ、愛艇を撫でさすり、菊池神社の神酒と花輪を供えた母堂は、

愛艇を撫でつつおもふ呉の宿名残りおしみしかの夜のこと

と、吾子に添い寝をした最後の夜を回想する。そして館長からは、中佐が最後まで締めていた血染めの千人針などの御遺品が返却された。
一行の行く先々に大勢の記者が待ち構えていて、新聞は母堂の各地での写真と詠歌をトップ記事で競って報道したため、濠州国民を感動の渦に巻き込んだ。

昭和55年(1980)1月24日、母堂は95歳の一生を終えた。27日の葬儀には、中佐の忠烈を讃え、母堂を慕う400余人が辺鄙(へんぴ)もいとわず全国から参列。オーストラリア大使館からの弔電をはじめ、霊前には数々の弔辞が述べられ、詩吟、和歌などが献詠されて、葬儀は3時間に及んだという。(おわり)

484 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 02:22
>>479-483
滂沱の涙が止まりませぬ・・・。
今夜は寝ます・・・。

485 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 03:42
ageてから寝よう。

486 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 03:43
ここは泣きメンタリーなの?

487 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 03:54
>>486
まずは最初から読んで頂きたい。

どう思うか、
どう感じるか、
貴殿の自由だ。

488 :5え67hj:2001/05/18(金) 10:10
日本の家族から戦地の兵隊へ
送った手紙とか、はないのですか?

489 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 10:39
このスレが立てられた当初、あまりレスが付かないのを
無理やり上げてしまった者です。
けど気付くともう500レス近くまでいってるんだね・・・
あの時無理に上げといて本当良かったな。

490 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 16:45
うん、このスレは上げるべきだ。

491 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 17:56
戦争の真実はここにある。

492 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 18:01
駆逐艦「松」の最期も泣ける話だと思うが、
そういった類のものは語れないの?

493 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 18:03
語ってくれ。俺は聞きたい。

494 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 18:05
抜ける話きぼんぬ

495 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 18:07
大和の艦橋で春画をひらひらさせて
「タマよけじゃ〜!!」
それじゃ逆効果だっちゅーの!

全然泣けないじゃん。

496 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 18:08
>>495
マジにあった話?

マジなら、女性の陰部には神聖な力があったっつー信仰が
あったから(女性の陰毛を肌襦袢に縫いこんでおくとか)、
その流れじゃ?

497 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 18:10
過去レス読んでなお猥談を続けられるなら病院へ行く事を薦める。
頼むからこのスレだけは荒さないでくれ。

498 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 18:15

軍事板の良心ってかぁ?(笑)

499 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 18:17
>>497

まぁ、慇懃無礼に応対してることだから、こちらも楽しく
泣けて抜ける軍隊の話でもさせてもらいますわ!(藁)

500 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 18:17
英霊が悲しむぞ。

501 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 18:18
>>500
相手にしなさんな。

502 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 18:18
取りあえずレス全部読め。折れが言えるのはそれだけです。

503 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 18:23
>>500
勝手に戦死者を英霊にすんなっつーの!
死にたくもない戦争で犬死させられた連中を神様扱いしてる方が
不敬だっちゅーの!

504 :5え67hj:2001/05/18(金) 18:42
>>503
だからそう思うんなら書き込むなっつーの!
死にたくもない戦争で犬死させられた連中を神様扱いするのが
礼儀だっちゅーの!

505 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 20:56
例え敵兵士であろうとも、その勇気を称え賞賛できた
豪州海軍司令官も、また素晴らしいと思う。
そういえば米軍にもこの様な人物が居た気がする。
彼らは本当に、軍人としての誇りを持っていたのだろうな。
いや、人としての誇りかな。

506 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 20:57
過去レスでスマソ。
つい最近このスレの存在知ったもので。
>>307
「最悪の戦場に奇蹟は無かった」高崎伝著
ですね。
この本は高崎氏の武勇伝的なものだからアレなんだけど、
そのくだりは俺もかなりキタ

余談なのでsage

507 ::2001/05/18(金) 21:31
軍事版には良く分かりませんが 強制的に戦争に
協力させられたアジアの国々の方のご子孫もいると思われます。
もしかしたら、そうゆう方々から見れば戦争への哀愁も
不快になるかもしれませんね。 少しだけ考えてあげて下さい
いいたい事もたくさんあるでしょうからね。

508 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 21:37
>>507
別に「哀愁」ではありません。問題を取り違えないで下さい。
あなたの言い分は「ヒロシマ」「ナガサキ」を「哀愁」と切り捨てる
アメリカのタカ派議員と同じです。

509 ::2001/05/18(金) 21:42
そりゃ手厳しい。森君してしまいました。

510 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 22:28
私は、これから死んでいく人の話(手紙など)は、泣けるというより
悲しいな!(ちょっとキツイ)

むしろ、生き残って帰ってこられた方の話、思いの方が素直にココロに
入ってきますね(時代のながれのせいか?)

「私が今こうして生きていれる事は運が良かったとも言えますが
死んだ仲間達を思えば運がいいと思えないし運だけではスマされないんですよ!」

この言葉・・なんか重い・・

511 ::2001/05/18(金) 23:09
やっぱり純一郎君には何が何でも
靖国に来てもらわねばならぬ
又歴代総理を代表して言葉が欲しい
もし腰が抜けたーなんて事あったら
ゆ・る・さ・ん。

512 :名無し三等兵:2001/05/18(金) 23:18
あんまり上げると荒らされてやだね。
まぁ嵐って感じではないけどさ。
討論するのはこのスレの雰囲気とはそぐわないな。
みんなの良心で綺麗なスレに育てたい。

513 :名無し三等兵:2001/05/19(土) 07:20
謹んでage

514 :名無し三等兵:2001/05/19(土) 12:45
敬虔な気持であげ

515 :名無し三等兵:2001/05/19(土) 20:35
もう下がるしかないか?
趣旨にあったレスきぼん

516 :オカルト板から:2001/05/19(土) 22:58
何年も前にテレビ朝日でやってたドキュメンタリー

ニューギニアで夫が戦死したんだけど
その人、よく夫の夢を見るそうだ。
夫が死んだ場所が何故か夢に出てきて遺品の場所も
わかるらしい。どうしても探し出したいと
ニューギニアへ。でも、見つけられなかった。
日本に帰る日
ジャングルに向かってその人が
「見つけられなくて御免ね」って泣きながら叫ぶんだよ・・・。

マジで今思い出して涙出てきたよ。

517 ::2001/05/19(土) 23:29
ガ島は今渡航自粛。危険度5段階の3です。
残念ですが旅は断念しました。実に無念です。

518 :名無し三等兵:2001/05/20(日) 00:17
>>516
ニューギニアで戦死した方の奥さんが慰霊の旅に参加する際に、
亡き夫宛に書いた手紙が「昭和の遺書」という本に所収されているんだけど、
これがまたとても切ないんだよ…

519 :名無し三等兵:2001/05/20(日) 16:43
age

520 :名無し三等兵:2001/05/20(日) 18:26
ゲートキーパーズ見てて長官が元神雷部隊の特攻隊員で
出撃直前に14年式拳銃を渡されるシーンが泣けた。

521 :名無し三等兵:2001/05/21(月) 03:48
あげてみよう

522 :名無し三等兵:2001/05/21(月) 07:45
>>247

恐ろしく美しいが、悲しいとしかいえない日の丸だね
泣いた。

523 :名無し三等兵:2001/05/21(月) 08:05
家のジイさんもニューギニアで死んじゃった。マラリア。
周りは何とかして出征を止めようとしたが、本人が当時新妻だったバアさんも
振り切って逝ってしまったらしい。大正生まれはついてない女性が多いね。
バアさんは死ぬまでに一度はニューギニアに行きたがっているが、足腰が弱り
過ぎているからもう無理かな・・・・・・来月帰省するから、バアさんが逝って
しまう前に出来るだけ場所を詳しく聞いておこうと思う。
金が出来たら代わりに俺が行こう。ジイさんとは面識無いけど。

524 :名無し三等兵:2001/05/22(火) 07:35
>>523
「ニューギニア方面遺族会」なる組織があるそうだよ。
ニューギニアへの慰霊の旅や靖国神社での慰霊祭などを行っているみたい。
探して問い合わせされたらいかがでしょう?
厚生省あたりに聞けばわかると思われ。

525 :名無し三等兵:2001/05/22(火) 11:09
>>504
>死にたくもない戦争で犬死させられた連中を神様扱いするのが
>礼儀だっちゅーの!

そういう発想する方がよっぽど礼儀知らずかと。
勝手に犬死扱いするな!
勝手に死にたくなかった、なんて判断すんな!
んなもの、今の考え方で当時の人の気持ちを推し量ろうなんてすんじゃねぇよ!!

今更だが・・。

526 :名無し三等兵:2001/05/22(火) 11:11
>>525
あなたもな。「きけ わだつみのこえ」とかの読みすぎ。
もうすこし視野を広げられよ。

527 :海の人:2001/05/22(火) 12:49
 う〜ん、各々の人が各々感じた事と一緒にここに書き込んで、他の人は「わたしはこう
思いました」「こうではないですか?」ということで、それまで思っても見なかった対象
の側面が見えるようになる・・・というのでは、だめなんでしょか?
 他人の考えを、自分の考えで断罪するのは不毛ではないかと思うのですが。
 念のために言い添えておくと、>>525さんを特定して言ってるわけではないです。
 軍事板全般にも言えるのではないかとおもったもので。

528 :名無し三等兵:2001/05/22(火) 13:43
小泉首相:「特攻隊に比べれば、総理の苦労は何でもない」

「特攻隊に比べれば、総理の苦労は何でもない」――小泉純一郎首相は21日の
参院予算委員会で、太平洋戦争時の特攻隊員を引き合いに出し、首相として自ら
を奮い立たせる一幕があった。

靖国神社参拝への意向を強調する中でのひとこまで、最初は「なぜそんなに批判
されるのか分からない。戦没者に対し、敬意と感謝の誠を捧げたい」といつもの
答弁だったが、次第にエスカレート。

「家族と離れ、戦場に行った人の気持ちはどうだったのかと思うと、胸を打たれ
る」と述べると、話は特攻隊員に。「嫌なことがあると『特攻隊の気持ちになっ
てみろ』と自分に言い聞かせている。総理になった現在も、辛いことがあればそ
ういう気持ちを思い起こし、こんな苦労は何でもないと立ち向かっている」と、
声を詰まらせながら切々と語った。

[毎日新聞5月21日] ( 2001-05-21-23:47 )


毎日の記者は果たしてどういうスタンスでこの記事を書いたかわからないが、小泉首相は人として信じられると感じた。
ちょっと泣けた。

>>527 海の人 さま
海上自衛隊の方ですか? お勤めご苦労様です。
何かと大変なお仕事かと推察致しますが、これからも頑張って下さい。感謝しています。

529 : :2001/05/22(火) 16:02
うん、小泉さんは人として信じたくなるよね。
やっぱりまっすぐ男の子してる人はカッコイイ。
こういうエピソードが出るくらいだから、
やっぱり特攻隊ってのは生きてるんだよ。

530 :不謹慎かもしれないが:2001/05/22(火) 16:07
こないだの北朝鮮不審船事件で
海上自衛隊突入班員達が書いたといわれる
遺書がどんなものか気になったよ・・・・・。

531 :名無し三等兵:2001/05/22(火) 16:17
靖国神社公式産廃とは小泉総理エライぞ!!
漏れは断固支持する。
久しぶりの大物政治家出現か?

532 :名無し三等兵:2001/05/22(火) 16:33
>>531
アメリカやイギリスなんかがなぜ反対するか知ってるか?
東条英機らA級戦犯も祭られてるからだ。
そこを考えずに持ち上げてはいけない。まずその問題を片付けるべき。

533 :名無し三等兵:2001/05/22(火) 17:35
>532
俺は、アメリカやイギリスが反対しているという話は聞い
たことがない。虫国とか癇国なら聞いたことあるけどそれ
にA級戦犯というけれど完璧に報復的な性格の強い裁判だ
ったのではないだろうか。
A級戦犯を一緒にまつっているからいけないというがそれ
って靖国のほうが自分でしたことでしょ、それに対して政
府がなんかいったら宗教に対する介入だよ

534 :名無し三等兵:2001/05/22(火) 22:19
>>533
言いたいことは分かるが、その字をあてるのは止めろ。
字に失礼……じゃなくて(藁)、板が無駄に荒れるモトだ。

マターリ、マターリ。

535 :名無し三等兵:2001/05/22(火) 23:54
>>530 さん
以前、2chだかどこかの板で見かけた話。(よってうろおぼえ&真偽不明)
不審船の時の空自の話なんだけど、ふと思い出したので。

この時、空自の幹部と戦闘機の隊の隊長さん(?)が情報収集かなんかで
防衛庁に詰めていた。
で、防衛庁長官(野呂田さん?)が二人に、
「万一の時は空自の戦闘機で北朝鮮のミサイル基地を叩けるか?」
と質問。
すると隊長は即座に、
「可能です。が、帰還のための燃料が足りません。自分は部下に特攻を命ずる
ことは出来ませんので、そのときは自分が行きます」
と答えたとか。

これが本当の事だったらいろんな意味で泣ける話だと思う。

536 :名無しROM夫:2001/05/23(水) 00:01
ここ一日のレスに泣ける。

537 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 00:12
>>533
日本はサンフランシスコ平和条約で主権を回復したときに、A級戦犯
というか東京裁判の結果を認めているという話はデマ?

538 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 00:26
>>532
A級戦犯に献花したりお祭りするのがイヤなら、いくらでも方法はあるじゃん。
その時期だけ祭ってるタマシイを他の社(やしろ)に移すとか(神道はそこらへん結構アバウトにできる)。
参拝のさいに、A級戦犯を賛美するものではないと言明するとか。
総理が重ね重ね主張してるのは

「戦犯以外の、純粋に国と国民のために命を落とした人々」

への敬意と追悼の気持ちをあらわすことだろう。

「そこを考えずに持ち上げてはいけない」
「まずその問題を片付けるべき」

…だとか言って、問題をすり替えてはイケナイ。
A級戦犯は問題だが、戦犯でない戦没者への追悼は問題でないんだろう?
なら、いっしょに考えてくれよ。
戦犯ではなく、戦没者への追悼の意を示すことができる参拝の方法を。

539 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 00:35
>>538
そういや「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」の話はちーとも聞こえてこないよね、
ウヨからもサヨからも。

すでにあるものを無視してそういう争いやってる時点で、
どちらも戦没者のことなど本音ではまったく考えてないと思えるのは俺だけか。

540 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 00:57
かなり確実に、君だけだと思う

541 :533:2001/05/23(水) 07:08
>534
すまぬ。でも最近思うんだけど、戦没者に対して敬意を持とうという
雰囲気になってきたのではないかと思う。一昔前なら首相がそんなこ
といったら、とたんにマスコミが軍靴の音が聞こえるとかいってた。

542 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 07:14
>>533
アメリカが反対してるの初めて聞いた?だったら退役軍人協会に
逝ってきなよ。
>>538
当然それ相応の措置を取るべきだと思うし、取ってから参拝すべき。
すくなくとも俺の親父と東条が同列になってるのはマジ勘弁してほしい。

543 :海の人:2001/05/23(水) 07:44
>>539
 海の人も、それが常々不思議で仕方がないです。

 「護国の英霊」と言いますが、だって先の大戦で死地に追いやられたのは
兵隊だけではなく、海外居留民や徴用船舶船員、さらには空襲でなくなった
方々なども、国のために殉難した「英霊」ではないのかな?と思うのですが。

 要は靖国神社が

  「兵隊だけ」を、さらに「『軍神』というイデオロギー」として
  「祀って」いる

ことに主な問題があるのではないかと思います。

 前述の通り、「愛するHomeと戦争の荒廃との間に身命を投げ出した人々」は
別に兵隊に限ったわけではなく、また「軍神」や「祀る」というのも、それは
「御霊を祀る」という「シントーイズム」の中で語られるものであって、当然
キリシタンもいればブディストやその他の信仰者もいるであろう人々を十把
一からげに取り扱うことは、実は不敬の至りなのではないかと思います。

 このスレッドで言えば「泣ける話」というのは、おそらく大多数の人にとって
「戦争の荒廃」に様々な姿でそれに従容と向かったことに、同じ人間として心が
動かされるからこそ「胸を打つ話」として各々が各々の「話」を出して来れば
良いのであって、そこに何らかのイデオロギーを介入させれば、小林よしのりの
著作を持ち出すまでもなく、それは途端に何かとんでもなく醜悪な別ななにかに
なってしまうのではないかと思うのですが。

544 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 08:00
結局「靖国」は「象徴」だからね。
「象徴」だから拝んどくか、みたいな。

545 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 08:41
>>539
漏れもそう思うんだが......。
あそこは基本的に無名戦士の墓なんちゅう扱いなので、どうしても
マイナーな感じがするんだな。
右も左も"名ある人々"(左は"A級戦犯なんて!、右は"XX閣下が無名な
わけないだろ!)にこだわっているので、どうしても焦点になりにくい
という事情があるのかもな。

546 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 08:42
>>539
千鳥ヶ淵戦没者墓苑には首相も参拝しているはずだよ。
少なくとも小渕さんも行ったし、森さんも去年の8/15に参拝して
いるよ。今年の小泉さんも靖国の前か後に行くんじゃない?
靖国問題の蔭に隠れて報道されてないだけじゃないかな。
千鳥ヶ淵は普段から色んな宗教団体が参拝してるみたいよ。

547 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 08:52
>>543
>「兵隊だけ」を、

確か、対馬丸で亡くなった学童とか、日赤の看護婦といった軍属も
祀られているはず。(嫌な奴だな>自分)

548 :海の人:2001/05/23(水) 09:21
>>547
 あ、いえいえそんなことないです(^_^;
 >>543の話では、そのあたりを「これこれはこうだが」という風に書き込もうと
すると全体が散漫になってしまうので誤謬を恐れずにああいう言い方をした側面は
ありますから。
 本題として、靖国神社という存在が内包している「好むと好まざるとに関わらず
イデオロギッシュになってしまうこと」と「対象が恣意的に選択的であること」の
2点であることがご理解いただければ、海の人としてはそれで充分ですので。

549 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 11:51
>532
米英のの戦犯は裁かれなかったね。

550 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 12:54
>>548
「海の人政治ネタではボロばかり」

やめたら?ろくに知りもしないでいい加減なことを
「海の人ブランド」でたれながすの。

ま、すぐ謝るから「間違った認識の例」を
身を以て示してくれてると思わないでもないが。

ところで「戦犯だから祀らない」って一瞬わからないでもないが、
しばらくすると妙にけったくそ悪くなるのは何故だろうな。

つまるところ千鳥が淵だろうとどこだろうと同じだろう?

だったら モニュメントだけつくって、
個々の名なんぞ全くとりあげない、とか

それだったらいっそのことみんな祀らないで各々の家の仏壇で
ひそやかに祀ったらどうだ。

とか思う。

551 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 12:59
>>550
前半については、あなたが今後一生に渡って
まったく誤りを犯さない人生を歩まれることを希望するだけです。

後半だけど、かーなーりーつながりが悪いぞ。
もうちょっと分かりやすく頼む。

552 :海の人:2001/05/23(水) 16:06
>>550
 まぁ、でも指摘してくれる人がいるんだし、いいんじゃないですか?

 それから「海の人ブランド」って(^_^;
 そ、そんなにブランドとか言われて権威付けされちゃうと困りますよ。
 決してふざけるわけではないんですが、以前から何度か書き込んでいる
とおり「海上自衛隊を辞めたと称する誰だか判らない人の妄言」ということで、
一つよろしくお願いします。
 (それでも、きちんと指摘してくれる人はいるので逆にありがたいのですが)

553 :名無し三等兵:2001/05/23(水) 17:19
>>552
自分で自分の書き込みが誉められたものではないと自覚してるなら
せめてこれからぜんぶ名無し三等兵で書いてくれませんか。

554 :海の人:2001/05/23(水) 17:43
>>553
 検討します。

555 :名無し三等兵:2001/05/24(木) 09:08
別にコテハンでいいんじゃないの?
たかだか掲示板でブランドもクソもないだろ。

ある程度個人の区別がつくのは発言の流れとか思想(?)
みたいなのがわかっていいと思うけどな。

556 :名無し三等兵:2001/05/24(木) 11:24
aggggggggggeeeeeeeee

557 :名無し三等兵:2001/05/24(木) 11:45
なんで泣ける話で個人攻撃してんだよ?追い込まれるぞ?
まぁ、たしかに「泣ける話」スレになりつつあるな(人として

558 :名無し三等兵:2001/05/24(木) 14:47
>>543
全面的に同意ー。良い事言うね。
靖国公式参拝問題に対して感じていたもやもやをハッキリさせてくれた感じです。

559 : :2001/05/24(木) 17:59
age

560 :名無し三等兵:2001/05/24(木) 18:06
>>554
「海の人」さんって大人ですね。感心します。
(まだまだ俺は煩悩が抜けん)

561 :ロボット三等兵:2001/05/24(木) 18:35
>2&7 超亀レスでスマソ
>>沖縄県民斯(か)ク戦ヘリ 県民二対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ
>この一文がホント泣ける。報われないよなぁ。

私が学生時代地理を習った先生は、政府のナントカ審議会だかそういう所に「有識者」として呼ばれて、他の役人、学者等のメンバーと、沖縄の公共事業に対する補助金の10割支給(全部じゃなかったけど、学校の建物とか満額国庫負担だそうな)を存続させるか否かについて検討したんだって。
現地視察とかも行って、審議会の結論としては、「沖縄も豊かになりつつあり、補助金はつけるにせよ、満額はもう不要ではないか。」という方向に話が傾きつつあった時に、それまでほとんど発言してなかった一座で最年長の学者が立ち上がって、この電文を紹介して曰く
「少なくとも、この電文を知っている我々の世代がこういう仕事に就いている間は、沖縄県民に”格別の高配”を続けるべきだ。」って言ったんだって。
役人はともかく「有識者」達はほとんど全員が戦前・戦中派だったので、この老学者の一言で全員が存続を支持して、10年間の満額給付延長が決まったんだって。

未だに基地はあるし、米兵犯罪は減らないし、確かに十分には報われてないだろうけど、この電文は数十年を経てなお、人を動かす力があったというお話でした。

562 :名無し三等兵:2001/05/24(木) 18:47
>>554
というわけで今後もコテハンで頑張ってね。
厨房にはかまわなくていいから。

563 :550:2001/05/24(木) 23:21
スレ違いだし、またいやみだの粘着だの厨房だの、とまた呼ばれるだろうが、
いい人が
  (そして、徴兵もなければ戦争もないこの日本で現役だか退役だかしらないが
   「『海の人』という軍人が言うのだから」、ということで発言に説得力があるキャラが)
莫迦なことを言うほど腹が立つ、と言うことだと思ってくだされ。

    例えば:「好むと好まざるとイデオロギッシュ」

     ていうけど、一見分かりやすそうで実は意味があまりないような気がする
     千鳥が淵だって原爆記念碑だって、それを免れることは出来ないのでは。

     ここではどんな内容のイデオロギーがひっかかってくるのか、を言わねば
     何かを言っているようで何にも言っていないのと同じ。
     あるいは暗に否定的イメージをしょったレッテルを貼り付けてまがまがしさを演出している。

      それとも神道がいやなの?だったらめんどくさい言い方しないで、
     「特定の宗教に偏っている」て言えばいいじゃない。


    例えば:「対象が恣意的に選ばれてる」

      ていうのはほんと?
      うろ覚えで恐縮だが、ちゃんとあるはずではガイドラインが。
      ガイドラインを設けること自体が恣意的だ、というのなら、何だってそうでは?
    
      「選ばれている対象が不十分な気がする」ならいいたいことはわかるが。

がしかしさてここは泣ける話のスレッドであり、
コテハンは潔いし、軍事ネタなら経験と隊の空気から得た裏打ちがある
良いこといってると思って「流石『海』の人やなあ」とおもってよんでますし。
これを最後に厨房はROMにもどるよ。  

564 :名無し三等兵:2001/05/25(金) 18:27
age

565 :名無し厨房:2001/05/25(金) 18:30
>>563
オレハヒトズキアイノデキナイヒキコモリチュウボウガオヴァカナコトイウノガイチバンハラガタツ

566 :2ちゃんねる案内人:2001/05/25(金) 18:35
>>565
( ・∀・)半角板へどうぞ。

567 :名無し三等兵:2001/05/25(金) 19:05
>>550>>566

ケラケラケラケラ

568 :名無し三等兵:2001/05/26(土) 00:41
542さんのような感情が遺族の人達の中にあるのはわかるような気がする。
でも、A級戦犯ってあくまでも連合国が決めたものだよね。
彼等を日本の立場から見た場合、逆に「抗英米戦の英雄」とも言える存在
なのではないだろうか。

569 :名無し三等兵:2001/05/26(土) 00:43
>>568
本気?

570 :名無し三等兵:2001/05/26(土) 00:46
 いいんだよ。A級もB級も関係ないだよ。
 じゃ、A級って何がA級なんだよ。
 国際法の観点からいっても
 ニュルンベルグも極東もおかしいだろ?
 何が言いたいんだ?>>569

571 :名無し三等兵:2001/05/26(土) 00:47
まあ、連合国側とすればホロコーストの責任を問いたかった訳だろうか。

572 :名無し三等兵:2001/05/26(土) 00:48
 ベトナムの責任とれよ、アメリカ

573 :名無し三等兵:2001/05/26(土) 00:53
>>571
少なくともホロコーストの責任を日本人で問われるべき人間は誰もいませんが。
「ホロコースト」って言葉は、単なる民間人の殺害とはわけがちがうんだから
安易に使わないほうがいいよ。マジで。

574 :571:2001/05/26(土) 00:55
いやドイツの場合の話ですよ。

575 :568:2001/05/26(土) 00:56
>>548
>「対象が恣意的に選択的であること」

これは仕方ない部分もあるんじゃないかと。
基本的に靖国神社が創建された時代って、空襲とかであれほど多くの
民間人が命を奪われる戦争って想像すらできなかったと思う。
日清、日露、第一次大戦、シベリア出兵、支那事変などの対外戦は
戦時下とはいえ内地は爆撃を受けることもなく平穏だったわけだし。

つまり、
戦争で死ぬのは軍人=御国の為に命を捧げた英霊=感謝・慰霊=軍神化
という図式しかなくわかりやすかった。

死ぬはずはない(と、考えられていた)民間人の御霊をどう慰霊するか
っていう考えは国家も当の靖国神社も持ち得なかったのでは、と思う。

576 :オズギュン:2001/05/26(土) 01:02
泣かしていただきました。
尊い命を家族のため、国のために、捧げられた兵たち。
また、空襲で、原子爆弾で、射撃で、魚雷で理由なくその命を奪われた民間人。
先の戦争で我が国は310万人もの尊い命を奪われた。
今、隣国や心無い日本人の謝罪要求については触れません。

ただ、この先人たちの遺書を読めば読むほど、私は、天寿を全うできなかったこの310万の人たちに対する
責任を日本人は連合国だけに任せたことに憤りを感じています。
戦争を始めたことは仕方ない。なぜ、こんなになるまで犠牲を払わせるまで軍人や政治家は
突っ走ったのか? 特攻の始まる前当りでなぜ停戦できなかったのか。
この狂信的で無責任な指導者を裁けなかったことに日本人の甘さを感じています。
世界史上最悪の無能将軍牟田口や、源田や黒島のような大馬鹿参謀を
なぜ独立後に我々自身で彼らに責任を取らさなかったのか?
物量に恵まれていたとはいえ、最前線で自ら指揮をとり合理的な判断を優先する
アメリカ軍将軍の方が、悔しいけどよほど立派だ。
きちんと責任をとった大西瀧治郎や阿南陸相がいたのが救いだと思う。

577 :名無し三等兵:2001/05/26(土) 01:12
>>576
ただそれやっちゃうと天○まで責任問題いっちゃうからね。
そーいう意味では天○の存在自体が無責任体制の根源になってしまうが。

578 :オズギュン:2001/05/26(土) 10:25
天皇の責任に問うかどうかも国民が決めればいいはなしだ。
日本人は独立後のあの段階でも、天皇に戦争責任を取らせる選択はしないと思う。

どう裁くかは、どんな法律で裁くかはようわからんけど。

579 :550:2001/05/26(土) 19:32
靖国ネタは
http://yasai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=army&key=990713337&ls=50
前の陛下の御責任ネタは
http://yasai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=army&key=984910846&ls=50
でもってここは
  「泣ける話」ってことではだめですか?

(ところで>>566は漏れじゃないよ やるならもっと粘着でとりとめないよ)

580 :名無し三等兵:2001/05/27(日) 02:31
>>579=550 さん

賛成。そうしよう!

581 :名無し三等兵:2001/05/27(日) 03:30
余談だが、A級戦犯以上に、BC級戦犯も存在する。
ちなみに、
A級:平和に対する罪;侵略戦争または国際法・条約・協定もしくは保障に違反した戦争を計画・準備、及び遂行したもの
B級:固有の戦争犯罪;戦時における戦争法規違反
C級:人道に反する戦争犯罪;戦争前あるいは戦争中に、全ての人民に対して行われた殺害・殲滅・奴隷化・追放その他の非人道的行為、政治的もしくは人道的理由に基づく迫害行為
となり、結果的にA級に指導者的立場にあった高位高官が多くなり、B・C級には戦争の現場における指揮官、責任者が多くなり、現在の認識となっているそうだ。
(抜粋:『孤島の土となるとも・BC級戦犯裁判』岩川隆著・講談社) 

582 ::名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/27(日) 04:28
>479
 亀レスすまソ。この時一緒に行った日本のマスコミが(どうせ朝日)、
彼女に「また息子さんに召集がきたらどうしますか」的な事を聞いたん
ですと。おそらく軍や政府に対する恨み言が聞けると期待して。ところ
が「もちろん往かせます」と答えられて当惑したとか。本当に下劣な神経
を持った連中だ。

583 :名無し三等兵:2001/05/27(日) 16:01
520 名前:名無し三等兵 投稿日:2001/05/25(金) 18:09
法的な名目上の戦争責任はあり
実質的には権限はなかったので戦争責任はなし

名目上の責任を取るとすれならば退位するのが一番良かったと思う
それを許可しなかったGHQ逝ってヨシ!


521 名前:名無し三等兵 投稿日:2001/05/25(金) 18:16
GHQやアメリカが日本支配に利用するために天皇制を残したわけだけど、
これって変な奴らに担ぎ出される可能性があるわけだから危険な存在だよな・・・

変な話、サヨが天皇を担ぎ出して支配することも可能なわけで


522 名前:名無し三等兵 投稿日:2001/05/25(金) 18:17
サヨが天皇を担ぎ出すなんてあり得ません。


523 名前:名無し三等兵 投稿日:2001/05/25(金) 20:45
責任とかいってる馬鹿は過去ログ読んでちゃんと次のことに反論できるように
してから書くように。できるわけないが。

1.天皇に責任求めるのは民主主義の否定で独裁肯定論。いってる奴は馬鹿。
2.天皇が機軸となって国を建て直すことを国民は選択した。
その歴史の重みを否定する奴は馬鹿。
3.実際繁栄したのだから功績の方がでかい。これがわからないのも馬鹿。


524 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2001/05/26(土) 04:38
戦前の主権者は天皇だけだったんだよね。
戦後は天皇を祭り上げ、主権を剥奪することを国民は選択した。
神武以来、あちこち飛びながらも系図がある歴史は重いね。
戦後は天皇のおかげで繁栄したのかな。


525 名前:名無し三等兵 投稿日:2001/05/26(土) 12:07
まあ、下手な総理大臣や政党よりは天皇の持つ意味のが何百倍もでかいわな。
これに置き換えられるものはちょっと考えつかない。


526 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2001/05/27(日) 05:08
天皇制賛成派も反対派も燃えるものね。
たださすがに、天皇主権を唱える賛成派はあまりいないな。

584 :某所よりコピペ:2001/05/28(月) 13:59
「諸君(台湾人兵士)はよく国の為に戦ってきた。しかし、今ここで軍の命令どおりに犬死にすることはない。祖国台湾には諸君らの生還を心から願っている家族が待っているのだ。私は日本人だから責任はすべて私がとる。全員、米軍の捕虜となろうとも生きて帰ってくれ」
そう言って、広枝音右衛門、海軍巡査隊長は、台湾人の命を保証するよう米軍と交渉した後、フィリピンの地で自決した。
昭和五十八年、小隊長をつとめた劉維添はかつての隊長の自決の地を訪れ、広枝隊長終焉の地の土を集め、茨城県に住むフミ未亡人の手にわたした。
広枝隊長は獅頭山の権化堂に神様として祀られ、鬼籍の人となった夫人も、広枝隊長の位牌とともに、かつての部下だった新竹警友会の人たちの手によって権化堂に祀られた。

「捏造された日本史」黄文雄

585 :585:2001/05/28(月) 19:22
>584
この手のいい話は、韓国からはないのかな。
台湾の人に比べて半島の人は困ったもんだよな。

586 :名無し三等兵:2001/05/28(月) 19:27
>>585
たしかにアンタは585だな(w

587 :名無し三等兵:2001/05/28(月) 21:26
東条英機らA級戦犯のお墓はココ。

http://member.nifty.ne.jp/winds/SITISI/SITISI.HTM

588 :風の谷の噺家:2001/05/28(月) 21:34
出征する兵隊に大声で「一太郎よ〜い!うちのコトなら心配するな〜!わかったなら鉄砲あげろ〜!」バアサンが叫ぶとひとりの兵士が鉄砲を「捧げ筒」にして答えたとゆう...(むかし、朝日新聞に載った実話)アリ?マジレスは性に合わないでゲスね!

589 :名無し三等兵:2001/05/31(木) 17:19
http://mytown.asahi.com/fukushima/news01.asp?c=5&kiji=295
特攻隊で死を覚悟 小松順吉さん

 20歳で兵隊に行った。教員になりたいと思ってたから通信学校を志願して、高等科が終わると実施部隊の指導をしてた。茨城県の鴻池ていうところだった。「丸大」っつう、爆弾の中に人間が乗って操縦して、敵に体当たりする部隊だった。特攻隊なんだよ。1トンの爆弾に飛行機のような羽根がついてて、操縦稈(かん)がついて、それに乗る部隊だった。最新の電波探知機は積んでても、まだよく使いこなせなかったときだから、無線と一緒に教えてた。

 こういう実施部隊は、戦闘機乗りの訓練を積んだ優秀な人しか乗れねぇんだよ。高度5000メートルくらいから鴻池の飛行場に急降下で降りて来て、地上すれすれまで突っ込んできては、ヒューっと上がっていくんだわい。毎日そんな訓練してた。はじめて「丸大」っていう爆弾使ったのは沖縄だった。爆弾に人間が乗って操縦するんだから、百発百中だ。もちろん人間は帰ってこねぇ。何千人も乗った船沈めるわけだから、それを名誉としてた。

 このまえ浜松の航空基地へ行ったら、あそこに航空博物館ってあんだわい。そこでたまたま、おれたちの部隊の少尉の人の遺言状に出会ってな、巻紙の達筆な遺言状だった。こんなとこで会うんだものなぁ……、涙が出た。

 江田島に海軍博物館ってあんだげど、あそこさ行ったらあらゆる部隊の遺言状がいっぱいある。みんなに一度は行ってもらいてぇなぁ。おれはばぁさまと一緒に行って、ずうっと読んでったが、涙ぼろぼろ出てくんだわい。訓練すっときはおれも飛行機に乗ってたから、遺言状はいっつも書いてた。死ぬことはいっつも覚悟してたからな。

 おれが当直のとき、おれの代わりに乗ってったヤツが死んだ。おれが死ぬはずだったんだ。3人で当直してて爆撃に遭って、おれだけ助かったっていうときもあった。

 あの時の日記、いまでも時々出してみる。忘れたくねぇと思ってな。一緒に寝起きしてたヤツが丸大に乗って出て行くときは、やっぱ……涙が止まんねがった……。

 爆弾積んだ7人乗りの飛行機から、ひとりずつ1トン爆弾の中に入って、飛行機から離れていくんだ。一緒に寝起きしてたヤツが、ピンピンしてたヤツが、死んで行くんだゾ。ハッチ開けたら、もう帰ってこねぇ。おれの孫と同じぐれぇの年なんだゾ。

 戦争は人殺しだ。

 あんなことはやっちゃなんねぇ。人を殺しても罪になんねぇんだ、戦争ってやつは……。

 子供たちには教えておきたい。こんなこと、二度とやってはなんねぇってな。

 遺言状を読んでみっといい。17、18歳の、まだ少年が書いてる遺言状だ。あんなこと、二度と書かせちゃなんねぇ。

590 :名無し三等兵:2001/05/31(木) 17:33
>>584
「責任は私がとる。私は日本人だから」
これは同じ帝國臣民だけど民族は違うっていってるんだろうか
これを言われた時隊員は、私も日本人ですとかいわなかったのかな

591 :名無し三等兵:2001/05/31(木) 22:28
3日4日前くらいにズームイン朝でやっていた特攻隊の話し詳しく教えてくれませんか?

592 :名無し三等兵:2001/05/31(木) 22:29
学研の「秋月型駆逐艦」で「初月」の最期は感動したね。

593 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/05/31(木) 23:26
デーニッツ元帥最後の訓辞

Uボートの乗組員に告ぐ、6年にわたる戦争は我に利あらず、されど諸君はよく戦えり。
敵の膨大な物量により、不敗無欠の諸君は比類無き勇戦の後、自ら矛を収めるに至れり。
我らは総統と祖国のために散華した戦友の冥福を祈る。
諸君はUボート精神を堅持せよ。
祖国の将来のために積年の敢闘精神を捨てるなかれ。

594 :>592:2001/06/01(金) 00:05
硫黄島への補給部隊を護衛した丁型駆逐艦「松」の最期モナー

595 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/06/01(金) 21:20
ジュトランド海戦のドイツ巡戦部隊はどう?
特に主力の後退を助けるために満身創痍となりながら戦った「死の騎行」は感動もの。
もはや浮かぶスクラップとなりながらも帰投したザイドリッツの姿には涙が出てくる。

596 :名無し三等兵:2001/06/01(金) 21:29
592>>594
そうでしたね。あらためて海軍の兵隊さんに感謝したいです。

597 :名無し三等兵:2001/06/02(土) 00:05
新氏対抗安芸

598 :名無し三等兵:2001/06/03(日) 07:39
さげたらアカン

599 :名無し三等兵:2001/06/03(日) 10:49
から揚げもアカン

600 :名無し三等兵:2001/06/03(日) 11:14
>>427
リンク、切れているようなんですが……。
不調なだけだろうか。

601 ::2001/06/03(日) 16:28
泣ける話とはチト違うが、わたしが米国で体験した不思議な話
先週の木〜火まで行ってたんだが最終日の夜、夜遊びに行くつもりで部屋を
出た。 しかしカードを忘れて、部屋に戻ったんだけど、差込のカードキーを
何回差し込んでも開かないー、不思議な事に一時間位開かなかった。
ホテルの人も不思議がっていた。 しょうがなく近場で食事だけにしよう、
とホテルを出で、あるレストランに入った、そこでは映画パールハーバーのCM
が流れ、その後に真珠湾攻撃のドキュメントが始った。 内容は特殊潜行艇が沈んで
いるのを元母潜水艦の乗組員が探しに行くという話てせ感動しました。
よくよく考えてみたらカギが開かなかった一時間がなければと思うと、不思議な
気がしました。あれは運命の悪戯というか、何か特別な力が働いた気がしてならない。

602 :427:2001/06/04(月) 03:22
>>600
リンクは切れてるみたい。でも、Googleでキャッシュを発見した。
ttp://www.google.com/search?q=cache:lue3TwxBIxk:venus.spaceports.com/~mekhong/w-jou2.htm+venus.spaceports.com/~mekhong/w-jou2.htm+&hl=ja
また読みづらかったら書いてください。ここにまるごとコピペするから。

(あまりにも分量が多いのでちょっと躊躇われて)

603 :名無し三等兵:2001/06/04(月) 03:25
ちゅー

604 :名無し三等兵:2001/06/04(月) 15:50
A

605 :名無し三等兵:2001/06/04(月) 15:58
「何も終わっちゃいねえ!
 何も!
 言葉だけじゃ終わらねえんだよ!
 俺の戦争じゃなかった、あんたにやれって言われたんだ!
 俺は勝つためにベストを尽くした、だが誰かがそれを邪魔した!
 空港に着くと学生どもがウジャウジャ集まってきて抗議しやがるんだ!
 俺のこと赤ん坊殺しだ何だって言いたい放題だ奴らに何が分かるんだええっ!
 奴らは何だ俺と同じあそこであの思いをしてそれで喚いてんのかっ!?」
「もう終わったことだ、みんな辛かったんだ」

606 :sage:2001/06/04(月) 16:10


607 :名無し三等兵:2001/06/04(月) 16:22
「あんたにはなあっ!
 俺には娑婆の暮らしなんか空っぽだ!
 戦場には礼節ってもんがあった、助け合い支えあっていた!
 それなのにここには何もねえ!
 あっちじゃヘリも飛ばした、戦車にも乗れたよ!
 百万ドルの武器を操って闘った!
 だけどこっちじゃ駐車場の係員にもなれねえんだ!
 畜生みんなどこ行っちまったんだクソ・・・・。
 空軍にも友達がいたみんないい奴だった。
 ダンフォース覚えてる俺いつかマジックペン一本取って拾い物ってベガスに送ったんだ。
 俺たちいつもベガスのこと、車のこと喋ってたからあいつはいつも赤いシェビンのコンパッシブルのこと喋ってた。
 ある日あいつと飲みに行く途中に靴磨きの箱を持った子供が近づいて来て
 お願い磨かせて
 そう言ったんだ。
 俺は断ったんだがダンはどうしても磨いて貰うと言ったんで俺は一人でビールを取りに行った。
 戻った瞬間バーンと音がした、凄い悲鳴だった!
 ダンの血と肉が飛んできてこんなに!
 友達が!
 俺の上に飛び散って!
 ジョン俺国へ帰りてー
 そればっかりだ。
 国へ帰りてー帰ってシェビン乗り回してーよー
 俺はダンに駆け寄って何とかあいつを抑えようとした、でも裂けた腹から押し込んでも押し込んでも腸がはみ出して来ちまうんだ・・・。
 俺は早く病院にあいつを・・・でも脚が・・・脚が見つからねえんだ・・あいつの脚が・・・。
 それが今でも・・・忘れられねえ・・・もう7年にもなるのに・・・夜中に目が覚めて・・・どこにいるか分からねえ時もある・・・誰とも喋れねえ・・忘れられねえんだ・・・あれが・・・・」

608 :名無し三等兵:2001/06/04(月) 16:25
>>602
ttp://venus.spaceports.com/~mekhong/0ww2/isho.htm
ファイル名違い

さげときま

609 :名無し三等兵:2001/06/04(月) 16:37
「ランボー・・・一緒にヘリで基地に行こう・・・・お前は私にとって・・・最後の一人だ・・・犬死をしてくれるな・・・・」

610 :427:2001/06/04(月) 16:42
>>608
ありがとうございます。

今夜は新しいのを書きますね。さげ。

611 :名無し三等兵:2001/06/04(月) 17:09
戦争しないで他国が蹂躪するに任せてたら
もっと悲惨な話があるのだろうなあ

612 :名無し三等兵:2001/06/04(月) 17:12
http://yasai.2ch.net/army/kako/973/973590642.html 占守島防衛線

613 :東郷元帥:2001/06/04(月) 17:40
日本海海戦で負傷したロシアバルチック艦隊司令長官=ロジェストウィンスキー
を見舞う。

東郷元帥
「はるばるロシアの遠いところから回航して来られましたのに、武運は閣下に利あらず
御奮戦の甲斐なく、非常な重傷を負われました。今日ここでお会い申すことについて
心からご同情つかまつります。われら武人はもとより祖国のために生命を賭けますが、
私怨などあるべきはずがありません。ねがわくば十二分にご療養下され、一日もはやく
ご全癒くださることをお祈りします。(略)」

ロジェストウィンスキー(涙をにじませながら)
「私は閣下のような人に敗れたことで、わずかに自らを慰めます」

614 :名無し三等兵:2001/06/04(月) 17:45
>>591
先日のズームイン朝の特攻隊の話だけど、早稲田大学の学生だった人が
学徒出陣でパイロットとなり、沖縄戦のときに特攻で出撃したという話。
エセックス型の何だか忘れたけど、空母に突入した際一緒に持っていた遺書なんかが
奇跡的に無事生き残って(機体は空母に命中したらしい)それをアメリカに持ち帰って
いた空母の元乗組員の方からアメリカ在住の日本人経由で遺族のもとに戻ってきた、
というのだそうだ。その番組には隊員の方の学生時代の友人なんかも出てました。

615 :名無し三等兵:2001/06/04(月) 17:53
age

616 : :2001/06/04(月) 17:59
age

617 :名無し三等兵:2001/06/04(月) 18:27
中部太平洋方面艦隊司令長官 南雲忠一中将 サイパン島よりの決別文

「今や止まるも死、進むも死、生死須くその時を得て帝国男児の真骨頂あり、
今米軍に一撃を加へ太平洋の防波堤としてサイパン島に骨を埋めんとす…茲に
将兵と共に聖寿の無窮、皇国のいやさか弥栄を祈念すへく敵をもと索めて発進す
続け」

618 :名無し三等兵:2001/06/04(月) 18:28
空母「飛龍」にて山口多聞少将から第十駆逐隊司令阿部大佐へ
ミッドウエー海戦にて 昭和17年6月6日 0510

「阿部大佐、この戦争はあと2,3年は非常な激戦の形で続くと私は思う。
その間君も私や加来艦長と同じ立場になるかも知れない。
その時、一艦、一戦隊の沈没や敗辱の責は一将にとって死にまさるものであることが分かるだろう。
敗勢が己の不徳によることなく、たとえ渾身の善戦をなして悔いることがなくてもだ。
古来海将にとって艦とはそのようなものではないか
君たちが駆逐艦へ退去後、魚雷をこの「飛龍」へ射ち込んでほしい。
わたしがこの世に求める最後の無心、介錯である。」

619 : :2001/06/04(月) 18:34
age

620 :名無し三等兵:2001/06/04(月) 19:12
>>612
泣いた

621 :427:2001/06/04(月) 23:44
昭和19年3月、ダバオ島を発った飛行機がセブ島近くの海面に不時着、
連合艦隊司令長官古賀峯一大将らが殉職、
参謀長福留繁中将ら九名がアメリカ軍将校率いるゲリラに捕らえられた。
海軍乙事件である。

拷問などによって機密が漏れる怖れがある場合には
舌を噛みきっても、と思い詰める彼等に、
ジェームズ・クッシング中佐率いるフィリピン人ゲリラは
卵を焼いたものなどを食べさせた。

捕虜交換の際、緊張する日本兵の前で、ゲリラは作り笑いをして
「ゴクロウサン」と言った。日本兵側もうろ覚えの言葉で
「アサヒバヤ」(ありがとう)と返した。
和やかな雰囲気になった両陣営は、煙草やキャラメルを振舞ったり、
童謡や民謡を歌うなどした。
そして当初の緊張とは違った和やかな雰囲気の中、出発の時間がきた。
解放された捕虜を伴って去る日本兵に向かって、ゲリラ達は手を振り、
「日本、フィリピン、友達。ノー・ポンポン、ノー・ポンポン」
と大きな声で言った。ポンポンとは銃声のことである。

622 :名無し三等兵:2001/06/05(火) 01:43
>>621
日本軍の討伐部隊にゲリラが包囲されていたから
交換条件のために高級将校を利用しただけじゃないの?
それに、その時福留が持っていた作戦資料のほうが重要で
それをマッカッサーに渡されたおかげでマリアナ沖海戦は・・・。

623 :名無し三等兵:2001/06/05(火) 01:45
>>591
>>614
これのことかな?
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/5410/ogawa_syoi.htm

624 :427:2001/06/05(火) 01:55
>>622
うん、私もそう思う。
ただ、救出隊はこの時丸腰で行ったのだが
こういう別れ方をして、「人間的に可愛い奴等だ」と
思ったようだ。
勿論大急ぎで撤収したそうですが。

ここは「泣ける話」を集めるスレで、
絶望的な状況の中で従容と死に赴いた人や
保たれた人間性の話を探しているようだったので、
載せてみた。駄目でしょうか?

書き忘れました、621の資料は吉村昭の「戦史の証言者たち」です。

625 :DarkToyDealer:2001/06/05(火) 16:13
 ここ読んでて思い出しました。
 結構前のテレビだったかで、戦争末期のどさくさで、行方のわからなくなってた戦友
を探す、元パイロットのじーちゃんの話が取り上げられてた。

 特攻隊の遺影を展示してある、記念館で、その戦友の遺影を見つけた刹那、
 目つきが変り、背筋を伸ばし、戦友(とも)の遺影に敬礼し、一言
 「ここに居られたでありますか!!」
 じーちゃんの目に浮かぶ涙。

 数十年を経ようと、死で隔てられようと、戦場で結ばれた二人の友情は不滅のもの
 だった。

 ちと涙してしまったよ。

626 :名無し三等兵:2001/06/05(火) 18:45
戦犯<むしろA<B<Cの順で人でなし度が上がっていくような・・・

627 ::2001/06/05(火) 20:01
福留氏は二回も捕虜になっています
ただ偉いからたすかったのです。
不時着して原住民に捕まっただけで
自爆を強要された一式陸攻の下士官搭乗員と比べて
なんという待遇の違いか、俺は泣いてるぞ。
いつの時代でもバカヤロウナお偉いさんたちよ。

628 :427:2001/06/05(火) 21:20
>>濱さん
そうなんだけど、私はフィリピン人のゲリラ達の
「ノー・ポンポン」という響きに、何だか泣けたんで書いたんだ。
偉い人が助かってよかった、という意図は全くない。
気を悪くしたならごめんよ。

629 :名無し三等兵:2001/06/06(水) 01:59
パラシュート脱出で無人島に降りてしまった日米のパイロットの話があるそうですが、
詳しい方教えて下さい

630 :名無し三等兵:2001/06/06(水) 10:06
>>629
Hell in the Pacific
http://us.imdb.com/Title?0063056

631 :630:2001/06/06(水) 10:17
この映画見た人感想教えてーーー。
また日本人=野蛮人の構図かな・・・・。

でも三船敏郎の演技にちょっと期待・・・。

632 :名無し三等兵:2001/06/06(水) 14:54
>>631
随分前に、見た記憶があります。
内容はあんまり覚えてないんだけど、
日本人=野蛮人じゃなかったのは覚えてます。
三船敏郎とリー・マービンは、似た者同士って感じの性格設定でしたよ。
詳しく答えられなくて、申し訳ありません。

633 :名無し三等兵:2001/06/06(水) 15:11
全てゲリラが悪い。
もしこの脚があれば、もう一度戦場へ戻って奴らを殺してやりたい。

634 :名無し三等兵:2001/06/06(水) 15:18
>>631
かなり前に見たんでうろ覚えだけど、最初敵対してた日本兵と米兵が
いろいろあって友情が芽生えたって話だったと思う。その後クライマックスで
どうなったかは良く覚えてない。三船がそんなに悪く描かれてた記憶はないよ。

635 :gvじゅmk:2001/06/06(水) 18:31
祖父が戦死したセブ島行ってきました
こんな遠いところで死んだのか
悔しかっただろうと思いました
今の自分と同じ年齢で戦死した祖父はどういう気持ちだったろう
志なかばで戦死したたくさんの人達が託したものは
自分達はちゃんと受け継いでいるだろうか

「遠い祖国の若き男よ、強く逞しく朗らかであれ。
  なつかしい遠い母国の若き女達よ、清く美しく健康であれ。」

この一文があの世代の人たちのすべての根底にあったのではないでしょうか

636 :名無し三等兵:2001/06/06(水) 19:09
とんでもねえクソスレだなここは

637 :名無し三等兵:2001/06/06(水) 19:11
煽りにしてはいまいちだな636は

638 :名無し三等兵:2001/06/06(水) 19:16
てゆーか、636は入門レベルにさえ達してないだろ。

639 :名無し三等兵:2001/06/06(水) 19:17
同感ですな

640 :636:2001/06/06(水) 19:37
お前ら相手にしてる程
ひまじゅねえーんだバカ!

641 :名無し三等兵:2001/06/06(水) 20:22
さ〜 次いってみよう!

642 ::2001/06/06(水) 20:31
427好きだよ。♪
僕も悪かった、真珠湾の蒼龍の戦闘機隊長
飯田房雄大尉の真相とか色々あるね、事実と
伝えられた話との違い。

643 :名無し三等兵:2001/06/07(木) 01:06
吉田満『戦艦大和ノ最期』より

訓練休憩中、「桜、桜」ト叫ブ声 見レバ三番見張員ナリ
見張用ノ定置双眼鏡ヲ陸岸ニ向ケ、目ヲ当テシママ手ヲ上ゲタリ
早咲キノ花ナラン
先ヲ争ッテ双眼鏡ニ取附キ、コマヤカナル花弁ノ、ヒト片ヒト片ヲ眼底ニ灼キツケントス
霞ム「グラス」ノ視野一杯ニ絶エ間ナク揺レ、ワレヲ誘ウ如キ花影ノ耀キ
桜、内地ノ桜ヨ、サヨウナラ

644 :名無し三等兵:2001/06/07(木) 01:31
>「戦艦大和ノ最期」
ほんと、名文だよなぁ。

645 ::2001/06/07(木) 03:19
桜といえば桜花の搭乗員も飛行服に
枝を折って刺していたんだよね。
散る桜、残る桜も、散る桜・・・

646 :名無し三等兵:2001/06/07(木) 04:13
「桜花」=「BAKA」
...泣ける話。

647 :名無し三等兵:2001/06/07(木) 16:36
>「桜花」=「BAKA」

? どういう意味・・・

648 :名無し三等兵:2001/06/07(木) 16:40
>>647
有人ロケット「桜花」は米軍で
「BAKA」と呼ばれてました。たしか

649 :名無し三等兵:2001/06/07(木) 16:41
桜花の米軍側コードネームが「BAKA」だったのさ。

650 :名無し三等兵:2001/06/07(木) 17:52
沖縄へ出撃する大和には35名の少尉候補生が乗艦していたが、
作戦の重要性から考えて、有賀艦長は彼らを退艦させることにした。
しかし候補生たちは決死の覚悟をしていたので、なんとか沖縄まで
連れて行って欲しいと、執拗に食い下がった。
そこで、能村副長が彼らを説得した言葉。

副長『…誠に忍びないことではあろうが、艦長の言われる通り、
    いさぎよく下りることが、一番よいと思う。

    征く我々が国の為なら、残るお前たちも、国の為なのである。
    大きな気持ちをもって、考えてもらいたい。

    …勉強して、帝国海軍を背負ってたつ、立派な士官になってくれ。』

651 ::2001/06/07(木) 18:01
おとりにされた瑞鶴も同様ー 貝塚艦長に
出撃前に少将に昇進して少将用の軍服がとどけられた
とか・・・沈没前にタバコを傾斜した飛行航板に投げてくれる
優しい艦長だったとか

652 :名無し三等兵:2001/06/07(木) 19:57
エンガノ岬沖で断末魔の瑞鶴。生き残りの総員、傾斜した飛行甲板に
整列している。
艦橋の貝塚艦長、最後の訓示――
「皆よく聞け。本艦は既に撃つべき弾も撃ち尽くした。
エンジンも舵もストップしている。もはや思い残すことはない。
皆は最後の最後まで生き残り、御国のために戦ってくれ。
艦長は陛下からお預かりした本艦と運命を共にする。
ここに総員退艦を令する。」
「軍艦旗降ろし方!」
夕陽の中に響き渡る喨々たるラッパの響き。焼け焦げた戦闘旗がするすると
降ろされていく。滂沱たる涙を拭おうともせず、敬礼を送る乗員達・・・・。

653 ::2001/06/07(木) 21:34
あの傾いた瑞鶴の巨体に大勢のひとが
斜めに立っている写真は衝撃的だったよ
あんなになるまで戦ったんだなってさー

654 :吉田茂:2001/06/07(木) 22:34
「君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。
 きっと非難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。御苦労だと思う。
 しかし、自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、
 災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。
 言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。
 どうか、耐えてもらいたい」
(昭和32年2月、防衛大学第1回卒業式にて)

 隊員の大部分が吉田首相の言う通りの人生を送り、なおかつ吉田首相の言葉が真実を含んでいるだけに、
自衛隊員の苦労と忍耐を思うと泣けてきます。

655 ::2001/06/08(金) 00:11
確か中東に派遣された自衛隊は水不足で
あまり風呂にも入れなかった。しかし!ある日次官だか長官だかが
視察に日本からやって来た。バカヤロウな幹部どもはたった一晩の為に
急遽、そいつ用の風呂を作ったとか? まったくゴマすりのアホが
俺が次官ならまづ隊員から入ってもらうよ申し訳なくて普通の神経なら
できないでしょ中東メチャクチャ暑いんだからな。

656 :名無し三等兵:2001/06/08(金) 00:21
ンなもん、当然だろ。
上官と部下じゃ待遇は違う。
軍オタのくせになぜそれを知らん。
第一、死ぬほど水不足だったわけじゃあるまいし。

657 ::2001/06/08(金) 03:36
いやいや風呂入ってなかったらしいぞ、アノ暑い中東でな
上官というが文民の官僚だった気がする。それに翌日はテッキヨ
したと言うから。 うーん殺したい。

658 :名無し三等兵:2001/06/08(金) 04:43
>>656
待遇が違うのは当然だが、それを当然と思って甘受するかは別問題。
人を動かす立場の人間のする事としては失格。
(その長官だか次官だかもね)

659 ::2001/06/08(金) 15:45
はっきり言って、そいつを成敗したいと感じました。

660 :海の人:2001/06/08(金) 16:19
 防衛政務次官がらみでは、結構色々な話があちこちに転がってるんでは
ないですかね。
 かくいう海の人も、江田島在校中防衛政務次官の見回りに全校つき合わ
されて、教務が半日つぶれましたし。
 まぁどうせ午後から古鷹登山のうちら兵隊はともかく、教務・教務で
延灯、再延灯、それでも間に合わずに自動販売機の明かりで勉強してた
幹候校の連中は気の毒でありました。

661 ::2001/06/08(金) 18:00
結局、帝国時代の悪習は改善されずか

662 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/06/08(金) 20:54
>>655
それは誤報らしいよ。
その風呂は前々から隊員のために作られていたものだったそうだ。

663 :名無し三等兵:2001/06/08(金) 21:01
「防衛政務次官」様は国会議員ですからなあ。

664 ::2001/06/08(金) 21:27
そうだっけ? まず国会議員のお前が地雷探してこい
って感じです。 坂本竜一のけっでもなめろ。

665 :名無し三等兵:2001/06/08(金) 21:39
「ソ連兵はパジャマまで持っていったわ…、いま、私は裸でベッドにいるの…
どんなことかわかるでしょ…あ、また…」

……ベルリンの電話局が記録した女性市民の通話

666 :名無し三等兵:2001/06/08(金) 23:39
沖縄戦の海軍陸戦隊指揮官、太田實中将は「沖縄県民斯く戦えり」の電文で有名ですが、
玉砕寸前に発せられた以下の電文も涙なくしては読めません。みなさんは?

「発 沖根(注:海軍沖縄部隊を指す)一二〇〇
 一、朝来 敵戦車及ビ歩兵、当司令部壕外ニ蝟集シ煙弾ヲ撃チ込ミツツアリ
 二、我方、凡ソ刀ヲ持チテ戦ヒ得ル者ハ悉ク敵ニ当タリ、立ツ能ワザル者ハ自決シツツアリ
 三、七四高地二箇月ニ亘ル奮戦モ本日ヲ以ッテ終止符ヲ打ツモノト認ム」

667 ::2001/06/08(金) 23:45
>>666
この訣別電……情景が目に浮かぶ……。

668 :第八艦隊司令長官補佐役:2001/06/08(金) 23:46
↑666だよ縁起の悪さに泣けてくる

669 :666です:2001/06/08(金) 23:53
この電文、全部隊で傍受されたはずなのに、なぜか公刊戦史にも載っていないそうです。
初めて読んだとき、もう肩が震えて、涙が滝のように出てきて・・・・。

670 ::2001/06/09(土) 00:21
え。公刊戦史に載ってないんスか……。
戦史叢書〜。(T_T)

666……203高地、フィート換算で666でしたか。……ロシア人も縁起悪いて思ったんですかね?

671 :名無し三等兵:2001/06/09(土) 00:29
>>653
写真どっかに落ちてないですかね?

672 :名無し屯田兵:2001/06/09(土) 05:55
 >655
 紛争地の真中で自分だけ風呂に入るようなヤツはゲリラに後頭部でも
狙撃されちゃいなさい。(映画スターリングラードネタ)

673 :名無し三等兵:2001/06/09(土) 09:56
>>652
くだらねえ軍事的センチメンタリズムだ!なにが「艦と運命を共にする」だ!
テメエを養成するのにいったい幾らの金と時間と手間が掛かったと思ってるんだ!
生きろ!生きて生き恥とともに戦え!

……とか思っても、その情景はやっぱり泣けるよな。

674 :名無し三等兵:2001/06/09(土) 10:48
>>652
軍人としては単なる自己満足と責任放棄

……とか思っても、その情景はやっぱり泣ける。

675 :名無し三等兵:2001/06/09(土) 11:50
口ではどんなに合理的な事言っても
そこで泣けちゃうのが、日本人。

おれ良かったなぁ、日本人で

676 :名無し三等兵:2001/06/09(土) 12:01
>>673
欧米ではその考えが常識らしい
複座の軍用機なんかでは、墜落の危険に陥ったら必ず先任者が脱出し、
残った方が最後まで最善を尽くす決まりになってるそうだ
何年か前、航空自衛隊の練習機が墜落して電線切った事故で
パイロットが二人とも殉職したことに、米軍のパイロットは
とても驚いたそうだが、俺は米軍が驚いたことに驚いた
ヤツらの合理主義って凄い・・・・

677 :名無し三等兵:2001/06/09(土) 12:16
>>676
そういえばあの事故もここにあげるにふさわしい出来事だったなあ。

二人のパイロットの死因は、
無理な態勢からの脱出で衝撃に身体が耐えられなかったことだそうだが
二人の命がけの操縦で、機体はなんとか河川敷に墜ち
死者は彼らだけで済んだということだ。

ジェット燃料積んだ飛行機が住宅地に墜ちればどんなに悲惨なことになるか、
そしてそのときの世間の冷たすぎる対応やらなんやらかんやら。
それらの選択に直面して、死の恐怖よりも「なすべきこと」を貫くことを優先できた。

自衛隊にも真の武人がいる、ということを俺は忘れない。
が、なんか趣旨違いくさいんでsage

678 :名無し三等兵:2001/06/09(土) 12:23
俺も以前は生き恥をさらしても戦えと思っていたし、
「陛下からお預かりした兵器を無くし、赤子を死なせた上に負けてしまった」
責任が自決に行きつくのを若干違和感持っていたのよ。

でも、「陛下からお預かりした」を「日本から預かった」と意訳すると艦長達の行動も分かるかな。
裕福な社会とは言えないのに皆が必死に働いた税金と献金で軍艦を作り、
沢山の青年を親元から引き離して訓練を施し、その全てが揃ってこそ生存できる艦長の立場があり、
それらを無くしてどうして地に立っていらりょうか。
「国民はやるべき事を成し遂げ、装備を我々に与えてくれた。
 だが私は職務をまっとうできなかった。みんなすまない」
沈んでいく艦長の心境とは多かれ少なかれこれではなかったかと。
そしてこれは陸軍でも同じだったのではと。

679 :名無し三等兵:2001/06/09(土) 12:26
>>676,677
まだ出てなかったんだね。
偶然にも数日前、その事故を思い出したのだが。

確か亡くなったお二人ともベテランで、あそこに落とすこと自体の技量が
すごいものだったと他所で聞いたことがある。

当時、某「民主」団体はあの事件をネタに訓練に反対するキャンペーンは
ってたなぁ。

680 :名無し三等兵:2001/06/09(土) 12:35
>「陛下からお預かりした」を「日本から預かった」と意訳すると(以下略)
明治まではそれでも良かったんだけどね。
総力戦の時代では完全に時代遅れ。「戦車と共に」「戦闘機で特攻」で貴重な
人材が払底し戦況がどうなったか・・・
欧州に出兵して「第一次大戦」でも経験していればねえ。

とは言ってもやはり泣けるが。

681 :名無し三等兵:2001/06/09(土) 13:06
>>665
不覚にも勃ちながら泣きました

682 :名無し三等兵:2001/06/09(土) 13:29
>>677
同感。
舵の利かない飛行機を必死に操った二人を考えると泣ける。
住宅地に落としてしまったら『パパママばいばい』だし。
あれが最新機のエジェクションシートだったら助かったのかもなあ。

当日のニュースステーションに出てきたコメンテーターが、
「二人の英雄的行動を誉めるべき!」って断言していたのが印象深かった。

ついでに、雲仙のバートル不時着シーンも思い出した。
かっこよかったな、あのパイロット。

683 :名無し三等兵:2001/06/09(土) 13:49
>>682
雲仙のバートル不時着と言うと、慌てて外に飛び出そうとする記者を身体で制し
「マスコミ待て。ローターが回っている間は待て」と一喝した人のこと?
そしてパイロットに確認取った後に皆を引率したんだよね。

684 :630:2001/06/09(土) 19:08
age.

685 :名無しさん:2001/06/09(土) 19:38
ずいぶん前に、アメリカでホームステイしました。
その時のホストの翁が、もとアメリカ海軍のパイロットでF6F(だったかな?)にのっていたらしい。自分も太平洋戦争のことは勉強したり、祖父が海軍出身だったからいろいろ話を聞いていたのでずいぶん話が盛り上がりました。こっちがいろいろアメリカの提督の名前、ミッチャー、ハルゼー、、、とかいろいろ挙げるとたいそう喜んでね・・・、当時の写真を見せてくれたり、話をしてくれたり貴重な体験をしたよ。彼もいろいろ知ってて、山本、トージョー、ヒロヒト、さらにはトーゴーもしってたよ。なんでも当時のアメリカ海軍の中で日本海軍の存在は大変大きかったらしく、中でも世界三大海戦のひとつにあげられる日本海海戦の主役である東郷は、当時でも有名だったらしい。
彼は、空母にも乗ってたらしくて、相当修羅場をくぐったみたいだった。ずっと戦場にいたわけではないらしいが、太平洋戦争全体を通して日本と戦ったらしい。ゼロ戦とも戦ったし、神風にも遭遇したらしい。彼の友達は何人か死んだらしいね、ゼロ戦に撃墜されて。それでも彼は全く反日的ではなく、むしろ強敵、日本海軍に勝ったという誇りをすごく大切に持っていた。やはり、極限の修羅場をくぐり抜けた強者は、お互い国のために死力を尽くした相手に対して敬意を払えるみたいだね。もちろんアメリカは正義のために戦ったということを前提に話はされていた。戦争後半は、かなり楽になったらしいけど、初期、中盤にかけては、向こうの航空隊の中でも相当危機感が高かったらしい。
翁はとても自動車好きで、やはり日本とドイツはいい車を作るな!!って感心してたよ。本田のシビックが最初にアメリカに上陸したとき、当時の世論は所詮安物の車という見方しかしてなかったが、彼は、日本の車がアメ車に対抗できると予感したらしい。ちなみに彼の当時の愛車はフォードとTOYOTA。TOYOTAは燃費がずば抜けてよく、無駄のない美しいデザインだ、って誉めてたよ。なんとなくゼロ戦に通じるところがあるってちょっと感じたのを覚えてる。ゼロ戦も航続距離長かったんだよね。デザインもいいし。
とにかく彼にはほんとよくしてもらいました。航空博物館にはよく連れて行ってもらったし、自分のことをゼロの息子が日本からやってきた(そんな感じのニュアンス)って言ってくれてたいそうかわいがってくれました。
彼は数年前に病気で他界しましたが、生前にうちの祖父と一度でいいからあわせてあげたかった。

泣ける話ではありませんが、ちょっとしたお茶の間話です。

686 :単なる歴史好き:2001/06/09(土) 20:23

 君のため 散れと育てた 花なれど

  嵐の跡の 庭の寂しき

靖国神社の遊就館で見つけた詩です。印象に残っていたので紹介します。
日本人らしい慎ましやかな感情表現が却って深い悲しみを表しています。

687 ::2001/06/09(土) 21:25
687君がうらやましいよ。 でも僕も元一式陸攻の
パイロットとメールしちゃったり、手紙もらったりして
大感激、宝物です。

688 :第八艦隊司令長官補佐役:2001/06/09(土) 22:11
彼らの玉砕などをバカらしいと考える人も多いだろう。
確かに特攻など馬鹿げている!!!!断言できる。
しかし、それは今の考えだ。当時の状況を考えれば、彼らは
義務を果たした。そう思う。
ここを自分が一歩引けば、後方の愛する妻や子供、友人が
何人死ぬだろう?自分ひとりが死んで彼らが100人助かるのなら
自分はここで一歩も引かず矢尽き、刃折れても最期までよろこんで
戦おう。  そう思ったのではないか?
バカらしいと思うなら、当時の状況を考えて言え。

689 :名無し三等兵:2001/06/09(土) 22:16
あのー、存在しない人間に対して話すのやめてくれます?

690 :名無し三等兵:2001/06/09(土) 22:29
知覧に行ったとき,特攻隊員の遺書があったのだが
宮城出身の兵士が,義理の母親を最後の遺書で
「おかあさん,おかあさん,おかあさん」
と叫ぶところを見た時,涙があふれてきた

691 :nanasi:2001/06/09(土) 22:30
B25にやられて転覆した海防艦1号にしがみ付いてる
乗員の写真を見ると泣ける。

692 :名無し三等兵:2001/06/09(土) 22:34
俺が泣いたのは、玉砕した兵士達の死体の山を
米軍のドーザがまとめて大きな穴に捨ててる写真

あの戦死者一人一人が人生を背負ってたと思うと・・・・

693 :名無し三等兵:2001/06/09(土) 22:38
>>690
120に全文があった(恥)。
久しぶりにみたらまたもや涙腺が

694 ::2001/06/09(土) 22:47
知覧だったかな遺書の一部に女なんて知りません
て文章が妙に堪えました。 私なんて・・・

695 ::2001/06/12(火) 00:33
まだありそうですな・・

696 :名無し三等兵:2001/06/12(火) 07:53
泣けるぜ。

697 :名無し三等兵:2001/06/14(木) 01:00
うぐぅ・・!もっと下さい!!
松のお話は?友永大尉は?

698 :名無し三等兵:2001/06/14(木) 01:07
勝手に泣いてろよ。
不感症共め。

実人生で泣けないんだろ?
鑞人形共め。

目の前の問題は見てみぬふりなんだろ?
ナルシスト。

お前らなんでもスクリーン越しで見過ぎなんだよ。
覗き屋共め。

699 :名無し三等兵:2001/06/14(木) 01:12
>>691
同意。
初めてその写真を見た本には
「必死に艦腹にしがみつき、あるいは波間に漂う将兵。生存者は一人もいない・・・。」
と書いてあり、いたたまれない気持ちになった。
遺族の人はもっとたまらないだろう。

700 :名無し三等兵 :2001/06/14(木) 01:13
お前が不感症だ。
ついでに言うとだな、ナルシストって語の使い方間違ってるぞ。

701 :名無し三等兵:2001/06/14(木) 09:09
泣くぜ

702 :名無し三等兵:2001/06/14(木) 10:36
>>700
申し訳ないが、無視するようにしてくれ。きりが無いんだ。

703 ::2001/06/14(木) 20:04
多摩は生存者なし・・・出撃前に下りた人の
手記などないのかな、あまりにも寂しいよ。

704 :名無し三等兵:2001/06/14(木) 20:52
私の母には父親がおりません。祖父は戦争で亡くなりました。
60歳を過ぎた今でも、戦争関連の書物、番組、映画を一切見ようとしません。
母方の祖母も昔話は色々してくれましたが、戦争の話には触れません。
神経質なまでに戦争を意識し、親子喧嘩で口論等になると、
「父親がいるあんたにはわからないわよ」と娘に叫ぶ母を、
いつまでも大人になりきれない幼稚なところのある人として見ていましたが、
こちらのスレを今日拝見して、母に詫びたい気持ちになりました。
母に言うことはないでしょうが・・・。お母さん、ごめん。

705 ::2001/06/14(木) 21:24
わかる、女性は完全否定でしょうね。 男同士だと少し兵士の気持ちも
分かる様な気がする。 ただ、そういう先人の苦労は、皆で語り継ぎましょ
男が本当に、男だった時代の事をね。(最近気に入ってる言葉です。)

706 :ぷー☆:2001/06/14(木) 21:32
このスレを読んで泣いています。
ここだけは、荒らして欲しくない・・・。

先人達に誇れるような国にしたいものです・・・。

707 :666:2001/06/14(木) 21:36
>>705
激しく同意。こうやって語り継いでいくことが、戦火に散っていった
人々への何よりの供養になると思います。
その意味で、「辛い体験は語りたくない」という姿勢にはちょっと
納得し難い(理解は出来ます、じゅーぶんにできます!)。
>704さん、靖国神社か最寄の護国神社に、是非とも行って見てください。
親御さんが語られたくないなら、あなた自身の目で確かめてみる
べきだと思います。

708 ::2001/06/14(木) 23:25
格好つけるようだけど、結局、男にしかわからんのよね・・・
女性は戦禍でずーっと泣かされてきたしね。 男はよわいだなんだ
いっても、いざとなれば結構やる。そーゆうDNAがあるのかも知れんね。
闘争本能DNA

709 :名無し三等兵 :2001/06/15(金) 02:30
>>677
俺はその事件があった時、シンガポールにいた。
Singaporeの高級紙 Strait Timesは一面ではなかったが
見開き二面を使って写真入りで事件を詳細に報じていた。
特組み活字の表題は「Hero!」だった。
日本の新聞はどうだっただろうか?

710 :名無し三等兵:2001/06/15(金) 02:33
微妙な報じ方だったなぁ・・・。

軍事アナリストは誉めてたが、送電線切ったのがマイナスになったと思う。

711 :名無し三等兵:2001/06/15(金) 03:03
>>710
送電についての知識は無いのですが、当時の報道によると本来1ヶ所の
線が切れても送電には影響が無いように送電線を張るはずが、東京電力
がアホな送電線の張り方してたので1ヶ所の切断で大停電になったそう
です。

たまたま落雷とか整備ミスとかでその事が露呈する前に飛行機が当たっ
たので、本来美談になるべき事をしたのに非難されてしまったパイロッ
ト達の事を考えると泣けますね…


そういえば台湾には大戦中パラシュートで脱出できたのに市街地を避け
るためにあえて機と運命を共にした日本人パイロットをまつった廟があ
るそうです。ガイシュツっぽいですが。

712 :名無し三等兵:2001/06/15(金) 03:22
>>704
自分は祖父と叔父が満州で戦死した上でレスしますけど、
>「父親がいるあんたにはわからないわよ」
この発言はおかしいorひどい.ててなし子は今の世でもごまんと
いるし.それにそれを娘に言ってもどうしようもないと思いますが.

713 :>712:2001/06/15(金) 03:51
あそ。

714 :海の人:2001/06/15(金) 08:41
 そういえば米国の州空軍だったと思うのですが、普通ならエンジントラブルでとっとと
ベイルアウトするところ、市街地や学校が近傍にあるため最後の瞬間まで機体を操縦し
無事に学校をそれて墜落させたパイロットを称える行事を、そこの学校の生徒が開いて
いるという映像を見たことがあるのですが。
 根本的に「事故はいつかは起こるもんで、肝心なのは事故にあったときにどのように
対処するかである」という考え方と「とにかく事故はいかん、『事故』と口に出すことも
いかん、事故なんてあってはいけないんだ」という幼稚な考え方の差のような気がした
のを思い出してしまいました。

715 :海の人:2001/06/15(金) 08:42
 あぁごめんなさい、すれ違いなのにあげてしまいましたm(__;)m

716 :名無し三等兵:2001/06/15(金) 08:49
>>714
あげたさげたはどうとして内容には納得。
人間(に限らないかもしれないけど)土壇場で真価がわかるなぁ。

717 :在米者:2001/06/15(金) 13:15
>>716
>人間土壇場で真価がわかるなぁ。
本当にそうですね。

私は今、ここに居てこのスレと出会えた事は何かの縁だと思ってます。
「男が本当に男だった時代」の世代にあたる祖父は
口数は少ないけれど、強さをいつも感じさせてくれる人です。
あぁ・・久しぶりに実家の帰って、祖父と話がしたいなぁ。
私はいつも日本に居る時、何かに護られているような気分になります。
何故そう感じるのか氷解しました。

718 ::2001/06/15(金) 21:01
被弾した機体を市街地まで、やっぱり男ですね
それに比べてハイジャックの西山は、何て情けない男なんでしょうね。
彼は航空マニアでありながら、これらの涙ぐましい話を知らなかったのか?
とにかく情けない。

719 :名無し三等兵:2001/06/15(金) 21:24
 僕の父、叔母は満州で生まれ、ロシアが侵攻して来た時、幼かった叔母、父を連れて
命からがら逃げて来たそうです。祖父は軍属としてどこかの研究所で働いていて、日本
に帰ってから再開したみたいだけれど、祖父いなくして祖母が日本に子供二人を連れ
帰った苦労は計り知れませんし、今の自分があるのだとして感謝の念で一杯です。
 ただ、戦争についてこちらから聞いたのは一度もありません。子供の頃からTV等で
当時の戦争の映像が流れる度に涙を流し、聞くまでも無くポツリポツリと語ってくれ
た話が余りにも痛々しくそれ以上は聞けないと感じたからです。逃げるにあたって
青酸カリを持っていた事、財産を全て捨てて開拓地から逃げてきたことなど。
 戦争を経験したことが無い日本人でも、誰もがあの戦争を経験した先祖を持つのだか
らこういう体験談は全ての家庭にあると思います。そういう話を噛み締めて今後生きて
いく糧にしたいものです。

720 ::2001/06/15(金) 21:47
私は米国よりも、露助に言いようの無い怒りを感じる。
終戦前日の侵略行為、シベリア抑留等々。 残りの艦艇、航空機
すべて満州、北方に向けてやればよかったんだと。 あと丹沢であった
おじいさんは、イギリス兵が、一番残酷だったと語ってくれたよ。

721 ::2001/06/15(金) 23:44
今夜は靖国のお守りを懐にして寝ます。

722 :名無し三等兵:2001/06/15(金) 23:48
くらいぞ

723 :たまには笑える話をくれよ:2001/06/16(土) 00:07
旧ソ連の、空挺一個師団、「きょうは積雪してるからと」雪原にパラシュートをつけず降下。
全滅の類さ

724 :名無し三等兵:2001/06/16(土) 00:13
>>732
気持ちは解るが、スレ違いと思われ(藁

725 :724:2001/06/16(土) 00:17
スマヌ、>>723 の間違いであった。
打つ堕市脳。

726 :名無し三等兵:2001/06/16(土) 01:23
初めてですが、一気にすべて読み終えたところです。
この種の話は、映画もそうですが、やはり敗戦国に泣けるものが
多いですね。
ここは素晴らしいところです。永く留めましょう。

727 :名無し三等兵:2001/06/16(土) 01:25
>>723

そ、それ、ホントの話? 信じられない・・・。

728 :名無し三等兵:2001/06/16(土) 04:02
泣けます

729 :でじこ:2001/06/16(土) 06:32
食べ物板に『食べ物にまつわる思い出』スレが泣けると評判だったが、なんとも思わなかった。

2chで、いや、ネットでマジ泣きしたのはココが初めてだよ。

730 :名無し三等兵:2001/06/16(土) 07:35
>>729

食べ物板の泣ける話はぬる過ぎる。
女の腐ったような暇な話ばっかりだ。

中にはイイのもあるけどね

731 :名無し三等兵:2001/06/16(土) 15:42
あげ!

732 :名無し三等兵:2001/06/16(土) 15:54
>>730

女が腐ると旨そうだが。

733 :名無し三等兵:2001/06/16(土) 17:36
 がいしゅつだったらすみません。

 なつかしい静(しい)ちゃん!
 おわかれの時がきました。兄ちゃんはいよ/\出げきします。
この手紙がとどくころは、沖なは(縄)の海に散ってゐます。
 思ひがけない父、母の死で、幼ない静ちゃんを一人のこして
いくのは、とてもかなしいのですが、ゆるして下さい。
 兄ちゃんのかたみとして静ちゃんの名であづけてゐたいうびん
(郵便)通帳とハンコ、これは静ちゃんが女学校に上るときにつ
かつて下さい。時計と軍刀も送ります。これも木下のをぢさんに
たのんで、売ってお金にかへなさい。兄ちゃんのかたみなどより、
これからの静ちゃんの人生のはうが大じなのです。
 もうプロペラがまはつてゐます。さあ、出げきです。ではお兄
ちゃんは征きます。泣くなよ静ちゃん。がんばれ!

 神坂次郎「今日われ生きてあり」より

734 ::2001/06/16(土) 19:18
733書きっぱなしはイカン、この文面だと彼は
助かったのか? だから生きてありなのか?

735 :名無し:2001/06/16(土) 20:51
佐久間艇長の遺書は、教科書で国民に伝えるべきである。
日本人が忘れては恥である。
共同体の発展のために犠牲になった多くの同胞を忘れてはならない。

736 :名無し三等兵:2001/06/16(土) 21:09
>>735
世界の潜水艦技術者は彼らに感謝すべきであると思う。

737 :733:2001/06/16(土) 22:09
>734さん
 ご指摘の段御尤もです。以下補足。

 特攻隊員大石清は昭和20年3月13日の大阪空襲で父を失い、
続いて重病の母の死を知った。小学生の妹(静恵)ひとりが
残されて、伯父の許に引き取られていた。先の文章(733)は
彼が妹に宛てて書いた遺書である。5月20日に鹿児島?の万世
(ばんせ)基地に到着、その後数日を置かずして突入、散華。
 妹の作った特攻人形を「突入の際怖がると可哀相だから」と
言って、あたかもおんぶするが如く背中に吊っていたという。

 なお神坂次郎というのは著者(取材者)の名である。生き残
ってしまった特攻隊員だそうで。以上余談。

738 ::2001/06/17(日) 02:19
737、そうかかえすがえす残念でしたな。 日米共にあまりにもかけがえのない
ひとを多数失ってしまった・・・ 戦後の日米を冷静に見て、何か間違ってないか
とひとり考えてしまう。 彼らが生きていたら、両国のありようも、もっと違っていた
のかもしれん・・・と妄想してしまいます。 嗚呼合掌。

739 :名無し三等兵:2001/06/17(日) 07:37
737さんに補足します。涙が止まりません。

大石清伍長「妹への手紙」

 静(せい)ちやん お便りありがたう。何べんも何べんも読みました。お送り
したお金、こんなに喜んでもらへるとは思ひませんでした。神だな(棚)などに
供へなくてもよいから、必要なものは何でも買つて、つかつて下さい。兄ちやん
の給料はうんとありますし、隊にゐるとお金を使ふこともありませんから、これ
からも静ちやんのサイフが空つぽにならない様、毎月送ります。では元気で、
をぢさん、をばさんによろしく。

兄ちやんより

このあとが737で紹介された遺書です。

740 :名無し三等兵:2001/06/17(日) 07:39
上の遺書を託された兵からの手紙

大野沢威徳からの手紙(万世基地にて)

 大石静恵ちやん、突然、見知らぬ者からの手紙でおどろかれたことと
思ひます。わたしは大石伍長どのの飛行機がかりの兵隊です。伍長どの
は今日、みごとに出げき(撃)されました。そのとき、このお手紙を
わたしにあづけて行かれました。おとどけいたします。

 伍長どのは、静恵ちやんのつくつたにんぎやう(特攻人形)を大へん
だいじにしてをられました。いつも、その小さなにんぎやうを飛行服の
背中につつてをられました。ほかの飛行兵の人は、みんなこし(腰)や
落下さん(傘)のバクタイ(縛帯)の胸にぶらさげてゐるのですが、
伍長どのは、突入する時にんぎやうが怖がると可哀さうと言つておんぶ
でもするやうに背中につつてをられました。飛行機にのるため走つて
行かれる時など、そのにんぎやうがゆらゆらとすがりつくやうにゆれて、
うしろからでも一目で、あれが伍長どのとすぐにわかりました。

 伍長どのは、いつも静恵ちやんといつしよに居るつもりだつたのでせう。
同行二人・・・・仏さまのことばで、さう言ひます。苦しいときも、
さびしいときも、ひとりぽつちではない。いつも仏さまがそばにゐて
はげましてくださる。伍長どのの仏さまは、きつと静恵ちやんだつたの
でせう。けれど、今日からは伍長どのが静恵ちやんの”仏さま”になつて、
いつも見てゐてくださることゝ思ひます。

 伍長どのは勇かんに敵の空母に体当たりされました。静恵ちやんも、
りつぱな兄さんに負けないやう、元気を出してべんきやうしてください。

さやうなら

741 :名無し三等兵:2001/06/17(日) 08:31
うおおおお
我ら、戦争を知らず戦史を教えられず育った世代
には、むしろ新鮮な驚きを感じる!
なんなんだ、この高潔な人たちは!
これは絶対後世に伝えなくてはならない。
それが、我々の新使命ではないかとおもう。

742 :名無し三等兵:2001/06/17(日) 09:44
茂木三郎少尉
「特攻出撃に際して」

福島県出身 予科練乙飛第18期生
神風特別攻撃隊第5神剣隊
昭和20年5月4日沖縄周辺にて特攻戦死 19歳

僕はもうお母さんの顔を見られなくなるかもしれない。
お母さん、よく顔を見せてください。
しかし、僕は何んにも「カタミ」を残したくないんです。
十年も二十年も過ぎてから「カタミ」を見てお母さんを泣かせるからです。
お母さん、僕が郡山を去る日、自分の家の上空を飛びます。
それが僕の別れのあいさつです。

743 :名無し三等兵:2001/06/17(日) 10:57
19歳って・・・絶句。。。

744 :・・・:2001/06/17(日) 14:25
八月十五日も
もうすぐですね

745 :名無し三等兵:2001/06/17(日) 16:58
既婚女性板にここが貼ってあって、とんできました。
1から読んできましたが本当に泣けました。
それにしても、その既婚女性板に立ってるここのスレに対する
レスが酷い。読むの疲れるとかしんどいとか・・・。
自分の夫と同じような年齢の男性が、妻子にあてた遺書など
読んだら、そんなこと言えないのに!
亡くなった人たちに申し訳ないです。

746 :名無し三等兵:2001/06/17(日) 17:44
泣けないのか・・・。
そりゃ人間ですか?

747 :名無し三等兵:2001/06/17(日) 18:43
俺は「鬱」になった時にココを見るんだよね。
鬱は治らなくても「死のうかな?」とか言う考えが無くなるよ。むしろ「いずれ死ぬなら
せめて・・」と思うようになる。鬱でヘコんで生きてる事を見失う自分が恥ずかしくなる。

いつもいつも、ここに泣ける話を書いてくれる人達にも感謝です。
心無いレスをする人も居ますが、これを読んで少し考えを改めてる人もここに居るんで。

748 :巡洋戦艦フッド:2001/06/17(日) 18:59
「ただカワイソウ、でも日本が侵略したから仕方がない・・・」

とか思ってる厨房ども多数の女性板にココを貼らないで欲しい。
単なる「いい話」その類ではなく、我々が彼らに与える最大限の『名誉』と『感謝』である。
雑念混じりの同情でこういうのを見て欲しくない

749 :名無し三等兵:2001/06/17(日) 19:00
ていうかスレ自体にイデオロギーを持ち込まないようにね(はあと

750 :でじこ:2001/06/17(日) 19:03
>>748
強制するのは良くないよ
でもまぁ確かに単なる泣けるいい話感覚で聞く内容ではないなぁー
そういう目的なら食べ物にまつわる思い出が良いと思ふ

751 :でじこ:2001/06/17(日) 19:06
そういや関係ないけど
今日、靖国でタバコポイ棄てしてる茶髪ドキュソがいたな。罰当たりめ。
もちろん注意したが、逆切れされた(;´Д`)

752 :名無し三等兵:2001/06/17(日) 19:22
こんな悲劇が二度と起こらないように憲法第9条を守りましょう。
かれらは靖国に祭られるために生まれて、そして死んだわけじゃないんですから。

萩尾望都の「エッグスタンド」の中のセリフを思い出した。
主人公の男が(戦争の中で少年が狂っていくのを見て)
「僕が戦うのは君のような子供が学校で学ぶために、妻と生まれてくる子のために
と考えていた。ちがうんだ・・・・戦争が始まったら全てが終わりなんだ!」

753 :海の人:2001/06/17(日) 19:37
>>748
 印象だけで不特定多数を一括りに決めつけるのはよしましょうよ。
 そもそも、ここで語られている話中の方々にとっても>>751ででじこさん
が見たような連中ですら平穏に暮らしていけるような、あるいは何かの概念が
先にあって考えが後からついてくるのではなく、みんなが自由にものを考え
言葉にすることができるような、そんな日本国こそが望みであったわけ
なんですし。

 良識もて拝聴するためには、空虚な偶像化に惑わされることなく、仰る
ような我々一人一人の心の中での感謝の念をもって接することが大切ですね。

754 :アリスファイナルライブ:2001/06/17(日) 19:45
「マスコミが理解でけへんでもかまへんのや!
 こんなもんは俺らがやりたいからやる
 もうそれしかないし・・・・
 別にあの、解ってもらえへん人には
 解ってもらえんでもエエと思う!
 キミらには多分解るやろと思う!
 キミらには多分解るやろと思う!」

755 :名無し三等兵:2001/06/17(日) 20:21
滅私奉公に徹し祖国の不滅を信じて逝った英霊達へ
合掌だ!!!
このスレを見て泣かぬ者は本当に人か?問いたくなる

756 :名無し三等兵:2001/06/17(日) 21:12
そこらへんは人それぞれ。
泣くだけでは意味ないし、
まして彼らは後世の人々に泣いてもらうために生きたのではない。

泣かない人間を非難する前に、自らの涙に恥じぬ振る舞いをせよ。

757 :名無し三等兵:2001/06/17(日) 22:30
>>756
おお!!これまた泣かせるセリフだぜ!
貴公の言葉は、特攻隊の英霊に恥じぬ。

758 :フッド:2001/06/17(日) 22:38
>>753

了解しました。お騒がせしてスミマセン。
先日、沢山の遺書を読む機会があって、ちょっと熱くなってました。

ごめんなさい

759 :名無し三等兵:2001/06/17(日) 22:43
>>756
確かに。このスレの第2段が出来たときには、この言葉を冒頭に掲げていただきたい。切に望む。

760 ::2001/06/17(日) 23:19
生き残った、腰抜け将校など許せない。
いまの社会も老害があるぞ。

761 :名無し三等兵:2001/06/18(月) 00:29
すばらしい、スレです。
ずーーっと続いてほしい。
今まで、ロムっていたのですが、つい一言。
「聞け、わだつみの声」とか、「海ゆかば」(うろ覚え)読んだのですが、
本がないから紹介できません。それにこれらは有名だからあがりやすいですよね。

それで、思い出したのがミッドウェイ海戦の時の日本側戦死者・アメリカ側戦死者
双方の遺書はもちろん、その後の遺族を追跡取材したノンフィクションが
あるのですが、どなたかご存知でしょうか?
タイトルを忘れてしまいました。

めちゃ泣けます。ほとんどが19才どころか、17才ぐらいで中には15・16才
の子もいました。

762 :名無し三等兵:2001/06/18(月) 02:31
>>748
訂正しておいでの後に申し訳ありません。
こうやって大切な人に守って頂いたのも女性ならば、
大切な人を失ったのもまた、女性です。
大義名分なく、手紙を受け取って理不尽に泣いたのもまた、女性。
生きて残ることにどれだけの思いがあったかと思うと、心が痛みます。
私達の家族に、子孫に、このような目に合わせてはならない、
本当にそう思います。

763 :名無し三等兵:2001/06/18(月) 15:23
>>120

著書「知覧特別攻撃隊」より。

遺書
-------------------------------------------------------------------
母を慕いて

母上お元気ですか
永い間本当に有難うございました
我六歳の時より育て下されし母
継母とは言え世の此の種の女にある如き
不祥事は一度たりとてなく
慈しみ育て下されし母
有り難い母 尊い母

俺は幸福だった
遂に最後迄「お母さん」と呼ばざりし俺
幾度か思い切って呼ばんとしたが
何と意志薄弱な俺だったろう
母上お許し下さい
さぞ淋しかったでしょう
今こそ大声で呼ばして頂きます
お母さん お母さん お母さんと

                 相花信夫 少尉 第七十七振武隊
                 昭和二十年五月四日出撃戦死 十八歳
--------------------------------------------------------------------


泣ける・・・

764 :名無し三等兵:2001/06/18(月) 17:33
宮川三郎軍曹は出撃の前夜、わたしのところにあいさつに来られ、「明日
わたしは沖縄に行き、敵艦をやっつけてくるから、帰ってきたときには、宮川、
かえって来たかと喜んでください」と言うので、「どんなにして帰ってくるの?」
と尋ねたら、「ホタルになって帰ってくる」と言うのです。そしたら、約束の時
間にホタルがやってきたんです。富屋食堂の裏に小川が流れていたのです
が、そこに、一匹の大きなホタルがやってきて、白い花にとまったのです。
本当に大きなホタルでした。思わずみんなに、「このホタルは宮川サブちゃ
んですよ」と言ったんです。そして、みんなでそのホタルを見ながら<同期
の桜>を歌いました。

「特攻の母」より

765 :サラリーマン:2001/06/18(月) 17:38
たかが10年の不況
リストラ程度で鬱になってた笑われるな。

さて、とっとと辞表出してこよっと。
死ぬわけでもねーし。何を悩んでたんだか俺は。

766 :名無し三等兵:2001/06/18(月) 19:26
>>751
そんな輩は殴ってヨシ。
・・・しかしあんた、言ってることとHNの差が・・・
まさか糞でじこスレ立てまくったのはあんたではないよね・・・??

767 :名無し三等兵:2001/06/18(月) 19:53
WW2の最中、連合国、枢軸国の両軍兵士に愛唱された
「リリー・マルレーン」の日本語訳。ちなみにリリー・マルレーンとは
女性の名。
「Lili Marleenn」(唱 マレーネ・ディートリッヒ)

#1
昔、兵舎の壁の門の傍に街灯があった。今もまだあるだろうか?
私達はまた会える。あの街灯の下で。あの頃のように、リリー・マルレーン

#2
二つの影が一つになり、誰の目にも恋人同士に映った。そしてまた
私達はあの街灯に下に立つ。あの頃のように、リリー・マルレーン

#3
衛兵が呼んでいる、ラッパが鳴り響く。急がなければ。戦友よ、私もすぐに行く。
どれほど貴女と一緒にいたかっただろう。でも私は別れを告げた。
貴女と共に、リリー・マルレーン

#4
君の足音も歩き方も、彼女は良く知っている。君と共に夜を明かし、私のことなど
忘れてしまう。もし私の身に何かがあったなら、誰があの街灯の元に立つのだろう。
貴女と共に、リリー・マルレーン

#5
静かなこの土の中から、貴女の優しい唇が夢のように私を抱き起こす。
夜霧がかかる頃に私はまた、あの街灯の下に立つ。
あの頃のように。リリー・マルレーン



戦場、それも最前線でこの歌を口ずさみながら戦っていた兵士の心情を
考えると、グッとくるものがあります。特に絶望的な状況下にあった
ドイツの兵士を思うとなおのこと・・・

768 :名無し三等兵:2001/06/18(月) 21:02
軍事板には珍しい名スレと思われ。よってageてもいいかなぁ?

769 :名無し三等兵:2001/06/18(月) 21:12
リリー・マルレーンは
ディートリヒじゃなくて
ララ・アンデルセンの持ち歌だろ。

770 :666:2001/06/18(月) 21:27
たまには日露戦争ネタで涙してみませんか?

明治37年、悪戦苦闘を極めた旅順戦で、第三軍司令官乃木希典大将は自身の二子をも失った。長男勝典は5月27日南山の戦闘で、次男保典は11月30日203高地の戦闘で、それぞれ戦死した。
保典戦死の報を聞いた乃木は、
「よく死んでくれた。これで世間に対し申し訳が立つ。よく死んでくれた。」
と言ったという。
文豪森鴎外はこの時、第二軍の軍医部長として十里河の前線にあったが、保典少尉戦死の報を知り、二子共に喪った乃木の心中を悼んで長編の詩を作った。それは「乃木将軍」という題で彼の「うた日記」の中に収められたが、その中での圧巻だと噂されている。

つはものの    武勇なきには  あらねども
真鉄(まがね)なす べとんに投ぐる 人の肉(しし)
往くものは    生きて還らぬ  強襲の
鉾(ほこさき)を  しばし転じて  右手のかた
図上なる    標(しるし)のたかさ 二霊三
嶺(いただき)の  ふたつ聳ゆる  石やまに
たえだえの    望みのいとを  掛けてこそ
きのうけふ     軍の主力を  向けてしか

霜月の   三十日の    夕まぐれ
将軍は   高崎山の    師団より
ただ一騎  柳樹房なる   本営に
帰らんと  曲家屯をぞ   過ぎたまふ
ほの暗き  道のほとりを  見たまへば
身うち皆  血に塗れたる  卒ありて
そびらには はやこときれし 将校の
亡骸を   かきのせてこそ 立てりけれ

771 :666:2001/06/18(月) 21:27
汝は誰ぞ  そを何処にか  負ひてゆく
聞こし召せ 背負ひまつるは 奴わが
主と頼む  乃木将軍の   愛児なり
年老いし  将軍の家の   二人子
そのひとり 勝典ぬしは   いちはやく
南山に   討たれ給ひて 残れるは
おとうとの 保典のぬし  ひとりのみ
背負へるは その一人子の 亡骸ぞ

父君は   心ををしく    我が主をも
隊附の   ままにあらせて  討死の
身の果ては おのれと三人   葬りをば
ひと時に  営めと宣(の)り  給ひしを
人人の   強ひて料らひ   つるにより
さいつ頃  友安旅団の    副官に
職かはり  まだ程経ぬに   この朝開(あさけ)
あへなくも 空しき骸(から)と なりましぬ

果てましし 処は高地    二霊三
眼鏡もて  敵の備えを   望みます
うら若き  額(ぬか)のただ中 打ち貫かれ
ひと言を  宣給はん    ひまもなく
持口の   南の峯に    うせ給ふ
その骸を  奴背負ひて   此の村に
ありと聞く 野戦病院    たづぬれど
くるほしき 心からにや   たづねえず

かくいふを 駒をとどめて  聞きましし
将軍は   病院の旗    あるかたを
鞭あげて  彼方にこそと  さし給ふ
面ざしは  かはたれ時に  見えねども
目ざとくも 雲の絶間ゆ   覗ひし
さむ空に  まだ輝かぬ   冬の星
更闌けて  友なる星に   将軍の
睫毛だに  動かざりきと  語りけり


泣こうにも泣けない老将軍の心を察し、文豪が作った鎮魂歌であった。

772 ::2001/06/18(月) 22:28
764へ蛍になって帰ってくるか・・・そーいゃ靖国の鳩は、えらく低く
歩いてくる人々にむかって飛んでくるんだよ。 いつも、こいつら雷撃隊の
生まれ変わりか? ってぐらい少し恐いです。

773 :767:2001/06/18(月) 22:32
>>769
訂正すまんです。ってゆーか、マレーネの持ち歌だと思い込んでました
逝ってきま〜す。

774 :名無し三等兵:2001/06/18(月) 22:54
>>770
乃木ネタは泣けない。やめていただきたい。
むしろこいつらに殺されたも同様の日本兵に泣ける。
無益の殺生だ。

775 :666:2001/06/18(月) 23:08
>>774
それはまた度量の狭い・・・・。

776 ::2001/06/18(月) 23:22
旅順港の戦いの時って、紳士の時間? 敵味方が
慰問しあう時間が週一回あったって本当?

777 :名無し三等兵:2001/06/18(月) 23:27
>>776
ありゃ正式には戦死者を回収するための一時休戦
第1次大戦初期頃までは当たり前の光景
総力戦への移行に従って廃れた

778 :666:2001/06/18(月) 23:27
「週一回」あったかどうかは知りません。
ただ、敵味方の死傷者収容の為に一時休戦をしたときは、互いに酒を酌み交わしたり
談笑したりということは実際にあったそうです。
手榴弾の代わりにウイスキーや缶詰を投げあったこともあったとか。

779 :314:2001/06/18(月) 23:35
マターリしとるな。

780 ::2001/06/19(火) 00:29
そうか・・・兵士ひとりひとりに罪はなし・・・
為政者は皆クズ。

781 :ヤマト:2001/06/19(火) 01:06
長文になります。
「ホタル帰る」2001年5月28日第1刷発行
発行所 草思社 著者 赤羽礼子(旧姓 鳥浜) 石井宏 ヨリ
以下
第四五振武隊隊長、藤井一中尉は特攻出撃も終わりに近い五月二十八日、部下を率いて出撃、
還らぬ人となった。富屋を訪れたであろう藤井中尉について、トメは年長の物静かな人がいた
という以外にとくに印象がなかった。
戦後、藤井中尉にまつわる話を聞いたトメは涙が止まらなかった。
戦争が始まった頃、藤井中尉は少年飛行兵の教官に就任した。彼は自分にも厳しい人で、
戦争が激化し、かつての部下だった少年兵たちの戦死の報を聞くにつれ、
「おまえたちだけを死なせるわけにはいかん」が口癖になり、みずから特攻兵を志願した。
藤井中尉は年齢的にも若くなく、結婚してすでに二児があった。こうした年長で係累の多い
将校などの場合、特攻としては採用されないのが原則である。当然のように
藤井中尉の志願は却下された。しかし、「教え子が死んでくのに自分だけがおめおめと
生きているわけにはいかない」という彼の信念は変わらなかった。
妻は最初は反対したが、次第に夫の固い覚悟に押し切られるかたちになった。
夫は再度却下されると、今度は血書して願書を提出した。夫の決意の固さを知った妻は、
後顧の憂いを絶つために
昭和十九年十二月十五日、近くを流れる荒川に、二人の子を道連れに投身自殺した。
自分たちが生きていては心残りとなるでしょうから、お先に行って待っています、
という遺書が残されていた。
血書の願書に妻子の自殺―藤井中尉の特攻志願は受理された。十二月二十日のことであった。

合掌

782 ::2001/06/19(火) 02:10
ちょっと待ってくれ、そんな話が・・・それにくらべりゃ
宅間などゴミ以下。

783 :名無し三等兵 :2001/06/19(火) 05:50
一気に此処まで読んできて、涙が止まらん・・・

784 :名無し三等兵:2001/06/19(火) 18:26
>740様
今から死ににゆく、という者がここまで後に遺す者に
優しくなれるのは、自分の死が後に遺す者の生に繋がる
と信じる透き通った創造欲の故だと思う。

 それでも、後に残った私達は、本当は彼らに死んで欲
しくはなかったのですよ。若い者にも、老いたる者にも。

785 ::2001/06/20(水) 08:15
さがってるじゃないか!

786 :名無し三等兵:2001/06/20(水) 11:57
兎追いしかの山
小鮒釣りしかの川
夢は今もめぐりて
忘れがたき故郷


如何にいます父母
恙なしや友がき
雨に風につけても
思いいずる故郷


こころざしをはたして
いつの日にか帰らん
山はあおき故郷
水は清き故郷

787 :名無し三等兵:2001/06/20(水) 12:07
靖国神社にある「桜花」は泣けるねぇ。
夕昏の中を飛ぶ・・・。

788 :ななし:2001/06/20(水) 14:20
>>782

あれは、如何なる時代でも汚物です、
ここで語られている方達の例えに使う事は大きな冒涜です。
マリアナ海溝より深く反省して下さい。

789 :ななしさん:2001/06/20(水) 17:10
大泣きAGE

790 :名無し三等兵 :2001/06/20(水) 17:23
いい話や。

791 ::2001/06/20(水) 18:21
今日、国会で土井ババアと鳩山ジジイが靖国参拝にイチャモンを
つけていた、自分の政治的利益の為ならば何を言ってもいいのか?
宗教?、中国への配慮? 何か間違ってはいないか。 憤慨している。

792 :名無し三等兵:2001/06/21(木) 09:38
>>791
烈しく同意、age

793 :名無し三等兵 :2001/06/21(木) 12:57
特攻の父 海軍中将大西瀧治郎

特攻隊の英霊に申す 善く戦ひたり深謝す 最後の勝利を信じつつ
肉弾として散華せり 然れども其の信念は 遂に達成し得ざるに至れり
吾死を以って旧部下の英霊と其の遺族に謝せんとす

次に一般青壮年に告ぐ 我が死にして軽挙は利敵行為なるを思ひ
聖旨に副い奉り自重忍苦するの誠ともならば幸せなり
隠忍するとも日本人たるの矜持を失うことなかれ 諸子は国の宝なり
平和に処しなら猶克く 特攻精神を堅持し 日本民族の福祉と
世界人類平和の為 最善を尽くせよ

終戦の天皇放送の流れる直前まで無条件降伏に反対し、全軍特攻を
提唱し神州不滅を叫んでいた闘将とは思えないほどに、この遺書には
冷静な祈りが織り込まれています。
徹底抗戦の主張から一転し、軽挙をつつしめと。生き残った若者達には
「国の宝」と呼びかけ、日本の復興と世界平和の為に特攻隊のような
自己犠牲の精神を以って尽くせ、と願っています。

辞世 これでよし百万年の 昼寝かな
(神風特攻隊の現れるような民族が、そうやすやすと滅びるはずはない。
暴風の後にはより美しい月が洗い出されてくるのが悠久を貫く大自然の
すがた。しかし詫びねばならないことには詫びてゆく。死はいささか長い
昼寝にすぎない。)

昭和20年8月16日 自決

自ら「特攻は統率の外道」と称していた大西中将。彼の死を聞いた海軍
関係者は誰も驚かなかった。
「大西はたとえ戦争に勝ったとしても、腹を切っただろう」

794 :名無し:2001/06/21(木) 15:15
どんな理由であれ戦争はいかん。絶対にしちゃいけない。
ここまで読んで思ったのはただこれだけ。

795 :名無し三等兵 :2001/06/21(木) 18:53
>>794
戦争が

796 ::2001/06/21(木) 20:49
794、それは言えている。 それが亡くなった方全ての望みだ。
ただ、やられっぱなし、と言うのは違うと思います。

797 :名無し三等兵:2001/06/21(木) 20:52
うんとね、党首討論における土井党首の主張(毎日)

日本で国立墓地がないのか、という問題になる。
外国の方々の対し千鳥ヶ淵がそうだと言えるようにならなければ。

新聞ぐらい読みませうね。

798 :名無し三等兵:2001/06/21(木) 21:04
両方、お参りすればいいぢゃん>靖国神社、千鳥が渕

799 :名無し三等兵:2001/06/21(木) 21:05
靖国の問題についてはこのスレでも、別スレでもがいしゅつ。

800 :名無し三等兵:2001/06/21(木) 22:45
 千鳥ヶ淵か・・
”一筆啓上 瀬島中佐殿”を一読されよ
 部下たちを特攻戦死させて生き長らえた
作戦指導者たちの贖罪と称し
美辞麗句を並び立てた自己免責の
欺瞞に満ちた慰霊祭・・
これでは英霊は哀れな犠牲者に
すぎなくなってしまう・・(;。;)

801 :名無し三等兵:2001/06/21(木) 23:57
おい!
をれの大好きなスレが下がってるじゃないかぁ!!

802 :名無し三等兵:2001/06/22(金) 09:33
あげとくz!!

803 :名無し三等兵 :2001/06/22(金) 11:34
ゴルァ!濱ァ!
屑の比較対に英霊を使った事に対してちゃんと詫びろ!

804 :314:2001/06/22(金) 22:20
俺の母親はガキのころ進駐軍の戦車(シャーマンだろな)を
見て、死ぬほど怖かったと言ってた。
幼少期のスリコミだろうか、
うちでは今でもアメリカマンセーだ。(w

805 :314:2001/06/22(金) 22:21
スマソ
泣ける話じゃなかった。
継続sage

806 ::2001/06/22(金) 22:29
シニマス。

807 :名無し三等兵 :2001/06/22(金) 22:50
>>806
いやいや濱氏。貴殿がキチガイを比較対照に扱ったのは
失言の部類にはいるとおもわれますが、私は貴殿の英霊を
たたえる気持ちは本当だとおもいます。
そう気になさらないで・・・

808 :名無し三等兵:2001/06/23(土) 09:24
濱さんや
このスレに出てくるエピソード読んでる貴殿が
そう簡単に「シニマス」なんて言っていいのかい?
英霊はどんな気持ちで命を国に奉げた?

809 :名無し三等兵:2001/06/23(土) 17:32
・・うむ!軽く流した感じであろうが
少々軽率かと思ふ。
がしかし 誇りと気概を貫かれよ
濱殿!応援しとりますぞ!

810 :名無し三等兵:2001/06/23(土) 20:44
そういえば,知覧基地で特攻隊員の母と呼ばれたトメさんが朝鮮出身の隊員の話をしているVTRがあった。
「私は明日出撃します。最後に私の古里の歌を歌います」といってアリランを絶唱したという内容だった。

811 :名無し三等兵 :2001/06/23(土) 22:24
ヤスクニノ ミヤニミタマハ
シズマルモ
ヲリヲリカエレ ハハノユメジヘ

812 :名無し三等兵:2001/06/23(土) 22:28
>>808
そりゃ彼らと濱さんの価値観の違いだべや。
おいらは「英霊」「捧げた」って言葉を使って濱さんをたしなめる
君のほうにちょっとだけ違和感を感じるよ。

813 ::2001/06/23(土) 22:34
ま・ま。 どうぞ続けて下さい。 私は石ころの様なモノ
皆さんの話を聞きたい。

814 :兵隊やくざ:2001/06/23(土) 22:40
諸君、これ等のことを後世に伝えるのは2次的な使命だぞ。
先ずは今の世の中で、とにかく良い事をすることが第一だ。
云っておくが、右翼な思想に被れろということではない。
死んだ人たちに恥ずかしくないように生きろ、と言うことだ。

815 :名無し三等兵 :2001/06/23(土) 22:47
先日の話なのですが、駅の階段で見知らぬお婆さんの荷物を
持って登りました。あの乳母車みたいなやつです。
ちょっと恥ずかしかったけど、自然にそのような行動に出てしまい
ました。20年以上生きてきて、こんな事は初めてです。
他人の目から見たら、偽善行為にとらえられたかもしれませんが
別にどうおもわれようがかまいません。
このスレをひととおり読んで、お年寄りに対する気持ちが変わった
のは確かです。なにせ未曾有の国難の時代に生きてきた、根性の塊
たちなのですから。

816 :名無し三等兵:2001/06/23(土) 23:50
ナケタ
>>1
>>2
>>8
>>33
>>71
>>88
>>101
>>120
>>200
>>201
>>447
>>463
>>447
>>516
>>584
>>625
>>686
>>737 >>733 >>739-740
>>781

>>756


ワラタ>>585-586

817 :名無し三等兵:2001/06/24(日) 01:43
海軍大尉 安達 卓也命 二十三歳
神風特別攻撃隊第一正気隊 沖縄方面にて戦死

両親と面会

遙かな旅の疲れの見える髪と目のくぼみを、
私は伏し拝みたい気持ちで見つめた。
私の為に苦労をかけた老いが、父母の顔にありありと
額の皺にみられるやうな気がした。
何も思ふ事が云へない。ただ表面をすべつているにすぎないやうな
皮相的な言葉が二言、三言口を出ただけであり、
剰へ思ふ事とは全然反対の言葉すら口に出やうとした。
ただ時間の歩みのみが気になり、見つめる事、眼でつたはり合う事、
眼は口に出し得ない事を云つて呉れた。
母は私の手を取つて、凍傷をさすつて下さった。
私は入団以来始めてこの世界に安らかに憩ひ、
生まれたままの心になつてそのあたたかさをなつかしんだ。
私はこの美しい父母の心温かい愛あるが故君の為に殉ずることが出来る。
死すともこの心の世界に眠ることが出来るからだ。
僅かに口にした母の心づくしは、私の生涯で最高の美味だつた。
涙と共にのみ込んだ心のこもつた寿司の一片は、
母の愛を口移しに伝へてくれた。
「母上、私の為に作つて下さつたこの愛の結晶を充分戴かなくとも、
それ以上の心の糧を得ることが出来ました。
父上の沈黙の言葉は、私の心にしつかり刻みつけられています。
これで私は父母と共に戦ふことが出来ます。
死すとも心の安住の世界を持つことが出来ます。」私は心からさう叫び続けた。

戦いの場、それはその美しい感情の試練の場だ。
死はこの美しい愛の世界への復帰を意味するが故に
私は死を恐れる必要はない。
ただ義務への完遂へ邁進するのみだ。
一六〇〇、面会時間は切れた。
再び団門をくぐつて出て行かれる父母の姿に、私は凝然として挙手の礼を送った。

818 :名無し三等兵 :2001/06/24(日) 14:29
もっともっと

819 :45/85式改:2001/06/24(日) 14:33
>>818
なら貴方がageて下さい

820 :名無し三等兵 :2001/06/24(日) 14:39
頑張っても4つしか、あげられなかったんです・・・
ごめんなさい。

821 :名無し三等兵:2001/06/24(日) 17:15
>>819
「age」って意味判ってて使ってる?

822 :名無し三等兵:2001/06/24(日) 19:47
泣けたage

823 :名無し三等兵:2001/06/24(日) 21:55
「英霊二万ノ加護ニヨリ無事撤収ス」

ガダルカナル島撤退作戦(け号作戦)において、
最後の陸軍部隊を撤収させた後、艦隊旗艦「白雪」が発した電報。

824 :いい加減な記憶:2001/06/25(月) 00:01
指揮者の岩城宏之が飛行機で乗り合わせた元米海軍軍人の言葉。本が埋もれて出てこないので
記憶だけで。間違っていたら申し訳ない。

「ハルナ、コンゴウ、チョウカイ.....日本は良い艦を作った−−が、みんな、みんな
沈んでしまった。戦争は悪だよ。こんな美しい乗り物を亡くしてしまうのだから」

825 :名無し三等兵:2001/06/25(月) 00:25
金剛を日本が作った…?

826 :いい加減な記憶:2001/06/25(月) 00:50
>>825
そうか、金剛は英国製か。かなり昔の記憶だから「持っていた」か、別の艦名か、
その軍人自身がそう言ったのをそのまま書いたのか、曖昧な−−恥ずかしいので
sage。

827 :名無し三等兵:2001/06/25(月) 01:12
しかし戦時下にあったと仮定してさ。
こういう話を、無理やり美談に仕立て上げて鼓舞させなきゃいけない状態、
ってのもそうぞうするとツラいよな。

現実の所戦争という手段って完全否定できるものじゃないし、
どこからどこまで行使していいんだろうなあ。

828 :ヤマト:2001/06/25(月) 01:15
>810
それは光山文博少尉のことでは?
前出の草思社刊「ホタル帰る」より
以下出撃直前富屋を後にする光山少尉との記述
光山はさようならを言う前に、自分の使っていた黄色い布の財布を取り出した。
布は朝鮮のものだということだった。光山は筆と硯を借りて、その財布に
「贈為島浜トメ殿 光山少尉」と書いた。
「小母ちゃん、飛行兵って何も持っていないんだよ。だから形見といっても、あげるものは
何にもないんだけど、よかったら、これ、形見だと思って取っておいてくれるかなあ」
といった。トメは黙ってその財布を押し戴いた。
光山は立ち上がった。飛行服のあちこちにトメが作った人形のマスコットや美阿子の
作ったマスコットをぶら下げている。トメの作った人形は頭ばかり大きくてまるで
照る照る坊主のような感じで、娘たちはみっともないと思ったが、トメも光山少尉も
満足していた。トメは別れ際に富屋の三人の写真(この当時写真は一般人にとって
大変貴重なものである)を渡した。「これもってって・・・」
「そうかい小母ちゃん、ありがとう。みんなと一緒に出撃して行けるなんて、こんなに
嬉しいことはないよ」
光山は手を振りながら、灯火管制下の暗い夜の闇に消えていった。
翌五月十一日、光山少尉は一式戦闘機(隼)で出撃、還らぬ人となった。  合掌
現在公開中の邦画「ホタル」のなかで主演の高倉健が逝ってしまった特攻兵の生き様と
形見の品を彼の祖国へ渡り、遺族を探して渡すというストーリーの「彼」のモデルが
光山少尉とされています。
度重なる長文ですみません。

829 :しったん:2001/06/25(月) 03:02
>>828
映画「ホタル」見に行って来ました。


佐藤早苗著「特攻の町・知覧」(光人社刊)\1900にも詳しいです。

830 :名無しです:2001/06/25(月) 03:20
アッツ島玉砕のときの昭和天皇の電報の話ってどういうのですか?」

831 :名無し三等兵:2001/06/25(月) 06:55
>>828
朝から泣いちまったじゃねえかゴラァ!
これから仕事だっつーのに。

832 :これは確かなな記録:2001/06/25(月) 07:49
>>828
遺歌
 たらちねの 母のみもとぞ 偲ばるる 弥生の空の 朝霞かな

 光山文博 (卓庚ゲン (金+玄))

833 :あんまりお泣きになっちゃあ・・・:2001/06/25(月) 07:57
体に毒ですよ。
息抜きに・・・
    ____
  Y/ニニ|>o<|\                      (⌒Y⌒Y⌒)
 / //\___\                    /\__/
 |/ /  === |  ̄                   /  /    \
 |  /   ・  ・ |                     / / ⌒   ⌒ \
 \(6   (_λ_)\  ─────────   (⌒ /   (・)  (・)  |
  /   _ ||||||| _|        |         (  (6      つ  |
  |(( \□ ̄□/|        |         ( |    ____ |
  \   ̄ ̄ ̄ ノ         .|            \   \_/ /
     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄         .|             \____/
                    |
                 (⌒Y⌒Y⌒)
                  \__/
                 /    \\
               / 三三三三 \ \
              |  ゚   ゚    \ ⌒)
              |  (_人_)   9)   )
              | 、__川川__   /  _)
               \ )凵凵_〉 /
                 \ ̄ ̄  /

834 :名無し三等兵:2001/06/25(月) 15:00
陸軍特別攻撃隊 殉義隊(じゅんぎたい)
隊長 敦賀真二(つるが・しんじ)陸軍中尉

<遺書>
大命遂に降下す。
輝かしき特攻隊長としてこの武人最高の名誉を忝す。
一億国民はもとより三千年の祖先の血潮は脈々として
我が満身に湧溢す。
まさに皇国忿怒の魁として
一億の刀の切尖として敵艦に玉砕あるのみ。
たとえ暗夜海上遠く出撃して消息不明のこともあろう。
又、誰一人見ていてくれる者もない敵中深く自爆して
爾後不明のこともあらん。
何れにせよ、花々しき勲功は敢へて希望せず。
私の死後、お上から下さる金など、
それから私の貯金は全部航空機献納資金として
陸軍に献納して下さい。
薫より。
父上様、母上様

当時の陸軍報道班員の話
「敦賀隊長は全機に異常のないのを認めると
最後に機上の人となった。
その直前まで最後の整備に心を込めていた少年兵たちが
機の後方に身を退く。そのまま出発かと思っていたら
思いがけないことに隊長は体をねじ曲げで後方の少年兵の
一人一人に実に真情のこもった挙手の礼をした。
たまりかねたのが一人の少年兵がつと飛行機にかけあがると
今拭いたばかりの防風ガラスをもう一度拭き始めた。
手はガラスの上で動いているが、
眼は隊長の顔をしげしげと見ている。
もういい、もういいと隊長がうなづくと
やっと少年兵は飛行機を降りた。」

以上、長文すみません。

835 :名無し三等兵:2001/06/25(月) 15:21
西川俊彦中尉の遺書

残念なる哉(かな)、遂に敗れました
○月○日栄(はえ)ある特別攻撃隊長を命ぜられて以来○ケ月、最愛の
部下五名と共に、ひたすら敵艦轟沈の日を心待ちつゝ、
愉快なる訓練を續けて居りましたが、測(はか)らざりき遂に
忠節を盡(つ)くすを得ざる事となって仕舞ひ(い)ました。
心中は十分御察し頂ける事と存じます。大東亜戦争必勝の私の
信念は、茲(ここ)に砕かれましたが、
尚(なお)私年来の世界観は絶対に誤(あやまり)無きを確信して居ります。
即ち、皇國は神国にして、世界の中心たりと謂ふ事であります。
畢竟(ひっきょう=結局)私は此の戦争で日本が苦しみ苦しみ
苦しみ抜いてはじめて、世界の中心たり得べき、大日本帝國となり、
はじめて世界の指導者たり得べき、神人日本人が完成するものであると
考へて居りましたが、茲(ここ)に到り、
更に戦争だけでは尚不足である、との結論に達しました。
尓後(じご)幾年か皇国は辛苦(しんく)を経る事でせう。
然(しか)れ共、遂には世界の中心たり得ること必定であります。
天の與へ給う最后の試練である筈です。
然し乍ら我が伝統に輝く皇軍は一時姿を消す事となりました。
 我々軍人は只、天皇陛下の御命令により行動するのみです。
此處(ここ)で独断愛機を駆って太平洋に到り、
はた又、浦塩(ウラジオ)に刹判(?)し敵艦を沈むるはいとも簡単であります。
然し乍ら、それは只よく敵兵五〇〇〇を殺し得て
我同胞一億を苦しましむるの輕舉に他なりません
 然(しか)りとは謂(い)へ、愛機を焼き、此の身一つ生延るとも、
生まれてより二十二年、只戦場に忠節を盡す為にのみ育って
来た私にとりては、何の益無きのみか、到底忍るべからざる事であります。
部下の處置も大体定まり、もう私が居なくても間違はあるまいと存じます。
 茲で私は独断、皇國の再起して遂には世界の中心たり得る事を
固く信じつゝ、愛機と共に、我が浅間山項に鎮(しず)まる事に決しました。
 私は朝夕浅間山頂より皇國の、郷里の勃興を静かに見守って居ります。
立上る煙を見る毎に、思い興して下さい。
嚴として山頂に愛機と共に在ります。
私の處置は褒(ほ)むべき事では有りませんが、
決して皇軍将校、就中(なかんずく)、
特別攻撃隊長として悪い處置ではない と信じます。

836 :つづき:2001/06/25(月) 15:28
只、最后迄部下の面倒を見てやれなかったのが心残りです。
 父上、母上には誠に申譯ないと存じます。何一つ孝行をして
 上げる事も出来ず、尚私一人先に死ぬと謂ふ事は
 不孝此の上なし、と存じて居ります。
 只、生命は になかったものとして あきらめて下さい。
 然し私は決して死にはしない心算(こころずもり)です。
 皇国勃興の暁(あかつき)までは浅間山頂に嚴として
 活きて居ります。之だけは信じて居て下さい。
 当分の間、母上一人御苦労をなされる事でせう。
 私は母上を信じます。必ず此の難関を切抜けて下さい。
 支那にある父上の為、又皇國勃興の國柱たるべき、東海衛、孝堆、
 悌雄、満佳の爲に、浅間山頂より、蔭ながら御援助致します。
 畏多(おそれおお)き事乍ら、
 上に 天皇陛下 在します國体は嚴然として揺るぎません。
 申過ぎた言分ながら、之が母上の忠節を盡す最良の道と存じます。
 次に東海衝、孝雄、悌雄、満佳に申し遺す。
 みんな俺と同じやうに残念だろう。
 然し國民の進むべき道は示された。
 お前達は此の道を眞直に進みさへすれば良い。
 黙々として直ちに実行に移せ。
 母上は之から苦労をなさるだらう。並大抵の御苦労ではないんだぞ。
 そこでお前達は自分と言ふものをすっかり忘れてしまって、
 一から十まで母上を助けなければいけない。分るか。
 その上で、将来日本を背負って起つべき、國柱としての勉強を
 しなければならんのだ。いゝな。その為には、孝雄以下は、
 よく東海ちゃんを敬って、何事につけ、ハイ、ハイと
 言ふ事を聞かなければいけない。
 そして、みんな仲良くしつかり心を結び合はせて、
 お母ちゃんを助け、又勉強をしなければいけない。
 俺の言ふ事はよく分って呉れる事と思ふ、いゝな、しっかり頼んだぞ。
 それから、之からの修養に関し一言する。
 l、先ず明朗活発でなければいかん
  日本は負けた、然し之は天の與へ給うた試練なのだ、
  此の試練を経て、はじめて眞の日本、眞の日本人が出来上るのだ、
  従ってお前達は,眞の日本人となって、眞の日本を
  造り上げなければいけない、そして、此の世界を指導するのだ。
  その為の苦行なのだ。
  くよくよすることは少しもない、
  神國日本を信じ、御神勅を信じて明朗活発に生活せよ。
 2、敬神、崇祖を忘れるな
 3、しばらくの間は思想的に乱れるだらう。
  自由主義、民主主義,個人主義とか、共産主義  その他いろいろの
  ものが入って来て、日本人も少しは,いや或は少なからず之に染まるかも知れない。
  然し、之は絶対に間違って居る。敵は日本精神をなくする爲に、
  こんなものを入れて来るのであって、結局、精神的には日本人をなくして仕舞ひ、
  世界から怖いものをなくさうとする肚(はら)に他ならないのだ。
  日本中、これになって仕舞ったら、日本は(すで)に滅亡だ、
  之をお前達は嚴然として追抜わんといかん。
  みんなの苦労するのも分かる。然し頑張って呉れ。
  之がお前達の忠節を盡くす道だ。俺は常に浅間山頂に居る。
  元気にやれよ       さようなら

837 :つづき 2:2001/06/25(月) 15:43
詳細

昭和20年8月18日(第二次世界大戦が終わって3日目) 午前8時頃
西川中尉は岩村田国民学校に遺書を投下すると、お父さんの生まれた中佐都村、
お母さんの実家である御牧村(現浅科村)、
自分の母校野沢中学校(現野沢北高等学校)上空を旋回し、
北に進路をとって浅間山外輪山の前掛山南斜面に激突した。

このレスを先に記入しようとしてたんですが、手違いでこんな形になって
しまいました。すみません。
長文すみませんでした。
省略もできたのですが、原文のまま読んでいただきたく
全文書かせていただきました。

838 :海の人:2001/06/25(月) 15:44
>>834-837
 おつかれさまでした:-)
 それから、どうもありがとうございます。

839 ::2001/06/25(月) 18:01
自粛明けします。 零戦特攻の角田氏がラバウル着任当時、慰安所に
なじみの子がいた。 ある夜、空襲があり慰安婦に一緒に防空壕に入ろうと言うと
女ー兵隊さんどうぞ私に構わず避難してください。 角ーどうしたんだ危ないぞ
女ーだって防空壕に入ったらいつまでもし戦死できないから 角ー・・・・・
訳を聞くと、慰安婦達は、従軍看護婦と偽って、募集された。 もう祖国にも帰れないし
給料もあまりにも大金すぎて、家族にも送金できない・・・ 完全に人生が狂ってしまった
角ーじゃ俺もココに居るよ。と言ったら、女は大喜びして 海軍では一夜でも妻は妻
一緒に戦死すれば、海軍葬をしてくれて、一緒に靖国神社に祭ってくれるかも知りませんね
とハシャイでいたとか。 角田氏の本はめったに見かけませんが、氏の飾らない人柄など
とても良いです。

840 :名無し三等兵:2001/06/25(月) 18:45
関係ないかも。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=tanka&key=993369024

841 :名無し三等兵:2001/06/25(月) 18:54
>>837
>>835-836
滂沱。

これほどに優秀な人材をほとんどすべて失って、
よく日本は立ち直ったものだ。本当にこの島は
幾百万の英霊に支えられているのだなぁ。

842 :666:2001/06/25(月) 19:26
>>830
 瀬島龍三の「幾山河」。立ち読みだったので詳しくは覚えていないが・・・・。
 5月12日の米軍アッツ島上陸以来、昭和帝は同地の守備隊の模様をいたく気にかけられ、毎日のように戦況を御下問されていた。
 5月29日夕刻、守備隊から最後の電報が発せられる。
「機密書類全部焼却。是レニテ無線機破壊処分ス」
 陸軍大臣は直ちに参内し、アッツ玉砕を天皇に奏上した。天皇は大臣の報告を黙って聞いておられたが、報告が終わるとひと言、
「アッツ島守備隊はまことに良くやってくれた。そのことを伝えよ」
とおっしゃった。大臣が
「しかし陛下、彼らは無線機を既に破壊しており、勅語をお伝えする手段がございません」
と申上げると、天皇は、
「それでも構わぬから、兎に角そういう電報を発してやれ」

 直ちにアッツ守備隊に向け電報が放たれたが、もはや返信がかえってくることはなかった。
 まあ単なる偽善とか自己陶酔とか言っちまえばそれまでかもしれないが・・・・。
私は矢張り、昭和天皇は偉い人だったと思います。

843 :666:2001/06/25(月) 19:46
アッツついでにもうひとつ。
 圧倒的な米軍の猛攻を受け、じりじりと敗退していく日本軍。山崎大佐の部隊本部も砲撃と空爆に晒され、転進を余儀なくされていた。
 容赦なく降り注ぐ弾丸の雨の中、一人、また一人と本部員が倒れていく。
 ふいに道端にしゃがみこみ、力無く肩を落とす山崎大佐。
「部隊長殿、どうされました?」
 部下の一人が慌てて駆け寄ると、56歳の老大佐は目に涙を一杯浮かべ、
「ああ残念・・・・数多の兵を殺して済まん・・・・これが大陸だったらなあ・・・・この小さな島では、どうすることも出来ん・・・・許してくれ・・・・」
 と、声を震わせて嗚咽した。
 残り少ない本部員たちは粛然として言葉無く、ただ無念の涙を堪えるばかりだったという・・・・。

844 :名無しです:2001/06/25(月) 19:52
>>842
ありがとうございます
なんかこう、胸を打つものがあり;増した

845 : :2001/06/25(月) 22:33
お〜い、そろそろ>>816みたいに泣ける話をまとめてくれ。
で、スレ1のMVPを決めようや。

846 :ヤマト:2001/06/25(月) 22:39
私の挙げる話は今までに読んだ文献から引きますので長文になりがちです。
じゃまなカキコでしたら一報下さい。控えるように致しますので。
光人社刊 土井全二郎著 「歴史から消された兵士の記録」ヨリ
以下多少の省略にて
英国最大の植民地シンガポールを攻略せんとする日本軍は各地で激しい攻防戦を繰り返しながら
マレー半島を縦断してシンガポールへ南下していた。
攻略も近い昭和十七年二月九日、シンガポール北方百キロ、クルアン飛行場に展開していた
陸軍飛行第八十一戦隊は、夜間、敵機による不意の空襲を受けた。
跳ね起きた飛行整備軍曹、武富登巳男が幕舎を飛び出したときは、もう爆音が頭上にあった。
敵機は一機。しかも低空飛行だ。武富は戦い慣れた耳でそう判断した。
「ナメているのか」「よほど大胆な奴なのか」判断のつきかねる敵機の行動であった。
夜空を貫くサーチライトの先に敵機が浮かび上がった。英空軍ブレンハイム中型双発爆撃機だった。
その一点をめがけ、対空砲火が集中していく。
「だが、鈍重ながら、敵機はまだ落ちない。なおも、しつように旋回、爆弾投下を続けている。
急角度に、超低空で急旋回して、サーチライトの光芒から離脱しようと必死のあがきを続ける」
そのとき、ふいに敵機がぐらりと傾いた。ぐわーっと火の手に包まれた。高射砲弾が命中したのだ。
「やったあ」「落ちるぞーっ」 大きな歓声があがった。 巨大な炎の塊が近くのゴム林に落ち、
大きな火柱が立ちのぼっていく。     翌日早朝―
英軍機の墜落現場にトラックで駆けつけた武富らは、そのあまりの凄惨さに、思わず息をのんでいる。
「ゴム林の一角が直径三十メートル位の円形に焼き払われ、機体は影も形もとどめず、ばらばら。
四人いたと思われる搭乗員は遺体は無く、木の枝に肉片や衣服がひっかかっていた」
あたり一帯、ゴム、ガソリンの焼けたにおいが立ち込めている。
ざまあ見ろ、であった。これまでさんざん悩まされてきた憎い敵機なのだ。
この月の初め、部隊から戦死者を出したばかりでもあった。 兵隊の中には、
焼けたゴムの木の一つに小便をひっかける者もいた。   そのとき、
一隊の引率責任者である日向英吉准尉(当時28)が、周囲に静かな口調で語りかけている。
「いい気味ではあるが、立場を変えて考えてみろ」
「圧倒的に優勢な敵、その日本軍占領地の真っ只中に単機で突っ込むなんて、
たいした度胸だし、勇敢な奴だとは思わんかね」
この一言で、はしゃいでいた兵たちは、「しゅーんとして」しまっている。
操縦、偵察、通信、整備といった兵科の別はあっても、みな、大空に命をかけている者ばかりだ。
夜間、単機で殴り込み攻撃をかける使命の困難さ、そして、
とうてい帰還は望めぬ任務であることを知り尽くしている者ばかりなのだ。
―ここで、全員が墓づくりにとりかかっている。
近くの中国人の店から買ってきた太いチーク材による碑が出来た。長さ三メートル、三十センチ角の
立派なものだった。 そこに英国兵の肉片や飛行服の断片が集められて埋められた。
南国の色とりどりの花が供えられた。 日向准尉が「黒痕鮮やか」に筆をふるっている。
<英空軍無名戦士の墓>
祖国の急を救うべく決然と立ちし汝等よ
されど死して国境なし 果敢なる戦いを讚え 我等さらに前進せん
勇士の英霊 静かに安らかに眠れかし
    昭和十七年二月十日、隼第二三八○部隊森屋隊之建立
「英空軍無名戦士に敬礼、捧げぇー銃」 昼なお暗いゴム林のなかで、全員が整列して敵国兵の
鎮魂を祈っている。

他の書物で読んだが、あの「真珠湾攻撃」の際にアメリカ軍基地の対空高射砲に撃墜され
空軍基地に墜落した「大日本帝国海軍パイロット」の遺体をアメリカ軍は軍葬の礼を尽くし
自基地の滑走路脇に碑を建てて弔ってくれたらしい。
今も残っていると言われるその碑をいつか訪れてみたいと思う。

847 :名無し三等兵:2001/06/25(月) 22:40
MVPって・・・
言いたくないがあんたのセンス変です。

848 :名無し三等兵:2001/06/25(月) 22:58
>847
そっとして置いてあげて下さい。
カマわなければオトナシクなります。

849 :名無し三等兵:2001/06/25(月) 23:15
845のような厨房は相手にしないでこのスレ大事にしましょう皆さん。

850 :今まで読んで・・・:2001/06/25(月) 23:23
今の日本の平和と繁栄には、このような尊い犠牲の上に成り立っているんですね。
ただ、今の日本は残念ながらそれらの事実を知らない者があまりにも多くて別の
意味で泣けてくるね。太平洋戦争を経験したことの是非はともかく、今の繁栄、
平和は事実この上に成り立っているのだから。この事実を多くの人に見て欲しい
し、そして考えて欲しいと思いました。
(ここまで読んで、もう涙で画面がよく見えぬ・・・スマソ)

851 :名無し三等兵:2001/06/25(月) 23:32
今日職場の健康診断の結果が出てさ、再検査だって。みんな、泣いてくれ。

852 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 00:29
中堅はみんな同じようなもんだ。俺は今までドッグ2回受けた。
再検査ぐらいで涙なんぞ誘うような軟弱者は日本男児とは言えん。
貴様のような煽り糞馬鹿厨房は全狂頭世代のケツの穴でも舐めてセンズリでもこいてろ。
貴様がこの世に生きてる価値は貴様の血縁にのみだ。
貴様の血縁以外には貴様が生きてる価値など残飯ほども無い。

853 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 00:47
ageるべきかsageとくべきなのか・・・。

854 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 07:20
>>100
泣けるよ。何度も泣いたよ。こんな俺を笑いたければ笑ってくれ…。
妻をもつ男なら誰でもわかると思うが。
戦争の是非、侵略云々も別にして、人間として、な。皆一度の人生、
しかしかけがえのない人生だったはずなのになぁ。号泣)

855 :無職ダメ板出張班:2001/06/26(火) 09:20
コノスレヲ一通リ読ンデミタガ

>今の日本の平和と繁栄には、このような尊い犠牲の上に成り立っているんですね。

平和繁栄ヲ感謝セヨトイワレ、我ガ人生ヲ振リ返ツテミルモ感謝スベキ事何一ツアラズ。
タダヒタスラ精進スルモ、イワレナキ差別ニヨリ決シテ報ワレルコトアラズ。
成功スレバ妬マレ、失敗スレバ蔑マレ、生キ地獄ニ近イモノアリ。
道化師ノゴトキ他者ノ不満ノ捌ケ口トシテノミノ存在。

アナタノ言ウ平和繁栄ガ国民全員ニ当テハマルトハ限ラナイ。
先人ノ苦労ハ理解スルガ、愛スル家族ヤ守ルベキモノガアルナラ、
当タリ前ノ行為デアリ、感謝スルニハ値セズ。

感謝感謝トイウナラバ、家族ノタメダケデナク、国民全員ノタメニ
死ンデイツタ先人達ノ一〇〇分ノ一デモナゼ行動シナイノデアロウカ?
モニタアノ前デ泣イテ感傷ニヒタルダケデ、罪ナキ子供達ガ犯罪者
ニ殺サレテイテモ黙ツテ見過ゴス戯言ダケノ偽善者バカリデハナイカ。

職モナケレバ、友モナシ。守ルベキ家族モ、思イ出モナシ。
税ハオサメテイルガ、マルデダメノ代表ノヨウナ人間ニイワレルノ
ハ納得イカヌデアロウガ、敢エテイオウ。

逝ツテヨシ>オウル

856 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 09:27
>>855

ここの泥人形達はあの英霊たちの血を吐くような心情の吐露を
自分たちの涙腺を刺激する為だけの文章と思っている不感症の
下衆達なのだ。

そう、思って赦して忘れてやってくれ。

857 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 17:44
英霊って何?
戦場で死んだ人は「英霊」?銃後で死んだ人はただの死人か?
俺はその区別がどうなっているのか知りたい。

858 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 17:46
職業軍人は別にどうでもいいよ。俺のちょっと遠い親戚
に海軍の近藤中将がいるが、遺族はとんでもない年金も
らっているぞ(年額1000万円)。
で、空襲で死んだ無辜の市民は何もなし。

859 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 17:54
856はトンでもない下種だな。
知能指数は40、偏差値は…藁)。

860 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 17:56
856は確かにイタイな。ちょっと田舎の人ですかな。

861 :無職ダメ板出張班 :2001/06/26(火) 18:00
>>815
>20年以上生きてきて、こんな事は初めてです

オメデタイ人モイルモノダ。
我ガ輩、幾度トナク声ヲカケルモ、顔ヲイチベツサレタノチ、断ラレルコト多々アリ。
断ラレナカッタノハ、無視サレタトキノミ。

婦女子老人、皆全テ地獄ニ逝ツテヨシ。

862 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 18:03
そんなこと言うな。これからもがんばれ。

863 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 18:25
あんたの顔が悪いんじゃなくて、
自分の甘えた人生を「差別されてる」という言葉で
正当化しようとする卑しさが顔からにじみ出てるんだよ。

無職がどうした? あんたの価値は職がないだけで消滅するのか?
そんな卑屈な根性はすぐに顔に現れる。ヒトはそれをすぐに見抜くんだよ。
友達がいない、家族がいない? あんたは木の股から生まれたのか?
思い出がない? 一人で生きてきた、みたいな思いあがりばっか。

自分の人生を大事にする気持ちを持ってみろ。
お前を嫌う人間のためにお前がいるんじゃないだろうが。
お前のためのお前の人生をデザインしてみろ。
一人きりなら差別されても逃げだしゃいいこと、
そうでないならそれを打ち破る努力をしてみやがれ。
そういうことの積み重ねだけが、差別に対抗する力なのに。

自分自身の人生に誇りを持ってみろ。
こんなとこで愚痴るだけで終わる人生で、本当にお前は満足なのか?



わざわざこんなとこまで来た労力のみには敬意を表して、
俺にできる精一杯のマジレスをさせてもらった。
しょせん俺はあんたにとって他人だから、
あんたの「苦しみ」とやらを分かるわけもなく分かってやる必要もない。
無視したけりゃ勝手に無視しろ。

ただ、ここは「軍事板」、軍事知識と常識さえあれば差別もクソもない場所。
そこにあんたが土足で上がりこんできた無神経さのみには、俺は怒りを覚えている。
「差別されてるから俺は場の空気を乱す権利がある」とでもいいたげな高慢な態度に。

言いたいことは俺も言いきった。これでお互い様だ。
じゃあな。あんたが職につこうがつくまいがどうでもいいが、
あんたが自分自身をもう少し好きになれることを祈っている。

864 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 18:29
>863
俺もそう思う。自信を持て。人間なぞ、薄皮一枚剥がせば
皆同じようなもん。気にすんな!

865 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 18:38
>>857
戦場で死んだ人はまだ幸せだよ。英霊とか言われてさ。祀られてさ。
空襲で死んだ連中なんてほんとバカみたいだよ。原爆ならまだしも、
通常爆弾じゃろくに取り扱ってももらえない。他の多くの死体とと
もに忘却の彼方へ捨て去られるだけ。遺書も何もなくても、そうい
う多くの死にも、悼む気持ちをもちたいね。
>>856あたりの厨房にはわからんとこだな。

866 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 18:38
他人に得々と説教垂れる人間の姿くらい醜いものはないな。

867 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 18:55
>866
誰のこと言ってるんだい?

868 :いや:2001/06/26(火) 18:57
866もちょっと田舎の(以下略)

869 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:01
>>865 その通りだな。

870 :856:2001/06/26(火) 19:15
いやあ、面白い様に釣れるなあ?
もっと煽り入れて欲しいかい?

しかし兵士の遺書を茶飲み話に使っておいて非難されると
死んだのは一般市民もじゃねえかなんて、まあ。
みなさんの厨房っぷりは私ごときには到底かないま
せんよ、いや本当。

871 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:18
>>870
はっはっはっはっはのは。
チミ、いや、笑えるよ。イイ!
もう少し国語も勉強しましょうね。ママに叱られるよ。

872 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:20
856=870は真性だな。2chに何しに来てんだか。
大方不細工な低学歴のクソ。相手にすんなってsage。

873 :856:2001/06/26(火) 19:20
♪またかかった♪

874 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:21
856=870の消防ちゃんへ
で、英霊って何よ。自分なりの定義ができたら言ってみ。
聞いてやるから。

875 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:22
>874
いや、ちょっとそういう定義とかは無理と思われ。漢字の書き取り
からやらせるべし。

876 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:23
>875
いや、そう煽るなって。おおかた本気でここを読んでるんだろ。
うざいだけだから相手にしなさんな。

877 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:25
>856, 870,
いや、あのね…(以下略)。

878 :856:2001/06/26(火) 19:25
戦死者の霊ってとこでどうよ?

それで?

879 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:26
英霊ねぇ。いや、いいね。純粋で。笑ったよ。

880 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:26
で、戦死者ってどこからどこまでよ。

881 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:26
戦争で死ぬくらいのことならイヌでもできるわ。ボケ。

882 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:28
戦場で死んだ兵士ってとこでどうよ?

それで?

883 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:28
いいねぇ。戦争で死ぬと英霊なんだ。へぇえ〜。

884 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:29
>882
兵士ってのは職業軍人と徴兵された兵士と両方一緒かい?

885 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:30
あのね。戦いで自分たちやその家族を守って死ぬことくらい、
ミツバチでもできるんだよ。チミは死んだミツバチに手向け
の花をするのかい?

886 :856:2001/06/26(火) 19:30
おいおい、お前はミンチ肉の中に牛と豚の違いをみつけるのかよ?

887 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:32
>>882
「戦場で死んだ兵士」が英霊か。泣けるな。ホント。
俺はそんなもんは所詮茶のみ話で十分と思うがな。

888 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:33
何で煽りに乗るかな・・・

889 :856:2001/06/26(火) 19:34
うんざりするな。
煽りにもなってねえよ。
それほどいうならお前の英霊の定義聞かせろよ?
>>887

890 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:35
>886
おまえ、「英霊」とか言っといて、例えがミンチ肉か。
浮かばれんな、それじゃ。

891 :856:2001/06/26(火) 19:36
お!今度は言葉尻で釣れたか!

892 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:37
>889
俺は英霊なんてないと思っている。人間の価値に差がないとは言わない。
立派に死んだ人も居れば、卑怯に逃げ回った挙げ句死んだ人もいる。
だが、いずれ死ぬときの苦しみはそんなに変わるもんじゃない。
立派の卑怯のといってもそれは所詮見る人によって変わる。
そんなもんに英霊もただの霊もあるまい。

893 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:38
ミツバチマーヤと同じです。

894 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:39
ここはそんな言い争いをするスレじゃないだろ。
スレ違いだよ、みんな!

895 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:39
訓練で事故って死んだ兵士も一応英霊です。
上官のいぢめで死んだ兵士も英霊かな?
食中毒で死んでも多分英霊だろう。
性病で死んだ奴は知らん。

896 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:42
英霊の定義か。俺は英霊なぞないと思っている。したがって
定義などない。
戦死者は、戦後の扱いの中で区別されつづけてきた。俺はそ
れが悔しい。

897 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:45
戦場で死ねたらまだよかったろう。生きて帰って死ぬより
苦しんだ者もいるんだ。それは決して例外じゃないぞ。
シベリヤで抑留された人々は、死んだ連中が英霊とか言わ
れている一方で、あまりにも評価が低かったよ。あれだっ
て相当なもんだ。

898 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:45
>>896
それをわざわざここを選んでわめく、君の情感の乏しさに乾杯。
凶悪事件の被害者の遺族にマイクつきつける連中と同レベル。

はっきり言うが、その主張は板違いだ。

899 :896:2001/06/26(火) 19:46
じゃ逝くわ。

900 :856:2001/06/26(火) 19:47
>>892
おう!それには賛成するぞ。
おれが敢えて英霊なんつうたのは、あれだ。
ここで茶飲み話に使ってるのが主に兵士の遺書やら手紙
だから出したまでだからよ。
ま、気に障ったんなら勘弁してくれ。

実際を言えばオレは『きけ わだつみのこえ』みたいな遺書や手紙の刊行にはあまり賛成しない。
ここの大部分の奴らみたいに手前の涙腺の出来具合を撫でさすって確かめるような事に使われる
べきじゃ無いと思うからだ。
同時に刊行すべきだとも思う、矛盾してるがな。
そこらへんは自分でも旨く整理出来てねえんだ。
ま、ここらへんは厨房なんだから勘弁してもらいたいな。

901 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:48
856は、2ちゃんで煽るだけが生き甲斐の悲喜子守り君なので
「釣れた!」とか見苦しい発言があっても仏の心で無視してあげましょう。

902 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:51
イギリス兵は無条件で英霊です。

903 :856:2001/06/26(火) 19:52
>>901
いいじゃねえかよ、お前みたいな判で押したような反応してくれる
可愛いヤツも釣れるしよ?

904 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 19:55
>>900
いや、俺の方こそ言いすぎた。おまえ、結構素直ないいヤツだな。
ついカッとしちまって。すまん。
俺も900の意見には賛成だ。お涙頂戴は見苦しい。本当に悼む気持
ちはそんな安っぽいもんじゃないんだ。

905 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 20:26
戦争で散ってしまった方々を可哀想と思うのは間違ってますか?

906 :856:2001/06/26(火) 20:30
そういう可哀想ってのは傲岸の裏返しの態度に陥りやすいぞ。
そうならないように精々気をつけた方がいいな。

907 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 20:42
いいかげんにしてくれ
板違いだ
とっとと他所へ行ってくれ

908 :海の人:2001/06/26(火) 20:45
>>900:856さん
 とにもかくにも公に知らしめなくては、それに対して何かの感想をもつ
こともないわけですから、ひとまず知らしめて、各々の感想にまかせると
いうのではどうですかね?
 その中には浅かったり深かったり、あるいは例えとんちんかんだとしても
色々な感じ方があっても良いのではないかと思うんですが。
 その感じたことを、また口に出すか胸にしまっとくかというのも、また
その本人が決めることですし。

909 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 20:45
>>856
幸せかい?

910 :海の人:2001/06/26(火) 20:46
 あぁごめんなさい、間違えてあげてしまいました_(__;)_

911 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 20:48
>>906
君、良いこと言うね。
ただ、皆が皆君のレベルじゃないんだから大人の気持ちで接してくれよ。

912 :無職ダメ板出張班(実はハングル):2001/06/26(火) 20:48
はい、みなさん。このスレを上の方からいょーく読み直して下さい。
>>855の私の文章とカタカナひらがなの違いはあれど、似たような内
容のレスがどっかにないですかね?

…あるでしょ。

今回は俺宛の食い付きはよくなくて、俺のかきこと似たような意見を
お持ちの856さんがやり玉に挙がってしまいましたか。
お願いですからもうちょっと情報戦(ワラを勉強して下さい。
軍事板の人はいい意味で生真面目、悪い意味で鈍感なのでネット上で
は超賤塵やシナ地区の罠にはめられる可能性があります。2度目なん
ですから、なんの目的でかきこしたか気が付いてください。
煽り、自作自演の激しい他の板への長期出張をおすすめします。

>>855 ご苦労さま。
>>863 煽りにマジレス恥ずかしい!

913 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 20:49
のらくろスレからコピペ

>10 名前:名無し三等兵 投稿日:2001/06/26(火) 19:49
> 休日に他の兵士は帰る家があるのに、みなしごののらくろは帰る家がなく
>しょんぼりと駐屯地で一人寂しく過ごす……っていうエピソードがあった
>らしいんだけど、それを読んだ日本中の子供から
>「帰る家がないならウチへおいで」
>っていう手紙が殺到したんだとか。

>今の小さい子がポケモンとか見るのと同じ感覚で読まれてたんでしょうなあ

スレの雰囲気悪いので,ちょっとホンワカする話を。涙もちょいポロ

914 :無職ダメ板出張班(実はハングル):2001/06/26(火) 20:58
        Λ_Λ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       <丶`∀´>< サーテ、カエルニダ。
      ⊂    つ | サワガセタノ、スマソ。
        人  Y   \_____
      レ (_フ                                                               
               

915 :856:2001/06/26(火) 20:59
スマソ・・・・・・
タシカニオトナゲナカッタ
スコシ(アクマデスコシダガネ)コウカイシテイルヨ
タダ゙、ナケタ、モットモットナドトイウハツゲンヲメニスルニツケ
タマッタウップンガサクレツシテシマッタノダ
シカシ、カサネテスマソ

916 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 21:01
>>913
もらい泣きしました(TT
泣いたのはプロジェクトXの南極調査隊以来です。こう言うネタに弱いのかも。

917 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 21:02
このスレ、勘違いしたニヒリストが定期的に乱入してくるよね。
やれ偽善だなんだとか言って。知ったか厨房の乱入&説教は聞き飽きた。
英霊というのは基本的に、死に逝く兵士とその遺族への慰めの方便であると
いう事は、ここの多くの人間は理解してる筈だよ。
その上で、極限状態における人間の美談を語り合う事の何がいけない?

>>912
856は「釣れた!」とか厨房丸出しだったからより目立ったんでしょう。

918 :海の人:2001/06/26(火) 21:07
>>915:856さん
 仕方ないですよ、頭に血が上っちゃったら一々冷静にスレッドを確認する
ような余裕もないでしょうし。
 次回から、常に「こいつは自作自演じゃないか」とか「何かウラの意味が
あるんじゃないか」と思って読むようにすればよいのでわ。

 それから、どうしてもみんな文章は素人なので、ともすれば言いたいこと
の一部しか伝わらず「安っぽく」見えるかもしれないのですが、ほんとの
ところは直にその本人に会って聞いてみるしかないでしょうから、善意に
解釈しときましょうよ。

919 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 21:07
さよなら。

920 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 21:10
>>915
いや俺は気にしてないから。
また来てゆっくりしてってくれ。

921 :Cだ住:2001/06/26(火) 21:20
ttp://the.animearchive.org/movies/macross/macplus/macplus.mpg
あれてんな(笑…おみやげだ。

922 :Cだ住:2001/06/26(火) 21:23
>やれ偽善だなんだとか言って。
ニヒリストも何も、煽りって書いてあるようだが…

923 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 21:42
済んだ話はやめて本筋続行きぼんぬ。

924 :無職ダメ板出張班(実はハングル) :2001/06/26(火) 21:46
>>855ご苦労様は、>>856だね…スマソ

925 ::2001/06/26(火) 22:00
ちょっと待ってくだせえ! ここには、いやいや戦争に協力させられた
二世、三世の方も見ていると思う、その人たちから見れば、先祖の人生を
踏みにじった日本軍を許せない、憎くてしかたない、と思っている筈
何と言って良いか?言葉もみあたりません。がどうぞ、ここだけは
触れないでいただきたい、お願いします。 思い違いならば、重ね重ね
ゆるして頂きたい。

926 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 22:07
つまり濱=無職ダメ〜っつーこと?

927 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 22:08
>>925
そう思うなら、少なくともお前はもうこのスレで発言を止めろ。
sageもせず蒸し返すような発言をするとは呆れて物も言えん。
謝罪のレスもするな。否定のレスも許さん。ただひたすら黙れ。

928 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 22:17
なんだ、濱の自作自演だったのか(ワラ

929 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 22:19
新スレ立てて仕切りなおそうか。
このスレにはストッパー申請してさ。

930 :無職ダメ板出張班(実はハングル):2001/06/26(火) 22:20
俺は違うぞ。超賤塵など皆殺しだ。

931 ::2001/06/26(火) 22:24
違うぞ。 全部な。

932 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 22:32
ttp://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/5410/mitsuyama_ariran.html

933 ::2001/06/26(火) 22:42
927、一回だけ言うね氏ね。素人童貞。

934 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 22:44
>>933
このスレでそういう下劣な言葉を使う貴方もどうかと思うが

935 :666:2001/06/26(火) 22:51
アッツネタその3。そういえばこれもまだだったな。
 昭和18年5月29日14時35分。アッツ守備隊、最後の電文の内容は以下の通り。
「一、 二十五日以来、敵陸海空ノ猛攻ヲ受ケ、第一線大隊ハ殆ド壊滅。前線ヲ通ジ残存兵員約七五〇名。ヨッテ要点ノ大部ヲ奪取セラレ、辛ウジテ本一日ヲ支ウルニ至レリ。
 二、地区隊ハ、海正面ノ防備兵力ヲ撤シ、本二十九日、攻撃ノ重点ヲ大沼谷地方面ヨリ後藤平敵集団地点ニ向ケ、敵ニ最後ノ鉄槌ヲ下シ之ヲ殲滅、以ッテ、皇軍ノ真価ヲ発揮セントス。
 三、野戦病院収容中ノ重傷者ハ各自覚悟を決メ、処置スル処有リ。非戦闘員タル軍属ハ各々兵器ヲ執リ一隊ヲ編成、攻撃隊後方ヲ前進セシム。共ニ生キテ虜囚ノ辱メヲ受ケザル様覚悟セシメタリ。
四、五、六(略) 」

 捕虜になるくらいなら死ね、という考えは間違っていると私も思う。だが、このアッツを魁として幾多の部隊が全滅するまで戦ったおかげで、銃後の悲劇が1分1秒でも先延ばしされたのは確かであるし、「日本人恐るべし」というイメージを全世界に喧伝して、日本の生残性を高めたのもまた事実だ。
 いまはただ、祖国の礎となって散華した勇士達に哀悼の意を奉げ、そのご冥福を祈るのみ。

936 ::2001/06/26(火) 22:52
分かっている、分かっている。大人気ないのは
分かっている。ただ奴は他の板での報復と思う
検討はついている。447号だ

937 :名無し三等兵:2001/06/26(火) 22:57
せめて私怨レスの時はsageてよ

938 :ヤマト:2001/06/26(火) 23:21
勇猛果敢に戦った先達の気位はまさに935氏のカキコにある「日本人恐るべし」
の一言に集約されるように自分は思います。
御殿場にあるキャンプ富士という海兵隊の基地で英会話を習っていた頃に歓談した
海兵隊員はほとんどが父親がwwUに参戦した兵士でした。
中には当時の日本軍の兵士を狂信的に憎んでいる者も居ましたが、
多数の親御さんは当時の日本兵の戦い振りとその精神を大変尊敬していると
彼らが幼い頃から話していたそうです。

939 :666:2001/06/26(火) 23:33
>>938
>多数の親御さんは当時の日本兵の戦い振りとその精神を大変尊敬していると
彼らが幼い頃から話していたそうです。

うん、そうですか。我に大和魂あれば敵にはヤンキー魂有り。考えてみれば、アラモ砦や第7騎兵隊など、「玉砕」と「神風」の文化は日本固有の物ではないかもしれません。
戦後の日米が「昨日の敵は今日の友」とすっかり仲良くなれたのも、互いが「戦士の文化」を共有していたおかげでしょう。
勇士達の慰霊を蔑ろにしたまま、国際友好などとは片腹痛い。

940 :無職ダメ板出張班(実はハングル):2001/06/26(火) 23:39
俺の婆さんは、叔父さんを背負ったまま米軍機の機銃掃射を受けた。
今日の友ではないだろう。両拳での殴り合いが、右手で余所余所しく握手しつつ、
左手で拳銃を相手の額に照準、に変化したぐらいが妥当だ。
(日本人の左手は白旗な)

941 :ヤマト:2001/06/26(火) 23:56
>666
カキコしようか考えて、あえて入れなかった事が在ります。
それは貴君のカキコにも記されている事でありますが。
たびたび海兵隊の連中に質問されて確たる返事を「一人の日本人」として出来なかった
事があります。   それはまさに、母国の進退に向けて、己の人生を架けて
敵兵と敢然として戦い、命を落とした者に対して日本国家はなぜ公式の弔いをしないのか?
という質問です・・・。   彼らには自国の存亡の為に尽力し絶命した者を、
国家が公式に弔わないことはまったく理解出来ない事のようで、自分達は任務で
日本に赴任しているが、もし日本防衛の為の戦闘が起きたなら、
弔いもしないような国の為に命を架ける気にはなれない。 という意見が多かった。
当時、自分と変わらない若い海兵隊員の、その質問に答えられない自分のふがいなさと、
この国の政府に対するやり場の無い怒りに胸が熱くなりました。

942 :ヤマト:2001/06/27(水) 00:00
世間で評価されるような一つの会社の中にも糞野野郎は居るだろう。
悪しき局部を一生懸命宣伝したいというのなら好きにすればいいが・・・。

943 :ヤマト:2001/06/27(水) 00:02
942は940宛てであるが、野が二重打ちであるのは申し訳無い。

944 :666:2001/06/27(水) 00:08
アッツネタその四。アッツ守備隊の医官であった辰口信夫軍曹の手記。最後の3日間分をご紹介する。

五月二十七日
下痢のため苦悩甚だし。アヘン、モルヒネ、手当たり次第に服用して一時の睡眠をとる。その期間だけ安静なり。爆弾のため屋根崩れ落つ。我が守備軍は最初の二千の兵力減じて千人以下となる。海軍防備隊員も負傷し、野戦病院及び郵便局員以外は皆戦線に立てり。

五月二十八日
食料はあと二日分を残すのみとなる。我が砲兵隊は全滅しただ臼砲と高射砲とあるのみ。アッツ富士の大隊はただ一人の生存者のみとなる。米川支隊にはなお生存者ありや否や判明せず。他の部隊も皆一人か二人かの生存者を残すのみなり。第三百三大隊は全滅せり。米沢大隊はなお馬の背を保持せりや否や。自殺者続出す。司令部の半分は吹き飛ばさる。重傷者はモルヒネ四百本を注射して永遠の眠りに就かしめたりとの話しを聞く。乾アザミのフライを食す。新鮮なものを食せしは最近六ヶ月にこれが始めてなり。かなりの風味なりき。病院を島内に移せとの命令ありしも、後に取りやめとなる。

五月二十九日
午前八時一同司令部に集合す。医員もまた然り。最後の一戦始まる。病院内の傷者は皆自殺す。我が三十三の生涯もここに終わりを告ぐ。少しの遺憾なし。天皇陛下万歳。我が精神は安静なり。神は我を愛し給う。午後六時重傷者を処理し終わる。・・・・・・さようなら我が愛する耐子よ、お前は最後まで私を愛してくれた、感謝する、また天国にて逢いましょう、さようなら・・・・・・みさ子よ、お前は丁度四歳になる、どうぞ丈夫に育って下さい。睦子よ、お前はこの二月に生まれてまだ父の顔を知らずにいるが可哀そうだ、孝ちゃん・・・・・・助ちゃん・・・・・・正ちゃん・・・・・・みっちゃん、さようなら・・・・・・

945 :ヤマト:2001/06/27(水) 00:15
死力を尽くして祖国と家族と故郷の為に戦う兵士の精神に対して、
これを愚弄するような人間には決してなりたいと思わないし、
そういう気持ちで846・938・941を書き込みました。
異論や反論も有ると思いますが・・・。

946 :666:2001/06/27(水) 00:17
付記
「アリューシャン奪還記」の著者ハンドルマンは、同書中「アッツ島戦最後の日」の章において、日本軍の将兵勇戦の状況を述べ、その末尾に以下の如く記述している。
「地下室の病院には、十八名の負傷者が死んでいた。いずれも胸に手を合わせ、毛布に包まれ安らかに眠っている。九人ずつ向かい合わせて二列に並び、少しも苦悶の様子が見えぬ。傷はいずれも相当に重いが、しかし致命傷ではないのを見れば、モルヒネ注射によって永遠の眠りに就かしめたものと思われる。その後ろに小さな部屋があり、それが医務局のオフィスらしい。そこに一人の医官がピストルで自殺していた・・・・・・」
 辰口信夫、東大出身。クリスチャンであり、彼の新婚生活は六ヶ月であった。

947 :666:2001/06/27(水) 00:29
>>ヤマト殿
「人を相手とせず、天を相手とせよ」だ。至誠を貫けば、それは必ず天にも通じる。
人間は下卑た心だけで生きていけるほど強くは無い。美しいもの、清らかなものを求めずに生きてはいけない。
日本国民だって馬鹿ではない。貴方のような人がいる限り、時間はかかるだろうが、祖国は必ず元に戻る。私はそう信じている。

948 :ギハハ:2001/06/27(水) 00:39
また口だけ感謝かよ(ワラ

949 :オカルト板よりコピペ:2001/06/27(水) 00:48
120 名前: うむ。 投稿日: 2000/08/18(金) 00:01

 戦時中の話ですが、海軍の軍人さんが戦死した友人の家を訪ねた時のこと。
故人の家族と色々生前の話で盛り上がり、是非泊まっていってほしいということになりました。
旅館をとっていたのですが、是非にということなので甘えることになったそうです。
案内されたのは戦友の部屋でした。

 夜中ふと目を覚ますと、体が動きません。
おかしいな、と思い体の各部を動かしてみたところ、首だけが動きました。
首を回してみると、部屋の隅に人影がありました。
暗闇の中に、白無垢を着た若い女性が座っているのです。
しかも、布団がもう一組敷いてあるのです。

 声をかけようとしましたが声が出ません。
うつむいているので彼女の表情もよく分からないのです。
それでも、自分の方をじっと見つめているのは分かります。

 なんとか体を動かそう、声を出そうと頑張っているうちに、疲れたのかまた眠ってしまいました。

 翌朝目覚めると女性はおらず、敷いてあった布団はきれいに畳まれていました。
起き出して家人にそのことを告げると、布団は一組しか敷いていないとのことでした。
部屋に戻って布団を見せ、女性の話をしました。
すると家族は蒼ざめて、戦友に許婚がいたことを話してくれました。
二人は出征直前に結婚するはずでしたが、戦友は
「どうせ死に行く身が、未亡人を残すだけだ」
と祝言前日に家を出てそのまま従軍したのだそうです。
 残された女性は元々体が弱かったこともあり、ショックで病がちになり、程なく死んだのだ、とのことでした。
そして、遺言により、白無垢を着せられ、戦友の写真を抱いて葬られたとのことでした。

同じ海軍の軍服だったから、あなたの側にいて息子の面影を偲ぼうとしたのでしょうか、と家人は言ったそうです。



出典が不明な上初見なのでおそらく創作と思ワレ

950 :んもぅまた煽るよ:2001/06/27(水) 00:50
結局、涙流してるだけで、死んでいった兵士を愚弄するチョンを見逃すのが軍事板。
煽り上等、下卑最高。それでもチョンの悪事を見逃さず追求するのがハングル板やニュース速報板。
どっちが先人達の意志を継いでるかは、いうまでもないよね。プ

偉そうに「信じている!」なんて書いてるけど、そのお口に見合うだけの行動はとってるんだろうね?

951 :ヤマト:2001/06/27(水) 01:06
板違いだというのすら貴様には判らんか?>950
貴様の意向はチョン板でほざいてろ。
自身が申し述べているように向こうの板で戯言を述べてろ。
    「いうまでもないよね。プ」  ということだ。
己のカキコの矛盾位は理解出来る知性を希望する。

952 :名無し三等兵:2001/06/27(水) 01:09
>>950
友達いないのは辛いだろう? 俺が結婚してやろうか?

953 :んもぅまた煽るよ:2001/06/27(水) 01:17
社会貢献では、稼働率も火力も命中率も低い。
なのに皆さん、コスプレでは愛国心全開ですか?(ワラ

>板違いだというのすら貴様には判らんか?>950
だったらこういう話題は、コヴァ板の方が最適だろ。ボケ。
板違いはおまえらだよ。軍人でも仕事でも無いのに、寄付もしねぇで
がらくたに大枚はたいて戦争ごっこして喜んでるコスプレ野郎に泣ける
話を語る資格はないっつーの。まぁお前がそういう会場でナチのコスプレ
野郎を片っ端から殴り倒してるんならわかるけどさ。

954 :名無し三等兵:2001/06/27(水) 01:18
>>952
ワラタ

955 :んもぅまた煽るよ:2001/06/27(水) 01:21
新スレはこの板では禁止。汚れる。ゴーマニズム板に立てろ。
ナチのコスプレして店主と怒鳴りあってた野郎に、いきなり善人愛国者面
して一般人に説教する権利なんてあるわけないだろ。

956 :名無し三等兵:2001/06/27(水) 01:22
もう950超えたよ。新スレ作ろうよ。

957 :名無し三等兵:2001/06/27(水) 01:25
>>956
やめとこうよ。>>955の在日@高卒がここぞとばかりに荒らすから。

958 :名無し三等兵:2001/06/27(水) 01:26
・・・ったく阿呆が喚いているレスがウザイな。

959 :ヤマト:2001/06/27(水) 01:26
笑うよ。貴様の馬鹿ぶりには。

960 :んもぅまた煽るよ:2001/06/27(水) 01:29
どうせお前ら、偉そうにしてても趣味の軍服きたら
情けなくって一人じゃ町中も歩けない癖に(ワラ

馬鹿でも恥知らずよりまし。スレ立てるなよ。

961 :んもぅまた煽るよ:2001/06/27(水) 01:32
>@高卒が
高卒を馬鹿にしてるのはいただけませんな。差別主義者のにおいがぷんぷん。
さすがナチ大好き軍事板!ちなみに私は、これでも大卒よ。

962 :名無し三等兵:2001/06/27(水) 01:35
ナチのコスプレして喜んだりしてる時点で、語る資格がないってのは言えてる。

963 :名無し三等兵:2001/06/27(水) 01:38
そういう服装を着ている人って、国際日本人養成講座で読んだんだけど、樋口中将(でしたっけ?)
とかに対して全然失礼だとか思わないの?あの人ユダヤ人守ったんだよね?

964 :んもぅまた煽るよ:2001/06/27(水) 01:39
思っうわけねぇだろ>ボケ963

965 :名無し三等兵:2001/06/27(水) 01:43
マゾなのか?本物の馬鹿なのか?在日なのか?全狂頭なのか?
ガキなのか? いったいどれでしょうか? 好きなのを御選び頂きたし。
主張したいポリシーとアイデンティティーが御在りあらせられる様に
御見受け出来ますので、テメェでスレ揚げて御暴れされる様願います。

966 :んもぅまた煽るよ:2001/06/27(水) 01:51
んじゃ、ナチのコスプレして遊んでる連中のHPや服の販売店とか、
片っ端からユダヤ人協会に通報してからでもいい?
そういやカンコックにもナチ好きの連中いたな。
どうしてくれようか。

967 :名無し三等兵:2001/06/27(水) 01:56
通報してくれ。
ていうか、お前みたいな在日の低能が通報しなくても協会はチェック済みだ>ナチ関係

968 :んもぅまた煽るよ:2001/06/27(水) 02:10
>>930であれほど違うと逝ってるにもかかわらず、いつの間にか何度も在日扱
いされてるな。どうやら旧日本軍の差別主義者の亡霊もいるようだな。困っ
たもんだ。ネル。

>お前みたいな在日の低能が通報しなくても協会はチェック済みだ
チェックされてると知っててやって日本人の恥を世界中にさらしてんだな?
最近の日本に対する理不尽な個人への戦時賠償の裏に、ユダヤが絡んでる噂が
でてくるのはお前らのせいかもな。先人達が泣いてるぞ。俺は買わないんだっ
て逝っても、ナチの服売ってる店で売り買いしてりゃ同罪だ

969 :んもぅまた煽るよ:2001/06/27(水) 04:49
はぁー飲んですっきり、煽ってすっきり、明日は休日楽しいな★

970 :Cだ住:2001/06/27(水) 05:05
初めて投稿します。中学2年生の時、親戚の家族と海に行った時の話です。

1つ下のいとこのゆうこちゃんと泳いでいて、夕方頃に私の水中眼鏡が割れて右手
を切ってしまい、手当てを受けました。手当てが終わる頃にはもう海水浴場には誰も
いませんでした。民宿に帰ると、もう皆お風呂も済ませていて、食事までの時間を寝転んだ
りして過ごしていました。

水着のまま風呂場へ行き、さっさと脱いで風呂へ入っていると、すぐにゆうこちゃ
んも入ってきました。「え?えっ?」と思っていると、「もうお風呂二人だけやって。」
て言いながら、かかり湯し始めました。
「う、うん。」と言いながら、目はゆうこちゃんの体にくぎ付けです。まだ毛は生
えていませんが、ほっそりとした体に小さな胸、腰のくびれもちゃんとあります。湯船に
入る瞬間もちゃんと股間をチェックします。でも、良くわかりませんでした。

「あつい!」
「よう、焼けとうからな。でも、女の子は背中焼けへんから、ええなぁ。」
「ほんでも、肩がいたいよ。」
「僕なんか、こっから上 全ー部痛い。」

そう言って、湯船から出ながら背中を見せました。前はもうびんびんに立っていた
からごまかしながら出た訳です。椅子に座り、砂だらけの頭を洗おうとしました。
右手は包帯を巻いていたので、左手だけで頭を洗おうとしたのですが、うまくいきません。

971 :Cだ住:2001/06/27(水) 05:05
「もう、怪我なんかして。」と言いながら、ゆうこちゃんが湯から出て、頭を洗っ
てくれました。足を閉じるとゆうこちゃんが正面で洗いにくいため、僕は足を開
き、その間にゆうこちゃんが入ってきました。
目のまん前にはゆうこちゃんのわれめがあり、注視していると、「下向いて!」て
言われたので、慌てて下を向きました。頭にお湯がかかり、目をつぶっていると数
回お湯が頭にかかります。

体にもお湯がかけられ、しばらくじっとしていると、「もうええよ。」と言う声が
お湯の中から聞こえます。
「うん。」そういったものの、そのまま入ると、勃起したおちんちんが見られてし
まうので躊躇していると、「交代や。」そういってゆうこちゃんも上がってきたの
で、さっとお湯に入りました。

ゆうこちゃんは、僕の目の前で体を洗い始めました。もうそれを見ているだけでく
らくらしてきました。
まだ子供なのか、ゆうこちゃんは立ったまま体を洗っていました。見とれている
と、「そんなに見ないで。」って言われてしまいました。ゆうこちゃんは椅子に座
り、頭を洗い始めました。足は思いっきり開いています。われめの構造が良くわか
りました。初めて見る女陰です。ゆうこちゃんは下を向いているので、顔を近づけ
て観察しました。「おにいちゃん。」「え、え?」「頭流して。」民宿
にはシャワーがなかったので、左手でお湯をかけました。その時既にゆうこちゃん
の目の前に僕のおちんちんがありました。

972 :Cだ住:2001/06/27(水) 05:06
「じゃ、体洗ったげるね。」と言いながら、ゆうこちゃんは顔を洗っています。
「ええよ。」「手怪我しとうから、自分であかんやん。」顔を上げたゆうこちゃん
は、僕のおちんちんを見たまま止まってしまいました。
「…すごいね。おへそに付きそうやん。へー。初めて見た。」声が変わっていま
す。中学2年生と言えば、一番びんびんの頃です。もう見られて僕は完全に感じて
おり、第1次チンポ汁すら出ていました。
気を取り直してゆうこちゃんは僕の体を洗い始めましたが、男を意識してしまい、
様子が変です。僕も、もう開き直って、右手を上げたままなすがままです。

おへそのあたりから、ゆうこちゃんの手がゆっくりとなり、気を付けて手を進めま
すが、手の甲におちんちんが当たってしまいます。「え、え?何?」そうです。意
識的におちんちんを動かして、ゆうこちゃんの手に当てていたのです。「おちんち
んって動かせるの?!」って叫んだので、ゆうこちゃんが見ている前で動かして見
せました。「ふーーーーーん。」と言いながら、興味深々です。

さすがに、おちんちんのところは自分で洗い、足からはまた洗ってもらいました。
体にお湯をかけてもらいましたが、女の子は流す時、左手でさすりながら流しま
すよね。ゆうこちゃんもそうしてくれました。
でも、おちんちんが上を向いているため、そこだけせっけんが落ちません。「あ
れ?」ゆうこちゃんは意を決しておちんちんを触りながら流してくれました。何度
かそれを繰り返した後、「下向かないね。」って言って左手で上から押さえました。
僕が力を入れると、「わ!すごい、すごい。こうやって動くの。」
って手全体でおちんちんを触り始めました。

973 :Cだ住:2001/06/27(水) 05:06
僕も「触らせて。」と言って、ゆうこちゃんのわれめに手を伸ばしました。さっき
見たわれめはべちょべちょに濡れていました。中のしくみがわからないままゆうこ
ちゃんの体を触りまくりました。ゆうこちゃんの体に僕の指が入った瞬間、おちん
ちんを握られたまま射精してしまいました。

「うわー、うわー、うわー。」おちんちんがぴくぴくしながら精液を何度も飛ばす
度にゆうこちゃんは声を上げています。ゆうこちゃんの顔は真っ赤です。

その後おちんちんを石鹸で洗い直してもらい、湯船にゆうこちゃんを立たせてわれ
めの中を観察していました。「早よ上がりよ。皆ご飯待っとうで。」の声で我に返
り、そそくさと風呂から出ました。

脱衣場でゆうこちゃんに体を拭いてもらい、服も着せてもらいましたが、その間も
ずっとおちんちんは立ったままでした。最後に短パンのボタンをしめてから、「ズ
ボンの中、こうなっているんだ。」といいながら、またズボンの上からおちんちん
をさすってきました。左手がズボンの中に入ってきます。ゆうこちゃんはまだ素っ
裸です。もう、我慢できず、横ちんしてゆうこちゃんの目の前でオナニーして出
してしまいました。もう時間がなかったので、素っ裸のゆうこちゃんを残して僕
は風呂場から出ました。

浴場で欲情した話でした。

974 :名無し三等兵:2001/06/27(水) 06:17
さて、終了しましょうか。

みんな、ちゃんといい話だけ保存した?

975 ::2001/06/27(水) 22:12
/

976 ::2001/06/27(水) 22:36
[

977 :名無し三等兵 :2001/06/28(木) 01:27
No.2はつくらないのでしょうか?

978 :名無し三等兵:2001/06/28(木) 01:28
まだいいよ。やめとこう

979 :名無し三等兵:2001/06/28(木) 01:40
人として悲しや950・・・。

980 :名無し三等兵:2001/06/28(木) 05:46
>>968
>最近の日本に対する理不尽な個人への戦時賠償の裏に、ユダヤが絡んでる噂が
>でてくるのはお前らのせいかもな。

戦時賠償のはなしは知らんが、最近
米国内で、詐欺の為、弁護士免許剥奪になったユダヤ系弁護士が、
日本と中国を往復して、同じように詐欺をくりかえしているとか。
彼は反日だという。かれが米国に一時帰国したとき
夫が知人を通じて一緒に食事したときに、
妻(私)が日本人であると知って、色々と彼の日本観を語っていたとか。
中国のマーケットで一儲けしたい彼の、中国讃美歌に皆引いていたという。

981 :名無し三等兵:2001/06/28(木) 11:23
>>980
中国マーケットで一儲けしたいがために中国賛美を続けるのは日本の財界だって一緒でしょうが。

どちらにしてもこのスレはもう死んだ。
いつか、ハン板厨が死んだあたりで再建しよう。

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