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創価学会のカレンダー本尊

1 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/22(日) 03:25
日蓮宗や日蓮正宗がまだ良心的だと思うのが、紙幅の裏に表具(布地)
を貼っているところだ。
学会の大量生産本尊は北関東の某印刷会社で生産され、一枚の紙幅に
表具まで印刷!されてる通称「カレンダー本尊」と言われるものだ。
日蓮各派の印刷本尊で一番安いモノでも売価¥2.000円程度。
カレンダー本尊は多分原価数十円ではなかろうか。それが会員の手に
いくらで渡っているかはさだかではない。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/22(日) 03:34
古紙やエロ本紙を使用したとの報告が過去にあったな。

ちょっと想像して学会のひと、エロ本に向かってるじぶんの姿を。


3 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/22(日) 03:35
創価学会の本尊が茶番なんだよ

4 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/22(日) 03:54
>>3
本尊を反キンマンコ勢力に販売するビジネスって、成功しそう。
まぁ、匿名で買えるかどうかがポイントだろうけどね。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/22(日) 04:02
4は意味不明

6 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/22(日) 04:17
言うとくが、学会の本尊は最新の素材で、できとるんじゃ。
かみ、なんぞじゃない。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/22(日) 04:21
新潮の古紙か


8 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/22(日) 04:38
最新の素材とは何ですか?

創価に興味あります。


9 :六条門流 :2000/10/22(日) 11:38
創価さんに質問です。
ここに二つの開眼入魂した御本尊があるとします
ひとつは日寛御上人の御本尊の偽造コピ−(宛名書きを抹消)
ひとつは日蓮大聖人の御真筆の御本尊のコピ−
あなたは、御真筆の御本尊のコピ−を破り捨てて日寛御上人の御本尊の偽造コピ−
を礼拝されるのでしょうか



10 :求むカレンダー本尊 :2000/10/23(月) 12:43
私はかつて優しい大家さんのススメに従い、創価学会に加入しましたが、
金でも巻き上げられるのかと警戒していたところ、故日達ゲイカの本尊と
それをしまうミニ仏壇を無料でプレゼントされ、大変気をよくしました。
このころ、いろいろ学会の人たちとは交流しましたが、勤行をやらず、経文
を覚えなかったので出世はしませんでした。

その後、お付き合いも面倒になって遠のいていましたが、「退転したあいつは
こんなに駄目になった」などといわれないよう、頑張っていました。

そのうち、学会が血脈相承(?)をなげすて、オヤマと喧嘩して、自立したと聞き、
復活を勧誘しにくる学会のみなさまに、そのことを何度も質問していましたが最近、
こなくなりました。

本尊をどうやって発行するのだろうかと思っていましたが、わたしの心配をよそに、
現在ではカレンダー本尊を印刷しまくっているということです。

それがどのようなものか、是非みてみたいのですが、創価学会と係わり合いにならず
にそれを入手する方法はないでしょうか。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/23(月) 12:49
>10
この掲示板で脱会者募ってみたら?

12 :>9へ:2000/10/23(月) 12:49
逆に質問です。
御本尊の無いところで信心をしなければ
ならない状況になった人がいたとしたら
その人には功徳は無いのでしょうか。
成仏叶わぬ身なのでしょうか?。

13 :六条門流 :2000/10/23(月) 12:53
「南無妙法蓮華経と唱え奉る所すなわちこれ道場なり」

14 :「血脈について」 の>73:2000/10/23(月) 13:16
御真筆でなければならないと言う事は無い。
それは分身散体の義による。
また御真筆であろうが、御片木御本尊
であろうが功徳は変わらん。
最も大事なのは真筆か否かではなく
あくまでも礼拝する側の信心だ。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/23(月) 13:21
>13
その通りです。
でもやはり、御本尊があったほうがよいでしょう?

16 :六条門流:2000/10/23(月) 13:45
南無妙法蓮華経と唱え奉りながら、くちいっぱいにぶっとい
勃起ちんちんをほうばりたい。おれのケツの穴はゴルフボール
4つ入れて鍛え抜いた。生半可なちんぽじゃおれはノックアウト
出来ないぜ。(苦笑

17 :9さんじゃないですが:2000/10/23(月) 14:42
>12さん
それは、御本尊のない所で信心をしなければならないという、その宿業をその人が打破できていないのですから、当然成仏など叶うはずがありません。
一条の掘をも飛び越えられない者が十条、二十条の堀を越えられるでしょぅか。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/23(月) 14:57
>13さん、15さん
それは、正しい仏がそこに在るという前提の上で成り立つことです。
すなわち、現在の状況であるならば、正しい御本尊をご安置していること、という前提がなければ意味がありません。
なぜならその一文(南無妙法蓮華経と唱え奉る所すなわちこれ道場なり)のみを切り出して来て題目を唱えさえすればいいというのならば、きつねや物の怪に題目をあげてもいいということになり、もともとの日蓮の教義から外れて、崩壊してしまいます。
切り文は学会員の得意とするところです。
日蓮は名言集を出しているのではありません。
前後の文脈が大事になるのです。

19 :六条門流:2000/10/23(月) 15:50
>18
御説ごもっともですが、もし
御本尊の無いところで信心をしなければ
ならない状況になった人
の場合の話です(牢獄とか長期出張中とか)

20 :17=18ですが:2000/10/23(月) 16:04
>19さん
それに関しての回答は、17であげた通りですね。
それに出張なら出先の末寺に参拝すればいいのでは…。


21 :六条門流 :2000/10/23(月) 16:11
>20
それはすばらしい御信心だと感服いたしました。
よろしければどういう宗旨のお立場かお聞かせいただければ
とぎれとぎれでも会話が続くとおもうのですが、よろしいでしょうか?

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/23(月) 16:38
極端な話、戦争になって
信心している兵隊がいたとする。
(実際、第二次大戦中いた)むろん
寺なども無く、あるのは、自分の身一つ。
この兵隊の信徒は成仏叶わぬ身なのですか。
だとしたら、ずいぶんと無慈悲ではありませんか。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/23(月) 16:43
>きつねや物の怪に題目をあげてもいいということになり
そんな事誰も言ってないのでは。
最初から御本尊が前提の話じゃないのか。
真筆か否かという話。

24 :名無しさん@阿呆:2000/10/23(月) 16:48
本尊なんざ、坊主丸儲けの道具に過ぎんのよ。
坊主の権威づけのためだけの存在になりさがってるんだよ。

25 :20:2000/10/23(月) 17:00
>22さん
無慈悲?何をおっしゃってるんですか?慈悲というものに対して何か勘違いをされてませんか。
慈悲は愛とは違うのです。
そういった、自分の積んできた罪業(22さんのお話の例からあげると、徴兵されてしまうという不幸にいたる罪業を積んでしまった自分)全てをチャラにして救ってくれるという都合のいい宗教を求めているのならば、
日蓮の厳しい仏法を理解できないのは仕方ないでしょうけれど…悲しいことですね。

>23さん
ちゃんと全部繋がるんですよ。
きつねや物の怪…つまり、血脈のない、拝む対象として成立のしないもの。すなわち、日蓮の真筆でも、血脈のないものでは功徳は得られないのです。
身延山久遠寺に日蓮の真筆がありますが、日蓮正宗の宗門、創価学会ともにこの真筆は血脈のないものとして、御本尊、という扱いから除外されています。

>六条門流さん
あなたの宗旨ももしよろしければお聞かせ願えますか。軽く、さわりでかまいませんので…。
何しろここは2chであるということと、学会員はアンチ学会に対して過剰に攻撃をしてくることはよく存じておりますので、
多少慎重に事を進めさせていただきたいのです。
六条門流さんが真剣でいらっしゃるならば、私も及ばずながらお話させていただきたいのですが。



26 :求むカレンダー本尊:2000/10/23(月) 17:00
初歩的な質問ですが、

1.日蓮正宗の坊さんはいつのころから堕落していて、日蓮大聖人の相承を
  外れていた(いつからでしょうか)。

2.創価学会は、なんらかの方法で、日蓮大聖人に直結して、その正しい教え
  を体現している。

というようなものが、創価学会の立場の現代語訳だと思うのですが(これが間違っ
ていたら、ご指摘を)、富士大石寺にあるご本尊(板曼荼羅)については、どの
ように説明しているのでしょうか。

このご本尊は、日蓮大聖人の出世の本懐であるという説明を昔聞きました。信者に
与えられるご本尊は、この板曼荼羅の出張所のようなもののはずですが、現在の
カレンダー本尊の発信局はどこでしょうか。



27 :特撮オタ:2000/10/23(月) 18:57
>18さん
それでは戸田二代会長の投獄時(当時は理事長)の信仰、および創価学会の
理論の根幹をなす「生命論」さえも否定することになりますよ(東京拘置所
には御本尊は存在しなかった。戸田会長は牛乳瓶の蓋で念珠を作って唱題し
て生命論の確信に至った事くらいは常識と知っておいてくれ、創価学会員なら)。

自分たちの所属組織のバックボーンを自己否定してしまうような墓穴は掘らな
いように。

28 :六条門流 :2000/10/23(月) 20:17
>19さん、わかりました。御宗旨は結構です。
貶すとかいうことでなしにお話していると御了解ください。
私思いますに、日蓮聖人の教えとは端的にいえば
1.法華経だけをひたすら信じて、他の教えにはいっさいかかわらない
2.法華経を信じるかぎり救われないわけはない
3.法華経を信じるという意志表示は南無妙法蓮華経をとなえ続ければよい
につきると思います。
故に、
>極端な話、戦争になって
>信心している兵隊がいたとする。
(実際、第二次大戦中いた)むろん
>寺なども無く、あるのは、自分の身一つ。
場合、南無妙法蓮華経をとなえ続けたかぎり救われないわけがないし
そうすることで必ず救われるというのが日蓮聖人に対する帰依と心得ます。
このさい本尊は枝葉末節にすぎません。
心得ちがいがあれば正してください。


29 :六条門流:2000/10/23(月) 20:18
訂正
そうすることで必ず救われると信じるというのが日蓮聖人に対する帰依と心得ます。


30 :六条門流:2000/10/23(月) 20:25
訂正 2
私に心得ちがいがあれば正してください。

31 :18=20 :2000/10/23(月) 21:06
>特撮オタさん
戸田先生が獄中にて悟りを開いたという話は、学会員でなくとも日蓮正宗に入信した者なら常識中の常識ですね。
戸田先生は、確かに獄中で悟りを開きました。(特撮オタさんが書かれている通りの、俗にいう「生命論」です。)
しかしそれは、「一つの悟り」の境地にしかすぎなく、成仏とはまた別の見解なのです。
という話の論証をあげますと、出所したその後、戸田先生は学会員達を教育していくわけですが、
日蓮の法門を天台流に解釈してしまい、それを会員達に「日蓮の教えである」と説いてしまったため、それによる現証も出てしまった、と自ら
おっしゃっていらっしゃることが、創価学会よりでている「人間革命」に書かれているのです。(この場合の現証とは世間でいう間違った教えを広めてしまったことによるバチのことをいっていますが、
実際的には多少ニュアンスが違うため、敢えて「現証」と使わせていただきます。)



32 :特撮オタ :2000/10/23(月) 21:29
>20さん
「人間革命」に出ているということですので、私もその件には
興味があります。つきましてはどの版の何巻のどの章か教えて
いただけますか?(戸田版、池田版、新池田版があるため)
誠にお手数ですがよろしくお願い申し上げます(ペコリ)。


33 :19 :2000/10/23(月) 21:35
>六条門流さん
真剣にお話いただける、とのことで安心しました。先の失礼な文、平にお許しください。
まず
1.法華経だけをひたすら信じて、他の教えにはいっさいかかわらない
についてですが、これは少々違っていると思われます。
というのは、日蓮の教義は「邪義・邪宗を破折し、みんなを救うこと」であって、他の宗教に関わらない…などとほざく輩は、あきらかに日蓮の檀徒ではありません。
多少横道にそれますが、なぜ日蓮が他宗を「邪宗」と攻撃するかというと、みんなを、ひいてはそれが自分を救うことになるからなのです。
他宗をいじめたいのではありません。
謝った思想によって不幸になる人達を見るのが悲しくてならないからなのです。
ちょっと横にそれすぎてしまうのでその話は少しおいておきます。

次に
2.法華経を信じるかぎり救われないわけはない
という文においては、確かにそうです。
多少文を変えさせていただきますと、
「法華経を信じていれば救われるのは当たり前のことである」
…というのは「法華経とはなんなのか?」を説明しなければ、一宗教の妄想としてしか受けとっていただけないのはよくわかっております。
ずばり法華経とは、人が生きる上での、法則にすぎないのです。
例えば日本において、冬は寒い、という法則があります。その法則をよく理解し、それにのっとって生活するのならば
「寒いなら上着を着ればよい」「寒いならストーブをつけて部屋を暖めよう」という、当たり前の結論に行きつきます。
逆にその「寒い」という法則に逆らって生活する者…これはいかに愚かな姿であるかは、想像に難くありません。
「法華経を信じていれば必ず救われる」という文をわかりやすく訳すと、
「生活する上での法則を良く理解し、それにのっとって生活すれば、過ごしやすい人生になるのは当たり前である」といった意味であることを
ご理解いただけますでしょうか…。

そして、
3.法華経を信じるという意志表示は南無妙法蓮華経をとなえ続ければよい
唱える対象により、この判断は変わってきます。というのも先ほど述べたように、ただ唱えるだけではきつねなどらとなえても同じ、という結論に行き着くからです。
そして、そういった別のものに法華経を唱えている姿は、法華経を信ずるものの意思表示では到底ありえないというのはわかっていただけると思います。
普通「唱え続ける」というのは本尊に向かってなのですが、「本尊は枝葉末節にすぎない」と六条門流さんがおっしゃられているため、
少々判断がつきませんでした。申し訳ありません。

日蓮が一閻浮提(いちえんぶだい)の大御本尊
(弘安二年に顕わされた、日蓮正宗の基本となる曼荼羅です)
をなんのために顕わしたか?が最大のポイントです。

日蓮は、日蓮の仏法の基本は「三大秘法である」といっています。
三大秘法とは「本門の本尊」「本門の題目」「本門の戒壇」のことですが、
その三大秘法すらも「一大秘法に収まれり」といっています。
一大秘法とはずばり、「本門の本尊」のことです。
ですから「本尊が枝葉末節」となってしまうと、全てが狂ってしまいます。
その一番いい例が、このスレッドのタイトルの、学会の発行したカレンダー本尊なのです。

長々とすみませんでした。
言葉足らずにて、伝わりにくい部分がありましたら申し訳ありません。

34 :六条門流 :2000/10/23(月) 22:25
>19様
お立場よくわかりました。正直申し上げて
現在のところ私は日蓮一期弘法付嘱書を否定する事ができません。
また一閻浮提総与を否定するためには19さんの論法でいくしかないようですね。
私はどちらが本来のありようか迷っていますし、
私は学会員ではないので、しばらく19さんへの学会さんのレスを
待つことにいたします。

35 :20 :2000/10/23(月) 22:40
>特撮オタさん
大変申し訳ありません。
現在親が人間革命を所持しており、(親とは別居中なため)
詳細を確認できなかったことと、
また、そのためひょっとすると誤りを述べてしまった恐れがあり、
説得力に欠けてしまうことを平にお詫びいたします。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/23(月) 23:31
>特撮オタさん
20氏は正宗信徒でしょう。
戸田先生の悟りとは無量義経の14の非ずを指すもの、即ち仏とは命なりと覚知され
たのです。その後法華経序品1の虚空会の儀式を身をもって悟られたと思います。

>日蓮の法門を天台流に解釈してしまい、それを会員達に「日蓮の教えである」と
説いてしまったため、それによる現証も出てしまった、と自ら

これは、間違いです。獄中での悟りと法華経の講義をする際、わかりやすく(文上)
天台の止観を使われたのです。大聖人の仏法は、事の一念三千なのですが、理解を
助けるため、天台の理の一念三千を用いられたのです。それゆえの罰がでたと言われて
いました。


37 :36 :2000/10/23(月) 23:40
それともう一つ、創価学会の本尊はなんの問題もありません。
駄目だとする、根拠もありません。


38 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/24(火) 01:07
うわ、マジなやりとりが続いてる!
ヤベーよ、ここ!

39 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/24(火) 01:42
↑同感 狂った奴等はほっときましょう
    一生治りません お気の毒 ち〜ん

40 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/24(火) 02:09
>それともう一つ、創価学会の本尊はなんの問題もありません。
>駄目だとする、根拠もありません。

根拠はあるのだろうか?


41 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/24(火) 02:31
>40
恐らくないでしょう(爆

42 :名無しさん@阿呆 :2000/10/24(火) 11:13
>24だが
正宗の連中はやっきになって、わけの分からん理屈を言っとるが
要するに、本尊なしには坊主は丸儲け出来ない。
だから、何としても「本尊が無いと救われない」
と言う駄理論を正当化したいわけだ。(w
御妙判のどこに書いてある。

43 :>12,22 :2000/10/24(火) 11:34
「此の御本尊全く余所に求る事なかれ・只我れ等衆生の法華経を持ちて
南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり」
「此の御本尊も只信心の二字にをさまれり以信得入とは是なり。」
とある通りだと思うんだが。

44 :六条門流 :2000/10/24(火) 11:45
>43
おっしゃるとおりだと思います。


45 :たかた :2000/10/24(火) 14:12
いままで19だった者です。
まとめて申し上げます。
ここで、「学会の本尊には何の問題もない」といっている方々、そして本尊無しには坊主は儲けられない…云々で
御本尊の存在を否定しようとする方々。これらは学会の方ですね。
学会にいて、あれだけ御本尊に向かって題目をあげ、功徳と現証が出ておきながら、
まだ御本尊の「恐ろしさ」をわかっていないというのは哀れとしかいいようがありません…。

>43さん
そうです、その御書にある通りなのです。己の中に、御本尊に示されている「仏の命」と全く同じものが、あるのです。
だからこそ、日蓮は誰でも仏になれる、といいきっているのです。
…が、我々凡夫の命は六道輪廻という言葉があるように、常に、ぐるぐると動きまわっています。
さっき平静でいたはずが、ちょっと虫が周りを飛び回るだけでいらいらしたり、
手をひっかけて「痛い」という方へ気をとられたり…。

そんな命がころころ変動する状態では、己の「本尊」を常時引き出すことが出来るはずがありません。
そして、己の「本尊」に、的をしぼって題目をあげられるわけがありません。

だから、日蓮は御本尊を顕わしたのです。御本尊とは、拝んで願いをかなえる神様仏様、そんなものではないのです。
己の内…胸中の肉団におわします御本尊を、常に的をしぼって題目を唱えられるようにと表に出されている、我々の生命構造そのものなのです。
日蓮が顕わした本尊は、凡夫の命のようにころころと変動することはなく、常に仏の生命状態を顕わしています。
そこへ向かって題目をあげることにより、生命の波長を常存している仏と、同じにそろえることができるわけです。

ですから、本尊を否定するということは、まだ仏の生命状態を引き出すことのできない己を本仏扱いするという、まことに奢り高ぶった、恐ろしい状態であるといわざるをえません。

では学会のカレンダー本尊でもいいのか?という原理になってきますが、ここの記事が長くなりますので、次の記事へ。

46 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/24(火) 14:30
ホモ溝口のネタバレ

47 :たかた :2000/10/24(火) 14:31
学会のカレンダー本尊がなぜだめであるのか?

カレンダー本尊の元版は、「一機一縁の御本尊」として末寺の住職に日寛上人から授与されたものであり、
砕いていうと万人向けに顕わされたものではありません。
その個人の生命状態をいかに良く引き出すか、に的をしぼられているような形であるといえるでしょう。
ということが、まず一つあげられます。

まあ俗世的にいうと、コピーしただけで許可を得ていなければ「海賊版」例えコピーでも許可さえ得られれば「本物」として世に出すことができる、というのは
学会の御本尊がコピーとかどうとか以前に、普通の世間の常識として、全く当たり前のことではないでしょうか。
ですから、いかに学会のコピー本尊とはいえ、ちゃんと許可を得れば(つまり開眼供養すれば)
正しい本尊として扱うことが出来るようになるはずです。

…が、現状で、そんな本尊を持っていっても開眼してもらえないのは火を見るより明らかですね…。
ちゃんと末寺から、開眼されている御本尊をいただいてください。
コピー本尊に題目をあげるということは、仏でないものに題目をあげているということになり、仏でないものに題目をあげることは日蓮は認めておりません。




48 :>たかた :2000/10/24(火) 14:50
曼陀羅に開眼が必要だなどということは宗祖はまったくいっておりません。
開眼というのは木像絵像などに行われるたんなる儀式です。
御本尊とはなんの関係もありません。
少しは、勉強してからものをいってください。

49 :六条門流 :2000/10/24(火) 14:57
>たかた さんがおっしゃる本尊論は心にしみました。
いっぽうでたしかに開眼入魂供養も単なる儀式ともいえます。
難しいです。

50 :たかた :2000/10/24(火) 15:13
>48さん
そりゃ普通はニセ本尊作って「これが本物だ」なんて
主張しませんからね…(汗)身延ですらやってませんよ?

開眼しなければ仮に(仮に、ですよ、念のため)弘安二年の大御本尊であっても
それは本尊として扱うことはできません。文字の書かれているただの物です。

それはさておき。
折伏教典の335ページの「四、お題目さえ唱えればそれでよい」の項目、きちんと読んでくださいね?
宗祖がどうとかの前に、あなた方学会員の師、戸田先生が「勝手に作成した本尊に…」と、
題目を唱えてはいけない項目の中にあげられているそれはなんなんでしょうかね?
(御書からあげても良かったのですが、それだと高確立で「御書を曲解している」っていいがかけつけてくるでしょうから…。)



51 :六条門流 :2000/10/24(火) 15:20
完全に横道ですが邪宗の私はほうぼう古本屋をさがしましたが
折伏教典を読むことができずにいます。
どなたか折伏教典のサイトを教えてください。


52 :>たかた:2000/10/24(火) 16:16
ではききますが、弘安二年の大御本尊はいつだれが開眼したんですか?
宗祖はしていないですよ。
していないということは、あなたの論理だと本尊ではないのですね。

それから、勝手につくった本尊ってなんのことですか?
日寛上人の本尊を下付することがどうして勝手につくったことになるんですか。
折伏教典なんかもちだしてきても、破折できないよ。

僧侶による(でいいんですね)開眼がなければ本尊と認められないというのならば、
ちゃんと根拠なり文証なりを示さなければおはなしになりませんよ。
ちなみに、そんなこと主張してるのは、日顕宗だけでしょう。
あ〜、ばかばかしい。


53 :たかた:2000/10/24(火) 16:17
>開眼とはただの儀式ではないか
というご意見があがっているようですので、一つ…。

「日蓮が魂を墨にそめながしてかきて候ぞ信じさせ給え、仏の御意は法華経なり 日蓮が魂は南無妙法蓮華経に過ぎたるはなし」

日蓮がここまで命がけで顕わされた御本尊を勝手にコピーし、「本物だ」と振れまわっている、それにどうして信仰者としての正しい姿を見ることができましょうか。
確かに御書中で、「本尊の開眼」について、明確に触れられている部分はありません。
が、日蓮は御書中に置いて「自分が末法のご本仏である」とは、ひとことも触れていないのです。
それを文底から引出し、「日蓮は末法のご本仏である」と認めたのは他ならぬ、御書を勉強している創価学会なのではなかったのですか?
文上だけを読んで「御書に書いてない」「宗祖がいっていない」などというのであれば、身延の理論と一緒で、非常に恥ずべきことですね。

最近記事が長くなりすぎなので、一般の方への「開眼とはなぜ必要なのか」へのお答えは次の記事にいたします。

54 :たかた:2000/10/24(火) 16:29
私は日顕猊下様に抱かれる自分のみだらな姿を想像しながら、手が
もう一つの肉仏に伸びて逝ってしまいます。猊下様のたくましい肉仏
を口いっぱいにほおばって、猊下様が聖なる男汁を私の口に注いで
下さるのをお祈りします。私は猊下様のことならなんでも、それこそ
彼の尻の穴の皺にあるほくろの数まで知っているわ。舌で丹念に清めて
あげたから。

55 :>たかた:2000/10/24(火) 16:41
>日蓮がここまで命がけで顕わされた御本尊を勝手にコピーし、「本物だ」と振れまわっている、
>それにどうして信仰者としての正しい姿を見ることができましょうか。

あのねぇ、ふざけたこともヤスミヤスミ言いなさい。
いま学会で下付している日寛師の本尊は宗門のやり方に疑問をもって離脱した僧侶が、
学会の方々におもう存分拝んでいただきたいと申し出られて、自分の寺に伝わっていた日寛師の御本尊をお形木として差し出されたものです。
その意を汲んで、学会としては新会員に下付しています。
だから勝手にコピーしているなどという悪質ないいがかりはやめなさい。

そもそも、学会員に御本尊を下付しないなどという大謗法を犯したのは宗門ではないか。
これが衆生を救うのが使命のはずである僧侶のとるべき態度といえるのか。

いいかげん、見苦しい詭弁はやめなさい。

56 :たかた:2000/10/24(火) 16:46
宗門の本尊はちんぽをかたどった張り型で、僧侶はみんなちんぽの
張り型をなめながらお題目を唱えているって本当ですか?
どうしようもないですね。

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/24(火) 16:55
>日蓮がここまで命がけで顕わされた御本尊を勝手にコピーし、「本物だ」と振れまわっている、それにどうして信仰者としての正しい姿を見ることができましょうか。
おまえらの本尊も(コピー)印刷物だろ。 アボン。


58 :たかた:2000/10/24(火) 17:44
さっきの続きです。
「開眼が必要なわけ」ですが、一般の方へわかりやすく例えますと、
いかに上手に作ってあろうと、ニセ札はニセ札です。
お金を発行する権限をもった日本銀行が発行したものでなければ、全て犯罪なのです。
お金をコピーすれば、使わなくてもコピーしただけで捕まります。
開眼供養は確かに儀式にしか過ぎませんが、その「儀式」が最大のポイントなのです。
権限を持った者がただの物であるものに、「その効力」を与える。
これは世間の常識ですよね。
お金だってもとはただの印刷された紙なんです。

>52さん
「三宝」をきちんとふまえた上で説明いたします。日蓮は仏宝です。代々の猊下は僧宝です。仏宝ご自身が顕わされた御本尊は、改めて開眼しなくても自動的にに開眼されているのです。
僧宝である猊下が顕わされたものであれば、改めて開眼が必要です。
御書とは本来、日蓮が弟子達に送った手紙なのです。そこにどうして、「本尊は開眼しなければならない」と改めて書く必要があるのでしょうか。
御書に関してといい、私の書いた文章へ対してといい、そんな簡単な、奥底に秘められた文脈すら理解できずに日蓮の仏法を語ろうとするとは、浅はかであるとしかいえません。
あと日顕宗っていう宗教を勝手に作らないで下さい(笑)学会は「日蓮世界宗」を商標登録してますが、日蓮正宗は日顕宗なんて宗教、どこにも登録してませんよ?

>55さん
ご質問させていただきます。
「じゃあなんで日蓮本人の真筆をコピーしないんですか。」
「じゃあ、学会員の家にある本尊をコンビニに持っていってコピーして拝んでいいんですか。だめならなぜだめなのですか。いいなら、なんでみんなやらないんですか?」
「学会では、創価学会に入会はしないけど、本尊が欲しいという人にも授けているのですか」
これら全てに明確に答えていただけますでしょうか。

>六条門流さん
古本屋ですと入手は難しいかも知れません。
学会関係の書店に行くと高い確率であると思います。

>57さん
だから開眼供養の話をしているのです。ちゃんとスレを全部読んでください。

59 :弥介:2000/10/24(火) 17:45
>50
たかたさん
折伏教典を引用するときは、発行年月日と版数が必要です。
折伏教典は重版ごとに内容が微妙に改定されていますので。

60 :たかた:2000/10/24(火) 17:57
>弥介さん
昭和43年の26版ですが、それは大した重要なことではないはずです。
私は要は、「学会員の方は、あなた方の師、戸田先生に破折されてますよ」といいたいだけですから。
ちなみにさっき引用した部分でないところにも、勝手に作った本尊についての文がいくつもあります。

61 :>たかた:2000/10/24(火) 18:02
まず宗祖に木絵二像についての御書があり、肝心の曼陀羅の開眼についての文証がないというのは不自然だとおもいます。
それでは歴代の猊下に曼陀羅開眼について述べられた文証がありますか?
くり返しますが、曼陀羅の開眼などというものは、もともとないのです。
だいたい、学会が宗門から下付を受けていたときも開眼などはしていなかったという明確な元宗門僧侶の証言があるのですよ。
これはどう説明するのですか? もういいかげんに目を覚ましなさい。
そのお札の例えはいったいなんの根拠があるんです? 笑われるだけだよ、ばかばかしい。
開眼という儀式が必須だなどというのは、あなたが勝手に作り話をしているとしかおもえません。


62 :名無しさん:2000/10/24(火) 18:06
>「三宝」をきちんとふまえた上で説明いたします。日蓮は仏宝です。代々の猊下は僧宝です。
あんた、何宗の人?(w
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
名前: >102 投稿日: 2000/10/24(火) 12:05

「唯受一人の血脈の当処(日顕法主)は、
戒壇の大御本尊と不二の尊体にまします」
「大日蓮」平成三年九月号より
日蓮正宗は日蓮大聖人の教えとは違う宗教に成り果てた!
もう、これ以上ついていけません。我が寺院は日蓮正宗から離脱します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(大wara

63 :名無しさん:2000/10/24(火) 18:08
>61
だから本尊なんて坊主丸儲けの道具だって。こいつらには。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/24(火) 18:10
たかたさん、あんたちょっと言ってること変だよ。
おかしくなっちゃったんじゃない?

65 :たかた:2000/10/24(火) 18:17
>61さん
もう一度いいましょうか?都合の悪いレスを読み飛ばしてくるのはやめてください。
「日蓮が末法の本仏である」これは学会も公に公言していますが、ではそれは御書のどこに書いてあるんですか??

>62さん
私達は日顕猊下を本仏として信心をやっているのではありません。
戒壇の大御本尊様を根本として信心しているのです。
心の師として、心を師とせざれ。
人に惑わされて、「法」を失ってしまった人間がいくら反論してきても、それは負け犬の遠吠えとしか聞こえません。

66 :妙因寺:2000/10/24(火) 18:27
日顕上人猊下は大御本尊と不二の尊体ですよ!
何を血迷った事を言ってるのですか!

67 :日顕:2000/10/24(火) 18:29
たかた!
おまえ、在家の分際で何を言うとるか!
学会に負けたら引っ叩くぞ!

68 :>たかた:2000/10/24(火) 18:49
もしあなたがいうほど、曼陀羅開眼が重要なものだとしたら、相伝や相承書がなにか残っているか、
代々猊下に伝えられているはずです。
しかし、そんなものはない。
あなたも知ってるように、日亨上人が宗門の口伝書や相承書の類もすべて明らかにして公開しました。
だけど、開眼の儀式がないと御本尊としてみとめられない、などという文献はないのです。

開眼が単なる儀式であるということは、ふつうに頭で考えてみてもわかることです。
宗門が学会の御本尊に難癖をつけるために、最近言い出したことにすぎないのです。
だからその妄想から目を覚ましなさいというのです。


69 :アルフ:2000/10/24(火) 19:45
>68さん

私、学会の幹部氏から折伏を受けたときに確認したんですが、
「学会の本尊は身延にあるように、土産物屋で安易に買えるような
 本尊ではない。大御本尊(大石寺の)の元で開眼された本尊だから
こそ価値がある。“仏造って魂入れず”という言葉があるとおり、
開眼、入仏というのは欠かせないことだ」と言われましたが。
信濃町本部でも、直接婦人部の幹部に連れられて行ったときに、
同じ事言われましたよ。
私が、「彼女の本尊コピーして、飾っておけば良いですか?」と
聞いたら、開眼とか、入仏とか、そういう仏教上の意義について
滔々と説明を受けましたけど。

私は、大ウソ聞かされた、ってことでしょうか?

70 :アルフ:2000/10/24(火) 19:48
「結局は、学会の本尊も家庭の掛け軸は、ありゃ、コピーでしょ?」
と言うと、決まって、「開眼云々」と説明を受けましたね。

この種類の説明が、学会としては、大ウソ、間違いであったならば、
私の体験記憶上で、そういう分類にしておきます。

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/24(火) 20:02
たかたさんはどこ?!

72 :お蝶夫人:2000/10/24(火) 20:29

全く面白くございませんので、ここで終了させていただきます。
次回もっともっと笑いのスピリッツの入ったスレを立てませう。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/24(火) 21:14
このスレ最高!
特にお蝶夫人が青筋立てているところが!

74 :六条門流:2000/10/25(水) 10:48
アルフさんがおっしゃっていることは真実だと思います。
正宗さんと学会さんが一心同体だった頃は開眼していない本尊は
ちり紙と一緒といわれていましたよね。
突然主張がかわって、学会員さんはよく混乱しないものだと感心いたします。

75 :六条門流:2000/10/25(水) 11:34
それから○○を読んでから発言しろ 
とおっしゃるのはいかがなものでしょうか。
日蓮聖人の御書のどこに○○経を読め、以上 とかいてあるのでしょうか
日蓮聖人はそれこそ、しつこいぐらいに○○経のはxxxと書いてあるでしょ?
それでもって○○経にもxxxとかいてあるでしょ、と語られていますよね。
御書根本で文底を読む学会さんの態度とは思えませんが。
それからエッチネタの方、私はエッチネタ大好きですが、御本尊をエッチネタ
で貶めることなぞ恐ろしくて考えにもおよびません。


76 :>75:2000/10/25(水) 13:58
>正宗さんと学会さんが一心同体だった頃は開眼していない本尊はちり紙と一緒といわれていましたよね。

そんなこといわれてません。
あなた何ものですか?
六条門流とはなんですか?

開眼なんていうのは、べつにやってもやらなくてもいいものです。
なぜ開眼が必要なのか説明できますか?
そして、それがなぜ僧侶によっておこなわなければならないのか説明できますか?
できないはずです。
その理由は後世になってから、いつのまにかはじまった単なる儀式だからです。
学会も宗門の信徒だったころはそれをそのまま受け入れていた。
ただそれだけのことです。
現在は宗門が狂って別れたので、開眼なんていう信仰と関係ないことには学会は関係なくなったということ。


77 :六条門流:2000/10/25(水) 14:20
電動こけしにご本尊を巻きつけてケツの穴にぶちこみたい。
ご本尊の肌触りとバイブの振動がドライブ ミー クレイジー!

78 :六条門流:2000/10/25(水) 14:20
>そんなこといわれてません。
 聞いた人がいるから間違いないでしょう
>あなた何ものですか?
 人間です
>六条門流とはなんですか?
 単なるHNです

開眼が必要だとは説明できませんよ。
だから、以前は開眼が必要だと言われていたのに
いつから必要ないといわれるようになったのか教えていただきたい。
以前から売店で売っている御本尊を紙屑と罵倒されていたのは
他ならぬ学会さんですからね。



79 :>78:2000/10/25(水) 14:41
>以前から売店で売っている御本尊を紙屑と罵倒されていたのは他ならぬ学会さんですからね。

ああ、身延とかの売店で売ってるもののことね。
それを罵倒したことはあるでしょう、いまでも罵倒するでしょう。
まず、御本尊を売店で売るというのがおかしいし、身延と学会は教義もちがうから。
身延派は宗祖を本仏と仰がないし、本迹一致だしね。
そういう意味では彼らの御本尊は否定します。

>以前は開眼が必要だと言われていたのにいつから必要ないといわれるようになったのか教えていただきたい。

だから、本来開眼なんて必要ないんです、宗門の慣行としてやっていただけのものを、信徒団体として追従していただけだった。
だからいいですか、そういうことが、いまになってわかったのです。
当時開眼が絶対必要だと言っていた学会員がいたとしたら、権威や儀式に惑わされていたということにでもしておきましょうか。

80 :六条門流:2000/10/25(水) 14:52
私は身延派(そういう派があるのかいな?)ではありませんが
開眼についての見解は解りました。

<現在は>開眼してなくても御本尊である。
しかし、売店の仏具屋で売っている本尊は
<学会とは教義が違う>から罵倒しつづける。

なぜなら学会の教義が正しいからである。
ゆえに学会の御本尊はただしい。

こういうのは循環論法で必ずバグりますよ。
レスありがとうございました。

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/25(水) 15:33
>六条門流

言い逃げはみっともないからよしな。

82 :アルフ:2000/10/25(水) 16:11
「循環論法で必ずバグる」っていうのは、
後で利用させていただきたい表現ですな。(笑)>六条門流さん

私は無宗教なので、「この本尊が正しい」という考えはありません。
私が不思議なのは、あれほど一生懸命に「開眼してこそ」と
力一杯(かつ長時間)訴えていたのに、ホンのわずかな間に、
こうまで変われることが不思議です。
激しい教義変更で、心がこむらがえりを起こすことは
ないのでしょうか?

83 :竜崎麗香:2000/10/25(水) 17:50

もうネタが尽きてきたのかなあ?(藁)全然説得力ないわって
ひろみ。ズバリ確信ついちゃあーダメよ。でもどれもこれもー
笑えないから本当につまんなくて。少しは笑わせてほしいわね。

それからエッチネタのかき込みわたくしで無くってよ。わたくし
現役の高校生ですから。それにわたくしあんなにヘタじゃなくっ
てよ。あたくしを騙るならもっと気品のある作品にして頂きたいわ。


84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/25(水) 18:37
たかたさんは結局逃げてしまったか!

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/25(水) 19:01
>84
だから!をとれって

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/25(水) 19:31
学会自体がじゅうぶん笑えるのに
学会員が気づいていない

87 :六条門流 :2000/10/26(木) 00:52
開眼供養について
本尊問答抄
「・・・何者をもって本尊と定むべきや、答えて曰く、題目を以て
本尊とすべし」云々
「しからばすなわち木像絵像の開眼供養は唯法華経にかぎるべし」
木像絵像の開眼供養ですら法華経で開眼供養せよと御祖師様はいわれている
いわんや御本尊をや。


88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/26(木) 08:29
「教義」の解釈的な部分は時代とともに
変わっていくのは当然の事だと思います。


89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/26(木) 08:42
日蓮正宗の教義の根幹に関る問題として
一閻浮提総与の御本尊の対告衆である
「弥四郎国重」は実在の人物では無いと言う
問題があるが、この件について詳しい方いらっしゃいますか?


90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/26(木) 08:55
-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
ついでではあるが、日蓮正宗創価学会の本尊は自称幸福製造器と呼ばれる「板マンダラ」であるが、その「板マンダラ」は学会で主張するように日蓮自身が作ったものなのであろうか。 …事実はこうである。 日蓮の弟子の日興は、日蓮は板にマンダラを書いたことはない、と断言している。「板マンダラ本尊」がつくられたのは、第九代日有の時で、それも日蓮教団の経済的な困窮に追いつめられた末の、日有の偽作なのである。
日浄の記録にこうも記されている。
「大石寺の日有は開山日興の本懐に背き、未見未聞の板本尊これを彫刻す。もし日有の斑惑世間に流布せば、大石寺の道俗共に無間地獄に堕す」と。

またまたついでに「板マンダラ」に関する彼ら創価学会の有り難い説教を聞いて見よう。
「昔、七面山の明星ヶ池に楠が毎夜光明を放っていたので、弥四郎国重なるものが、これを日蓮上人に献上したら、それに日蓮上人がマンダラを書かれたので、中老日法師が、それを彫刻した」とある。
まるでお伽噺である。信者の人たちは何の事実も知らずに、有り難いお話だということで毎日毎日これを拝んでいるのである。哀れである。

--------------------------------------------------------------------------------


91 :六条門流 :2000/10/26(木) 09:10
>アルフさん
心のこむらがえりも後ほど使わせていただきます(笑)
ほんとにそうですね。学会さんの中には尊敬すべき教学をお持ち
の方がゴロゴロいるのに、末弟までは伝わらないのでしょう。
選挙運動には御熱心でいらっしゃいますが。

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/26(木) 10:14
だいたい、弥四郎国重なんてあ、人別帳に記載がない。実在しない人物。

七面山もあの当時、波木井公の所領ではなかったといわれるし、まだ頂上にある
敬ショウ院も日蓮宗に帰属していなかった。

明星ヶ池というのも富士派の隠れ北斗七星信仰(妙見信仰)の象徴だなんて、
学会員は気がつきもしない。

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/26(木) 10:21
日有師が身延壇参の折り、日浄師開基の下部の某寺(現在は日蓮宗に帰属)
の寺院に宿泊中に、板本尊を刻んだのだ。そこには日目師の分骨もある。

現在の下部大杉山有明寺は江戸時代まで大杉大明神という神社の氏子が、
日有師書写した御本尊があっただけ。江戸時代からである。有明寺が開かれる
のは。

94 :六条門流 :2000/10/26(木) 10:22
>92
鬼子母神が法華経の守護神とされていたことも御存知ない方
もおられます。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/26(木) 10:40
また有師は、即身成仏したというのは本当の話である。大杉山
有明寺には、有師が入滅したとされる井戸の穴の跡が残されて
おり、今でも現存している。

近隣は、木喰上人などの木喰行で即身成仏行をするところで有名だ。

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/26(木) 10:44
>94
富士宮市内、日目師開基の某寺(現在は日蓮宗に帰属)に、
目師の刻んだ鬼子母神像があることは、全く知られていない
事実。これを北山の本間猊下は隠している、ということも
知られていない。

97 :六条門流:2000/10/26(木) 11:06
すこし健の者も独なれば悪しきみちにはたうれぬ

>96
知りませんでした。ありがとうございます。

98 :名無しさん@悲しみがいっぱい:2000/10/26(木) 12:05
独り言。
こういうものが学会さんの教学であれば私は悲しくてならない。
御書曲解も甚だしいのではないですか。

■ すこし健の者も独なれば悪しきみちにはたうれぬ
◎ 信心を頭でわかっていたとしても...
・ 学会の教学部長だった原島ですら、山友という悪知識によって、師敵対という悪道に落ちた
・ 宗門の教学部長だった日顕ですら、嫉妬心という煩悩により、学会を切ろうとして悪道に落ちた
- 提婆は六万蔵を暗にして無間に堕ちぬ(p.1472@`三三蔵祈雨事)[6]
◎ 一人になると弱い
・ 慢心、我見、怠惰への誘惑、勇気が湧かない...
- 人の心は時に随つて移り物の性は境に依つて改まる(p.31@`立正安国論)[7]
● まとめ方のヒント

 今月のテーマは信仰における組織や師匠の大切さです。
 一つ目の角度は、自分が行き詰まったり、横道に反れようとしている時に、同志や師匠のお陰で立ち直ることができたという体験をお持ちであればその体験を語れば良いかと思います。
 二つ目の角度は、落ち込んだり、何らかの事情で組織から離れ、一人になった時にいかに自分の弱い心が出てきたか、いかに悶々としていたかということを語るという手もあろうかと思います。
 三つ目の角度は、「俺は組織が嫌いなんだ!」などと言って学会から遠のいてしまった人がいれば、その人がどのような末路をたどったのかを観察してみる、という方向でも語れるかもしれません。
四つ目の角度は、 「俺は組織が嫌いなんだ!」などと言っている部員さんに何と言って良いかわからなかった人は、この御書を通し、「凡夫が組織との繋がりを断つことによってかえって自身の宿業に縛られて生きていく不自由さ」を語っていく決意を表明するのも良いかと思います。


三三蔵祈雨事 (1468頁@` 1〜4行目)

***県男子部教学部長 ** *

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/26(木) 12:21
>97

この件の元ネタは波木井坊竜尊さんだ。氏はニタランニタランしながら
話してくれた。発端を掴んだ氏の連絡で、日蓮教学研究所や身延山大学・
立正大学の調査が一昨年に終了していると聞いている。大石寺派の現在
の教義を根底からつき崩すものだ。そのうち本で刊行されるかも。


100 :六条門流:2000/10/26(木) 12:38
いろんな方のお話を聞いて教学を深めようと思いましたが、残念ながら
ひろゆき氏から停止命令が出ているようです。
教学研究は学会の教学批判をたたき台にしないと前に進めないようですので。
みなさん御教示ありがとうございました。

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/26(木) 12:59
波木井坊さんの話は、半分に聞いておいたほうがいいよ。
真偽おりまぜながら、作文するのは有名ですから(笑)
石山教学も自派の教学もわかってない人ですからね。
それと、対立者にたいして、原理であるとかなんとかデマばかり
飛ばしますから気をつけましょう。
法太郎氏、松林氏が被害にあってます。93、95、96
は怪しいですね。

102 :六条門流:2000/10/26(木) 13:03
>101
そうなんですか(笑)
真偽判定はいずれにしろ自分の目で見て考えてってとこでしょうか。
学会批判原則禁止!の真偽がわかるまでしばらく休憩です。

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/26(木) 13:10
六条門流 様、SF研の日蓮宗板で議論したらいかがでしょうか?
各宗派の人が集まっていて、いろいろな意見が聞けるとおもいます。


http://www.sfken.com/nichirensyu/

104 :六条門流:2000/10/26(木) 13:22
>103
ありがとうございます。

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/26(木) 13:27
>104
今出ているのは「偽ひろゆき」なのでそのまま続行してください。
本物のひろゆきは名前の間にスペースは入りません(藁)。

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/26(木) 13:31
>101
それは違うな。私自身、波木井坊竜尊氏とは二度ほど
あったことがある。一度は、波木井坊竜尊氏自ら車を運転して、
現地にまで連れていってもらって現場を見せてもらってます。
ネットには出てきてませんが、波木井坊竜尊氏の投稿に触発され
て10人以上の人が彼に会っているとか。

呆太郎氏の件でいうと、ぼくはFS件をずっとロムしてきたし、
あそこには証拠となる文書が保管されているけれども、あれは
呆太郎が全面的に悪い。身障者のkagamiさんを悪し様に罵倒し
勤務先を暴露してやるとかなんとか。呆太郎はりっぱな犯罪者
だというのは事情通の知る所です。事実を歪曲して波木井坊竜尊
さんをを陥れてはいけませんよ。>101さん。あなたは宗教者
の良心というものがありません。

松林氏の件はよく知りませんが、多分白川ネットでの諍いですね。
あれだって私の所に”土屋の馬鹿は”と誹謗中傷の限りを尽くした
内容のメールを同報メールで回していた。松林氏は、その不実な
メールを波木井坊竜尊さんに暴露されそうになって、亀のごとく首を
ひっこめた。この経緯も白川ネットの投稿に残っておりますよ。

そうやった波木井坊竜尊さんを陥れようとするのは学会か正宗の馬鹿
共でしょう。なんとしても波木井坊竜尊さんを貶めたいという謀略で
すから注意なさるべきです。嘘と思うのならFS研や白川ネットの過去
ログをご覧になることです。

草加・正宗はこうやって善良な人間を謀略にはめる典型といえます。

*SF研なんて草加の荒らししかいなくて顕正居士さんが、投稿中止
勧告をされています。アクセスしないことが一番です。

107 :六条門流:2000/10/26(木) 13:35
>105
げ!?!?
なんか、なんでもありって体質が見えてしまうような気が、、、、
教えていただいてありがとうございます。

108 :六条門流:2000/10/26(木) 13:38
>106
肝に銘じておきます(笑)

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/26(木) 13:50
六条門流さんへ。

波木井坊竜尊さん、アルフさんは、表にはだしませんが、ネット関係者
と頻繁にお会いになれており、緻密な親交をもたれております。
機会がおありなら彼らと会って話してみるのが一番です。
2chの世界はなんでもありありです。注意してください。
(*因みに波木井坊竜尊さんは、11月3日、中山法華経寺でいちりんさん
と一緒に合同法華オフをなさるそうです。お会いになられる絶好のチャンス
です。)

110 :六条門流:2000/10/26(木) 14:14
>109 はい。是非そうしたいと思います。


111 :六条門流:2000/10/26(木) 16:49
###SGI AI v.1.00 PASCAL Like######

NitirenBuppou =ture;

SGI_Kyougi=true; <dousiteda???>

if SGI_Kyougi==true then SGI_Buppou=NitirenBuppou ;

if SGI_Buppou==NitirenBuppou then SGI=true;

while (SGI==true) do
begin
SGI_HONZON==true;
SGI_Kyougi==true;
SGI_Ketumyaku==true;
end;



112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/26(木) 21:30
学会なんかパスカル使うほどロゴス的でもなければ、高級でもありませんよ。
n-basicで十分ですよ。(藁)

113 :ししろう:2000/10/26(木) 22:04
PCが風邪引いてしばらくぶりに見ました。(治療に手間取りました;)
>六条門流さんへ
見事なマウスさばきで。正宗との対比で見るのが一番分り易かった。
学会の血脈や、偽本尊についてのあやふやさが”日蓮直結”という絶対的な手法
に切り替えた経緯が分りました。
>55
>いま学会で下付している日寛師の本尊は宗門のやり方に疑問をもって離脱した僧侶が、
>学会の方々におもう存分拝んでいただきたいと申し出られて、自分の寺に伝わっていた日寛師の御本尊をお形木として差し出されたものです。

※偽本尊」の誕生はそんな単純な理由だったんですか。大教団だからもっと教義的に裏付けされたものかと議論を期待したんですが。
学会のカレンダー本尊は古い家に行くと飾ってある刀剣額みたいな物と言う所か。
刀剣自体には力があるが、宗教ごっこにしか使えないという訳だ。
>たかたさん
成りすまし(予想された事)にもめげず、有り難うございました。

114 :六条門流:2000/10/26(木) 22:04
>112
ジョ−クが理解できる人がいて嬉しいです。
学会さんはCで書き殴った為に探知不能の虫取りが発生して
いることを確信しました。
おっしゃるとうりもう一度n-basicにする必要があるみたい(笑)
この会話が理解不能のかたは正常人です。

115 :政教分離名無しさん:2000/10/26(木) 22:07
学会員はこの世におけるバグということかな?

116 :HELP:2000/10/26(木) 23:20
>>115
学会の場合、コンパイラがバグってますので、
どんなに頑張っても正しいソースコードは
書けません。


117 :政教分離名無しさん:2000/10/26(木) 23:21
ははは

118 :六条門流:2000/10/26(木) 23:35
>116
世間言語にコンパイルしてるんでしょうか?
学会さんは池田先生のインタ−プリタ−と思ってました。

119 :佐田和成@本物。:2000/10/26(木) 23:44
創価にはもっとグローバル関数宣言してほしい。

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/26(木) 23:56
バグだらけってwindowsみたいじゃねえか。バグも仕様ってか?
学会員の”バグも仕様”か。(藁)

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/27(金) 00:15
それで本尊と掛け軸の分かれ目はどの辺りなんだろう。
手で触っても境目がないのでわかりません。
大量生産大量販売もホドホドニな。

122 :かかし@一周年:2000/10/27(金) 00:18
ジャクソン判事を招聘しよう。

123 :HELP:2000/10/27(金) 00:33
C++で実現!!

マニアックなネタですいません。
調子に乗りすぎました。
sageときます。


// 学会員クラスの宣言
class CGakkaiPerson: public CPerson
{
private:
 int Rank; // 組織内でのランク
 DWORD BeliefLevel; // 信仰レヴェル
 DWORD AnnualDonation; // 当年財務額(書籍購入額を含む)
 DWORD RetainedDonation; // 累積財務額(書籍購入額を含む)
 int SeikyoSubscription; // 聖教新聞購読数(通常は1)
public:
 void DoShodai(int Hour@` int Min); // 引数は実施時間
 void JoinKaigo(int ActType); // 引数には定数を入れる
 BOOL GetF(CPerson* Target); // F取りだっ!
 BOOL MakePersonKaiin(CPerson* Target); // 折伏
 void Donate(DWORD Amount); // 財務
};


// メンバ関数の実装

void CGakkaiPerson::DoShodai(int Hour@` int Min)
{
 int i;
 int DMax;

 DMax = (Hour * 60 + Min) * DAIMOKU_PER_MINUTE;
 for (i = 0; i < DMax; i++) {
  say("南無妙法蓮華経");
 }

 BeliefLevel += DMax / 100;
}

void CGakkaiPerson::JoinKaigo(int ActType)
{
 switch (ActType)
 {
 case AT_ZADANKAI:
  gongyo();
  studyGosho();
  listenMemberExperience();
  BeliefLevel += BL_ZADANKAI; // += 10
  break;
 case AT_EISEI_CHUKEI:
  gongyo();
  studyGosho();
  ...
  BeliefLevel += BL_EISEI_CHUKEI; // += 30
  break;
/* case ... // 以下必要に応じて実装すること */
 }
}

BOOL CGakkaiPerson::GetF(CPerson* Target)
{
 while (Target->say() == NO) {
  onegai(Target);
 }
 BeliefLevel += 150;
}

BOOL CGakkaiPerson::MakePersonKaiin(CPerson* Target)
{
 while (gaman > 0) { // 我慢が限界に達するまで誘ってみる。
  if sasou(Target) {
   BeliefLevel += 1000;
   return TRUE; // 成功すれば・・・
  else
   gaman--; // 失敗なら我慢値減少
 }

 ouen_wo_yobu();
 if taiwa(Target) {
  BeliefLevel += 750;
  return TRUE; // 一応成功
 }

 if tsumeyoru(Target) {
  BeliefLevel += 600;
  return TRUE;
 }

 if odosu(Target) {
  BeliefLevel += 300;
  return TRUE;
 }

 // 以下、折伏に必要な行動をインプリメントしてください。

 return FALSE;
}

// 単純明快な関数
void CGakkaiPerson::Donate(DWORD Amount)
{
 BeliefLevel += Amount / 50;
}


124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/27(金) 00:51
ペラペラの一枚モノで儲けようなんざ、学会員をなめちゃいねえか?
>カレンダー製作者

125 :佐田和成@本物。:2000/10/27(金) 00:58
>123
わはは(笑)何やってんの。

126 :HELP:2000/10/27(金) 01:02
>>125
分かってもらえる方には分かってもらえます(藁


127 :たかた:2000/10/27(金) 06:57
2、3日ぶりに覗かせていただきました。
なんだか面白いことをおっしゃっている学会員さん、たくさんいらっしゃいますね。
逆に質問させてください。
開眼供養を「しなくてもいい」という文証は、では、どこにあるのですか?
それから、私が以前投げかけた質問「日蓮は末法の本仏である」と書かれた御書は、どこに存在しているのですか?
2,3日も経っているのに答えてくださる学会員さんが一人も現れません。
学会の本尊は正しいんですよね?では、それをコピーして、友達に「試しに拝んでみなよ」
とプレゼントしてみていいですか?「効果なかったら破っていいよ」と但し書きつきで。
コピーがもしだめなら、なぜだめか教えてください。
もしいいなら、なぜみんな、高い下付料を払ってまで学会のコピー本尊をもらっているのか教えてください。

それから。
学会の破門問題が起こるまで、開眼供養された本尊に題目を唱えて、功徳をいただいてきたんじゃなかったんですか?
それはなんだったんですか?
「功徳なんかなかった」とおっしゃる学会員さん…そんなことをいう方はまずいないと思いますが…いたら学会やめてるでしょうし。
開眼供養が必要ないとおっしゃるなら、どうして、身延や池上本門寺にある、日蓮の真筆を拝まないのですか。
日寛上人のものより、遥かに功徳があるんじゃないんですか?しかも印刷されたものではない、本物なんですよ?

>六条門流さん
色々お勉強なさっていらっしゃるのが、よくわかります。
おっしゃっていらっしゃること、とてもまともなご意見ばかりです。
これからも、六条門流さんの見解、色々とお伺いしたく存じます。

>ししろうさん
※偽本尊」の誕生はそんな単純な理由だったんですか。大教団だからもっと教義的に裏付けされたものかと議論を期待したんですが。
本当に、呆れる理由ですよね…(笑)

学会が「日蓮正宗ではなくなった」から、学会に本尊を下付しなくなった…というより、できなくなったのです…。
それくらいの理屈がなぜわからないのか不思議でなりません。
彼らは、彼らにとって邪宗となった宗門から「本尊を下付しましょう」といわれたら、受け取るのでしょうか?
また、下付してもらえなくなったから作った、というのであれば、もともと持っていた日達上人のものまで交換しているのはなぜでしょう?

>アルフさん
昔の学会と、今の学会はどうも教義が変わっているようですね。
どちらが正しいのでしょうか、果たして。
学会の方々は「どちらも正しい」と主張されてるようですが。


128 :特撮オタ:2000/10/27(金) 07:14
>123(HELP)さん
単純ループよりも会員パラメータが順次増えてゆく再帰関数を
使うと、もっとよいモデリングが出来ますよ(藁)。

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/27(金) 07:54
たかたよ。そんなことよりなぁ・・・。
弥四郎国重の事についてこたえてみろや。
この事は宗門内でもタブー視されている問題やからのう…ひっひっひぃ
身延の連中に負けてるぞい。ひっひっひぃ

130 :>127:2000/10/27(金) 10:17
たかたっていうのは、完全に逝ってるな、こいつ。
127を読めばわかるヤツはわかるよ。

131 :。荀ソ、ォ、ソ:2000/10/27(金) 10:28
、ハ、、ヌウリイ、ャツセス。、ホヒワツコ、ヌメ、爨、タ。ゥ
コャヒワナェ、ヒクタ、テ、ニ、、ウ、ネ、ャハム、タ、セ。「、ェ、゙、ィ。」

132 :求むカレンダー本尊:2000/10/27(金) 10:40
>>128
それはどのようなものでしょうか?

133 :>たかた:2000/10/27(金) 10:50
>開眼供養を「しなくてもいい」という文証は、では、どこにあるのですか?

こっちが開眼が必要だという文証はないと言ってるのに、なんでこういう質問が出るの?
「曼陀羅開眼はもともとなかった」ものなんだからそれを「しなくてもいい」という文証があるわけがない。
それから、なんで御本尊をコンビニでコピーしたらいけないのかとか、言ってみたり、まるで子供みたいな人だね。
そして学会がなんで他宗にある本尊を拝むの? 根本的におかしいよあんた。

まともに相手してやったけど、こりゃだめだね。

134 :アルフ:2000/10/27(金) 11:05
>133さん

ところで、
「創価学会が開眼が必要、または、開眼が当然であるかのような
 常識を内在し、かつ、そのことを基にした主張」が存在して
いたことは認められますか?

教義変更のある、無しを責める気は毛頭ありませんし、
「開眼が必要だという(創価学会内)の常識」があった時代を
責める気はありません。責める理由は私にはありませんから。

私が気になるのは「開眼の必要性は無いし、“そんなことが
必要であるという常識は学会内に存在していなかった”」という
部分です。私は、ある特定の学会員の見解をもって学会の信仰教義を
判断する気はありませんでしたので、何かを一部の学会員から
説明を受けた場合は、他の地域の現場(末端会員や座談会)で
確認をすると同時に、本部などへ電話して質問していました。
その上で、1989年〜1990年の期間に、
「開眼は必要」という確証を得たのです。

135 :アルフ:2000/10/27(金) 11:08
いいですか。
歴史的な事実の確認をしているのであって、
「過去にそう主張したから、現在(当時とは)違った主張を
しているのは間違いだ!」と言っているのではありません。
その点、混同しないで下さい。

136 :>134:2000/10/27(金) 11:32
>開眼の必要性は無いし、“そんなことが 必要であるという常識は学会内に存在していなかった”

ん? これはどこの部分の引用? こういうことは言ってないですよ。

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/27(金) 11:41
そういや第一次宗創戦争で問題になった、模刻事件の時だって、時の日達上人、
学会の会館を1日で6カ所も”梯子開眼供養”させられたって、言ってましたね。
あるふさんが言う通り、10年前まで学会も開眼供養をしていたんだよ。

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/27(金) 11:51
「弥四郎国重」は富士郡(富士・富士宮・芝川・富士川)にも
なく、駿東郡(沼津・三島・裾野・長泉・清水)にもない。
これはとても大きな問題で、こういうでっち上げを正宗がしたため
に”熱原の法難”の真偽性が問われている。これは地元史家も指摘
するそうだ。波木井坊竜尊さんの話だと、”あれは単なる年貢米の
不納”からおきた争いで、過去に作られた”法難はお伽話”だと言っ
てます。波木井坊竜尊さんの話では、最近の日蓮宗では”熱原を
言わなくなっているそうです。

存在しない人が願主。どう説明されるんでしょうか?

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/27(金) 11:51
「弥四郎国重」は富士郡(富士・富士宮・芝川・富士川)にも
なく、駿東郡(沼津・三島・裾野・長泉・清水)にもない。
これはとても大きな問題で、こういうでっち上げを正宗がしたため
に”熱原の法難”の真偽性が問われている。これは地元史家も指摘
するそうだ。波木井坊竜尊さんの話だと、”あれは単なる年貢米の
不納”からおきた争いで、過去に作られた”法難はお伽話”だと言っ
てます。波木井坊竜尊さんの話では、最近の日蓮宗では”熱原の法難を
言わなくなっているそうです。

存在しない人が願主。どう説明されるんでしょうか?

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/27(金) 12:26
明星というのは北斗七星のことで、これは陰陽道や道教思想なんだ
そうです。この当時の七面山は天台宗の修行場があっただけで、日蓮宗
に帰属したのは江戸時代になってからだそうです。
サンがと呼ばれる山の民が七面山から下部一帯に住し、金や水銀の採掘
に携わっていた、と下部の民族博物館(?)にもありました。

つまりこの当時、七面山や下部一帯は武田氏秘密の直轄地で、今観光で
言われているような”信玄の隠し湯”などというお気軽なものではなく、
波木井公や南部公でも許可無く入ることはできない地であったことが、
伺いしれます。もちろん農民の「弥四郎国重」が入れる可能性は薄いの
です。身延の大野山本遠寺境内には大楠はありますが、樹齢500年な
んだそうです。もちろん七面山には大楠がありません。七面山は、早川町
で山頂のみ身延町の飛び地で、距離はかなり離れています。わざわざ運んだ
んでしょうか?

日有師が身延へよく壇参していたのはそういう御本尊を下部の”身延講”に
下付した書き物が残っている所からまず確実で、また同時期の日向門流の
日朝師がやはり”板本尊”を彫っている(堀師目撃談)ところからすると
日有師は日朝師の真似をして板本尊を彫ったという推理もできます。
大野山本遠寺境内にある樹齢500〜600年の大楠がどこからから持ち
込まれた時期に丁度符合します。

いずれにせよ「弥四郎国重」なる存在しない不明者が願主になって、立ち入る
ことができない七面山の明星が池で板本尊を彫った。それも七面山には楠など
存在しない地で。全く立証不可能なのが大石寺の”本門の戒壇”の板本尊です。

学会が本門の戒壇は嘘だった。間違いだったと言わない限り、学会の本尊は
永久に嘘・でっち上げの誹謗を受けるでありましょう。

141 :日有しが大石寺を買い戻すために身延へ金の無心に。:2000/10/27(金) 12:34
因みに日有師が身延談参をしていたのは、別の理由があり、租税を
滞納・不払いで差し押さえをくっていた大石寺を買い戻すために、
日有師が身延へ”金の無心”に行っていたのでは、と指摘される
方もいっらしゃることも指摘しておきます。

142 :>138@`139@`140:2000/10/27(金) 12:54
あのー、まず「弥四郎国重」が熱原の法難と関係している人物という前提に立っているようですが、それはどこからくるのですか?
たしかに、熱原法難を契機に建立されたのが戒壇本尊ですが、それと願主(であるかどうかも厳密にはわからない)とを直接結び付ける理由はなんでしょうか?
もしかすると宗祖が熱原法難で殉教した人たちを架空の願主として脇書したということも考えられます。

それから、「七面山の明星が池で板本尊を彫った」という出典はなんですか?

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/27(金) 13:18
>138/139/140
こういう、出所も、あやふやな、デマをとばすのは、溝口か?
いいかげんにしろよ身延小僧!

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/27(金) 13:31
>143
でどころが、あやしい文献は、後世になって身延が作ったいんちき物語ですよ(笑)

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/27(金) 13:40
>アルフ
入仏式というのは、御本尊を我が家に御安置する事です。
仏を我が家に迎え入れる気持ちで成される事なのです。
開眼なんていうのは、昔から創価学会はしていません。
昔は末寺で印刷され、そのまま信徒に下げ渡された時代もあったのです。
突然開眼が必要などと言い出したのは、坊主が御本尊を独占
するためと、言い掛かりをつけるために他ならないのです。
本尊の相伝は、明かされていますが、完全な曼荼羅に開眼
などという事は、必要ありません。

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/27(金) 13:59
>145
入仏式っていうのはいやらしいおまんこに極悪法主の日顕ちんぽを
迎え入れてこの世の極楽を体で感じる日でしょ?

147 :アルフ:2000/10/27(金) 14:12
>145さん

私は、僧侶に聞いたわけではありません。
創価学会員、創価学会幹部に聞いたのです。
本尊の独占もなにも、もとから日蓮正宗はそのような教義でしょう。
『人間革命』にも本尊を勝手に書いて、胃に穴があいて悶死した
人のことを例にとり、いろいろ書いてあります。
私は、実在する学会員複数から、この小説の例とともに、
本尊に関する当該部分についての解説を聞きました。

端から見て、単に、創価学会側が教義を変更して、というより、
“本尊独占(適当な表現が無いので仮にこれを使用する)”が
気にくわなくなったり、その状態が我慢できなくなったりして
日蓮正宗の考える信仰と、創価学会の考える信仰の隔たりが
顕著になっただけでしょう。

「言い掛かり」と表現されていますが、この表現は過去の創価学会の
路線を調べたり、また、実際の学会員からたくさんの言質を
得た私としては、まったく、滑稽きわまりない表現です。

ご自分たち、創価学会が、過去のある時期に、
一体どうであったのか?そのことに対して謙虚になるべきでしょう。

148 :アルフ:2000/10/27(金) 14:15
おっと。147のレス、中段「端から見て〜云々」以下は、

>突然開眼が必要などと言い出したのは、坊主が御本尊を独占
>するためと、言い掛かりをつけるために他ならないのです

という部分に対するレスです。
貼り付けたつもりが、抜けていました。(^_^;)

149 :アルフ:2000/10/27(金) 14:21
私に開眼云々も含めて、本尊の取り扱いの大切さに
ついて解説した学会幹部は、大まぬけなのでしょうか?
教義や、路線方針などが途中で「変わった」と言われれば、
過去の学会員の説明を引き合いに出す必要が私にはありません。
私は特段、宗教的な正当性を云々しているわけではありませんから。
しかし、「最初から無い」かのようなことを言われれば、
生じた矛盾について、ハッキリさせるつもりです。
すなわち、過去に私に説明した学会員たちが大ウソ、あるいは、
マヌケな我見を振りまいていたのか、または、145さんに
見られるような断言が彼の思いこみ解釈によるものか、です。

150 :>アルフ:2000/10/27(金) 14:34
136については?

それから
>端から見て、単に、創価学会側が教義を変更して、というより、“本尊独占(適当な表現が無いので仮にこれを使用する)”が気にくわなくなったり、その状態が我慢できなくなったりして日蓮正宗の考える信仰と、創価学会の考える信仰の隔たりが顕著になっただけでしょう。

これはどういうことですか? 宗門が学会を切り捨てる以前に学会側が教義変更したという事実はないはずですが。
この部分は完全にあなたの誤解とおもわれます。

151 :アルフ:2000/10/27(金) 15:00
>宗門が学会を切り捨てる以前に学会側が教義変更したという事実は
>ないはずですが

あなたの心の中ではね。

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/27(金) 15:07
>143>144

出所はありますよ。身延の御文庫にどっさりとね。(藁藁藁)
大石寺がビクビクするようなもんがいっぱいね。

大石寺こそ、でっち上げの名人じゃないの?真書に花押をつけ加え
ちゃったり、松野殿のお手紙を作り上げたりと。(藁)



153 :アルフ:2000/10/27(金) 15:09
136?

そもそも、私は引用していませんし、「引用」と判断したのは136氏の
勘違いでしょう。

どーでもいいですが、ハンドルを固定して下さい。
1人の学会員として対話する気があるのならばね。

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/27(金) 15:14
もう一度書くよ。第一次宗創戦争の時、勝手に板を模刻して、
開眼もなしに会館にまつった。昭和51年か昭和52年の
1月3〜4日付けの聖教新聞に掲載された事実です。

それを大石寺の僧侶に指摘され、後から慌てて開眼供養した。
達師は一日に5〜6の板を梯子開眼供養させられた。

こういうことが発端で、正信会僧侶が破門された訳ですよ。
うそいっちゃいけないね。学会員よ。

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/27(金) 15:16
破門野郎やニセ本尊野郎がガタガタ抜かすな!ボケ!!!
地獄に落ちろ!




156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/27(金) 15:24
もう一度かくよ。

現在の日蓮正宗大杉山有明寺は江戸時代まで、大杉大明神を奉った
神社だった。有明寺に伝わる御本尊の何幅には”氏子一同”または
身延講一同とある。

日有師が生きていた時代に、有明寺は無い。これは下部町にいって
調べればすぐにわかる。あったのは有師の先代石山猊下の開基された
妙円寺という寺院で、現在は日蓮宗に帰属している。ここには立正大学
や身延山大学・日蓮教学研究所の研究員が調査に入り、日目師の分骨ま
で確認調査がされた。日有師は妙円寺を中継地として身延壇参に行って
いたのは正宗側に残された資料ともつきあわせても、確定的だ。

時を同じくして日向門流の行学日朝師が板本尊を御謹刻されたのは、
富士宗学要集にも記載があり、これを書いた堀師の目撃談からも確
かなことである。それを裏つけるのが日浄師の書き物だろうが。


157 :求むカレンダー本尊:2000/10/27(金) 15:37
皆さん

ご発言の前に、発言者の宗派を明記してください。

1.創価学会
2.日蓮正宗
3.冨士大石寺顕正会
4.正信会(正信覚醒運動)
5.身延派日蓮宗
6.その他日蓮宗
7.無神論
8.単なる草加嫌い
9.単なる胃化駄嫌い
10.立正佼成会
11.本願寺
12.イスラム原理主義
13.革労協
14.その他(     )

158 :>アルフ:2000/10/27(金) 16:11
>134
>私が気になるのは「開眼の必要性は無いし、“そんなことが必要であるという常識は学会内に存在していなかった”」という部分です。

おい、アルフ153は本物か?
本物だったら、上のおまえの134のコメントの「 」の中は引用ではないんだな。
しかしそのままの引用ではなくても、そういう主旨の発言をしたってことを言ってることは否定できない。
おまえが言うその「部分」とはどこのことだ、それが指摘できないのならばちゃんと間違いを認めろ。

159 :>アルフ:2000/10/27(金) 16:15
151のように事実を具体的に指摘できないのならば、自分の誤解を認めるか、相手に誠意ある態度をとったらどうだ。

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/27(金) 16:33
今となっちゃぁ、開眼だの、弥四郎某だのは学会にとってみればどうでも良いのよ。
アホクサ。

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/27(金) 16:38
ちょっと気になるが、149までのアルフ氏にはメアドが入っているが
151以降には入ってないぞ。ちょっと警戒&問い合わせモード移行。

162 :アルフ:2000/10/27(金) 17:04
ん?

163 :アルフ:2000/10/27(金) 17:16
紛らわしいなぁ。(^_^;)

136さんに答えますね。

>「創価学会が開眼が必要、または、開眼が当然であるかのような
> 常識を内在し、かつ、そのことを基にした主張」が存在して
>いたことは認められますか?

というかっこ内は簡潔にまとめたものですけど。

>「開眼の必要性は無いし、“そんなことが
>必要であるという常識は学会内に存在していなかった”」という
>部分です。

というのは、上のかっこ内をさらに強調したもので、引用では
ありませんが。私はこのように論点を強調する表現手法を
しばしば用いますけど。

#69からの流れで、私の主張は、

・実際に「開眼、入仏に匹敵する行為の重要性」が喧伝されていた
・その喧伝は、実際の学会員によるもので、複数かつ、本部にも確認した

ということを明らかにしたうえで、あたかも、そのようなことは
「なかった」と主張し続ける人に対して、よりここまでの経過と、
論点を整理しようとしたわけですが。
つまり、「本尊を独占するために坊主が言いだした」とする主張に対し、
「学会員は力一杯、自信をもって開眼云々を言っていた」という事実を
もって反論していたわけです。私はね。

164 :アルフ:2000/10/27(金) 17:25
で、「学会員が開眼を云々していた」事実を出しているわけ
ですが、それに対して、その事実の評価をどうするの?と、
尋ねているわけですよ。こちらは。

なんだか、なりすましが登場してややこしくなっていますが、
かっこ内が引用では無いのは同じです。

で、なりすましに対するレスとはいえ、#158、#159のレスは
どなたでしょうか?このスレッドをよく読めば、ご指摘のかっこ内の
部分は発言の流れの中で出てきますけど。まあ、上で説明した通りです。

165 :アルフ:2000/10/27(金) 17:34
いずれにせよ、このスレッドをよく読んで下さいね。

で、
「宗門が本尊を独占するために、突然言いだしたこと」という
主張を認めるとすれば、私に説明してくれた学会員は大ウソを
ついていたか、大マヌケの我見を披露していたということも
成立してしまいます。

いずれにしても、このスレッドで主張される「開眼というものは
最初から必要無し」という部分と、私に説明してくれた学会員の
主張は鋭く対立します。どちらかが、ウソ、あるいは
間違っていることになります。

166 :>アルフ:2000/10/27(金) 17:55
やはりなりすましだったか。

開眼は最初から必要なしです。
そして、あなたに説明した学会員の主張とも矛盾しません、理由は79で述べています。
あなたは納得できないかもしれませんが、宗門の裏切りという大事件がその間にはさまっているので、
時系列で解釈しなければ学会のことはわかりません。

167 :アルフ:2000/10/27(金) 18:08
>166さん

私は本物ですが、できれば、ハンドルを統一してください。
そうしないと、文責が明確ではなくなります。
なりすまし登場の危険性もありますけど。

宗門の裏切り云々については、1960年からの『聖教新聞』や
池田氏の各著作を読んで、時系列で考えた限り、私には
“裏切り”という判断はし難いですね。
もちろん、私は学会員ではありませんので、尽くしたのに
見返りが無かった、という部分を持っていませんから、
当然、“裏切る”というある立場から見た断定はできませんけど。

168 :>157:2000/10/27(金) 18:09
*****************************
1.創価学会
2.日蓮正宗
3.冨士大石寺顕正会
4.正信会(正信覚醒運動)
5.身延派日蓮宗
6.その他日蓮宗
7.無神論
8.単なる草加嫌い
9.単なる胃化駄嫌い
10.立正佼成会
11.本願寺
12.イスラム原理主義
13.革労協
14.その他(     )
*****************************
なんだこりゃ?創価小僧がアンチ判別に書いたものだろこれ?
もうこの発想が”基地外”なんだよ。

心理解説
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(1)1〜4は学会員が正宗内でどのような規模や影響力を見ているか
   を如実に表す。1に創価を置いたのはプライドが他宗の下に置く
   ことを許さない証。

(2)5〜6は学会員特有の間違った知識から書かかれているのはこの2ch
   の読者ならすぐにわかる。”身延派日蓮宗”と言う言い方は、創価新報
   独特な言い方。創価の糞餓鬼しか使わない。また身延を祖山としない
   日蓮宗は存在しないから6、は存在しない。これは学会特有の発想と
   を指摘できる。

(3)7〜9の発想は、(1)群(2)群にも該当しない場合、学会員がどう
   相手を判別するかを如実に表した思考法だ。(1)群が同族内アンチ
   判別思考、(2)群が法華内外族アンチ判別思考法と学会員が認識した時、
   (1)群(2)群に該当しない団体を思い浮かべるという思考方法だ。

(4)10〜14は学会員にとって未知な団体を表す。この中で立正佼成会しか
   思考に上ってこないのは、学会員特有の発想で、一般人なら誰でもしって
   いる霊友会等の他、日蓮宗系信徒団体の名前がでてきていないのは、明らかに
   知識が偏狭であることの証と指摘できる。後は思いつくまま書いたと推測
   でき、この人間のキャパシテイの狭さを物語るものと指摘できる。

(1)〜(4)の推測から、この文章をあげたのは創価小僧、推定年齢は20歳代
前半の比較的活動的な男子部員で、聖教新聞・創価新報が主な知識吸収ベース。
補完的にTVニュース程度や若干の人生経験上が加味されていることが推測できる。
以上のことから結論として、こいつは”単なる馬鹿!”であることが断定できる。

169 :アルフ:2000/10/27(金) 18:19
>166さん

79さんが、

>当時開眼が絶対必要だと言っていた学会員がいたとしたら、
>権威や儀式に惑わされていたということにでもしておきましょうか

と言ってますね。これは、あなたですか?
学会を被害者の立場だけにしたいのは、それはちょっとずるいですねぇ。
「権威や儀式に惑わされていた」面もあるでしょうが、
同時に、「権威や儀式で外部(非学会員)を惑わそうとしていた」面も
厳然としてありましたね?

宗門をどんなに悪く言おうとも、学会員のやってきた事実は消せませんよ。
少なくとも、間違いを伝達し、その伝達方法が強引(深夜、引き留め、
騙して連れていくなど)でも正当化されてきたという事実は消せません。

矛盾していない、と言いきるあなたの思考システムを見てみたいですね。
どうすれば、こんなに一方的に都合よく物事を組み立てられるのですか?
それは、「学会は常に、絶対に、正しい」という信仰の反映でしょうか?

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/27(金) 18:22
まあ、需要があるから供給があるわけで。
学会もヤマギシズムにのっとればいいのにね。

171 :>アルフ:2000/10/27(金) 18:32
166=79です

>「権威や儀式で外部(非学会員)を惑わそうとしていた」面も厳然としてありましたね?

あなたはどうおもったのかは知りませんが、学会員は少なくとも惑わそうとしていたのではないはずです。

>少なくとも、間違いを伝達し、その伝達方法が強引(深夜、引き留め、騙して連れていくなど)でも正当化されてきたという事実は消せません。

「間違い」とはなんですか? ここでは開眼が必須ということを話題にしていますが、そのことですか?
そうではなくて、折伏という勧誘活動のことですか?
折伏ならいまも学会ではやってますし、間違っているともおもっていません。
そのやり方は強引ではいけませんが。

172 :アルフ:2000/10/27(金) 19:14
>171さん

まず、このスレッドでの、あなたの発言がどれとどれか、数字で
を並べていただけますか?ハンドルがイヤならば、数字でも
かまいませんから、あなたと特定できるような印を付けて
いただけますか?

>学会員は少なくとも惑わそうとしていたのではないはずです

結果的に、宗門(が主導していたと仮定して)の手先となって
必要でもないことを吹聴していたのでは?本尊の権威付けを
折伏の際に行っていたのですから、学会員も罪はありますよ。
「惑わす」という点においてはね。

>「間違い」とはなんですか?

「間違い」とは、あなたの「開眼は必須ではない」という主張が
正しいと仮定した場合の、私に折伏して説明した学会員の主張の
ことですよ。「必須ではない」ことを、あたかも必須であるかの
ように、また、その必須であるという主張を以て、本尊の正当性の
権威付けを行ったのですから。あなたの主張が正しければ、
正しいほど、私に説明した学会員たちは大ウソをついていたことに
なります。

173 :アルフ:2000/10/27(金) 19:18
>171さん

>折伏という勧誘活動のことですか?

という部分ですが、以前、ネット上で私が非学会員から質問を
受けて、「折伏というのは勧誘活動です」と答えていたら、
すさまじい罵倒とともに、学会員からよってたかって、
思いっきり否定されました。

折伏というのは、勧誘活動なのですか?

174 :>アルフ:2000/10/27(金) 19:27
これは堂々巡りになりますから、これで最後にします。
くり返しますが、時系列で考えてください。
たとえば、その学会員もあなたと同じように開眼についてはダマされて信じていたということでどうでしょう?



175 :>そうか!学会か!さんへ。:2000/10/27(金) 19:35
アルフさんと創価さんの、議論の際の傾向として、必ず最後は創価さんは
意味のよくわからない逃げレスを打って(苦笑)去っていきます。
これが俗に言われる「最強アンチ・アルフ」の斬れ味です。


176 :>175:2000/10/27(金) 19:44
私は、アルフさんはちっとも最強だとはおもってません。
それなりに、議論はできる人ですが、本当に身のある議論にはなりません。
なぜかといえば、アルフさんには自分の信念(アンチ学会という以外)がないのです。
だから、いつも適当に切り上げるんです、悪いけれど、価値が見出せないんです。
アルフさんに、相手に対する基本的なリスペクトがないから最後は堂々巡りなんです。
まぁ、過去にいろいろ不愉快な経験をしてきたようなのでムリもないとはおもいますが。

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/27(金) 19:56
>176

そりゃあるふさんの”お情け”です。ぎっちり詰められたら君は
学会をやめなきゃならなくなる。

178 :175です。:2000/10/27(金) 20:03
>176
堂堂巡りというより、創価さんがアルフの剣先の届く範囲に入って
これないんですよ。
思い切って飛び込んで剣先まじえてごらんなさい。
袈裟懸けにバッサリ逝かれるのがオチってこと。

179 :アルフ:2000/10/27(金) 20:10
“自分の信念がない”というのはご挨拶だねぇ。(苦笑)

180 :アルフ:2000/10/27(金) 20:18
今回の私の論法は、

「車を運転していた。制限速度を出していた。隣に乗っている人も
 “ここは安全だから”と言っていた。
 突然、人が飛び出して来て、ひき殺してしまった。
 この場合、運転者には責任があるか?どうか、という話し。」

『そんなつもりではなかった』が、殺人を犯した場合、
情状酌量で無罪になるかどうか?

「開眼が必須」という主張を、知らなかったとはいえ、主張し
続けたのは自己責任が問われないのか?
マインドコントロール下にあるオウム信者の犯罪は、無罪か?
と、同種。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/27(金) 20:19
学会の剣先?なまくら刀で切れるの??(藁藁藁)

182 :アルフ:2000/10/27(金) 20:24
#176のようなことを言わなければ、良いのに。(泣)

「見解の違い」でまとめりゃいいのでは?
すなわち、非学会員としての視点と、学会員の視点の違いを明確に
して、その視点の違いが歩み寄れないものであることがハッキリ
すれば、「論理的に是非はつかない問題」として切り上げられる
でしょうに。

議論で重要なのは論理の優劣。説得力の有無。
信念・哲学云々は関係ありませんよ。

183 :アルフ:2000/10/27(金) 20:31
私は別に、アンチ学会でもないし、最強でもありません。
まともに最後まで議論が続いたことがほとんど無いので、
強いんだか、弱いんだか、わかりません。

ただ、筋が通らず矛盾することについて異議を申し立てたり
しているだけです。

184 :六条門流:2000/10/27(金) 21:32
アルフさんが地区部長、たかださんが教学部長で我が家に
学会さんとして折伏に来られたらと考えるとぞっとします。

話は転じますが
本尊供養御書   建治二年十二月 五十五歳御作(1536P)

                与南条平七郎
法華経御本尊御供養の御僧膳料の米一駄蹲鴟一駄送り給び候い畢んぬ


妙法曼陀羅供養事   文永十年 五十二歳御作

           与千日尼
妙法蓮華経の御本尊供養候いぬ

の供養とはどういう意味か誰か教えていただけませんか。

185 :六条門流:2000/10/27(金) 23:21
というのも
大聖人が開眼について述べられていることをもって、大聖人も開眼の儀式を重視されていたなどと誤解してはならない。「木絵二像開眼之事」をよくよく拝すれば、その本義は開眼の是非にあるのではなく、開眼供養を盛んにする諸宗、特に真言宗が、その依経として爾前権教を用いていることの誤りを指摘することによって、法華一乗を宣揚されるところにあることは明瞭である。
すなわち諸仏の能生の根源である法華経を忘れて成仏はありえず、仏の存在もありえない。すなわち、法華経を「印する」とは、法華経を「根本とする」という意味にほかならない。

大聖人は「日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ、仏の御意は法華経なり日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし」と仰せになっているが、
この「日蓮がたたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ」こそ、「印する」の本義であり、紙幅の御本尊を仏と拝する意義もここにある。末法の御本仏である大聖人の魂をそのまま宿した
御本尊はすでに仏の生命そのものである。それ故、開眼などの儀式を行う必要はないのである

という学会さんの 印するの解釈に疑問がありますので、
いつ時でも結構です。よろしくお願いします。


186 :六条門流:2000/10/27(金) 23:31
印すべき者が法華経を供養することが開眼供養の本義では??

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/28(土) 01:47
日蓮遺文などの検討も良いのだが
仏を祭るのに開眼供養を行うのは仏教の常識と云ってもよいのでは
ないだろうか?
常識が通じないところが喪家の問題。


188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/28(土) 01:48
>187
カレンダーは仏では無いので供養もいらないんじゃない?

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/28(土) 09:17
なんだあ?

創価学会員また逃げたのか?(笑)
これで何人目だ?
どうせ逃げるなら最初から出てくるなよ。(爆笑)

190 :法華講員:2000/10/28(土) 09:30
>152
またここでも溝口と思われるやつがヨタを飛ばしている(爆)
日興上人が後在世当時のから100年くらいの文献には、何も冨士派にたいする
論難は存在しない。のちになって、敵対する謗法の輩が偽書などをつくったのである。
身延は、小樽問答でぐうの音がでないほどやられてから、いそいで
偽書などを整備して、珍教学を樹立したのです。

191 :法華講員:2000/10/28(土) 09:31
不相伝の輩には、理解できないのである。

192 :法華講員:2000/10/28(土) 09:36
それに波木井は、謗法により日興上人の身延離山を招いた実長の末裔だ。

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/28(土) 09:40
> 法華講員

吠えるのはいいがおまえら学会に捨てられて見苦しいよ。
池田先生に完膚無きまで破折されて悔し紛れに身延攻撃か!?
それがお似合いだよな。どっちも謗法だから。
大聖人の仏法は学会にしか流れていないんだよ。
現実を見つめて大人になろうぜ。

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/28(土) 10:17
190〜192と同じ内容の論難を、なんとあの白川ネットで、
波木井坊竜尊さんにふっかけた一月寺法華講員さん(学生さん)が、
コテンパンにのされましたよ。

過去ログは白川ネットの雑談室に残ってます。今週の月曜日の
分で、白川勝彦元代議士もうれしそうなコメントを発表してい
ましたが。(藁藁藁)

195 :そうか!学会か!:2000/10/28(土) 10:19
池田先生が出馬したらえらいことになる
非拘束名簿方式を良くぞ強行可決した

公明党もやっと仕事をしたな

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/28(土) 10:27
>大聖人の仏法は学会にしか流れていないんだよ。
>現実を見つめて大人になろうぜ。

現実を一番みてないのはおまえじゃん。破門されぼろ雑巾のように
捨てられたからって負け惜しみ言うなよ。見苦しいぜ。(藁藁藁)


197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/28(土) 10:45
ブサイクで馬鹿な女が捨てられて
その後大金をはたいて整形し
普通の女のふりして
前カレを罵倒してるってとこか?

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/28(土) 12:54
>197
わはは。傑作選入り。

199 :捨てられる片山:2000/10/28(土) 15:44
 

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/28(土) 16:15
大聖人が開眼について述べられていることをもって、大聖人も開眼の儀式を重視されていたなどと誤解してはならない。「木絵二像開眼之事」をよくよく拝すれば、その本義は開眼の是非にあるのではなく、開眼供養を盛んにする諸宗、特に真言宗が、その依経として爾前権教を用いていることの誤りを指摘することによって、法華一乗を宣揚されるところにあることは明瞭である。

 すなわち諸仏の能生の根源である法華経を忘れて成仏はありえず、仏の存在もありえない。すなわち、法華経を「印する」とは、法華経を「根本とする」という意味にほかならない。

 大聖人は「日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ、仏の御意は法華経なり日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし」(224P)と仰せになっているが、この「日蓮がたたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ」こそ、「印する」の本義であり、紙幅の御本尊を仏と拝する意義もここにある。末法の御本仏である大聖人の魂をそのまま宿した御本尊はすでに仏の生命そのものである。それ故、開眼などの儀式を行う必要はないのである。




201 :六条門流:2000/10/28(土) 16:23
印するの解釈に異議あり。血脈スレ参照ください。

202 :六条門流:2000/10/28(土) 16:25
また184 185の質問もよろしく

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/28(土) 20:01
開眼とは、″眼を開く″という意味で、一般には、仏・菩薩の像や絵を新たに鋳造したり、描いた時に、仏の眼を開いて、「魂」を入れる儀式とされている。

 この開眼なる儀式は、我が国に仏教が伝来した当初からあったようであるが、実態は、仏像に墨で眼を点じるという単純なものであった。その後、平安時代に空海が密教を持ち帰ったころから、仏像の製作とその開眼が頻繁に行われるようになり、開眼の方法もより複雑なものになった。

 日蓮大聖人は、彫刻形式で造られた木像と絵画形式で描かれた絵像を合わせて「木絵二像」と称された。彫刻形式の仏像のなかには、素材によって木製のもの、石製のもの等さまぎまであるが、我が国においては比較的、木製の仏像が多かったので、大聖人はこれらを総称して「木像」と表現されたのであろう。

 元来、仏教においては、仏像を本尊とするという思想はなかった。どこまでも法に基づいて修行することを説いたのである。そこで、まず、造像と開眼がどのような歴史的変遷をたどったかを考察してみたい。


204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/28(土) 20:03
修行の助演として用いられた仏

仏像の製作は紀元後一世紀ごろ、クシヤーナ朝の領土であったガンダーラとマトウーラでほぼ同時期に行われたというのが定説である。仏滅後二、三百年ほど経たころでも、釈尊の尊容を表現することは神聖性の冒涜であるとする観念が強く、足跡(仏足跡)や、釈尊がその下で悟りを得た菩提樹、釈尊の説法を象徴する法輪(輪宝)などをもって釈尊の姿を象徴的に描いただけであった。

 それでは、仏像が造られる以前の仏教信徒は、何を信仰の対象としていたのであろうか。

 釈尊の入滅前後を伝えた「大般涅槃経」によれば、仏は、出家の比丘は如来の舎利(釈尊の遺骨)供養をなすべきでなく、在家の信者たちがなすであろうと説かれたという。つまり、僧は自身の修行に専念し、在家の信者は仏舎利を納めた塔を建て、礼拝した。在家.信者は、仏舎利を安置した仏塔に釈尊を偲び、崇めたのである。

 時代が下るにつれ、舎利供養や仏塔信仰が盛んになり、仏塔を中心に信徒の共同体が形成されたという。こうした時代の流れのなかから、仏塔や造像が積極的に肯定されるょうになったようである。




205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/28(土) 20:03
仏像彫刻は、もともと仏舎利を納める壷や、仏舎利を安置する仏塔の欄楯に描かれたものから始まったと思われるが、やがて、より具象化された姿としての釈尊像を礼拝したいと願うようになったと考えられる。こうして、造像の工夫が生まれ、やがて仏像を生身の釈専とみなす義が生まれたのである。後には、釈尊だけでなく、諸経典に説かれた仏・菩薩の造像も盛んに行われるようになった。

 しかし、当初は、仏像はあくまで修行のための助経としてとらえられていたようで、はるかに時代が下っても、例えば天台宗は止観修行の助縁として仏像を用いている。

一世紀ごろから造像された仏像は、仏教の伝播とともに各方面に広がり、日本にも六世紀ごろ、仏教伝来とともに もたらされた。

 さらに時代とともに、修行の助嫁とされてきた仏像が紺益をもたらす主体としての本尊に変質していく。諸宗の本尊観では、「本尊=救済者(人格神)」とすることにより、その本尊を礼拝すればその利益を受けられるとするようになったのである。そして、本尊としての仏像に人格神を憑依させる必要から、そのための儀礼として1開眼」が考え出されたのである。


206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/28(土) 20:04
大聖人御在世の鎌倉時代の仏教界は、浄土宗、禅宗などの、いわゆる鎌倉新仏教が興隆してきた時代である。しかし、そのなかにあって既成仏教の真言宗は、鎮護国家の祈帝によって幕府と結び、権勢を誇っていた。そして仏教界全体が造像を積極的に取り入れ、仏教界は密教一色に塗りつぶやれたような様相であった。大聖人が撰時抄で、「されば桓武・伝数等の日本国・建立の寺塔は一宇もなく真言の寺となりぬ公家も武家も一同に真言師を召して師匠とあをぎ官をなし寺をあづけ給ふ、仏事の木画の開眼供養は八宗一同に大日仏眼の印・真言なり」(281P)と仰せの通りである。大聖人門下においても、文永七年以降の御書に仏像造像の記述がみられるようになる。これらの状況を踏まえて著されたのが「木絵二像開眼之事」である。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/28(土) 20:05
◎自行化他の実践こそ開眼の本義

 本抄の冒頭には「仏に三十二相有す皆色法なり、最下の干輻輪より終り無見頂相に至るまでの三十一相は可見有対色なれば書きつべし作りつべし梵音声の一相は不可見無対色なれば書く可らず作る可らず、仏滅後は木画の二像あり是れ三十一相にして梵音声かけたり故に仏に非ず又心法かけたり」(468P)と仰せである。

 これは、生身の仏と木絵二像の相違点について、三十二相という通常の仏像観から色法を中心に述べられたものである。すなわち、三十二相のうち、木絵二像は可見有対色(目に見えて、同一空間を共有できないもの)の三十一相までしか表現できず、不可見無対色(目に見えないもので、同一空間で互いに障害にならないもの)である梵音声は表すことができない。したがって生身の仏とは天地雲泥の羞があると御教示されている。

 すなわち、梵音声とは法を説く声であり、″生身の仏は法を説くが、木絵二像は法を説かない″という点が決定的な相違点となる。このことは、別の角度から拝すれば、造像された仏像に仏の魂を入れるとした当時の開眼観を、仏法の本義に照らして破折され、「開眼」をどうとらえ直すかを記されたものである。


208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/28(土) 20:06
すなわち、仏の出世は、衆生を救う法を鋭くことに目的があるが、本絵二像は姿・形は仏をあらわしていても、声を発することはできない。故に、木絵二像を円融具足の仏として完結させるには、梵音声を表す経典が必要であり、

「木画の二像の仏の前に経を置けば三十二相具足するなり」(468P)と仰せられたのである。

 しかし、どんな経典でもいいというわけではない。大聖人は、いずれの経を根本とするかによって木絵像の意味が変わるのだとされ、諸宗の木絵像を破折されている。例えば、五戒経を置けば、その木絵像は人界の説法をしていることになるために、その位は人界となり、三蔵経を置けば、二乗の木絵像となるのである。

 そして、「三十一相の仏の前に法華経を置きたてまつれば必ず純円の仏なり」(468P)と仰せのように、仏が自らの真実の悟りを説き示した法華経を置いて初めて、生身仏に等しい三十二相を具することになると御教示されているのである。その根拠として普賢経の「仏の三種の身は方等より生ず」(468P)、「此の大乗経は是れ諸仏の眼なり諸仏是に因つて五眼を具することを得る」(468P)との文を引かれている。ここでいう「方等」「大乗経」とは、究極の ″大乗″ の意味で、真実の大乗たる法華経をさしている。法華経こそ、仏を仏たらしめた能生の師であるゆえに、他経による開眼ではなく、法華経による開眼でなくてはならない、と述べられているのである。




209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/28(土) 20:07
さらに一歩深く立ち入って、梵音声の本質について論を進められている。これは、なぜ法華経を置けば梵音声を補うことになるかという根拠を明らかにするためである。

「法華経の文字は仏の梵音声の不可見無対色を可見有対色のかたちと・あらはしぬれば…=・衆生を利益するなり」(468P)と。梵音声の本質は衆生を利益する所にあり、

それはそのまま大慈悲の仏の心である。したがって「文字変じて又仏の御意となる」(469P)のである。

一切衆生の成仏を明した法華経は仏意そのものである。

法華経を置くということは、梵音声相を補うものであるとともに、仏の御意、すなわち心法がそこに存在するということである0したがって法華経を軒剰する人は、文字として、とらえるのではなく、仏の御意であると受け止めなくてはならない。このことから考えるならば、「置く」ということは「辟在化させる」ということになり、木絵二像の前で法華経を読詞することによって、仏界を湧現させることになるのである。

 このことを「法華経を心法とさだめて三十一相の木絵の像に印すれば木絵二像の全体生身の仏なり」(469P)と述べられている。すなわち仏意である法華経を色法たる三十一相の像に「印する」ことによって初めて本絵二像は生身の仏となるというのである。



210 :六条門流:2000/10/28(土) 21:58
>203
あなた板橋教学研究会の方ですか??

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/29(日) 06:38
>身延は、小樽問答でぐうの音がでないほどやられてから

法華講員よ。あれは、学会対身延。
法華講は何もしてない。

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/29(日) 14:26
罵声野次り倒しで強引に勝った!と締めくくったんでしたよね>学会
その後ろに隠れて”かった’って言ってたのは正宗の人間でっしょー。(藁)
共犯なの。

213 :たかた:2000/10/29(日) 21:58
>211さん
へえ、あれは学会対身延だったんですか。
「正しい日蓮の教義」対「誤った日蓮の教義」の戦いではなかったのですね。
これはおみそれしました。するとあれは法論ではなくなってしまいますね。
残念です。

それはさておき。
「開眼は必要ない、という文証などあるはずがない」とおっしゃる方。
では、開眼しないカレンダー本尊を存分に拝んで、好きなだけ地獄に堕ちてください。
日蓮の仏法は「現証に過ぎたるはなし」なのは、学会員であられるあなたが良くご存知だと思います。

学会の方を見捨てていっているのではありません。
ここまでいって、あくまでも「例えや皮肉」にしか過ぎない言葉を、せっかく幼稚な学会員でもわかるようにいっているのを
「子供みたいな論議で」としかいえないのなら、後は身をもって感じ、ご自身で気づいていただくしかないからです。
水を飲みたがっている馬を水辺に連れてくる役割は果たしました。
そこで水を飲むかどうかは、その馬いかんです。
いくら私が、馬の首を無理やり水につっこんでも、その水を馬が飲み込まなければ、それはもうどうしようもないのです。

同じように、学会の方にナイフをつきつけて「カレンダー本尊を拝むのをやめろ」と私がいっても仕方ありません。
カレンダー本尊を拝む、という、恐ろしい行為に、貴方がたが気づいてくださるのを待つしかないのです。
気づいてさえくだされば、いくらでもその後の立ち直りのお手伝いをさせていただきたいと思います。

それから、「開眼は必要である」という文証がないのはもうよ〜〜〜くわかりましたので、
お願いですから「日蓮は末法の本仏である」という文証をどなたかあげてください、学会の方…。

アレフさんと六条門流さんのおっしゃってることの方が、よっぽど日蓮の仏法にせまっておられますよ。
学会の方は「他宗が何をいっているか。日蓮の仏法は、しっかり実践しているものにしかわからないのだ」といわんばかり
の主張ばかりされていますが、
大衆のための仏法である、と一生懸命主張されているのは、どこの宗教団体だったでしょうか…。
日蓮の仏法をしっかり実践していれば、彼らに指摘されるような矛盾は生じないはずです。
その矛盾を打破できずに、ただ一方的に「正しいといったら正しい。昔と今とでの主張は変わっていない。
矛盾した主張が存在するのは、だまされていた学会員がいるからだ」
こんなことで、大衆に「広宣流布」が叶うのですか?!

214 :呆華講員:2000/10/29(日) 22:15
ミーチャンハーチャンに教えてられっか
「あおねー、ミーチャンハーチャンに分かるようにペコペコよ、頭下げて説いていたらよ、本当の法なんて説けやしないんだ」
「民衆、民衆って言う奴ほどバカなんだ」
「お題目を唱えて、我々の仏界涌現、仏界涌現って言うんだ。これはまさしく大謗法だよ」
「人間主義、人間主義なんて言うこと自体、おまえらの頭、どっか狂ってんじゃないのかって言ってやんなさい」
平成六年八月二十四日
全国教師講習会

215 :呆華講員:2000/10/29(日) 22:16
法主は生身の釈迦日蓮
「学や徳があろうとなかろうと、どんな僧でも相承を受けた以上は生身の釈迦日蓮であるから、誹謗すると地獄に落ちる」
平成九年八月二十八日
全国教師講習会

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/30(月) 01:17
学会って旗色が悪くなるとあらしモードに移行するようですな。

217 :たかたサンよ:2000/10/30(月) 01:39
>仏教の常識と云ってもよいのではないだろうか?
>常識が通じないところが喪家の問題。
大体、日本に仏教の常識なんてあんのか?
出家の坊主が、肉食・飲酒・妻帯する。
こんなの日本だけだぜ。
特に日顕筆頭に正宗の連中は法衣を纏った変態集団。吉原・歌舞伎町じゃ有名。

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/30(月) 01:39
>仏教の常識と云ってもよいのではないだろうか?
>常識が通じないところが喪家の問題。
大体、日本に仏教の常識なんてあんのか?
出家の坊主が、肉食・飲酒・妻帯する。
こんなの日本だけだぜ。
特に日顕筆頭に正宗の連中は法衣を纏った変態集団。吉原・歌舞伎町じゃ有名。

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/30(月) 03:08
> 216
 最近ではひなひなさんスレが学会員の猛攻を喰らってますね。

#あれは2ちゃんねる外部にもれた為、バカ喪家の大挙乱入が起こったからね。
#衆議院選挙前の白川BBSや自民党掲示板ほどではなかったけど。(^^;



220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/30(月) 05:20
創価の負け〜

221 :アルフ:2000/10/30(月) 06:45
“アレフ”じゃなく、“アルフ”だってばぁ〜

222 :六条門流:2000/10/30(月) 09:10
たかたさんのお言葉はある意味怖い。
私がいろいろと人生の修羅場を御本尊に助けていただいた(と
勝手におもっている)のは、もしかして我が家の御本尊が
開眼供養してあるからかなあ?。恐ろしい、恐ろしい。

223 :>たかた:2000/10/30(月) 12:05
で、あなたの書き込みのどこに開眼が絶対必須だという根拠があるの?(爆)

224 :アルフ:2000/10/30(月) 12:17
「開眼(入仏供養)が必須だ」と、池田氏の著作や指導を根拠に
説明してくれた学会員幹部は、バカだったのかなぁ。
だまされちゃっていたとしたら、彼らの言うところの学会の正当の
理由を信じなくて良かったです。
だって、その程度の判断力しか持たない人が、
「この仏法は正しい!」と言ったところで、正しい判断力が
あって言っているのではないでしょうから。

今ではバカとされること、『聖教新聞』で大々的に否定するような
事柄にあっさりとダマされて、さらにそれを主張するような程度の
低い人たちが「この仏法は正しい!」って言ってもねぇ。
信じられませんねぇ。

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/30(月) 12:24
>224
学会も日蓮正宗にだまされてんです。
本当はもともと不必要だったのにね。


226 :宗教差別の国「フランス」:2000/10/30(月) 12:26
>信じられませんねぇ。
信じなくて結構(w

227 :アルフ:2000/10/30(月) 12:28
>225さん

じゃあ、だまされていた、と、仮定すると、その当時の学会は
池田氏を含めてドマヌケだったんでしょうか?
いずれにしても、何百万人規模でだまされちゃうんですから、
その宗教(学会)って・・・?(笑)

228 :佐田和成@本物。:2000/10/30(月) 12:29
うん。信じないよ(笑)

229 :アルフ:2000/10/30(月) 12:30
>226さん

あなた創価学会員ですか?
「信じなくて結構」などというセリフを吐くとまずいのでは?

230 :宗教差別の国「フランス」:2000/10/30(月) 12:38
じゃぁ訂正。
信じても、信じなくても結構。
信仰は個人の自由ですから。(w

231 :佐田和成@本物。:2000/10/30(月) 12:43
>230
それが全ての学会員の、心の底からの本音なら、なーんの問題も
ありません。はい。

232 :>230:2000/10/30(月) 12:45
先生の糖尿が悪化するからそんな学会の本音と違う事言うのよそうよ。

233 :アルフ:2000/10/30(月) 12:46
>信じても、信じなくても結構。
>信仰は個人の自由ですから。

こういう態度に出ると、あなたの主張されていることも、
単なる子どものたわごとレベルと見なされますよ。
ひいては、創価学会員がレベルが低いと見なされます。
ご自分の仲間や愛する組織、指導者の評価を下げるような言動は
なさらないように。

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/10/30(月) 12:47
大作の事からかって
宗教差別の国「フランス」が本性むき出して片山友一化するのに5000ペソ。
あと3時間も持たないとみた(w

235 :佐田和成@本物。:2000/10/30(月) 12:49
>234
じゃあ俺は50000ペリカいっちゃうよ(藁)

236 :たかた:2000/10/30(月) 20:02
>アルフさん
お名前を間違えてしまい、申し訳ありません。

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/11/03(金) 11:08
>234 235
あたった?

238 :佐田和成@本物。:2000/11/03(金) 17:40
>237
大当たりでした。池田の表彰歴コピペ爆撃しまくって(藁)どこやらへ
遁走しました。

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